終章
無事に父と和解した磋欄が呼びに来たので納雪と霊欄は服を片づけて一階に戻った。短編とはいえ父の物語を終盤まで聞き、感想を挟んでいたこともあって昼下りであった。母・姉の囲う食卓に合流した納雪達は、先に食べ終えた次女を見送ってゆっくり食べ進めた。村内の医院でボランティアをしている次女と同じように、昼から仕事に出る姉もいる。中でも長女や七女は魔物退治の仕事を請け負うハンタ業をこなしているので家を空ける時間が長めだ。母達の手伝いをしている三女、竹神邸の近くで魔物の警戒をしている五女、旅や仕事探しのため留守にしている四女と六女もそれぞれ忙しいだろう。今年から中等部に通っている納雪も本来なら忙しい時間だが不定期登園であるから、学園に通っていない妹磋欄と霊欄とともに父の物語を聞く時間がたっぷりある。
昼食を済ませると各各が流しへ食器を片づける。台所は広くない。父のもとへ向かう磋欄と霊欄と入れ替りで納雪は食器を片づけた。食器を受け取ったのは第二の母で霊欄の実母だ。
「メリアおかぁさん、食器ありがとうございます」
「どういたしまして。こちらこそありがとうございます。今日も残さず食べてくれて、羅欄納さんともども悦んでいます」
洗い終えた食器をテキパキ片づけているのが納雪の実母ララナである。
村の竹神邸に合流してからは三女が調理の手伝いをすることも多いが台所が手狭だ。役割分担すると食器洗いと片づけは二人の母が担うことがほとんどである。
「おかぁさん、ありますか、手伝えること」
「私のほうはございません。メリアさんからお話があるようなので、聞いてもらえますか」
「メリアおかぁさんから」
仰いでみると、そわそわしているメリアが、
「ちょっと耳を貸してくださいね」
と、耳打ちから入った。「納雪さんと磋欄さんと一緒に音さんのお話を伺っているようですが、霊欄さんは何か変なことをしたりいったりしていませんか」
「変なこと、ですか」
「た、例えば、わたしのこととか」
「いいえ、特には」
「そ、そうですか。それならいいのですが……」
そわそわが治まらないメリアである。
……磋欄さんにつきっきりだからか、霊欄さんはメリアおかぁさんの話をしないな。
異母姉には話しづらい、と、遠慮しているのだろうか。
その一方で、メリアの様子も納雪は気になる。
「メリアおかぁさん、霊欄さんがいけないことをするのが心配なんですか」
「はい、昨日のこともありますから」
何かあったのだろうか。眠り続けていた磋欄と霊欄が父に起こされたことは納雪も知っているが、ことさら心配させるような行いをしたとまでは聞いていなかった。
山積みの食器を母がそつなく洗ってゆく傍らで、納雪はメリアに尋ねる。
「霊欄さん、何かしてしまったんですか、昨日」
「じつは──」
オトが磋欄と霊欄を起こした直後、メリアは目を見張る出来事に直面した。
「っははは、わたしは泣く子も黙る神鳴りだぞ〜、平伏せ、平伏せ〜」
雷属性魔法で身体機能を強化して部屋を走り回る子というのは、ずばり猛烈である。子自体が台風の目のようで、自分は怪我ひとつしないのに、周りをことごとく破壊してゆく。
「俺は観てないが、最初の音羅を思い出すね」
「そうですね。あのときは大変驚きました」
同じ惨状を観てオトとララナが落ちついているのは、部屋の壁面や床、天井に至るまで障壁魔法で壊れないようにしている。生まれて間もない娘が普通の少女のような体格を得たのは自分と同じなので頓着しなかったメリアだが、ここまで荒っぽく動き回ることには恐怖した。
「止めましょう。怪我をしてからでは遅いのです」
「精神力が切れたら自然と止まると思うけどね」
「そんな悠長な……」
起き抜けの磋欄も近くにいる。ララナが手を繫いでいるから磋欄に怪我をさせることはないが、霊欄の素行が視覚的に悪影響しては名前と逆行した不良娘も同然になってしまう。
落ちついているオトは、怠惰で、しかしながら、厳しくもある。
「霊欄はひとより間違うことも多いかもね」
「それはいったい……」
この行動は間違い。そう考えているのに止めない、と、いうことか。
「放っておけません。……っ!」
嵐を止めるべくメリアが前へ踏み出そうとしたところで、霊欄が止まった。眼前に、思わぬ大岩が現れたのである。
「──『煩い』の一言でした」
霊欄を止めた大岩は、無論、磋欄の出したものであった。「あれで磋欄さんと霊欄さんのヒエラルキが決したような気がします」
「ひえらるき……」
「簡単にいいますと強弱でしょうか、霊欄さんは磋欄さんに弱くなったという感じです。それはともかく、霊欄さんは少しやりすぎてしまうところがあるようなので、心配で……」
昨日の様子を聞くとその心配も当然のものであるが、
「霊欄さんなら大丈夫です」
と、納雪は自信を持って安心づけた。「おとぉさんの物語を聞いて、霊欄さん、いろいろなところに目を向けていてすごい、って、わたし、思いました。だから、大暴れするようなこともないと思います。もしやりすぎたことがあったらわたしも止めますから安心してくださいね」
