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【書籍化決定・タイトル改定】無能令嬢と追放しても構いませんが、後悔しても知りませんよ? ~義家族の皆様、どうぞ最高の終焉を~  作者: お伝


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幼馴染のお兄さま ファン=ルーベン伯爵

困窮して土地から逃れるファン=ベルス領の領民を受け入れる手続きの為、密かに領境にある関所に駐在していた隣領のファン=ルーベン伯爵は、工場長からミリアムの保護を求められたものの、その場で了承の返事をする事は難しかった。


もっと小さな子どもなら手立ては立てやすいが、デビュタントを迎えようかという年頃である。こちらには無理を圧して保護する程の理由付けやメリットがない以上、破産した家の妙齢の令嬢を保護したと広まれば、周囲には愛妾にでもするつもりかと勘繰られる。昨年結婚して子どもが生まれたばかりなのだ。この時期にそう言った面倒事は避けたいと、そう思っていた。


ところが、次に齎された知らせで事態は一変した。何と、ミリアム嬢が攫われたというのだ。すぐさま駐屯していた領兵団を指揮してファン=ベルス領の関所を超えた。

ミリアム嬢には気の毒だが、これで他領へ自兵団を送り込む大義名分が出来る。その過程で荒れ果てて放棄された領地の惨状を目にしたとして、国に堂々と報告が出来るのだ。後は保護したミリアム嬢をどう扱うか。


(破産を招いた貴族家は連帯責任で賠償金を支払うまで炭鉱の労役場へ送られる。ミリアム嬢に関しては、領地を救うために奔走中に誘拐されたと口添えすれば、で労役場送りは免除してもらえるだろう。しかし、家名も財産も失って令嬢一人で生きていくのは無理な話だ。亡くなった夫人から受け継いだ個人資産があるだろうから、その一部を寄付して修道院に行けばそれなりの生活は出来るだろう。情状酌量として認めてもらえるよう働きかけて見よう)


そう思案しながら先頭に立って馬を走らせていた。

程なく到着したファン=ルーベン伯爵を待ち受けていた工場長と家令の報告により、ミリアム嬢と護衛が馬車ごと消えたという織物工場に案内された。聞けば、ミリアム嬢の保護の為に手助けしてくれていた行商人の『ロイ』という人物と仲間の三人が後を追っているという。馬車の轍と馬の蹄のあとを追って行くと領都のはずれにある森の中へ繋がっていた。


轍を辿って森の奥へ分け入り、辿り着いたのは少し開けた場所だった。

そこで見た光景を、ファン=ルーベン伯爵は生涯忘れる事は無いだろう。


空の馬車が横転し、護衛の二人がその馬車の一角を守るように折り重なって倒れている。そして彼らが守っていたであろうその場所には、胸元を赤く染め、馬車を背にして凭れ掛かっているミリアム嬢の姿があった。

ファン=ルーベン伯爵が走り寄り、掬い上げた手からはもう脈を感じ取る事は出来なかった。

周囲に男が四人、木に身を隠すようにして短剣を構えているのを見て取ったファン=ルーベン伯爵はミリアムの手を取ったまま、男らに憤怒の表情を向けると、周囲を包囲している兵士たちに命じた。


「必ず全員生け捕りにしろ! 手足など無くても構わん!」


ファン=ベルス領とは隣り合わせで産業もよく似ている為、比較的良好な関係を保っていた。そのせいでミリアム嬢の事は小さなころから良く知っていた。

九歳年下のミリアムは、亡くなった前ファン=ベルス伯爵夫人によく似たラベンダーの瞳のとても可愛らしい子だった。もう少し年が近ければ婚約者の候補になれたのにと両家は残念がっていたのだ。ファン=ルーベン伯爵自身も、結婚相手には無理だと思ったが、人懐っこいミリアムを年の離れた幼馴染として可愛がっていたのだ。


ファン=ルーベン伯爵は激怒していた。ミリアム嬢を害した賊どもは元より、

後妻を迎えたからと言って、これほどまでに領を荒廃させ、しかもこの状態の領地にミリアム嬢を一人で送り出したファン=ベルス伯爵に対して猛烈に腹が立つ。

穏便に領地の合併を考えていたが気が変わった。王国中にこの事を大々的に知らしめてやる。それが、保護を躊躇った自分に出来るミリアム嬢へのせめてもの贖罪だ。ミリアム嬢の手を取り、誓いの言葉を口にした。


「必ず報いは受けさせる」


賊はあっさりと捕縛されたが、全員が自分たちは犯人ではないと言い張っている。 到着した時には既に殺されていた、短剣はこの場に落ちていたと口々に喚いているが、そんな犯人の常套句に耳を貸す者などこの場には居ない。

この状況下で何をか言わんや、奴らが持っていた短剣に付いた血糊もミリアム嬢と護衛二人の物以外考えられないし、傷の跡も奴らが握りしめていた短剣と完全に一致する。

行商人と自称しているが、四人が持っていた身分証は偽造であり、元を辿れば野盗だった事が分かった。


更に、仲間割れした男の一人が、『ロイ』の計画した令嬢の誘拐と人身売買の計画を洗いざらいしゃべった事で事件の詳細は明らかになったのだ。これなら王都に引っ張って行くまでもなく、王国法であれ、領法であれ、貴族殺しは極刑だ。国に報告の際に願い出た通り、刑の執行はファン=ルーベン伯爵に一任される事になったのだ。



四人の刑が執行されたのは、元ファン=ベルス伯爵領の中央広場だった。連行される途中の道々に立つ数多の元領民や織工たち、駆け付けた王都の邸の使用人たちからの投石と罵声を浴びせかけられた。処刑台に立った男たちの主張は広場を埋め尽くす人々の怒号によってかき消され、数多の憎悪の目に囲まれて刑は執行された。全てが終った後、広場を席巻していた怒号は、ミリアムを偲んですすり泣く声に変わっって行った。

そんな領民たちに向け、壇上で立ち上がったファン=ルーベン伯爵の声が響いた。


「領地と領民を愛した慈悲深いミリアム嬢に、心からの哀悼の意を表する」


そう言って十字を切った姿を目にした会場の皆は、伯爵に倣って十字を切り、皆でミリアムの為に祈りを捧げたのだった。


ミリアムと護衛たちの棺を王都に送り届け、式典を終えて帰領したファン=ルーベン新侯爵が、投獄されていた『ロイ』が最期に言い残した言葉の報告を牢番から受けたのは、事件から二か月が過ぎていた。


『ファン=ベルスの後妻と養女は魅了持ちだ』と。


聞き覚えの無い言葉だったが、念のため、国に提出する事件の報告書には追加記載をしておいた。


そして、その事がアドラー国王の耳に入ったのは、更に半年が過ぎた頃だった。



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