5.三日目の出来事
三日目の朝
M「皆さん、おはようございます。昨晩の犠牲者ですが……」
台上のミスズに、生き残った者からの視線が注がれた。
M「クイーンさんと、ボスさんです。では議論をお願いします」
クイーンが死亡した!
クイーンは昨晩春の間でフォックスといっしょに泊まったはずだ。私は広場の中央に佇む黒装束のフォックスに目を向けた。
E「じゃあ、まず春の間で生き残ったフォックスさん――、弁明をどうぞ」
今日も場を仕切るのはエリカであった。
F「皆さん、私は村側です。昨晩亡くなったクイーンさんは自殺です!
恐らく初日に彼がいった言葉――すなわちドロシーさんをブロックしたという発言は、偽ブロックであります!」
G『あらあら、フォックスさん……、かなり強くいっちゃったね』
秘密の会話を通してグレイの声がした。
I『フォックスさんの発言は明快じゃない?』
G『明快過ぎるんですよ。
だって、我々人狼からしてみれば、クイーンさんが狂人であることはすぐにわかりますよ。でも、普通の人にそこまではわからない。だから、そういう人たちからすると、逆にフォックスさんが狼のようにも思えてしまうんですよ』
I『なるほど。クイーンさんが狂人だという疑惑もあるけど、フォックスさんが人狼だという可能性も拭えないのね』
G『そのとおり! だからこういう時には、もっと謙虚に訴えないとだめなんですよ。
あれじゃあ、目立ち過ぎちゃって、私に集団暴力投票してくださいって宣言しているようなものですよ』
C『グレイさん、狼プレーヤーの秘訣がわかってきたみたいですね』
チイがくすくす笑っている。
G『あはは、チイさんに褒められると……光栄だな。チイさん、私のことは下僕とお呼びくださいね』
グレイが冗談をいった。
グレイの指摘どおりに、フォックスが狼ではないかという声が広場に殺到した。フォックスは必死に自己弁明に努めたが、まだゲームも三日目であり決定的な弁明の状況証拠をあげることはできなかった。次に私の喚問がはじまった。
E「じゃあ、次は松の間のアイリスさん。ボスさんの死因を説明してください」
意地悪そうな目で、エリカが睨みつけてきた。
I「はい、ボスさんは狂人です。彼の死因は自殺であると思います」
私はあっさりと答えた。
他の部屋での供述も簡単にまとめておこう。夏の間のリョウタとアメンボは、なにもなく平和な夜だったと語った。
秋の間では、エリカが事件はなにも起こらなかったけど、チイが村側であるのかどうかは疑問があると発言した。チイは笑いながら聞き流していた。
冬の間では、まずグレイがなにもなかったといって、ヒミコがそのとおりですと同意した。
竹の間のピイスケとシノの二人は、なにもなかったという台詞の一点張りだった。
三日目の夕刻
M「皆さん、夕刻の時刻です。会議を止めてください。では、三日目の投票の順番を発表します。リョウタさん、アイリスさん、エリカさん、シノさん、アメンボさん、ピイスケさん、フォックスさん、ヒミコさん、チイさん、グレイさんの順番でお願いします。
いよいよ投票の時刻だ。今日の投票では、ずばり私かフォックス氏のどちらかが吊るされるであろう。さあ、私は生き残れるだろうか?
R「アイリスさんです!」
最初の投票者であるリョウタが宣言した。
やはり来たか……。当然といえば当然だが、私はこのゲームではじめて死の恐怖を味わっていた。
M「アイリスさん。あなたの番ですよ」
気がつくとミスズがうながしていた。
I「はい……、フォックスさんです」
E「私もフォックスさんね」
エリカはフォックスに投票した。
次はシノばあさんだ。彼女は果たしてどちらに投票するのだろう?
S「アイリスさんです」
ああっ、これで二対二だ……。私はがっくりと俯いた。
M「アメンボさん? 投票をどうぞ」
A「はい、えーと、フォックスさんです」
アメンボはどっちでもいいやという感じだった。
P「フォックスさんです!」
おお、やった! これで私の二票に対して、フォックスが四票となった!