「納雪さん……。ありがとうございます、お願いしますね」
「はい、任せてください」
メリアは心配で心配で仕方がないからそわそわしていたのだろう。取越し苦労で済むように霊欄のことをよく観ておかなくては。
……さっきの様子も少し気になる。
昨日の大暴れのせいか、別の悩みがあるのか。……行こう。
物語の結末を聞くべく磋欄と霊欄が待っている。納雪は、父の部屋に向かった。
〔──親のおもいというものは、存外、子には伝わらないものである。
子時代に親の抑圧を理解できないことに始まり、反発を覚えることで和解の道に近づいてゆく。親になると、子に物を覚えさせることの難しさをことごとく覚え、理不尽に感ぜられた抑圧の正体を知る。
反発に拗れたまま抑圧することのみを覚えると不誠実となる。そこには自己しかなく、理不尽な、不条理な、暴力が重なる。暴力は連鎖・循環して、重なるほどに断ち切りづらくなる。それはひとたび用いると手放すことが難しい偽薬である。
……暴力は変わらないなァ。
魔物の世界は弱肉強食。全ての魔物を始祖が支配することが定められていることに、母の頭突きでバルァゴアは悟った。他方、それを受け入れがたく、反発している自分がいる。
バルァゴアは城にとどまり、両親に反抗せず、寝首を待った。初手の頭突きは揺るぎなく、隙を衝かねば追い落とせない相手であることを理解した。正面からの打倒は無謀、逸れば自らの首を落とすこと、と、現状を吞み込んだ。
台地・不動哭山の散策をした。城を脅かす気概ある者がいないか探していたのであるが、都合よくはゆかなかった。バルァゴアが誰よりも解っていたその現実は、暴力支配の実質的な完結を意味しており、あるいは両親の命令で城外へ踏み出した自身の影響もあることを察した。危険な存在として周辺に知れ渡っていたヒュージを、彼と比べれば小柄である魔物の王子バルァゴアが従えたと知れ渡ったことで、間接的に始祖の威光を強めた側面があったのである。
ヒュージが時を掛けて台地を登った頃、城外でメンテナンスを続けていたマスブラックも一塊に戻っていた。ヒュージが持つとその体は小石程度まで小さくなっていたが、時間が経てば大きくなれるとのことでひとまず安心であった。〕
「あぁっマスブラックっ!本当に生きてたわっ!」
「うぎゅうぅ、耳許で大声出すんやないのぉ」
肩を揺らして悦ぶ磋欄を突き放すことはないものの父が撃沈した。
「どうしてっ、どうして生きてたの、あんなにこてんこてんだったのに!」
「やから大声はやめれぇえ」
「はーい。でも、理屈が判らないわ」
磋欄が父の両耳を撫でながら疑問を呈すると、霊欄が推測を話す。
「魔物が魔物として存在するには穢れと情念が必要って話だったな。消えないのはつまりそういうことなんじゃないか」
「穢れが残ってるってこと。それとも、情念のほう」
「たぶんだけど、どっちもだろうな。マスさんの情念がなんなのかはっきりとは出てないと思うけど、性格から考えるとマスさんのいいところはバルァゴアさんに忠実でほかには従わないってとこだろ。トルアさんの操る熔岩はひざまづけっていう命令と同じだと思うんだ」
「なるほどね、始祖の命令も無視して生き残ったのね。でも、体が小さくなっちゃってるのはなんでなのよ、ひどいわね」
「熔け出てどこかに行ったか、考えたくはないけど、城の壁の一部になってるのかも……」
「えぇ……」
磋欄が父の背中を叩いて、「ノンジイ、なんとかして」
「真理と筋書きが変わるようなむちゃをゆうでないわ」
地の文にすら書かれていない背景、世界を築く礎や法則は、キャラクタの個性と同じように作り込まれているのだろう。そも、土地や生態、価値観などは実際の世界と同じ、と、いう話であった。
「おとぉさんは、いろいろなところに目を配って書いていますよね。結末までの流れは変えられないんですか」
「変えられんし変えんし知らん」
「『知らん』はおかしいだろ」
と、霊欄がツッコむと、突っ伏していた父が姿勢を正した。
「基本は好きに書いとるけど、同程度にキャラクタの好きにさせとるから、途中で筋書きが変わることはよくある」
「そうなのか。じゃあ、書き始める前とは展開が変わってるところもあるんだな」
「キャラクタがぶつかり合ったとき想定した筋書きになかったような展開が生まれることがあるんよ。そういうときは柔軟に展開を変えることができるし、そうであるべきやと思う」
「『そうであるべき……』」
納雪達が思わず反復した言葉に構わず、父がノートを開く。
「ここからはノンストップね」
〔……配下が、もっと必要だなァ。
始祖また始祖を象徴する城や魔物の王子バルァゴアを恐れる者は多くとも、集められた配下まで恐れる者ばかりになるとは考えにくい。
……煽らないとなァ。
