6.四日目の出来事
四日目の朝
なによりもグレイの安否が心配だ。私とチイが集合場所に駆けつけた時には、すでにみんな集結していた。ミスズがゆっくりと台上にのぼった。
M「昨晩の犠牲者を報告いたします。冬の間のヒミコさんです。では、会議に入ってください」
私は広場の中央にグレイの姿を見つけた。ほかの参加者たちに気づかれないようにして、グレイに秘密会話を送信した。
I『もしもし、グレイさん? アイリスです』
G『ああ、アイリスさん。おはようございます。昨晩の冬の間ですが、私はヒミコさんに噛みつきました』
I『グレイさんはパスができないから、どちらかの同居人に噛みつかなきゃならないもんね』
G『はい、ヒミコさんは味方の狂人かもしれませんが、シノさんがひょっとして祈祷師かもしれないとも思いまして、悩んだ末にヒミコさんを襲うことにしました』
I『結局、上手くいったじゃない?』
G『さあ、どうでしょうか? もし、ヒミコさんが狂人だったら、我々は貴重な同士を失ったことになりますし……』
I『気にしない、気にしない』
私はグレイを慰めた。
G『ところが、それで事は終わらなかったんですよ』
I『えっ……、一体なにが起こったの?』
G『それがですね、私が襲ったために冬の間にはヒミコさんの死体ができたわけですよね』
I『うんうん』
G『当然、もう一人の同居人であるシノさんも、ヒミコさんの遺体を目撃するわけですよ』
I『仕方ないわね。だったら次はシノさんの口を封じないと!』
G『相変わらず過激ですね。そしてその時、シノさんは私に奇妙なことを告げたんです』
I『シノさんはなんて?』
G『遺体を確認したシノさんは、私のほうを向いてこういいました。私はあなたの味方ですよ、と……』
四日目の会議が現在進行中だった。
E「犠牲者のあった冬の間のシノさんとグレイさん――、それぞれ弁明をお願いします。そうね、まずはグレイさんから」
エリカはグレイに声をかけた。
G「はい、ヒミコさんは狂人で自殺しました」
間が悪そうにグレイは答えた。
E「はいはい、自殺ね……。じゃあ、次にシノさん、なにかいいたいことある?」
S「グレイさんのいうとおりです。ヒミコさんは明らかに自殺です」
A「明らかにとは、どういうことですか?」
アメンボが割りこんできた。
S「だって、グレイさんも私も自殺だと思ったんですよ。だから、あれは明らかに自殺なんです!」
A「はいはい、よくわかりました」
アメンボはがっかりした様子だった。
P「グレイさんの部屋では、確か初日にも事件が起こっていましたよね」
今度はピイスケが発言した。
G「はい、あれは多分クイーンさんが牧師だったんじゃないかと……」
グレイはあいまいに答えた。
E「ふむ、クイーンさんが牧師で、ドロシーさんが狼だったと……。
牧師にブロックされたドロシーさんは集団暴力で吊るされて、さらに能力を失ったクイーンさんは翌日に人狼のフォックスさんに噛まれて亡くなったということね。一応筋は通っているわね」
C「その推理が正しければ、狼さんはすでに二名が死亡していることになりますね」
チイが納得したように呟いた。
E「確かにそうなるわ。じゃあ、あんたなの? あと一人の狼は?」
意地悪そうにエリカがチイを睨みつけた。
C「そんなあ、滅相もないですぅ」
チイは慌てて両手を振った。
I「そうよ。チイちゃんは昨日も私といっしょに平和に過ごしたんだから」
思わず私ものり出してしまった。
E「ふふふ……。アイリスさん、それってあなたとチイさんが二人とも狼ですよって宣言していることにならないかしら」
エリカの口元が緩んだ。
S「そうしたら、狼が全部で四人になってしまいますね」
シノが冷静にエリカの論点の矛盾をついた。
E「なるほどね。そのとおりだわ。シノさんってなかなか鋭い人なのね」
エリカは苦笑いをした。
すると、今度はピイスケが一歩前に出た。
P「グレイさんの証言は矛盾していませんが、別の解答もありますよね。実に単純な解答が……。
それは――、グレイさんが人狼だという解答です!」
このピイスケの的を得た鋭い発言に、私たち狼サイドは全員が凍りついた。その瞬時の緊張に気づくこともなく、あどけない表情でリョウタがピイスケに訊ねた。
R「グレイさんが人狼だとどうなるの?」
P「グレイさんが人狼ならば、初日の夏の間で嘘をついた人物は誰になるのだろう?
