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【書籍化決定・タイトル改定】無能令嬢と追放しても構いませんが、後悔しても知りませんよ? ~義家族の皆様、どうぞ最高の終焉を~  作者: お伝


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打ち砕かれた家族の肖像

次の日、朝から邸の中が騒がしくなり、ミリアムは扉に耳を付けて聞き耳を立てていた。誰かが、と言ってもこの邸の中で大きな声で騒くなどあの二人しかいないのだが、何かを言い争っているようだ。


すると扉の鍵を開ける音がしたと思うと、ノックもせずに勢いよく扉が開き、入って来たウルスラがけらけらと嘲笑いながら言った。


「お前の侍女は捕まえたわ。尻尾を出すのが早かったわねぇ」


ウルスラが腕を掴もうとして伸ばした手を躱して、ミリアムは内心の動揺を悟られないように落ち着いた様子で先に立って歩きだした。逸る部屋の気持ちを押さえて部屋に到着し、扉を開けると、護衛に両側から腕を取られたポーリーに向かってヨアンナが金切り声を上げていた。


「こっそり取りに来たんでしょ! さっさと盗んだ指輪の場所を言いなさい!」


ポーリーは落ち着いた声で淡々と答えている。


「いいえ、昨日あなたたちが荒らした部屋の後片付けをしに来ただけです」


部屋に入ったミリアムを見たヨアンナが大声で詰め寄って来た。


「お前の侍女が盗んだ指輪を取りに来たから捕まえたわ。 盗んだ指輪はどこにあるの?」

「この部屋に指輪などどこにもありません。それは昨日、自分たちが確認したでしょう?」


ミリアムが言うと、ヨアンナはフンと鼻を鳴らしてウルスラから鞭を受け取って言った。


「良いの?言わないとこの侍女が痛い目を見るわよ?」


そこへ、騒ぎを聞きつけたヘンドリックスがやって来た。


「一体何の騒ぎだ」


鞭を持ったヨアンナを隠すようにヘンドリックスの目の前に立ったウルスラが、顔を覗き込みながら事情を説明した。


「やっぱりこの娘はヨアンナの指輪を部屋のどこかに隠していたの。そこの侍女に取りに来させた所を取り押さえたのよ」


それを聞いたヘンドリックスがミリアムの前にやってきて、睥睨するように見下ろしながら怒りを含んだ声で問いかけた。


「ヨアンナの指輪をどこに隠したんだ」


その顔を正面から見つめたミリアムの心臓が、ずくんと嫌な音を立てた。

優しかった父はもうここにはいない。


「昨日皆さんがお探しになった通りです。ここにそんな指輪などはありません」


その答えに、何も言わずミリアムを見つめるヘンドリックスを、ウルスラがまた自分の方に向けてミリアムを睨み付けた。

ミリアムがウルスラに目を向けると、その後ろで護衛に両腕を掴まれているポーリーが、薄ら笑いを浮かべてこちらを眺めているヨアンナの侍女のポケットを凝視している事に気が付いた。

ミリアムがその侍女のほんの少し膨らんだポケットを見つめて魔力を集中させると、その中に自分の魔法の痕跡がある事を感じ取る事が出来たのだ。

ミリアムはすぐに魔法を解除すると、ヨアンナに向き直って言った。


「こちらを疑う前に、ご自分の侍女を調べてみては?」


そう言ったミリアムが、まるで獲物を狙う様にぴたりと目を向けたヨアンナの侍女のポケットに皆の視線が集中した。

突然皆の視線を向けられたその侍女は、慌ててポケットを押さえて逃げようとしたが、ヘンドリックスがポーリーを掴んでいた護衛たちに目配せすると、彼らは侍女に駆け寄って取り押さえ、ポケットの中身を取り出した。

そこから出て来たあのルビーの指輪を渡されて、手の上で確認したヘンドリックスは、『違う、知らない』と繰り返し喚く侍女を冷たく見下ろし、護衛たちに連れて行けと指示を出して指輪をヨアンナに手渡した。