持つべき反抗心を。支配からの脱却と、自らが支配者になるための気概を。そのためには、支配者の弱みを息子であるバルァゴアこそが作り上げる。竦み上がった下位の魔物の向上心を高め、下剋上の基盤を作り出す。
時勢は空気が支配するものに限らない。意図して作り出されてゆくものも強靭だ。積極的に動き出した意志が多くの意志を束ねることで完成し、何者をも裂く刃を研ぐ。完全無欠であったはずの始祖を、鋭い刃が裂くことを胸に秘め、屈辱的な支配下で生きる忍耐が必要である。堪え忍んだ時が長ければ長いほど、刃は鋭く重くなる。
……ジジイ、ババア、首洗って待ってやがれェ。
最終目標は支配者の座を奪うこと。
だが、それと並び立って重要な目標がバルァゴアにはできた。
……花女。貴様を、オレサマは待ってるぜぇ。
いつまでも、いつまででも。
暴力を集め、弱みを作り、来たる時勢を固め、あるいは、その間に花女を蘇生する術を発掘することも視野に入っている。バルァゴアは城を拠点として、休むことなく台地と大地を駆け巡った。
配下が着実に増えてゆいた。マスブラックとヒュージを紹介した後に半ば判明していたことであったが、両親は、バルァゴアの配下を奪うことを考えていない様子であった。考えるまでもなく、そこには単純な真理があった。
……花女みたいな特殊な力でなければ恐れる必要もねェ。
して、父ヴァラァヴや母ヴァラトルアがその手で葬らんとした花女以外に脅威はなく、直接の配下が必要ないと判断している。
そんな両親と比すれば花女のなんと腰の低いことか。
……少なくとも花女は慄えもせずに堂堂としていたぜェ。
それはそれで尊大で、自らを危険に曝していた。けれども、子であるマスブラックを痛めつけることを厭わず、後に対面したヒュージにも親として接することがなく、一方で〈王子〉を擁して放さない両親より、メンテナンスを手伝い、望まぬ暴力を止めた花女のほうが、主義を自らの手で押し通していた分、邪悪だ。浄化の力があってもなくても、理解・無理解を問わず直接耳に入った言葉をもってバルァゴアは花女を信頼している。
……貴様の言葉は、ほかにはない暴力だぜぇ。
彼女の声が鼓膜を揺さぶる感覚をときどき思い出す。そのたび、殴られたでもないのに肋が折れた感がする。彼女が姿を消す前にそんな感覚がなかったから、彼女に執着する心理は浄化の力に拠ると観たこともある。不正確だ。浄化の力は両親も恐れる強力さであるがバルァゴアが恐れていたのは彼女の放つ言葉という「未知」であったのだ。力を持つ者の放つ言葉が暴力であることは始祖たる両親の言葉でも解ってはいた。しかしながら花女の言葉は消えた今だから重く響いている。
……頂点に立つには空を摑む。
真に迫っているではないか。理想は絵空事のように高く積極的な行動をすべし。その気概を示しているのが花女のあの言葉だ。
……あのとき、それが解ってたら貴様はほかの言葉を発したかぁ。
理解不能な言葉を矢継ぎ早に。考えることが増えて面倒に思っただろうが、
……貴様の暴力は心地いいぜぇ。
両親の振るう暴力と一線を画している。言葉は暴力にして悩ましい枷ともなれば背を押す手であり新たな道へ招く標のようでもあった。
「ふう……。(らしくねェなァ、感傷なんざ)」
暴力と邪悪が魔物の常。毎日のように両親の説教を浴びて今日もバルァゴアは城外に出た。
すると、
「アニキ〜!」
「バルァゴアさん」
ヒュージとその手に乗ったマスブラックが待っていた。
「んだァ、見回りはどうした。暇なら村の一つも征服してこォい」
「そんなことより変なモン見つけたんでさあ」
「そんなことよりだァ。貴様、偉くなったな、あァ」
「いや、いやあ、アニキに楯突く気じゃなくてホントにマジで変なモンなんでさあ!」
慌てて要領を得ないマスブラックからヒュージに目を向ける。
「説明しろィ」
「しながら行くから」
「おう」
マスブラックに跨る形でヒュージの掌に載ると、目的地である不動哭山の足下に辿りつくまでに説明を受けた。
……こりゃ、なんだァ。
マスブラックが変なモンとしか言えなかったのも無理からぬことであった。バルァゴアが少し観察してもよく解らないものがそこにあったのである。
「──説明した通りでしょう」
と、ヒュージ。彼の説明も、「綺麗な水みたいなもの」というくらいだった。
「なんとなく、危ない気がして触れなかったんだけど……」
とは、ヒュージがおずおずと付け加えた。
……あァ、触れないのは正解だろう。
泣く子も黙る不動哭山の足下、謂わば始祖のテリトリに極めて近い場所。そこにあってはならないものが、これだ。
「アナタはなんだと思う」
と、ヒュージが窺う。
バルァゴアは応えず、澄み渡った泉のようなそれにダイブした。
「アニキっ!」
「バルァゴアさん!」
驚く二人を余所に、バルァゴアは、全身で感じ入った。
……こりゃ、間違いない、聖水だ。