そうです、ドロシーさんは真実をいっていた! 彼女の正体は牧師だった。そして、グレイさんは狼で、ドロシーさんに噛みついた」
E「それじゃあ、おかしくない? クイーンさんも嘘をいっていたことになっちゃうよ?」
エリカは首を傾げていた。
P「そうです。クイーンさんは狂人だったのです!
彼こそが俺たちを混乱のどん底に落としこんだ張本人なのです」
I「じゃあ、フォックスさんは無実の罪を着せられて?」
私は論点を逸らそうと努めたが、かえって事態を苦しくする発言になってしまった。
P「そうです!」
E「ちょっと、無理がない? だって、あの時の会議では、夏の間に泊まった三人の中でクイーンさんが最初に発言したのよ。自分がドロシーさんにブロックされたって」
P「確かに悪魔的なタイミングでしたよね。おそらく、一か八かの大博打の発言であったと思います」
若干苦しそうにピイスケはいった。
E「ふーん、そうなんだ。じゃあ、そろそろ時は熟したのかもしれないわね。私から一言いわせてもらうわ」
エリカは集団の中央に一歩足を運んだ。
E「紳士淑女の皆さん、私ことエリカは今回のゲームでは村人側に所属しています!
ただ今のピイスケさんの発言によって、初日の夏の間で起こった事件の解明こそが真相究明の鍵になることがわかりました。そして事件の真相は、次の二つの可能性しかありません。一つはドロシーさんが人狼で、クイーンさんが牧師だったという可能性――、もう一つは、グレイさんが人狼で、ドロシーさんは牧師、クイーンさんは狂人という可能性です。さあ、どちらが真実なのでしょうか?」
S「残念だけど、現時点でそれを判断する手立てはありませんよ」
シノがポツリといった。
E「そうかしら? 皆さん、この真相を解明できる人物がこの中にいるはずですよ」
P「それは誰ですか。まさか、人狼たちだっていう落ちは止めてくださいね」
E「ふん……。この中に霊能者がいるでしょ!
さあ、今ここで名乗り出なさいよ。霊能者には集団暴力の犠牲者の職業が、翌日になるとゲームマスターから知らされるわ。だから、ドロシーさんとフォックスさんの職業を知っているはずなのよ」
P「そうか。霊能者が生き残っていれば、夏の間で起こった事件の真相を知っているはずなんだ」
E「霊能者は村人側の職業よね。だから、人狼を吊るし上げるためにここで名乗り出て発言してちょうだい」
まずい。思わず私は天を仰いでいた。もしも、エリカのいうとおり霊能者が名乗り出てしまうと、私たちの正体もばれてしまうかもしれない。
P「霊能者がまだ生き残っている可能性はあるのですか?」
E「恐らくね」
P「なにゆえにですか?」
E「ふん、妖狐の存在は村人側からしてみるととても厄介な存在よ。だから、最初の十三人の中に、恐らく霊能者は二人いたと思われるわ」
P「えっ、一人だけじゃなくて二人?」
E「そう、どう考えても初期の霊能者は二人であることが一番バランスもいいわ。だから、どちらかの霊能者がまだ生きている可能性は十分に考えられるわ」
A「エリカさんのいうことはもっともですが……、村人の敵は狼だけではありません」
突然、アメンボがエリカを制した。
E「なにっ、それ? まさか狂人もっていいたいの?」
エリカはムッとしていった。
A「いえ。第三勢力の妖狐です。
霊能者の最大の任務は妖狐の殺害です。わざわざ名乗り出て人狼のターゲットになってしまっては、肝心の妖狐殺しが成し遂げられなくなるかもしれません。
ここは、名乗り出さずにじっとしていることも肝心なのかと……」
E「じゃあ、今は出てこれないってこと?」
エリカは残念そうだった。
S「ふふっ。そういうエリカさんが霊能者だったりして」
シノが皮肉っぽく口を出した。
P「あるいは妖狐なのかもしれませんね。妖狐こそ、なにをおいても霊能者を恐れる存在ですからね」
ピイスケも追随した。
E「はいはい、どうとっていただいても結構よ。いずれにしても今日の投票のターゲットが、お二人のどちらかであることは決まりなんだから……」
最後にエリカは、グレイとシノのそれぞれに一瞥をくれると、捨て台詞を吐いた。
M「はーい、会議の時間は終了です。皆さん、投票の準備をしてください」
ミスズの声が響いた。
四日目の夕刻
なんとしても仲間のグレイを助けなければ、でもどうやって? 私は混乱していた。
M「では、投票の順番を発表します」
この順番は運命を左右する……。
M「順番は……、エリカさん、チイさん、アメンボさん、グレイさん、リョウタさん、シノさん、ピイスケさん、アイリスさんの順番です。ではどうぞ」
ミスズはエリカに目を向けた。
E「グレイさん!」エリカははっきりと宣言した。
C「シノさん」
A「グレイさん」
G「シノさんです……」
ここまでは票が割れても仕方がない。さあ、次のリョウタはどっちに投票するのだろう?