「もう宜しいかしら? どうぞお引き取り下さい。部屋を片付けたいのです」


そう言ったミリアムに、悔しさに顔を歪め身を震わせているヨアンナが詰め寄った。


「ここは私の部屋になるんだから、出て行くのはお前よ!」


前に出ようとするポーリーを後ろに庇い、ミリアムはヘンドリックスを見つめて言った。


「ここは私の部屋です」


目を見開いてミリアムを見つめて立っているヘンドリックスの頬を両手で挟んで自分の顔を近づけたウルスラは、ヘンドリックスの目を見つめてゆっくりと言った。


「ここは最愛の義娘ヨアンナの部屋に相応しいと、旦那様はそうおっしゃったでしょう?」


ウルスラを見つめていたヘンドリックスが、またあの蕩けるような笑顔をウルスラとヨアンナに向けて口を開こうとした時、ミリアムが重ねて言った。


「ここは私の部屋です」


その言葉を聞いたウルスラが醜く顔を歪め、何かを喚きながら鞭を振り上げてミリアムに走り寄って来た。

庇おうと前に出たポーリーを、ミリアムは咄嗟にありったけの魔力で包み込んだ。

全てがゆっくり動いている中、ミリアムはポーリーをこのままどこかへ転移魔法で移動させようと思いついた。

でも、どこへ…


そうだ! ヴァンに渡した手紙の所へ!


振り下ろした鞭が空を切り、勢い余って床に倒れ込んだウルスラは、一体何が起こったのかと、床にへたり込んだまま周囲を見回している。

目の前に居た侍女が一瞬で姿を消したことに、ヨアンナもヘンドリックスも驚愕に目を見開いている。


「何を驚いていらっしゃるのかしら。 お父様は私が魔法使いだとご存知でしょう」


しりもちをついたヨアンナが青い顔で床を這ってウルスラの背中に隠れながら言った。


「人を消すなんて! なんて恐ろしい魔女!」


その言葉を聞いて、ハッと何かを思いついたようにウルスラが這うように慌てて部屋を出て行った。

その間、ヘンドリックスを見つめていたミリアムの瞳が、窓から差す日の光に透かされて金色に輝いて見えた。

それを見たヘンドリックスは、ミリアムに手を伸ばしてうわごとの様に呟いた。


「その金の瞳…そうだ、アグネスと同じだ。アグネスも魔法使いだった」


そう言ってミリアムに近づこうとしたヘンドリックスを、護衛を引き連れて戻って来たウルスラが強引に引き戻し、ヘンドリックスの顔を両手で抑えて自分の顔を近づけ、大きな声で呼びかけるように言った。


「魔女の目を見てはいけないわ。それは恐ろしい魔女なのよ。人を消してしまうような邪悪な魔女なの。 目を見れば魅入られてしまうわ。 さあ、しっかりして下さい、旦那様!」


ウルスラはそう言って持ってきた足輪を渡して更に言い含めるようにヘンドリックスの目を凝視して続けた。


「これはジラード国に伝わる悪い魔女を封印する足輪よ。これをその魔女に着けて! さあ、早くしないと皆消されてしまうわ!」


魔法を封じると聞いて、急いで扉へ向かったミリアムだったが、ポーリーに掛けた移魔法で魔力をほとんど使い切ったために体が思う様に動かない。あと一歩のところで目の前でウルスラに扉を閉じられてしまった。行く手を阻まれて立ち尽くすミリアムは、目の前で薄笑いを浮かべてヘンドリックスに向かって叫ぶウルスラの顔を呆然と眺める事しか出来なかった。


「旦那様!早く魔女の封印を!」


もう自分が転移する事はおろか、結界さえ張る魔力の残っていないミリアムは抵抗も空しくヘンドリックスに取り押さえられ、ウルスラに言われるままのヘンドリックスに魔法を封じる足輪を付けられてしまった。


「これでもう魔女は魔法を使う事が出来ないわ」


ウルスラの言葉通り、

足に付けられた足輪がするりと形を変えてミリアムの足首に合わせてピタリと嵌った瞬間、それまで当たり前のように体を廻っていた魔力の流れが、まるで足輪に吸い込まれるように消えていくのが、ミリアムにははっきりとわかった。

ミリアムの魔力が消えたのと同時に、部屋の家具に掛けている魔法が消え、まるでガラクタが積みあがっているような部屋を皆が驚いて見渡している。

その様子を見たウルスラとヨアンナは、大げさに怖がった演技をしながらヘンドリックスに縋り付いた。


「なんてひどい部屋!私たちが見ていたあの部屋が、本当はこんなガラクタだらけだったなんて! 」

「旦那様、見たでしょう? 私たちは今まで悪い魔女に騙されていたのよ。本当に恐ろしいわ」


ヘンドリックスに腕を絡めて顔を覗き込んだウルスラは、汚らわしいものを見るような目をミリアムに向けて続けた。


「この魔女の母親も魔女だったんでしょう? なんて恐ろしい事! 旦那様はジラード国で稀に生まれるという邪悪な魔女たちに操られていたのよ。これからは私たちが付いているからもう安心よ」