穢れを打ち消し、魔物を消滅させる力を持っている水のようなもの。魔物の身では過剰なまでの密度を感じて、一〇秒も耐えられないそれから、バルァゴアは這い上がることも忘れた。
「アニキから光が漏れて……!」
「バルァゴアさん!大丈夫!」
慌てるなと言っても慌てるだろう。バルァゴアの体から白い光の粒子が次次と溢れる。浄化されているのだ。
……人型じゃないが、花女と同じ力だ──。
それがどういうことか。……オレサマは、約束を破ったんだぜぇ。なのに貴様は……。
大量の聖水だ。まるで、これで両親を追い落とせとでも言うようではないか。
「バルァゴアさんっ!」
気が遠退いていたバルァゴアはヒュージに抓み出されて、浄化には至らなかった。
「アニキっ」
「バルァゴアさん、しっかりして!」
「……煩ェよォ、この程度で殺られるか」
力の減衰を感ずるもバルァゴアは難なく立ち上がる。
……正真正銘、聖水だァ。
魔物を浄化する力がなぜこんなところにある。その力を持っていた花女の置き土産としか考えようがないではないか。それを、ヒュージも気づいていた。
「花女さんは消えたって話だけど、これ……」
「ああ、花女の仕業だろうよォ」
花女を消したあとバルァゴアはここを何度も通っている。聖水の泉はなかった。とはいえ、花女と無関係とは考えにくい。
「アニキ。これがあれば、アニキが支配者の座を奪うこともできるんですかい」
「できるだろうなァ、それも簡単に」
始祖といえども浄化されては能力減衰を避けられない。
……が、──。
聖水の泉の出現には大きな疑問がある。花女がこれを作り出せる状態にあるか、作り出す理由があるか、と、いう二点だ。
……まず、花女がこれを作り出したとしたら、生きてることになるだろう。
花女消滅は約四〇〇夜も前のこと。バルァゴアが自分の爪で招き、自分の眼で見ていたので間違いない。が、じつのところ生存の可能性がないわけでもない。
……分身──。
花女を襲った母を止めるためバルァゴアは知らず知らず分身を作り出していた。
……オレサマの姉なら、同じように分身を作る力があってもおかしくはねェ。
あの日、実感したことであるが作った分身の分だけ本体の魔力が減少してしまう。もとの魔力を持った本体が別の場所に存在したのなら、姉であるはずの花女の魔力や体が弱かったことに説明がつく。
……が、疑わしいところはあるァ。
浄化する力。魔力を使っていたふうもないあれを、微弱な魔力しかない分身で操れるものだろうか。とどのつまり花女の魔力はもともと弱く、魔力とは異なる特殊な能力でもって浄化を行っていたとも考えられる。図らずも似たようなケースをバルァゴアは観た。
……ジジババの炎。
体を炎に変えていたあれも魔力を感じなかった。性質は違うものの、特殊な能力は始祖にもあったわけだ。バルァゴアが感ぜられる魔力が弱くても、特殊な能力の有無で侮れない存在となることは言うまでもない。
……ここの聖水には、聖属性魔力を感じるぜェ。
対して花女の能力には魔力を感じたことがない。
……花女が作り出したんなら魔力を感じるのはおかしいってことになるァ。
大きな疑問の一つ「聖水の出現」は、花女の仕業ではないと結論を出せ得て、同時に、二つ目の大きな疑問「聖水の泉を作り出す理由」は最初からなかったとも。けれど、それは花女の蘇生を求め、あえていえば生存を願っているバルァゴアの立場としてはあまりにつまらない話である。
……あいつは生きてるぁ。消えても、死んでねぇんだ。
そう思えば、花女と泉の関係をどのようにでも推測できる。自分に取っても危険なものだがバルァゴアはいくらでも前向きに捉えられる。
頂点を目指すためには空を摑めと言った彼女である。
……お膳立てなんかしねェよな、貴様はァ。
全ては弱肉強食の世界での話である。対話を求めた花女とてバルァゴアが暴力によって支配者になることを否定していたわけではない。その姿勢が潔いか姑息か、そこを測っていたことだろう。
……オレサマは必ず摑む。待ってやがれよぉ──。〕
「──終」
と、ノートを閉じた父。「はい、どうやった」
朗読中とそうでないときで父の雰囲気ががらりと変わる。朗読中の厳かさは文章とともに物語に引き込む力を持ち、それをやめるとだらしなくも感ずる。そうであるからこそ、朗読し始めたときの父の雰囲気には凄まじいものを感じて体が震える。
「おとぉさんは、怠けているくらいがいい気がします」
「同感だ」
「同感ね」
「物語の感想を聞いたんやけど」
承知している。が、それを押して納雪は父に気持を伝えたい。
「霊欄さんが物語に入り込めない、と、いっていましたが、たぶん逆です。入り込みすぎて、普段のおとぉさんが、おとぉさんっぽくない気がして恐くなってしまったんだと思います」
「あはは……お姉さんは結構鋭いときあるな」
と、霊欄が推測を認めた。「魔物の世界を舞台にしてることからしてダークだけど、主要キャラクタが生きてるかはっきりしないまま完結とか、読者の想像任せ感もダークだぞ」