F「アイリスさんです」
フォックスも今回は必死だ。
H「私に投票します」
ヒミコがいった。
もう大丈夫だ! 私は胸をなでおろした。
C「チイに投票します」
G「フォックスさんに投票です」
そう、最後の二人の投票者は実は私の味方なのだ……。
M「投票の結果、フォックスさんが集団暴力で殺されます」
私たち人狼チームは引き続き部屋割りのために相談をはじめた。もちろん、会話は秘密モードを通して行われている。
G『いやあ、危なかったですねえ。でも、なんとかアイリスさんも私も吊るされなくて済みましたね』
I『いずれにしても私たちは有力な容疑者であるのだし、油断は禁物です』
私は気を引き締めた。
G『確かに。しかし、クイーンさんの行動はすばらしいですね。私の失敗を助けて、フォックスさんを吊るし上げちゃったのだから』
グレイは興奮している。
C『狂人として、百点満点のプレーでしたね』
チイも同意した。
I『今晩の部屋割りの作戦は?』
C『そうですね。現時点で私たち三人の人狼が生き残っているのは、とても順調なことだと思います。今日の部屋割りで、私たちの誰かが同じ部屋に泊まれるようだったらなりましょう。もう少し様子を見ることで祈祷師が浮かび上がるかもしれません』
G『でも、そろそろ噛んでいかないと村人側の全滅って限りなく遠いと思いますけど』
I『そうよ、そうよ。暴力賛成!』
私も同意した。
C『ですね。でも、あと一日はゆとりがあるものとして行動できます』
チイには彼女なりの計算があるようだ。
G『それに、そろそろ我々の正体もばれてしまいます。人狼はパスが一回できるので、二日目までは参加者全員に人狼の嫌疑がかかります。しかし三日目になると、三日とも同居人に死者が出なかった人物は、人狼ではあり得ないことになってしまいますよね。今晩、めいっぱい殺しておかないと、多くのプレーヤーが人狼の嫌疑から外れてしまいますよ』
グレイが強い口調でいった。
C『そこがあと一日のゆとりに関係しているんです』
チイは落ち着いていた。
I『あと一日のゆとり……、どういうこと?』
私が首を傾げた。
C『妖狐の存在です!』
I『ああっ、そうか。たとえ三日とも同居人に死者が出なくても、まだ人狼である可能性があるんだ』
G『おお、そうか。一日はパスをして、一日は人狼同士で宿泊して、さらに一日は妖狐に噛みついた! 妖狐は噛みつかれると狂人化するから、翌日の会議で狼をブロックしたとは宣言しない』
I『妖狐さんって、奥が深いのねー』
しみじみと私がいった。
C『そうですね……。あっ、あいちゃん、今の発言ちょっと天然入ってるかも……』
チイが笑っていた。
G『じゃあ、我々はもう一日じっくりと人物観察をしてもいいんですね』
C『あくまでも、ゆとりがあるということです。もちろん、一気に攻撃するという選択もあります。臨機応変にいきましょう。それより、私たちの当面の敵は村人たちではありません!』
I『えっ、にっくき村人以外にどんな敵がいるっていうの?』
C『あいちゃん、役になりきっちゃってますね……』
チイが苦笑いをした。
G『当面の敵とは、妖狐のことですね』
グレイが冷静な口調でいった。
C『そうです。私たち三人はまだ妖狐に噛みついていません。妖狐がすでに死んでいる可能性もわずかにはありますが、依然として妖狐として生き残っている可能性がずっと高いです。村人の全滅よりも優先されるのが、妖狐が誰であるかを知ることです』
G『どうしたら、妖狐を見つけ出せるんですか?』
I『噛むしかないよね……』
C『まあ、そのとおりですね。ですから祈祷師と妖狐の行方を絞り込むことが、当面の大事だと思います』
I『了解です』
G『了解です』
C『あっ、それから私とグレイさんはパスを消費しちゃいましたが、あいちゃんはまだパスを消費していません。もしも、私とグレイさんとあいちゃんの間で誰かが犠牲にならなきゃならない場面に出くわしたら、あいちゃんを生かす方向で協力しましょう』
I『チイちゃん……。ううっ、ありがとう……』
C『あっ、あいちゃん。今のは勝つための単なる作戦ですから……。あっ、鼻水が出ちゃってますよ』
G『お二人のその天然ぶりが中年男性の心をときめかせるんですよね』
しみじみとグレイがいった。
M「では、三日目の部屋割りに入ります。指名順は、アメンボさん、ピイスケさん、エリカさん、チイさん、シノさん、グレイさん……でお願いします」
