01
死んだらしい。
俺の名前は東堂一斗。あだ名はイットー。まぁあだ名の理由はそのまんまだ。
年齢は38歳。今日……いや昨日? 今日か?
まあとりあえず、4/2が誕生日だった。
死因は呆気ないものだった。トラックに轢かれた。
妹に息子が産まれ、その甥っ子に生まれて初めてのプレゼントを持って行った、その帰り。
だって、道路に子猫がいたんだもの。道路の真ん中にポツンと。
そのまんまじゃ轢かれちゃうだろ。まぁ俺が轢かれたんだけど。
あ、子猫どうなっちゃったかな。抱き抱えちゃったから、一緒に死んじゃったかな。死んでないといいな。
まぁ、僅差で俺が悪いか、トラックの運転手よりも。飛び込んだワケだし。
トラックの運転手さんには悪いことをした。こんなおっさんを轢いたばっかりに。退職とかにならないといいけど。なんらかの処分は免れないだろう。
いやー、それにしても、あっけない。
なるほど、死ぬってこういうことか、とかいうインターバル的なアレないんだな。なんだっけ、そう、走馬灯。
まぁ走馬灯もなにも、つまんない人生だったけど。
俺の人生のハイライトといえば、小学生の頃に入っていたバスケットボールのクラブチームでキャプテンやってたことくらいか。
それも声がでかいからっていう理由で。
なんつー理由だよ。まあ、それが大事なんだろうけどさ。俺は別にキャプテンって感じじゃなかったけどなぁ。
それは置いといて、と。
……ところでここどこなんだ?
あ、もしかしてこれが走馬灯? 何もなさすぎて真っ白?
エグすぎるだろ、俺の人生。ブランクかよ。
「……え、ずっとこれか? もしかしてそういう感じ?」
そう呟いた瞬間、ピンポーン、とインターホンが鳴る。突如として現れた音にビクッ! と肩が動く。
「な、なになに?」
『東堂一斗様、東堂一斗様。準備が整いましたので、前にお進みください』
「前?」
すると、何もなかった真っ白な地面が、オレンジ色に輝く。
まっすぐ、ずっとまっすぐ、道のように光り輝いたオレンジ色。
「……これをずっと進めってこと?」
天国ってこんな感じなんだ……。いや、地獄かもだけど。
とりあえず……進んでみよう。進めば、何かわかるはずだ。
ずーっと、ずーっと続く道を進む。
1分、2分、それから5分、10分歩いたって、道は続いていた。
それなのに、不思議と疲れない。足が重たくならない。歩く気力が湧いて出てくる。
歩く、歩く、歩く。
どのくらい歩いたろう。
汗ひとつかいていない体は、もう歩みを止めるという考えすら浮かばない。
ただひたすらに、歩く。
この先に何かあるのか? もしかしてそういう地獄?
そんな考えが浮かんでは消え、浮かんでは消え。
……そうしてたどり着いたのは、これまた真っ白な扉。
「……開けろってこと、だよな?」
扉の後ろには、オレンジ色の道は続いていない。扉の前で止まっている。
「……ま、ここまできて開けない選択肢はないか」
ドアノブに手をかける。
……その前に、ふと気になって後ろを見た。
闇が広がっている。
なにもない。
そこには、本当に、なにもない。
ただ、深淵があった。
吸い込まれそうな、深淵がそこにはあった。
だめだ、落ちる。
――そう思った瞬間、俺は、扉を開けることなく、その深淵に飲み込まれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まぁ色々考えた末、出した結論はこうだ。
俺はどうやら、転生というものに失敗したらしい。
広がる風景は、どこか見たことのある場所。懐かしき部屋。懐かしき――俺の、幼少期の頃の家。
「かずちゃーん、ミルクですよ〜」
哺乳瓶を持った女。……うん、親の顔よりも、いや実際親なんだけど、すっごく見たことのある顔。
東堂南。俺の母親だ。
その奥には新聞紙を見ている気難しそうな男。
東堂一基。俺の父親だ。
どうやら俺は、逆行というものをしてしまったらしい。