「世界観がダークなのは認めるとして、想像に任せる点はどんな物語にもあるよ」
「お父さんは表現と描写が明らかに不足してる。丸投げレベルだぞ」
「ふむ、霊欄がそう感じたんなら否定しきるのももったいないか。磋欄はどう思った」
「父さんは多重人格確定ね」
「物語から著者の人格を見定めようとするんやないの」
「父さんが書いてるんだから父さん以外には書けない部分、滲み出るものがあると思うわ。レイがいうように読者の想像に任せすぎなとこがそうでしょ。自分で何も決められない父さんが書いてるってすごくよく解るわ、特にマスブラックは」
「なるほど確かに」
……そこはうなづくんだ。
「面白い考察をありがとう。霊欄や磋欄の指摘に乗ろうか。何も決められん俺にあるはずのダークな面に対してはどんな意見を持っとるん」
「そこに切り込むのは恐いな」
と、霊欄が苦笑し、磋欄も口を閉じた。
父が諸手を上げた。
「すまんかった、意見は散散聞いたね。『恐いから怠けてろ』」
「『……』」
全くその通りで、三姉妹はうなづくこともできなかった。
父は言った。近くにないだけで魔物の世界は実在する、と。バルァゴアのように活動し、ルゥヴのように儚く消える。そんな物語を描いた父が、物語の一キャラクタと同じ末路を辿らないとどうして言える。父がそうなることなどあり得ない、と、全否定できるのは、父が家を出ないからであって、そんな事実はこの縁側から庭に踏み出るだけで簡単に覆る。
妹が、それを察している。
「閉じ籠もったら気分が暗くなった。それで、すぐに外に出たくなったわ、自分からそうしたのに変だろうけど……」
と、磋欄が父を心配そうに視る。「父さんはそんな気分にならないの」
父に応答させないためかすぐに霊欄が口を開いた。
「外に出たくなっても魔物の世界にだけは行くな。食われても知らないぞ」
「わたしも、同じ気持です、おとぉさん」
納雪は、磋欄や霊欄とともに父をじーっと見つめた。
「なんの心配よ、それは」
と、父が指先をとんとん、と、弾ませた。「今年七〇の立派な年寄。現役求められても隠居するよ」
「そのくせにワタシ達を作る元気はあったのよね」
「でもそれ、飽くまで家でのことやん。まさか家の外で作るわけがないし」
磋欄の指摘は鋭いようで外れていたようだった。しかし、愉快そうに、また、嬉しそうに、父が微笑んだ。
「ありがとうね、ひとを心配できる子になってくれて」
「『──』」
「その心がいかに尊いか、その心を配ってもらえる身がいかに幸せか。そういうことを改めて理解したり、いろいろなことを考えるきっかけになったなら、この物語も悦ぶよ」
物語でもないのに声に引き込まれて、
「『──あ』」
いつの間にか父の姿は本棚の前。ノートを収めたであろう本棚を遮るようにハンガーラックが移動させられた。
「みんな頭使って甘いもんほしくなったやろ。ちょっと待っとりぃ」
そう言って父が持ってきたお菓子は母手製の竹神家定番スイーツだった。その甘酸っぱさを縁側で味わっていると父の怠惰っぷりを改めて感じ入った。
「寝たわ……」
「寝たな……」
先に食べ終えて皿とフォークを置いた途端、横になって寝息を立てている。労働どころか運動も碌にしない父は朗読でダウンしたよう。
「起こさないようにしましょう」
お菓子の残りを妹と味わう。
今日も、平和の声と音がする──。
納雪はふと思い出す。筋書きにない展開を柔軟に取り込むべきとし、さらに、そうであるべきともした父の話だ。
ともすれば父は外へ出たがっている。家にいてほしいという納雪達の思いに応えているだけで、と、考えられはしないだろうか。納雪達、否、家族全員の筋書きにない展開、すなわち、父が家を出ることを柔軟に考えよ、と、父は問題を投げかけているのではないか。して、父は既に答も提示している。
……おとぉさんの行動を縛るようなことはしたらいけない。
そういう家族でなければならない、とも。父がそれを常として動いてきたことを納雪は知っている。言葉に反するようだが父は譲らない部分も常にある。どんなに運動してほしいと言っても聞かなかったのがそれだ。一方で、魔物の世界に行かず家にいてほしいと伝えた納雪達の言葉に耳を傾けるとともに隠居生活を送るとまで主張した父は、それを明示するように寝息を立てている。父の中でも筋書きがあって、譲れるものと譲れないものがあるのだろう。引籠り生活は譲らず、その中でも譲れる部分は柔軟に譲ってゆく。
要するに、譲るところが増えたとて父が大きく変わることはない。恐れるような父の外出は端からなかった。納雪は一つ忘れていたのである。
……おとぉさんは噓つきなんだった。
演技することに等しく父はそれを十八番としている。家中でできることが限られていたからそんな技術を高めてしまったのだろう。その技術を活かしたのが、先の朗読だ。家を出ようと考えているように思わせて納雪達の凝り固まった考え方に波紋を生ぜさせることも父に取れば容易いことだったに違いない。
