商業ギルド庁舎・治安維持課
ギルド・治安維持課
現実における役所などの官公署、警察機構に類する組織だと思ってください
朝の書き入れ時を迎える市場食堂には、埠頭で積み荷を水揚げする屈強な作業員や、観光客でごった返していた。焼き魚や煮物、温かい汁物、香辛料たっぷりのソースなど美味そうな匂いが入り混じって空っぽの胃袋を刺激する。
お目当ての女将さん食堂に入ると、身なりと恰幅の良い、禿頭でナマズ髭を生やした太ましい紳士を羽交い絞めにした女将さんの姿が目に飛び込んできた。
常連とおぼしき市場の作業員の客も「おまえふざっけんなよ」と紳士に罵声を浴びせるが、取り押さえられた紳士も困惑しきりの様子だった。周囲を見渡し「これは何としたことか」と狼狽えている。観光客もなんだなんだ、どうしたの?と遠巻きに垣根を作って固唾をのんでいる。
どう見ても乱闘かなんかの前触れだ。なんて時に居合わせちゃったんだ。
そんな中、女将さんが目ざとくメリッサを見つけると。
「あんた、コイツ頼んでいいかい?」
と、紳士を押しつけてきたのだ。
王都から戻ってそのまま業務に就くつもりだったので、ギルド制服姿のままだったのが徒となった。
「え、え??」
メリッサと僕は顔を見合わせ、それから女将さんに「なんで???」と異口同音に問う。
料理の替わりにおっさんを寄越されても大変に困る。勘弁してほしい。
困惑しきりのメリッサを庇うように、女将さんの間に団長が割って入った。このタイミングでの揉め事、厄介ごとはごめんだと判断したのだ。
「女将さん、何があったのよ?このおっさんどうしたのさ」
「コイツ無銭飲食しやがったんだよ、こんないい身なりをしてるのに、偽札を寄越してきて」
正確には無銭飲食じゃなくて偽造通貨行使になるのだけど、細かいことは一旦おいておこう。
以前にも話したと思うけど、この商業都市は旅団や業者内部の犯罪にはめちゃくちゃ厳しい。当然、商業都市に住まう一般人、訪れる旅行客にも適用される。
犯罪は見かけたら即ギルドに通報、即連行、取り調べ、即判決。それが治安維持の秘訣なんだとか。
「旅行客なんだろうがさ、ふらりと入ってきて、今日最後のカルパッチョサンドを」
そこまで聞いたところで、
「ああ、そうなのねオッケー分かったわ」
次の瞬間、事態の成り行きを遠巻きに見ていた観光客が騒ぎを聞きつけた市場の作業員が、女将さん食堂の常連客の屈強な男たちが一斉にどよめき、歓声をあげた。
メリッサが間髪入れずに「どぉっせえぇい」の掛け声も勇ましく紳士を担ぎ上げたのだ。
ああ、これは犯罪に対して正義の心を燃やしたんじゃない。食べたかったカルパッチョサンド最後の一個を食われたことに対する怒りだ。
恐るべし食い物の恨み。
ともかく、か細いうら若い乙女が、大変太ましい中年男性を担ぎ上げる信じがたい光景に女将さんを始め、市場の作業員は勿論、宙高く持ち上げられた紳士もビックリしたようで「何の無礼をするか小娘、わしゃエヴェナリエの隠居じゃぞええい降ろさぬか」と手足をばたつかせるが、「やかましい現行犯」と一喝された。
かくして僕たちは空腹を抱えたまま、偽造通貨使用の無銭飲食犯一名をギルドに連行する役を仰せ使う羽目になったのだ。
だけど、なんか腑に落ちない。
制服姿のメリッサを見てもギルド職員だと分からない、気付かない、なんてことあるんだろうか?
その間、団長はというと、件の偽紙幣を証拠として預からせてもらうよなどと、女将さんと話を付けていた。
「偽札の出所を調べないとならないからねぇ」
「頼むわよホント」
そのまま商業都市ギルドのロビーを挟んで向かい合う形で併設されている治安維持課に真っ直ぐ向かい、当直の職員に「食い逃げ犯一名ギルド権限により現行逮捕。引継お願いします!」と紳士を預け、踵を返すメリッサ。
しかし。年配の婦人職員さんがメリッサを呼び止めた。
「あ、まだ帰らないでね」
怪訝な顔で振り返るメリッサに、婦人職員がにこやかに言った。
「現行逮捕ってことはその場にいたわけよね。だとすると、いつどこで発生したのか、現場には他に誰がいたとか状況を詳しく聞かなきゃならないのよ」
朗らかな優しい口調だったけれど、そこには有無を言わせない圧が感じられた。




