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猫の精霊  作者: たにし
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占い師と精霊

曇天の空を見上げる。

精霊である僕、ロシアンが、こんな地方の空、山々の紅葉、風景を観ることができるのは稀有な例だ。


僕は生まれつき精霊としての力が強かった。

みんなからは将来は上級精霊になること間違いなし、と崇め立てられた。

だけれど僕は地位に固執する性格ではない。


だから、僕は生まれた場所を飛び出した。

当時は大騒ぎになっていたな、と回想する。

上級精霊の卵が突如として失踪したのだから。

精霊の中で捜索隊が組まれ、その捜索隊から逃げながら過ごした日々も今はもう遠い。

いかに力が強くとも、こんなに長期間も見つからないということは、エネルギーが尽き、消滅したと判断されたのだろう。いつしか捜索隊の姿を見ることもなくなり、僕を知る精霊もいなくなった。


都会のビル群の中を探検した。

本屋にある本をこっそりとコツコツ、すべて読んでみたりもした。

飲食店の魚をこっそりと舐めてみたが美味しくなかった。人間はよくこんなものを食べられるな、と思う。


もう何年が経っただろうか、僕はある人間を一人見つけた。

街中で占いをしている、若々しく、美貌のある女の人間。


その人間の周りには人が集まっていた。

いつだってその女の予言や、占いは的中していた。

この人間の近くにいれば少なくともエネルギーには事欠かないと思ってついていくことにした。

あとついでにその人間が手首に着けてる、沢山のビーズを紐で繋げたような装飾品が気になっていた。

その装飾品がジャラジャラと鳴る度に、ロシアンは目を丸くして心が躍った。


一度、茶色のつぶつぶとした塊が皿に乗って置いてあったときがあったが、あれも占

いの一つの道具なのだろう。

なににつかうのかはしらないが。


その人間は、占いを開けば、人が集まる、腕のいい占い師だったが、なぜか場所を転々としていた。今日は東京、来月は地方、と思えばまた東京に戻る。


その理由は腕と外見が良すぎる余り、同業者からの嫌がらせを受けているからだということをしばらくしてから知った。


ただロシアンからすれば、沢山の経験が出来ていた。基本的にのんびり過ごしている精霊だが、ロシアンの好奇心は強い方だった。


のんびりと座り込み、必要以上には動かない精霊を見ると、なにか、どこかへ行きたくならないのか、と思う。


そしてとうとう、ついて行った人間も歳を取り、占い師時代に稼いだ貯金を殆ど使い、地方も地方の山がよく見えるの家を買ったのだ。

地方だから土地が安いのか、広々とした和風家屋だった。


既に若々しさとは無縁の、老婆になっていた。しかし、ギラギラとした野心を持ち、好奇心を忘れていないということは、瞳を見れば分かる。

人間は年を取るのが早いと月並みな感想が出てきた。


何故、この間まで現役だった占い稼業をぱったりと辞め、隠居に近しい生活を始めたのか。


その理由はロシアンだけが知っていた。


この家を買う2カ月前にこの人間は、自分自身のことを占った。


どんな占いが出たのかはロシアンは知らないが、そこから仕事を辞め、こんな生活をしているのだからある程度予想ができた。


残された余命が余り少なくないのだろう。

それはロシアンも同じだからだ。

ひょっとしたら同じ境遇だったからわかったことなのかもしれない。


長年、野良として生きていたロシアンもエネルギーが足りずに、じきに消滅すること。

別に力が弱まっているわけでも、体調として表に出ているわけでもなかったが、実感としてどこか、自分の最期は分かっていた。


老婆の人間はロシアンと同じ、紅葉を見ている。朱色の紅葉、黄色のイチョウが舞い綺麗だった。

余命残り少ない一人と一匹。


このまま二人余生を過ごそうかな。なんて思っている。


老婆は普段、独り言の類は一切発さない、寡黙な人だった。


商いの時以外は、声を聞いたことが無い。

そんな老婆が突如として独り言を言うものだからびっくりする。


「綺麗な風景だねぇ。」


口には出さないが、

そうだね。と心の中で老人に返事する。


「私は独り言は言わないよ。」と老婆はさらっと発言した。


一瞬、いや一瞬にいしては長い、腹の底がひゅっと浮き上がるような感覚がした。


ロシアンが慌てて老婆の方を見つめると、見えないはずのロシアンと老婆の目がはっきりと合った。


老婆は悪戯心たっぷりにクスッと笑い、こう続ける。


「あなたバレてないつもりだったの?面白い子ね。」


「まぁ私も現役時代は水晶を通してしか見えなかったから、何かしらの霊なのは知ってたわ。」 


「でも最近になって水晶なしでもあなたのことが見えるようになったの。」


「最初見えた時はびっくりしたわ。水晶には猫が映っていたのに実際にその場所を見た時はなんにも見えないんだらから。でも、ずっと私のそばにいたからそれも慣れていったわ。」