なぜそんなことをしたか。
暴力の世界にも一粒ほどのぬくもりがあったことはあのノートが如実に示してくれた。その大きな価値を絡めた主張に噓があったとしたら父には悪意しかないことになってしまう。ダークサイドを描きたいなら納雪達が聞くに堪えない描写を連続させるだけでいい。父の物語はそうではなかった。父が描きたかったのはそこではない。磋欄が言った滲み出る雰囲気。それこそが父であり、父の描きたかったもの。本性は、あの微笑みだ。
……おやすみなさい、おとぉさん。
霊欄が先にお菓子を食べ終えて立ち上がった。
「これから村ん中、探検に行かないか」
「食べたばかりだから脇腹痛くなるわ」
「そんなの気にしない気にしない。行こう」
「アナタね……」
「お父さんもいってただろ、筋書きを柔軟に変えないとな」
「都合いい解釈ね」
磋欄が項垂れる。「脇腹は筋書きじゃなくてシステムよ、変わらないわ」
「ああいえばこういう」
「姉さんはまだ食べてるし一人でどうぞ」
「食べ終えて食器を片づけてからなら、わたしは行きますよ」
と、納雪は応えた。家の外に出慣れていない磋欄や霊欄が一人で村の中を歩き回ると森に深入りして魔物と遭遇する危険性がある。きちんと見守ってあげなくては。
「姉さんの案内なら、ワタシも行くわ」
と、磋欄が応じて、霊欄がガッツポーズ。
「よっしゃ。じゃ、お姉さん、早く食べてくれ。用意してくる〜」
「あ、ちょっと待ってよ、って、レイが待つわけないか……」
自分と父の食器を持った霊欄が台所に寄って二階へ上がってゆいたのは忙しない足音でよく判る。
「父さん起こしたらどうするんだか。……」
「……。なんとか大丈夫だったみたいですね」
磋欄と二人で胸を撫で下ろす。「磋欄さんはその服のまま外に出てもいいんですか。汚れちゃいませんか」
「似合うか否かはともかく私服だし、ちょっとくらい汚れても大丈夫よ。レイに付き合わなければ泥んこ遊びなんかもしないだろうし」
「霊欄さんの調子に乗せられてしまうと思うので」
「雨合羽を装備する方向で。汚れたら大変そうだわ」
再び項垂れた磋欄が上目遣いに見る物干竿に空きスペースはない。
最後の一切れを口に入れて立ち上がった磋欄が雨合羽を探しに向かうと、納雪は甘酸っぱさと緑の光を愉しんだ。
……今日もいい天気。
お菓子を食べ終え、片づけを済ませた頃に磋欄、霊欄と合流、間もなく村に繰り出した納雪は二人の興味に付き合い、期せずして忙しい一日を過ごした。
三人で湯船に浸かり、一部留守組を除いた家族と夜食を摂って、それぞれの部屋で就寝となった。
深夜だろうか。納雪は、体が揺れて目が覚めた。地震か、と、瞼を開けると、
「……姉さん、ごめん、起こして……」
「え、磋欄さん。どうしたんですか、まだ朝でもありませんが……」
「うん……」
肩に掛かった手を辿ると布団脇に磋欄の姿があった。表情は、暗がりのせいでなく曇って観えた。
「火急の話がある様子」
とは、隣で眠っていたはずの五女が言った。「納雪、耳を傾けては」
「はい。磋欄さん、何かあったんですか」
掛布団から出て、納雪は磋欄と面した。
「引っ張り回されて眠かったから寝ちゃいそうだったんだけど、物音がした気がして起きた。そしたらレイがいなかったわ」
「霊欄さんが……」
「納雪」
呼んだ五女を振り返ると、「屋上のようです」と、指先の導きがあった。
「どうして判るの」
と、磋欄が前のめりに尋ねると、五女が横になった。
「霊欄の魔力を探りました。三階踊り場脇の梯子をヴァイアプト殿に照らしてもらうとよいでしょう。では、おやすみなさいませ」
「『おやすみなさい、ませ……』」
姉の端的な説明もあって、納雪は磋欄と部屋を出た。階段は東西に一つずつ。納雪と磋欄は東階段を使って三階に上がった。踊り場は北中央の空室に面した一帯である。夜ということもあってヴァイアプトが足下に光を向けており壁側や天井は少し暗く、梯子がどこか判らない。
「夜遅くごめんなさい、ヴァイアプトさん。屋上の梯子を照らしてください」
二株のヴァイアプトが応えた。踊り場中央の壁に向かって光が集まり、影が浮き出た。
「梯子だわ。こんなのあったのね……」
「ヴァイアプトさん、ありがとうございます。しばらくそこに当てていてください」
納雪、磋欄が順に梯子を登る。天井に手を当てると、思ったよりも軽く、するっと持ち上がって、月明りが洩れた。
屋上へ顔を出すと、頭上の庇から脚が垂れていた。
「霊欄さんと……おとぉさん、ですか」
「ユキお姉さん──」
「ワタシもいるわよ」
「サラまでっ……」
庇の支柱に摑まって屋上へ這い出ると、敷地外の地上からは見えない位置に平たい床が敷いてあり、展望台のようになっていた。
「すごいです。家にこんなところがあったんですね」
「ちょっとした隠れ家やからね」
