アイドル同級生の奇襲!?
二人と別れた俺は独り、人気のない公園で佇んで居た。
ちょっと行儀悪いが自販機に凭れ掛かって、独りごちる。
「はぁ〜。何で美羽も綺羅雪も珠子も、あんなに俺に絡んでこようとするんだよ…。お前達が選んだのはアイツの方だろう? だったらアイツの傍に行けば良いのに…」
そう言って再び溜息を吐く俺。
溜息を吐きながらふと、別れ際の美羽達の表情が脳裏に浮かんできて、胸がちょっとだけ痛くなる。
───あっくん! 大大大大だぁーい好きッ♡
───ボクと愛徒はぜぇ〜たいに、結婚するのっ!
───ずっと私の側にいなさいっ! 良いわねッ!!
子供の頃にした何気ない会話を何故か思い出して、更に胸が締め付けられる感覚に苛まれる。
「あぁ~……クソッ! 一体なんなんだよ…」
別に美羽達が誰と何しようと、あいつらの勝手だ。
俺は彼氏でも恋人でもない、ただの幼馴染でしかない。
けど、美羽達と親友が抱き合っているのを見て激しい憤りを感じ、どうしようもない劣情を抱いてしまった───。
何してんだよ…。
お前達、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?
親友はともかく、美羽達は親友のこと苦手だっただろう?
美羽は『あの人…ちょっと苦手…』って少し距離を置き、綺羅雪は『ボク、アイツ嫌い…!』って明確に敵意を見せ、珠子は『何か…癪に障るヤツね…』って不快感を露わにしていた筈だ。
親友も『彼女たち? 別に気にした事ないなぁ〜。可愛いとは思うけどね♪』って興味なさそうに嗤っていたじゃねぇーか。
あくまで『幼馴染の親友』や『親友の幼馴染』みたいな感じで、顔見知り程度だったのに…。
お前たち三人共、俺の事が好き…少なからず好意やその気があったんじゃねぇーのかよっ! なのにどうして………。
───ド ウ シ テ ウ ラ ギ ッ タ !!───
──今すぐお前達全員を、滅茶苦茶にしてやりたいッ!!
・・・・そんな大変お門違いの、しょーもない衝動に駆られて自己嫌悪に陥る俺。
本日一番の、クソデカ溜息を吐いて頭を激しく振り、独りぼやく。
「あー…。こんなサイテーな思考をしているから良い事がないし、いつまで経っても童貞なんだろうなぁ…」
心の何処かで『美羽達を赦してやれよ!』って言う自分がいる。それに『他の野郎ならいざ知らず、親友になら別に良いんじゃないか?』って変に諭そうとしてくる謎の存在も。
分かってはいる…。
さっきも言ったけど、俺は別に美羽達の彼氏でも恋人でもない、ただの幼馴染ってなだけ…。
でもそれと同時に、赦してやれない…割り切れない小さくて、女々しい自分がいるのもまた事実なんだよ…。
「……やめやめっ! 気晴らしに炭酸でも飲もう!」
俺はそう言って凭れ掛かっていた自販機から背中を離し、ポケットに手を突っ込んで小銭を取り出そうとする。
そしたら───。
「隙ありっ! 愛徒っち、つーかまーえたっ♪」
突然俺の真後ろから、とても可愛らしい美声が聞こえた。
続けて軽い衝撃と、途轍もなく柔らかい感触が俺を襲う。
「えっ…? うわぁああッ!? こっ、【恋淵】さん!? いつの間にッ!?」
そこにはドチャクソかわいい金髪美少女が、俺の背中にガッチリとしがみついて『おんぶのだいしゅきホールド♡』状態で、小悪魔の様な笑みを浮かべて居た。
「ふふ〜ん♪ 油断大敵だよ愛徒っち! 【夢望】の固有魔法【“虚像の幻想師”】の術中にまんまと引っ掛かったね!」
得意気に鼻を鳴らす、金髪ツーサイドアップの美少女。
その笑みがなんとも憎たらしくて、可愛らしい。
俺は身体を揺すって藻掻きながら、言葉を返す。
「道理で『こんな場所にこんな自販機なんてあったっけ?』って思ったんだよ! 俺の【副産特異能力】もバリバリで反応して『いますぐニゲロ』って警告してくるしッ!!」
「へへーん♪ もう逃げられないよ愛徒っち! ここは潔く観念して、私に愛徒っちの“童貞”をちょ・う・だ・い♡」
耳元で甘い吐息混じりにそう囁くのは、いま大人気のアイドルで俺の同級生でもある【恋淵 夢望】ちゃんだ。
恋淵さんは華奢でありながら、その細い腕で力いっぱい俺の首を絞めて、絶対に離れないようにしている。
てゆーか……もの凄く良い匂いがするんですけどっ!?