R「エリカさん!」
一瞬、ざわめきが起こったが、リョウタの投票は実質パスのようなものだ。
S「グレイさんに投票します」
これもシノさんが我が身を守るための当然の一票といえる。しかし、このままでは……。
P「グレイさん」
ああっ、これでグレイの集団暴力死が確定してしまった……。
I「グレイさん……」
私は小声でいった。
M「はい、それでは、グレイさんが五票ですね。本日の集団暴力の犠牲者はグレイさんです」
ミスズが宣言した。
M「続きまして、四日目の部屋割りを決めます。順番は、リョウタさん、エリカさん、アメンボさん……の順番でお願いします」
R「では、アメンボさん。また、よろしくです」
リョウタが指名した。
A「ああ、またですね……。お願いします」
E「じゃあ、私もまたチイさんにするわ」
エリカはチイを指名した。
C「はい、お願いします……」
M「では、残りはアイリスさんとシノさん、そしてピイスケさんですね。では、各部屋に移動してください」
四日目の部屋割りは以下のとおりである。
(春の間)リョウタがアメンボを指名した。
(夏の間)エリカがチイを指名した。
(秋の間)シノとピイスケとアイリスが同居した。
本日の死者は、ヒミコ(夜間死)、グレイ(集団暴力死)の二人だ。生き残っている人狼の中で、アイリスはまだパスが一回残っているが、チイはもうパスをすることができない。
狩人たちの到着まであと残り四日である。
四日目の夜
そろそろゲームも中盤にさしかかっただろうか? 秋の間は三人部屋だ。一見、地味そうな老女キャラのシノと、これまた地味な初期キャラのピイスケだが、二人とも鋭い推理力を先ほどの会議では披露していた。決して油断はできない……。
I「こんばんは。アイリスです。よろしくね」
私から挨拶をしてみた。
S「シノと申します。よろしく」
P「ピイスケです。ところで、シノさんは村人側ですか?」
ピイスケは単刀直入に質問をしてきた。
S「もちろんですよ。あなたは?」
優しい声でシノがいった。
P「俺はその、狂人かもしれませんよ。ははは、正体は秘密にしておきます。ところで……、アイリスさんは人狼ですよね」
突然、ピイスケがふってきた。
I「えっ……」
あまりの強烈な質問に、私は言葉に詰まった。
P「あれれ? 本当に人狼なのですか?」
ピイスケは嬉しそうだった。
I「そんなことないですよ!」
私は必死になって否定した。
P「ふふふっ……、実は俺は狂人なのです! アイリスさん、狼なら隠さずに正直にいってくださいよ」
ピイスケが近寄ってきた。まさかこんな展開になるなんて……。
I「たとえ、私が人狼だとしても、この三人部屋で真実を話すわけがないじゃないですか!」
このような発言をすること自体、私が混乱していた証拠といえよう。
P「大丈夫ですよ。ここにはあなたの食料となるべきおばあさんもお見えになりますし……」
ピイスケは冷酷な視線をシノに向けた。
S「ふふふっ……。そんなこといっても、肝心のアイリスさんは狼じゃありませんよ」
シノが妙に落ち着きはらっていった。
I「そうです。私も村人側の人間です!」
ようやく冷静になった私はピイスケに向かってはっきりといい放った。
P「そうですか。俺はアイリスさんが妙に落ち着いているから、てっきり人狼だと推測したのですがね……。普通の職業の方なら四日目の夜なんて、びくびくしているのが普通ですが」
ピイスケも議論では負けてなかった。
ちょうどその時、チイから秘密会話が送られてきた。
C『あいちゃん、チイです。いよいよ、エリカさんを襲います。
でも、私の直感ではエリカさんは祈祷師のような気がします。もしも、私のこの通信が途絶えたら、その時は、あいちゃん……、後を頼みますです』
I『チイちゃん、そんなこといわないで。私、明日の広場で待っているから……』
C『はい、じゃあ、いってきます!』
I『健闘を祈ります』
一分の間、チイからのメッセージは来なかった。心配した私は、チイに交信を試みた。
I『もしもし、チイちゃん、聞こえる?』
返事はなかった……。
I『チイちゃん。チイちゃんってば……?』