と、庇の上の父。横に並んで座っている霊欄が目を合わせないのは、ここに来てほしくなかったからか。
心配してやってきた磋欄に遠慮はない。
「いきなり消えないで。誘拐かと思ったわ」
「そんなことあるわけないだろ。冷え込んだらアレだし、サラとお姉さんは早く部屋に戻れ」
「……ここにいたらいけませんか」
「お姉さん……空気読んでくれ。今はちょっと、大事な話をしてたんだ」
「『……』」
深刻な話であることは、霊欄の表情で嫌でも判る。それで部屋に戻る、と、いう選択はできない。
「父さん、何を話してたか教えて」
「お父さん、口を割ったら絶交だからな」
磋欄の催促を霊欄が素早く遮った。
……そこまで隠しておきたいことなのか。
双子と表現するほどの磋欄にまで隠しておきたいこととはなんだろう。
父が霊欄を窺う。
「磋欄は先に寝たんやなかったっけ。絶交は嫌やから俺は話さんけど、磋欄の話を聞くくらいはすべきやな」
「そうだけどさ……」
「……レイラン」
磋欄が不器用に睨んだ。「ワタシ、一応、姉なんだからね。昼はアレだったけど、悩んでることとかあったら、ワタシだって話を聞く。だから……話してよ」
「……、サラ──」
月明りがざわめく。「ごめん、これだけは、いいたくない……」
「レイラン……置いてかないっていったくせに──!」
「ごめん!別に、サラが嫌いとかじゃない、傷つけたいわけでも、ない。だけど、いえない」
「どうして……」
「……」
口を閉ざした霊欄を、磋欄が見つめ続ける。
……二人は、双子じゃない。双子じゃないけど、……双子みたいだ。
昼の霊欄と今の磋欄はよく似た目差をしている。どうにかして寄り添おうとしているのにうまく言葉が出てこないから、じっと見つめて訴えかけている。昼の磋欄と今の霊欄も同じだ。うまくゆかなくて背を向けても、本当は顔を合わせたくて仕方がない。
……磋欄さんの悩みを聞いた霊欄さんが話せないこと。
納雪は、両手をぱっと空に掲げた。結晶が舞って、月明りがきらきらと輝く。
「霊欄さんは、放っておいてほしいんですよね」
「お姉さん……、ああ、そうしてほしい」
「そういうことだったんですね──、磋欄さんが閉じ籠もったとき、離れようとしたのは」
「……」
「独りにしたかったんじゃなくて、思ったんですよね、きっと気持を理解してあげられない、って。自分の気持もきっと理解されないだろうから、って」
「……それ以上はいわないでくれ。頼む」
霊欄が顔を伏せた。
「解りました、から、顔を上げてください。でも、お願いです、振り返ってください。磋欄さんの手を取って離れないといって抱き締めたあのときどんな気持を伝えたかったのか、……。……また会いましょう、明日」
納雪が家に戻ってゆいた。
オトは、煌めきの一つを掌に載せて、霊欄の両手に零した。
「いろいろなことに汚いもんを感ずることもあれば、汚いもんをあっという間に輝かせることもできる。それがなんなのか、とっくに知っとるよね。そんじゃ二人とも、おやすみ」
「『……おやすみ』」
理解の糸口は結晶とともに納雪が残してくれた。
父を見送ると、磋欄は霊欄の隣に座った。
「綺麗ね、姉さんの結晶……」
「……そうだな」
手に取っても消えない優しさは、姉が大好きな霜雪を思わせる。
「レイ……。……」
「……」
吹き抜ける風が思いのほか冷たい。長居はできないのに、そうせざるを得ないほど磋欄は言葉が出てこなかった。気持を伝えるのが上手でないと自覚している。話したいことが決まっていても、うまく伝えられない気がして勇気を振り絞れない。
……レイランも、こんな気持だったかも知れない。
岩に閉じ籠もった磋欄を抱き締めたとき。納雪と一緒だったから勇気を出すことができたとも思えるが、無い勇気は奮えない。納雪の存在は後押しであって、霊欄に積極性がなかったわけではない。
……ワタシだって、レイランの役に、立ちたい。
抱き締めてあげたい。「……ワタシ、母さんやレイが綺麗で、羨ましかったの」
「え……」
「昼に伝えたことだけど、改めて伝えるわ。ワタシ、置いていかれたくない。恐かったわ、みんながどんどん先に行ってしまってる。少しでも追いつきたくて、母さんやレイに似合いそうな可愛いもの、父さんに頼んで作ってもらって、身につけたわ。そうすれば、立ち止まってもらえて、話してもらえる、そう、思った……」
「……そうだったんだ──」
「ワタシ、マスブラックよりきっと馬鹿だわ……」
わざわざ父に頼んで作ってもらったことは、恥ずかしくて言い出せなかった。不細工な自分が似合うわけもない服を身につける理由も、同じだった。情けないほどつまらない理由に、自分がちっぽけな存在であることを思い知らされた。置いてきぼりを食っても仕方がない、と、自認する馬鹿馬鹿しい動機が、中身のなさも露呈し、ますます不細工に拍車が掛かるようだった。成長できず変われないことの替りにひとの脚を止めることを思いついてしまった自分を、嫌いになる一方だった。