あと美羽には負けるけど、それでも十分大きい果実が押し当てられてて、正直ヤバい…。
美羽達もそうだけど、女子ってどうしてこんなに良い匂いがして柔らかいんだよっ!
ハハ…。童貞臭ぇー感想しか出でこねぇーや…。
兎に角! このままじゃまずいと思った俺は、全力で恋淵さんを引き剥がしにかかる。
「ちょっ…。恋淵さん、マジで離れて…。てゆーか、チカラ強ぇーッ!?」
「あー! また『恋淵さん』って言った! 『夢望』って名前で呼び捨てにして言ってるのにっ! それが無理ならせめて『ちゃん』付けで呼んでよね! それか可愛らしいく『ゆめみん』でも良いよ♪」
「いやいやいや。今をときめく超人気アイドルを、俺なんかが呼び捨てに…愛称で呼ぶなんて烏滸がましいですって!」
暫くそんなやり取りをしていると、俺はある事に気付く。
「てゆーか、恋淵さん。このゲームに“参加”しているって事はつまり───」
「そうだよっ! 私、アイドルの絶対的禁忌を公開しているようなもんなんだよッ!! もう後がないのっ! だからお願いっ!! 愛徒っちの童貞を私に頂戴ッ!! ……頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴ちょうだいぃいいいッ!!」
首を締め付ける力を益々強くし、その艶めかし美脚をより一層深く俺の身体に纏わり付かせて、絡んでくる恋淵さん。
おおおっ…!? 駄目だ…。お胸様の感触が…ッ!!
これは童貞には刺激が強過ぎる…ッ!!
俺はこれ以上、身体のとある“箇所”が反応しないように、気を紛らわすつもりで恋淵さんに言葉を掛ける。
「いやホラ! 今どきアイドルが“純潔”じゃないって別に珍しくも…。それで人気が下がったりファンが減ったら、そいつらはアイドルに幻想を抱き過ぎってゆーか───」
「アイドルはその【幻想】を売るのが仕事なのっ! アイドルの処女性は一部の界隈で神聖視されていて、とっても重要で大事な【希少価値】なんだよッ!! 死活問題なんだよッ!! ホント愛徒っちは何も知らないねっ!」
その言葉にほんの少しカチンときたが、本業の人がそう言うのならと怒りを抑え、会話を続ける。
「んな大袈裟な…。仮にそうだとしても、恋淵さんの今の人気なら全然問題ない気がするけど…。第一、何でそんなに俺の童貞が欲しいの? やっぱり賞金?」
俺の問い掛けに、一瞬黙り込む恋淵さん。
背中越しなので分かりにくいが、その表情に少し陰りが差し込むのを感じた。
だけど直ぐにいつもの天真爛漫な、アイドルの顔になって返答してくれる。
「そうだよ! この業界は浮き沈みが本当に激しいから、後々の事を考えて保険は絶対に欲しいし…。誰だって大金を手に入れる機会が巡って来たら、普通は飛び付くよね!?」
「いや、でも───」
「それじゃあ逆に訊くけど愛徒っちは、目の前にとびっきりカワイイ娘が居て、その娘の処女を貰えれば一生遊んで暮らせる大金が手に入るとしても、無視するって事?」
今度は恋淵さんの方から、優しく俺に問い掛けてくる。
その美声は聞いていて、とても耳心地が良い。
幼馴染達とはまた違う、不思議な癒しと元気をくれる。
(流石はアイドルって感じだな。謎に力が湧いてくる…)
俺はそんな事を思いながら、質問に言葉を返す。
「だからって無理矢理は駄目でしょう。てか、その例えだと俺がイケメン扱いになるんだけど…?」
俺の素朴な疑問にきょとん顔になって、俺の顔を覗き見る恋淵さん。
