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序幕.1989年(昭正四十四年)1月 東京

「警部補、先週に本郷のアパートから発見された死体(ホトケ)、やっぱ何も身元につながるものがなかったすわ」



 ━━1989年(昭正(しょうせい)四十四年)1月中旬、東京。



 警視庁本富士署刑事課に昨年の春に配属された新米刑事の西(にし)新司(しんじ)は、調書を挟んだバインダーを持ちながら、少し面倒くさそうに続けた。


「室内に荒らされた形跡なし。最低限の日用用品、衣類はありましたが、何というか、本も雑誌もなく、本人の生活が全く見えないんですよね。

司法解剖の結果、目立った外傷は特になく病死だろうと。あとおそらく外国人……ですが、先に言った通り身元がわかるものはなく、パスポートも所持していません」


 それを聞いた今月定年を迎える警部補、(あずま)恭一(きょういち)は、小さくため息をついてから言った。


「西、どうせ、いかにも怪しい、身元不明の革命家やスパイを疑われる外国人なんざ、公安の管轄(シマ)さ。とっとと報告書、出しちまえ」


「あ、でも、東さん。写真は1枚だけ所持してました。随分前のモノクロ写真で女が写ってるんです」


 差し出された写真を西の指から抜き、東は眉を寄せた。


「……春和(しゅんわ)の、亡命皇女か、これ……?」


「しゅんわ……って? 亡命皇女って何ですか?」


「あー……1945年の調書とか、照和二十年と春和元年のどっちも書かれてたり墨塗りだったりするだろ?」


「はあ……? そんな古い調書、見たことないですよ……だから、何っすか? その、亡命? 皇女って?」


「先の大戦末期に女帝が立ったんだ」


「女帝?」


「若いのは学校で習わないから知らねえよな。俺らぐらいの歳なら、新聞とかで覚えてるんだが……まあ、いろいろあったんだよ……とにかく、これは公安案件さ」


 気になるなら自分で調べろ、と東は写真を指先で弾いてから西の手に戻す。






 ━━二度目の世界大戦の最中の1944年末。



 照和(しょうわ)十九年の大晦日未明に、帝が急な病で崩御した。


 1945年1月元日、元号は『照和』から『春和』へ改元。


 そして、幼少の弟君の代わりに帝位についた皇女がいた。


 照和帝第一皇女、陽宮(はるのみや)睦子(ちかこ)



 公文書からは抹消された女帝━━彼女と彼女の『影』の物語は、1945年(春和元年)の夏から始まる。



『お前のせいでどれだけの兵が死んだ! 

 お前のせいでどれだけの民が死んだ!

 お前など治天の君の器などではない!

 お前は帝ではない!!』


 血反吐を吐くような叫び。

 

 叫ぶ者を見つめる黒曜石の瞳は、見開いたあと、黒揚羽がはためくような長い睫毛に隠された。


 銃声が響いた━━。


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