母のアグネスを邪悪な魔女と言われ、ミリアムは怒りを込めた目でウルスラを見据えて言った。


「母は決して邪悪な魔女などではありません」


ヘンドリックスに視線を移したミリアムはその目を見ながら訴えた。


「その事はお父様が一番良くご存知でしょう?」


ヘンドリックスはガラクタだらけの部屋を見渡し、嫌なものを見るような目をミリアムに向けて言い放った。


「私は今まで邪悪な魔女どもに騙されていたんだな。魔法を使うなど、よく考えれば不可解な事だ」


ウルスラが嬉しそうに相槌を打ち、ヨアンナが蔑んだような口調で言った。


「そうよ、ジラード国では邪悪な魔女を見つけたら捕まえて牢屋に入れるの。その為に魔女の封印の足輪があるのよ」


その言葉に頷いたヘンドリックスが扉を開けて外に控えていた護衛たちに命じた。


「その魔女を地下牢へ連れて行け」


しかし、護衛たちは、邪悪な魔女という言葉に恐れをなしてミリアムに近寄る事を躊躇している。

それを見たウルスラは、魔法は封じたから大丈夫よと言って、ミリアムの髪を掴んで地下牢へ引っ張っていった。

到着した地下牢の一番狭い部屋にミリアムを投げるように放り込んだウルスラは、牢番が錠を下ろす様子を顔を歪めて眺めている。ヨアンナはミリアムに唾を吐きかけて言い放った。


「ざまあみろ!」


ウルスラは、地下牢の入り口でミリアムが閉じ込められるのを忌々しそうに見ていたヘンドリックスに顔を近づけて、言い聞かせるように語りかけた。


「悪い魔女は退治したわ。これで私たち家族は幸せに暮らせるわね。この家の娘は初めから居なかったことにすれば良いわ。ねえ、旦那様、それならヨアンナを跡取りにするのはどうかしら。そうすればずっと三人で一緒に暮らせるわ」


手を打ってさも名案の様に言うウルスラに、ミリアムが答えた。


「この国では当主と血の繋がりの無い養子は後継になれないわ」


ウルスラの言ったようにヨアンナを指名することは不可能だ。ウルスラに言いなりのヘンドリックスが決まりを無視して無理に届けを出したところで受理はされない。そんなことを強行して、後継者の指名予定だったミリアムを地下牢に閉じ込めたことが発覚すれば、伯爵家の簒奪と判断されて必ず貴族院の調査が入るのだ。

それを聞いたウルスラはニヤリと笑って自分のお腹を擦りながら言った。


「それなら心配いらないわ。これから産めばいいんだから」


ウルスラの年齢がいくつなのかは分からないが否定はできない。そうなれば、ヘンドリックスはミリアムをここに閉じ込めたまま、もっともらしい理由を付けて、その子を後継者に指名するだろう。ウルスラは勝ち誇った顔でミリアムを見下したように一瞥し、ヘンドリックスに腕を絡めると、一行を促して地下牢から去って行った。




地下牢に取り残されたミリアムは、狭い寝台に腰かけてぼんやりと座っていた。

ポーリーをこの邸から外へ出せたことで、ミリアムにはもう思い残すことはなかった。ミリアムが居る限り、ポーリーはここを出る事は無かっただろう。このまま邸に残っていてもきっと二人とも平穏な未来は望めなかった。


だから、ポーリーにはミリアムの犠牲にならずに、ヴァンと二人でここを出て幸せになって欲しかったのだ。ポーリーはどこかで幸せに暮らしている、そう思える事がミリアムにとっては救いなのだ。

高窓から差し込む月明りが足元に落とす自分の影に気付き、ああ、もう夜なのだと顔を上げて窓を振り仰いだ。


あの時、ヘンドリックスがミリアムだけでなく、母のアグネスをも邪悪な魔女だと言い、騙されていたと言った言葉は、心の拠り所だった幼い頃の幸せな思い出に容赦なく投じられた石の様だった。その一撃を受けた美しい家族の思い出の一場面は、まるでガラスが割れるようにひび割れて粉々に砕け散ってしまった。


目にたまった涙が零れないように、高い位置に開けられた小さな窓から見える月を眺めていたミリアムだったが、自分はもうこの地下牢から出る事は出来ないかもしれないと思った瞬間、溢れる涙を止める事は出来なかった。



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