精巧過ぎる贋札
聴取が終わって、磨かれた黒灰色の御影石の柱が並ぶロビーに出ると、違う部屋で聴取を受けていた団長とメリッサも出てきたところだった。
時計の針は朝飯には遅く昼飯にはまだ早すぎる時間。
王都からの報告書一式を抱えて、備え付けの薄いソファーに、絶望した顔でうずくまるメリッサ。
僕が知る限り、メリッサには仕事大好きの気がある。そんな彼女が珍しく食い意地を優先した結果、業務に穴を開けたという現実が重くのしかかって肩を落としているように見えた。
なんといって慰めたらよいのか。
そこに、メリッサの事務服とデザインは同じだけど、上品な茶色に純白のリボンタイ、金カフスのギルド制服に身を包み、毛先がゆるくカールした赤毛をカチューシャでまとめた淑やかな女性が姿を見せた。
ギルド長付き秘書のアマンダさんだ。
その姿が視界に入った途端、メリッサが勢い良くソファーから飛び降りた。
「ごめんなさい、アマンダさん」
そうして、思いきり頭を下げた。
「私、報告を後回しにして業務に穴を開けて」
メリッサの足元に、ぽつぽつと落ちる雨の滴。
メリッサが泣いてる?
こんな姿は初めて見る。
そうね、と微笑を絶やさず、メリッサから、書類を受け取るアマンダさん。
「起きたことは仕方ないわ、引きずらないで、気持ちを切り替えてね、メリッサ」
それから、改めて団長に、「休憩室に食事を用意しました」と続けた。
「聴取された方から、皆さん何も召し上がっていないと伺ったので取り急ぎ」
空腹の絶頂と言っても過言じゃなかったから、僕たちはしばし無言でおにぎりを頬張った。がっついたに近いかもしてない。
おにぎりは一般的な具を詰めるタイプではなくて、ご飯全体にカツオ節を軽くまぶしたおかか味。温かいほうじ茶にぴったりだ。
人心地ついたところでアマンダさんが、メリッサのそばに屈んで、耳打ちするように「貴女をギルド職員だと気づいていないようだった、という報告、本当なの?」そう囁いた。
咎めるような感じではない、けれど信じがたい事態に直面した。そんな表情。
そうなのだ。商業都市を始め、各都市、及び街道の宿場町に存在するギルドは王都直轄の組織だ。
商業都市では旅団と呼称される大人数のボランティアを抱え、スムーズな行政と治安維持を担っている。
そのギルド職員に犯行現場を見られた、というのはその場で実刑判決確定が下ったと同義だ。
つまり、ギルドにはそれだけの権限がある。
そして、あの偽札紳士がどこの都市の旅行客か分からないけれど、どの都市も同じデザインの制服の着用が義務づけられているのだ。
温かいおにぎりとお茶で落ち着きを取り戻したメリッサが、質問に対して「はい」と真面目な表情で頷いた。
「ギルド職員、ではなく小娘、と呼ばれました」
何か引っかかるものを感じたのか、すかさず団長が嘴を挟む。
「アマンダさん、それどこで」
「私も、ギルド長に付いて聴取に同席してましたから」
秘書らしく、小首を傾げて頷き、団長に向き直った。
「それで、私も二つ三つ質問があって」
とアマンダさんは、食べ終わった卓上の皿やら湯呑みやらを片付けると、長方形の札片を並べはじめた。
紳士が使ったという件の偽紙幣だという。
「カルパッチョサンドが600価なので、おそらく500価札と100価札だと想定してくださいね」
それを見た団長が懐の皮袋から正規の紙幣を取り出して偽札と並べる。
「よくできちゃいるが…」
ぱっと見には500札と100札とほぼ同じ大きさだけれど、偽札の色味が異なっている。500札のインクはやや黄色味が強く、100札は白みがかっている。決定的なのは、本物の500札は王都の紋章の双翼の白鷺が、100札は豊漁の象徴、神魚イサナがデザイン。対する偽札の面には、読めない記号と、500札には小麦に似た植物が、100札には見たことのない小ぶりの花の図案が刷られていることだ。
「なんでこれでばれないと思ったかねぇ」
「物流市場島にいる工業都市責任者にも確認してもらったのだけど、デザインはともかく紙やインクの質は上等な部類で、技術の面では工業都市の最高峰職人の域に近いか、もしかしたらそれ以上かも知れないと」
アマンダさんは言葉を濁したけれど、つまり王都の造幣技術と遜色ない技法で拵えられている。王都の技術員なら身なりが良くても当たり前かも知らんが、十人が十人とも偽札だとわかる代物を堂々使用する丹力。悪ふざけというには度を越えている。
「そのことなんですけど」
と前置きしてアマンダさんが語るところによると。
身なりと恰幅のいい圧しの強い禿頭の無銭飲食現行犯は、ギルドの取り調べの場でも尊大な態度だった。
本来なら、当該課職員から取り調べを受けるところなのだけれど、偽紙幣、偽造通貨の使用を重く見てギルド長が直々に聴取することになった。対応を一歩間違えたら王都や工業都市との関係がギクシャクすることになる。それだけは避けなければならない。
ギルド長直々のお出まし、ともなれば、普通ならやらかした事態の深刻さを自覚しようものだが、紳士は違った。
まるで知己のように悠然と話しかけ、怖れを知らぬ者、あるいは雲上人のように大らかに振る舞った。




