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猫の精霊  作者: たにし
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電車の精霊

精霊と聞いて、どんなイメージを持つかは人それぞれだ。

山の中の小さな湖の周りを優雅に飛び回っているイメージもあるだろう。

または、夜中に靴磨きをしてくれる小人のような精霊をイメージする人もいるだろう。


しかし、実際の精霊は電車の中に巣食っている。

この物質主義の現代、いかに精霊といえども居場所を変えず生活することは生き残るための術だった。


そしてこれまた、皆さんのイメージを壊してしまうなら申し訳ないのだが、精霊といっても、私たち精霊の見た目は蝶でも、小人でも女神でもない。


人間界の生き物に例えるなら、猫に近い。というかほぼ猫だ。

人は私たち精霊ににている猫のことを決まって「ふてぶてしい猫」と言う。

ので、これから出てくる私たち、また私たちの仲間のことは、猫を想像して頂けると、話のイメージも掴みやすいと思う。



通勤ラッシュの時間帯、電車の中はあと一人入れるかどうかの疑わしい、我々の言葉を使うなら、猫の額ほどの空間を残し出発した。

この時間は人がごった返しになっていて、こちらも息苦しい。

建設中のビル、住宅街、ショッピングモールが高速で後ろに流れていく。電車のスピードを物語っている。


大多数を占めるのはこれから会社に勤めるサラリーマンだ。

他にも通学に電車を使う学生も見受けられる。

中には早朝から移動するためか乗車している老人もいる。

どこへ行くのかは不明だ。

いくら精霊とて、人間のの思考を見ることはできない。


私たちが普段、どこへいるのか、私たちが見えない人は疑問に思うだろう。


座席の上の荷物置き場に堂々と鎮座しているのたが、見えないのだから仕方ない。


おっと、そう話している間に、荷物置き場に鞄を乗せようとしている男がいるため、すこし横にずれて座りなおす。


私は先ほどから、ひとりの男を見ている。

睡眠不足の重々しい瞼を閉じて寝ている人間だったり、これから訪れるであろう、億劫な業務時間に憂鬱な気分で俯く人間とは、ちと違う様子の男。


今にも死にそうな、絶望し切っている眼に、もう最後にいつ上を向いたかすらわからない程、項垂れている首。

なにかブツブツと言葉にならない言葉を呟くがその意味はわからない。

声量的な問題で聞こえないことはないのだが、言語として成り立っていない言葉はいかに精霊でも理解はできない。


おそらく、死ぬつもりだろう


人間の思考はわからずとも、仕草、表情など、人間観察に置いては私たちの右に出るものは居ない。


数多の人間を見てきたから、ある程度のシグナルは分かるつもりだ。


別に人間が列車に飛び込んで死のうが私たちの知ったことではないのだが、だからといって見逃すわけにはいかない。


精霊にも管轄というのもがあり、仮にも精霊、死人を見過ごし、ダイアを狂わせた日にはと上級の精霊(といっても外見は我々と変わらないふてぶてしい猫のようだが)に叱られてしまう。


それは私にとっても大変良くない。

以前、マンチという名称で呼ばれている同僚が、管轄の電車を見守っている最中に居眠りしてしまい、結果的に人身事故が起こった。

上級精霊はこの事実を重く受け止め、「次から人身事故を起こした精霊は、電車の担当を外れ、野良の精霊として生活してもらう」との宣言を出した。

これは非常まずいのだ。

普段精霊は人気ひとけというのをエネルギーに生きている。

一昔前は田舎でも十分すぎるほどのエネルギーを得られたのだが、昨今の過疎化の影響で、精霊達も上京せざるを得なかった。

その上、都会は上級精霊達によって管理されており、野良が生きていける余地はもう、ない。


なので、やっとありつけた電車の管轄を外される、ということは生活できなくなるということと同義なのだ。


仕方ない。と私は荷物置き場からぴょこり、と身を下ろした。


そして、男の膝の上に潜り込み、温める。


男の絶望した顔は徐々にこっくり、こっくり、と揺れ始め、ついには寝てしまう。


正確な時間はわからいが、人間で言う感覚の40分ほどが経過した。


精霊はまたぴょこり、と飛び降りると男は目を覚ます。

男はハっと飛び起き、急いで案内掲示板を見る。

とっくに降りる駅は通り過ぎており、まもなく終点に到着する。

元から絶望していた顔がさらに青ざめて「やばい。このままじゃ…仕事に…」

と言ったが、

「まぁ…どうせ言ってもいかなくてもあの部長は怒鳴るんだ。じゃあ今日くらいはサボっても…」


電車は終点に到着した。


といい、すっかり憑き物が落ちた様な安らぎのある表情で、

「そういえばこんなに安心して寝れたのは久しぶりだな。」

儚くも満足げな笑顔で男は電車を降りる。


これで私が上級精霊に怒られはしないだろう。

決してあの男のためではない。私が怒られたくないから手を貸したのだ。


電車はまた、人を積み込み、折り返しの為に出発する。


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