09
片方の一面を、どうやら俺と監督だけで使うようだった。
相変わらずジロジロと見られるが、前とは違い好意的な目が多い。愛想を振り撒きまくった結果が出てるな。
「一斗くん。ランニングは得意かな?」
問いかけられて、首をひねる。ふむ。ランニング……得意だと思ったことは一切ないな!
「正直に言うと、得意じゃないです」
「素直でいいね。まあ、それならいまから得意になってもらおうかなあ」
のほほん、とした顔から紡がれた言葉の違和感に、俺は口元をひくつかせる。
「えーと……」
「いまからランニングしてもらおうかな。安心してね、休憩はあるし、私も一緒に走るからね」
「は、はい……」
監督がタイマーを持ってくる。設定されたのは、20分。
「……っスー……」
やばい、休憩はあるし、ってことは、20分では終わらないってことだよな……?
――そうして始まったランニングは、それこそ地獄そのものだった。
まずひとつに、普通につらい。
そう、普通に20分のランってかなりきつい。小学1年生の体ならなおさらだ。
そしてふたつ目に――。
「一斗くんは、バスケが好きなの?」
「えっと、はい、たぶん……?」
「どんなとこが好き? 私もバスケが好きなんだけれど、やっぱりシュートが決まった瞬間はすごく気持ちいいよね」
「えっと、俺は、ドリブルして相手を抜いたとき、とか……」
「いいね! じゃあボール運びがやりたいんだ」
「そ、そんな感じ、です……」
この、質問攻めである。
俺が息を切らせてぜえぜえ言ってる中、この監督、お年を召しているはずなのになんでこんなにシラフ!?
おかしい、絶対おかしい……。
そして20分が終わり、今度設定されたのは5分。
「や、やっときゅうけ――」
「はい、ボール」
「へ?」
「届かなくてもいいし入らなくてもいいから、5分間シュート練習しようか」
「は、はひぃ……!」
鬼。
優しい顔して鬼!!
もちろん、大人用のゴールなんて届くはずもなく、無様にすべて外して5分を終え……やっと休憩。
スポドリをごくごく飲みながら、ぜえぜえと息を切らしていると、また監督の質問攻め。
「一斗くんはどんなバッシュが好きかな? あそこのお兄さんのバッシュとか格好良くないかい?」
「か、かっこいいです……」
「だよねえ。私もああいうの履きたいんだけれど、やっぱり年が許してくれなくてね。買って飾るだけにとどめているよ」
「そうなんですね……」
これ、質問攻めはただの陽気なおじいちゃんなところが出てるだけなんだろうけど……それがまた辛い。子供のフリしなきゃだし、めっちゃ気ぃつかう……!
そこからはまた20分ラン。そして5分シューティング。休憩。
それの繰り返し。
3時間、ひたすら、それを繰り返した。
「――よし! 一斗くんよく頑張った! 今日の練習は終了!」
「お、お、終わったぁ……!」
「くたくたでしょう。はい、飴あげるね」
「あ、ありがとうございます!」
飴をもらい、包装をあけて口に含む。レモン味の塩タブレットだ。
やっぱりいつの時代もこれなんだよな……って、いまは昔か。
まあ、このタブレットは未来の世界でもよく食べられてたような気がするけれど。
練習が終わり、父さんが体育館に現れた。俺のところにきて二言三言話すと、監督に呼ばれて話し始める。
遠くで話していて、その5分程度の話し合いは、俺には聞こえなかった。
「帰るぞ」
「あ、うん」
父さんが戻ってきて、同時に監督が柔らかい笑顔で俺の近くにしゃがみこんだ。
「一斗くん、今日はよく頑張ったね。またいつかきてくれると嬉しい」
「はい! あの、きつかったけど、楽しかった……です」
いや、楽しくなかった。まったく。
「はは! そうかい。じゃあ、またね」
「はい!」
そんな俺の心を見透かしたように笑った監督は、最初会ったときよりも、どこかやさしい目をしていた。