A「では、ピイスケさんでお願いします」
アメンボが指名すると、
P「よろしくです」
ピイスケが答えた。
E「次は私ね。えっと、リョウタ君でお願いするわ」
エリカは坊主頭の少年を見つめた。
R「エリカ姉さんですね。よろしくお願いします」
リョウタは少し緊張気味だ。
C「じゃあ、あいちゃんを指名します」
チイはあっさりといった。
I「はい、喜んで」
私も素っ気なく応対した。これで、今晩も一安心だ……。
M「はい、では残りのシノさん、グレイさん、ヒミコさんのご三人が同居となります」
三日目の部屋割りは以下のとおりである。
(春の間)アメンボがピイスケを指名した。
(夏の間)エリカがリョウタを指名した。
(秋の間)チイがアイリスを指名した。
(冬の間)シノとグレイとヒミコが同居する。
本日の死者は、ボス(夜間死)、クイーン(夜間死)、フォックス(集団暴力死)の三人だ。
狩人たちの到着まであと残り五日である。
三日目の夜
今日の部屋は秋の間か……。
私とチイは部屋に入ると扉をしっかりと閉めた。
C「さて、ここまでは順調ですね」
I「そうね。順調すぎて怖いくらい」
C「少なくともここまでの展開で、私たち人狼三人はダメージを受けていません。一方、村人側は明らかに牧師一人を失っています」
I「ドロシーさんのことね」
C「はい、でもまだ安心をしてはいけません。このくらいで実は互角なんです」
I「そうなんだ。ところで、チイちゃん。残った人の職業はわかる?」
C「そうですね。まず、職業の人数を確認してみましょう。今日のゲームの参加人数は十三名ですね」
I「呪われた人数だね! あたしらに追い風かも……」
C「はい……。
そして、人狼が私たち三人、それに妖狐が一人、いることがわかっています。妖狐を除いた十二人を半分に分けるとそれぞれ六人ずつ。恐らく村人側と人狼側が六人ずつだと思われます」
I「そうじゃないってことがあるの?」
C「うん、場合によっては村人側が七人で、人狼側が五人という可能性もありますね」
I「そんなあ、ずるいよー!」
C「ははは……。えと、人狼側は仲間同士でテレパシー会話が許されているし、さらに妖狐を味方にするという可能性もあるので、村人側よりかなり有利だと解釈されているんです。だから七人と五人の可能性もあり得ます」
I「微妙なとこなのね」
C「そして、人狼が三人であるので、ほぼ間違いなく村人側の祈祷師と牧師は合わせて三人いますね。祈祷師二人、牧師一人かまたは、祈祷師一人、牧師二人のどちらかだと思います」
I「そのうち、牧師が一人死んでいるから、祈祷師二人かあるいは、祈祷師一人と牧師一人が生き残っているのね」
C「はい、ひょっとすると集団暴力の犠牲者のフォックスさんが祈祷師や牧師である可能性はありますが、とりあえずそのような楽観的な可能性は捨てておきましょう」
I「フォックスさんが妖狐である可能性は?」
C「だとうれしいんですけどねえ……。もちろんその可能性はあります。妖狐族はすでに息絶えているのかもしれません」
I「きっとそうだよ。なにしろフォックスさんっていうくらいだから」
C「あー、あいちゃんもそう思いましたかー。私も実はね――。
はっ……。
こほん、そういう楽観的な考えは捨てておきましょうね」
チイは一瞬取り乱したものの、すぐにまた冷静さを取り戻した。
I「えーと、そのほかの死者は――クイーンさんは狂人に決まりだし、ボスさんは村人か狂人か霊能者に間違いないよね」
C「あっさりとあいちゃんに殺されちゃいましたからね」
チイがくすくす笑っている。
I「だったら、フォックスさんが祈祷師、牧師、妖狐のいずれかであった確率は8分の3だね!」
C「あいちゃん、計算速いですね」
I「えっへん、こう見えても私中学の時、一番の得意科目は数学だったのよぉ」
C「へえ、そうなんだー。私はどっちかというと理数系は苦手で、むしろ国語のほうが好きでしたね。数学だけはいつも評定が4になってしまいましたから……」
I「へっ、私も数学の評定はいつも4だったんだけど……」
C「……」
I「……」
I「はっ、もう朝だよ!」
C「えっ、本当だ。グレイさんどうなっちゃったんだろう?」
I「あらら、グレイさんのことすっかり忘れてたね。あたしたち……」
C「そっ、そうですね。はははっ」