としみじみする老婆。


確か精霊達の中でのルールに、「人間に姿を見られた場合は〜」みたいな項目があった気もするが、そんな遥か昔のことは忘れた。いや、忘れたことにしておいた、という方が正しかった。


それからも度々、何かあるごとに、老婆は話しかけてきたがロシアンは耳を立て、老婆の方を向きはしたが、返事はしなかった。

人間の言葉も一通りすべて話すことはできるが、一人でいた時間が長過ぎるが故に、言葉の発し方を忘れてしまった。急にうまくしゃべれるとも限らない。

だから老婆の言葉も、振り向くだけにしておいた。


「寒くないかい?」


「お腹は減らないのかい?」


「良い家を買ったと思わないかい?」


返事をしないロシアンに対して老婆はずっと、聞く。

別に老婆も返事を期待していない事はロシアンにも分かっていた。


落葉樹の葉がすべて散る頃には随分と寒くなっていた。

朱色と黄色が交錯して美しい景色を織り成していた山も、今は雪の白と枝の黒の二色だけの味気ないモノクロになっていた。


ちょこちょこ、と散歩に出ていたり、買い物に出ていた老婆も家にいることが多くなった。


寒いから家にこもっているのだろう、と安直な予想はロシアンはしなかった。


もう死期が近い。


老婆は布団の中で寝ている。

ロシアンはそんなときは決まって、老婆の懐に潜り込む。

この時期になってから鼻先が冷えるので温める。


「私ももう長くないよ。あなたならもしかしたらしってるかもしれないけど。」


「もしかしたらそんな可愛らしい見た目で死神なのかもね。大したご利益もなかったし。」

と、言うものだから流石にロシアンも否定したくなる。


そうしたらまたあの、悪戯心のあるあの笑顔で、「冗談だよ。」


この老婆には動揺させられてばかりだ。


「最後に、私に長く連れ添ってくれたお礼で一つ渡したいものがあるんだった。」


と、タンスをゴソゴソと漁りはじめ、一つの箱を取り出す。


あったあった、と老婆。


取り出したものはあの、老婆が付けていビーズを連ねたような装飾品、老婆が動く度にジャラジャラと鳴ってその心地よい音に釣られてついて行った点も否めない。


「これをあげようと思ってね。」


と老婆は近づき、ネックレスをかけるように、ロシアンの首にかける。


ロシアンの全身に煌々とした言葉にできない力が漲る。


「やっぱり私の読み通りだったね、この数珠は人の気持ちが詰まってる。だから弱ってきたあなたにぴったりだとも思ったのよ。」


なんで僕が弱ってるとわかったのか、聞く前に老婆が答える。


「水晶無しでも見えるようになっているってことは、それだけ力がもうなくなっているってことじゃないかしらって、思ったのよ。」


老人は嬉しそうに言う。

コホコホ、と咳をして、布団に戻る。


「あなたの姿はもう見えなくなっちゃったよ。だからもうどこにいるかも、今近くにいるかもわからない。」


だから、


「こんな死にゆく老人なんて放っておいて、どっかに行きな。」


ロシアンは困惑している。

が、することは決まっていた。


老婆の懐に潜り込む。


「まだいてくれるのかい、優しい霊さんだねぇ。」


さすがにこんなに施しを受けて、返事をしなくては失礼だと思ったので、


「にゃあ。」

と返事をした。

この老婆の前ではあくまで、猫の霊的ななにかでいなくてはならないと勝手に思っていた。


老婆はまた、面白い子ね、笑いながらいった。


「あなたが喋れることくらい知ってるわよ。どれだけ長くいたと思ってるの。」


と、見えてないはずなのに、頭を撫でられた。


ロシアンはすこし、嬉しくなった。

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