失礼ながらその間抜け顔に、不覚にも萌えてしまった…。
(てゆーか近ッ!! 顔ちっさ! 瞳が綺麗…。唇も…)
「何言ってるの? 愛徒っちは普通にカッコイイよっ! そりゃあこのゲームの主催者である天星院くんや、事務所の稼ぎ頭と比べれば見劣りするよ。でもそれはあの二人が特別なだけであって、愛徒っちは十分イケメンの分類だよ!」
「ハハ…。そいつはどーも! お世辞でも嬉しいッス…」
「お世辞じゃないってばッ!! ──あっ、そうだ! それならこうしよう? 芸能事務所を紹介してあげるし、もし本当に賞金が貰えれば愛徒っちに分け前として、〘五十億〙を渡すからっ! だから童貞をちょうだいぃいいいッ!!」
「意外とがめついな、おいっ!! そこは普通、半分ずつじゃねぇーのかよっ!? てゆーか……マジで力がハンパねぇーッ!! 珠子よりあるんじゃないかっ!?」
身体を激しく揺すっても、恋淵さんは全然離れない。
珠子も女子の中では力が強い方だが、恋淵さんはそれ以上に強く感じる。
(この華奢な身体の一体どこに、そんな怪力が…)
そう思いながらも俺は、この貞操の危機をどうにか切り抜けようと思考を巡らせて、言葉を捻り出す。
「一旦落ち着きましょう、ねっ? 恋淵さんならこんな事しなくても、〘三百億〙って金額はすぐに稼げますって! 俺が保証します。まあ、根拠は無いんですけども…。でもそれぐらい恋淵さんには…“夢望ちゃん”には無限の可能性と価値がありますって絶対にッ!! だから…。──それに、もう少し自分を大切にした方が良いですよっ!」
俺の咄嗟に出た苦し紛れの説得(?)に、再び表情を曇らせて恋淵さんは暫く黙り込む。
気のせいか、首に絡み付く力が弱まるのを感じた。
でも直ぐに明るく振る舞う感じで、しかし声のトーンは低いまま言葉を紡ぐ恋淵さん。
「愛徒っちは優しいねっ! 本当に優しい…。それに、何も変わらない…。──でも、もう良いんだっ! だって夢望の身体は、とっくの昔に“穢れきっている”から…」
「───えっ…? それってどういう……」
恋淵さんの突然の意味深発言に、俺が一瞬固まって聞き返そうとすると、
「そんな事よりっ! いい加減諦めて、私に童貞をくれないかなぁ〜! ホレホレホレぇ〜♪」
そう言って再度、力を強めて纏わり付いてくる恋淵さん。
その力はさっきより、更に上がっている。
「うぐっ…!? まだ全力じゃなかったんですかっ!? 恋淵さん、本当に女子!? ──くっ! こうなったら……」
「おっと! 何かしようとしても無駄だからねっ! 私、知ってるよ。愛徒っちの【固有魔法】の弱点! こうやってくっついて居れば、私もその効果を受けるんでしょう?」
(うッ! 意外と鋭い…)
そう。恋淵さんが言うように俺の【固有魔法】の弱点(?)は、俺と『“俺が身に纏っている物、所持・掴んでいる物”』もその対象に含まれる。
なので今【固有魔法】を発動すると、恋淵さんまで【固有魔法】の対象とみなされて、一緒に付いてくる。
だから先程、綺羅雪が俺の腕に執拗くしがみ付いてきたり、袖を掴んだりしていた訳だ。
幼馴染全員、俺の固有魔法を把握しているから。
「うへへへ〜。このまま愛徒っちの童貞は私のものだよぉ〜♪ 待っててねっ! 私の〘三百億〙ちゃ〜ん♡」
ガッチリと俺にしがみつきながら、器用に俺の服やらベルトを外そうとしてくる恋淵さん。
ヤバいな…。このままじゃあ本当に不味いぞっ!