「ごめんね、昨日。岩、投げつけて……」
「……、いや、あれは、わたしが悪かったんだ。気にしなくていい」
「ううん、気にする、ごめん……。レイはワタシと違って活動的だから、変に気を揉ませた、って、思ってるの。ワタシのこと、ストレスになってると思う……」
「そんなことない」
と、霊欄が即答して、結晶を仰いだまま磋欄の左手を握った。「ホント……、本当は、わたしだって思ってるんだ……」
「……何を」
「……、わたしは、この家で、邪魔者なんじゃないかって」
「……」
果ては、棄てられてしまうのではないか。そんなふうに考えてしまうほど、消極的な磋欄と積極的な霊欄は、思いが拗れてしまうほど似ている。違うのは、立場。
「リア母さんの子だから、レイはそう思うんでしょ」
ララナとメリア、竹神家には二人の母がいる。磋欄はララナから生まれ、霊欄はメリアから生まれた。その違いは竹神家の中ではないようなものだった。が。
「サラ達はみんな、ララお母さんから生まれたのにわたしだけ違った」
否定のしようがない大きな違い。「サラが不細工だって。違う、断じて違う。……不細工は、わたしのほう。笑ってても、全然笑えてないときがあるんだ。サラを励ましてたときもそうだった。都合よく寄り添えたりしないって自分で自分のこと馬鹿にして、気持、伝わるわけない、って、見限ってた」
……レイ……。
閉じ籠もって話を聞かない磋欄を放っておこうとした霊欄の心境は複雑だった。自分と同じように孤独を感じていると察しながら、その孤独を癒やす方法を持ち合わせていなかった。傍についていてあげれば元気にさせられる。そう思いながら寄り添ってくれる相手がいるとは信ぜられず、自分から踏み出すことができなかった。重くて深い孤独を背負っていたから、安易に、無責任に、踏み出せなかった。
「チャラそうに観えて結構まじめよね、レイは」
「……サラこそ、まじめそうに観えて、かなりテキトーだ」
だから、
「『ほっとけない』」
孤独と向き合いながら自分のことを限界まで話さなかった霊欄。一人ではまともなことができないのに考えなしでずぼらな磋欄。示し合わせたでもないのに、手を握り合うとどちらからともなく誓うように指を絡めていた。
「レイラン、アナタは綺麗で、可愛い。ワタシを抱き締めて泣いたアナタは心の中ではもっと泣いてた。だから、ワタシ、離れないわ。だから安心して、騒騒しい笑顔を見せてほしいの」
「サラも綺麗で可愛い。知らないはずの気持をこうして感じ取ってくれて解ってくれたから、のろまだって構わない。おんぶしてでも連れてくから、安心して、素直に身を委ねてほしい」
そんな言葉を交わすと、微笑が重なった。
「……似たようなこといってるわ」
「双子だから」
「それは違う」
双子だったらもっと早く察し合っているだろう。そのほうがいいことは多いだろうとは思うも、磋欄は逆のことも強く思うのである。
「ワタシは、霊欄が双子じゃなくてよかったと思う」
「どうして。わたしは、双子のほうがいい」
「ううん、絶対双子じゃなくてよかった」
父や家族の前では意識的に伏せていたことを、磋欄は話した。「レイのこと、妹だって解るから、リア母さんも、母さんだわ」
「──」
「絶対、他人じゃない。二人とも優しくて、レイと同じで、リア母さんもワタシを大事にしてくれてる。そう、解るから」
「昨日、怒られてたのに、そう思うのか」
「そうよ」
霊欄が大暴れしたのを岩の魔法で止めたあと、磋欄はメリアに叱られた。
「レイに怪我させてたら、こうやって話すことはなくなってたかも知れない……」
「……」
「リア母さんは、そういうの解ってたから、きつく叱ったんだわ。レイも、憶えがあることじゃないの」
岩の魔法を前に慌てて止まった霊欄を、磋欄の母が叱った。
「ララお母さんずっと笑ってたから、叱られた気が全然してなかったんだけどな」
「アナタ、じつはワタシより鈍感かもね」
「と、いうより腹黒なんだろ。お父さんのダークサイドを継いでたのかも」
「そうかもね。精神的にはワタシも同じ。だからこそ姉妹よ、間違いない」
父を同じくしている姉妹。互いの母に叱られて気づいたことがある。
「今は思うんだ。ララお母さん、笑ってても怒ってたと思う。笑ってて笑えてないわたしと、ちょっと似てるか」
「そうね」
磋欄は、緩んだ頰と目が合った。「リア母さんも怒ってたけど、こうやって笑うためだったんだと思う。ワタシ、嬉しいわ、レイとこうなれて。リア母さんにお礼いわないとね」
「わたしも、ララお母さんにいう。ありがとう、って」
「うんっ。一緒にいきましょ」
「ああっ、一緒にいこう」
庇から飛ぶように下りると、結晶がふわりと舞った。
……みんなに、お礼いおう。ワタシ達もこの家で暮らす家族だ、って、伝えるんだ。
無数の願いだって叶える。そう言わんばかりに月明りの結晶が幾重の円を描いていた。
──「瑣瑣たるひかり」 終──




