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【書籍化決定・タイトル改定】無能令嬢と追放しても構いませんが、後悔しても知りませんよ? ~義家族の皆様、どうぞ最高の終焉を~  作者: お伝


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懐かしい人

結婚式を一週間後に控え、ウィレムから新居でウエディングドレスの調整とお茶会に誘われたミリアムは、いつも通り侍女たちに磨き上げられてやって来た。


ウィレムは毎日の訓練で幾分表情が出るようになっている。相変わらずまばたきはしないが、ミリアムを見る銀色の光を纏った深く碧い瞳は眼差しはとてもやさしい。


デザイナーとの打合せも終わり、サロンに移ると、茶菓を用意したメイドたちが部屋を出て二人きりになった。


人前では恥ずかしいミリアムだったが、二人だけの時は遠慮はいらない。手を取ってぴったりとくっついてソファーに座るウィレムの肩に頭をちょこんと乗せて、上目遣いで顔を覗き込んだ。深い青の瞳が日の光を受けて銀色に輝いている。ミリアムが大好きなウィレムの神秘的な瞳を堪能していると、耳まで真っ赤になったウィレムは、ミリアムの額にそっとキスを落とした。


我慢もそろそろ限界だと呟きながら立ち上がったウィレムが、ミリアムの手を取って告げた。


「今日は新しい使用人が来るんだ」


そろそろ到着するころだからと優しくミリアムを立ち上がらせて腕を差し出した。

相変わらずまばたきをしない瞳に見つめられて玄関までエスコートされ、馬車寄せで立っていると、見えて来た馬車の窓から落ちそうになるほど身を乗り出して手を振っている女性がいる。



ポーリーだ!



馬車から降りたポーリーに、ミリアムは思い切り走って行って飛び込むように抱き着いた。

ポーリー! ポーリー! 会いたかった!

そう言っているつもりなのに、えぐえぐと言葉にならない私を、ポーリーは落ち着くまでずっと優しく背中をさすり、そっと抱きしめていてくれた。


「私が来たからにはもう大丈夫です。お嬢様は何にも心配いりませんからね」


その後ろで、ヴァンがウィレムに礼を執った後、二人並んでミリアムとポーリーを見つめている。




到着するや否や、侍女服を完璧に着こなして一筋の後れ毛さえなく髪をまとめ上げたポーリーと夫で庭師のヴァンは、改めて他の使用人たちと顔合わせをした。


ウィレムと共にポーリーに邸を案内して一通り説明を終え、最後にミリアムの私室に入るとポーリーが口を開いた。


「成る程、あちらがお嬢様の旦那様になるお方ですか。

お手紙の文面からにじみ出るお人柄から、私はずいぶんと間違った想像をしておりました。そうですか、不肖このポーリー、想像力はまだまだ研鑽が必要の様です」


そう言ったポーリーの言葉に、近くに居た侍女たちはコクコクと頷いている。ポーリーったら、一体どんな想像をしてたのかしら。後でこっそり聞いてみよう。


夕食はポラーニ邸で取る事になっているので、ウィレムと馬車に乗り込んだミリアムは、ウィレムの隣に座り、手を取ってお礼を言った。


「ポーリーを呼んでくれて本当にありがとう。もう会えないとあきらめていたの」


涙ぐんで話すミリアムを、ウィレムは抱き寄せて言った。


「大切な奥さんが信頼する使用人を用意するのは夫の務めだよ」


ミリアムはウィレムの胸に顔を埋めて、小さな声でもう一度『ありがとう』と言った。




その夜、新居に戻ったウィレムはポーリーを執務室に呼んだ。


「長旅ご苦労だった。侍女の話を受けてくれて感謝する。ヴァンと共にこれからミリィをよろしく頼む」


礼を執ったポーリーは改めてウィレムにお礼を述べた。


「お嬢様が生きているとお知らせ頂くまで、私はどうやって生きていたのか殆ど覚えていませんでした。お手紙を拝見して、やっと自分が生きている事を許せたのです。お声を掛けて頂き、またお嬢様にお仕えできることは光栄の極みです。本当にありがとうございます」


そう言って頭を下げたポーリーに、執務机に肘をついて手を組んだウィレムが言った。


「ミリィの小さなころから知っているんだろう? それを全て聞きたい」


その言葉にポーリーは軽く頭を下げて訂正した。


「恐れながら、私はお嬢様が奥様のお腹に宿った時からお仕えしております。初めてお腹を蹴られた時からでよろしゅうございますか?それとも、この世に誕生されたあの素晴らしい瞬間から?」


その言葉に挑むように、ウィレムは片眉を上げて言った。


「では初めて腹を蹴った時から頼む。その見返りに、ミリィがここへ来てからの事はまばたきさえ惜しんで見つめて来た。何でも聞いてくれ」


畏まりましたと言ったポーリーは、淡々と聞いた。


「時に、私はお嬢様の専属侍女として雇われたと記憶しておりますが、何故お嬢様と離れてこちらに留まっているのでしょうか」


ウィレムは一瞬目を泳がせた。ポーリーが新居に居る事で、早くここへ来たいと思わせたいとか、再会の時の二人の親密さに嫉妬したとか、言えない。


「気心が知れた私がお側に居りましても、お嬢様の愛情は旦那様ただお一人だけに向けられておりますので、どうぞご安心ください」


心を読まれたのかと、ぎょっとしたウィレムは眼光鋭くポーリーを見やり、思わず問いかけてしまった。


「本当にそう思うか?」


ポーリーは胸を張って答えた。


「もちろんですとも。本日再会したお嬢様は幸せに光輝いていらっしゃいました。それは正に相愛の為せる業でございましょう」


慈悲に溢れた恍惚の表情を浮かべたポーリーはウィレムに向き直って言った。


「それに、今日のお嬢様の装いと言ったら! あちらの侍女たちの仕事でございましょう?ぜひあの技術を私も習得して、若奥様となるお嬢様を磨き上げて差し上げたいのです!」


そいうと、ふと真面目な顔になってポーリーが告げた。


「それに、久しぶりにお嬢様にお会いしてご挨拶をする時間、仮令一瞬でも旦那様とのお時間を奪ってしまう事になると思うと心苦しくてなりません」


そう言われたウィレムは、確かにここへ来た時にポーリーと再会を喜び合って自分が置いておかれる事を想像してむっとした。


「分かった、今からポラーニ邸に向かう様に。その様に連絡しておく」


辻馬車を雇い、喜び勇んで邸を後にするポーリを、二階の執務室の窓から見ていたウィレムはぽつりとつぶやいた。


「色々と負けた気がする…」




ウィレムの強い勧めで新居の離れに越してきたヘンドリックスは、庭師のヴァンと和やかに庭仕事をしながら、相変わらずお花たちの世間話ににこにこと相槌を打っている。


引き続き専属護衛となって新居に移って来るスヴェンとダンリーとの関係も良好で、彼らの馬の世話も買って出ているという。


辛い事や悲しい事もあったけれど、今、私はとても幸せだ。ペンダントをそっと握ると、その度に淡い光を放って応えてくれる。


私はもう一人じゃない。



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