───仕方ない…。『“奥の手その一”』を使おう…。
コレはまだ美羽達にも見せた事のないやつで、まさか恋淵さん相手に使う羽目になるなんてな。
出来ればこの【“魔法”】は使いたくなかったんだけど…。
名前の語感は最悪だし、使用した後の罪悪感が半端ない。
何より『無駄な出費が嵩む』のが嫌だ。
俺みたいな貧乏学生には、ちょっと懐に優しくない…。
でも四の五の言ってられない状況なので、俺は軽く溜息を吐いた後、己の勝利を確信して上機嫌の恋淵さんに、謝罪の言葉を投げ掛ける。
「ごめん恋淵さん…。ホントはもうちょっとこうして居たかったけど、そろそろマジでヤバそうだから奥の手……使わせてもらうねっ!」
「ふえっ…?」
恋淵さんの素っ頓狂な可愛らしい声に、少し申し訳ない気持ちになりながらも、俺は構わず大きく息を吸って、声を高らかに唱える。
「──【固有派生魔法】発動ッ!!
──【“身代わりの君”】ッ!!」
そう言葉を発した瞬間、もう俺はその場から居なくなっていた────。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
愛徒が【固有派生魔法】を使って公園から去った後、独り残された『恋淵 夢望』はあまりにも突然の出来事に、暫くそこでペタンと女の子座りのまま、呆けて居た。
しかし段々と思考が鮮明になっていき、周囲をキョロキョロと見回す。
「あれ? 愛徒っち…? 愛徒っち……どこ…?」
周りを見渡すが、“意中の彼”の姿は何処にもなく、代わりに夢望の腕の中に、とある物体が抱き込まれていた。
それをマジマジと見詰める夢望。
「何これ? ウサギの人形…? やだぁ…。めちゃくちゃカワイイ! 私好み♪」
それは少し大きめな兎のぬいぐるみだった。
大きくてクリクリとしたつぶらな瞳が、何とも堪らない。
夢望はその人形を一頻り触ったりして堪能した後、ハッと我に返り、本来の目的を思い出す。
「…って! こんな事している場合じゃなかった! 愛徒っちは何処ッ!? ──もしかして……また逃げられたぁあああッッ!?」
誰も居ない静かな公園に、夢望の絶叫が木霊する。
「てゆーか愛徒っち、【固有派生魔法】使えたのぉおおおッ!? ズルいよっ! 酷いよっ! インチキだよッ!! 私、そんなの聞いてないよぉおおッ!! ──ううっ…。私の三百億ぅ〜…」
ぬいぐるみを抱き締めたまま独り、もうこの場には居ない『“愛しの想い人”』に向かって、夢望は悪態を吐く。
「でも、このぬいぐるみ……愛徒っちの匂いがする…。それに……とっても落ち着く…♡」
『“運命の王子様”』が置いて行った置き土産(?)に顔を埋めて、スゥーハァースーハァーと息を荒らげて、何度も激しく匂いを嗅ぐ夢望。
その行動はとても巷を賑わす『大人気スター』の姿ではなかった。
夢望は暫くその様な奇行(?)を繰り返した後、誰にも聞こえないぐらいの声量で、小さく呟く。
「愛徒っちの…『ツッキー』の阿呆! どうして気付かないの? 私は………“夢望”はすぐに気付いたのにっ!! ──鈍チンなところは、ホント全然変わらないんだから…♡♡」
そこにいたのはファンに夢や希望を与える『虚像』などではなく、顔を赤らめて大好きな男性を一途に想う『恋する乙女』そのものだった───。




