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プロローグ


 昏い空から、一斉に赤い色が降ってくる。


 ばしゃっと音を立てて弾けたそれは、なすすべなく倒れていた四條(しじょう)(つづる)の全身に降りかかった。つん、とした鉄の匂いと粘ついた感覚が皮膚に広がるのも束の間、それは痛みを伴って綴の体内を灼き始めた。


「っ……! ぐ、あ——ああああ!」


 身を捩る。苦悶の声を上げる。何かが自分を内側から焦がそうとしている。まるで地獄の業火そのもののようだ。十歳を僅かに越えたばかりの少年は小さな体を縮こまらせ、その責め苦に翻弄されるしかなかった。


 永遠とも思えた時間はしかし、突然の福音と共に終わりを告げた。


 未だ全身で荒い息をしながらも、綴はおそるおそる顔を上げる。


 あの激痛が嘘のようになくなっていた。数分前まで襤褸雑巾みたいに傷だらけだった体は、血の色一つ残していない。唯一、破けた衣服だけが綴の受けた突然の理不尽を物語っていた。白い水蒸気がしゅうしゅうと自分から立ち上っている。何が起こったか分からないまま、はっとして風上を見やる。


 あちこちから上がる火の手によって生み出される黒い煙が、怒濤の如くこちらへ向かってきている。そこには見るも無惨な自分たちの家があった。大きくて広い家、東国人(イースタン)の孤児たちと数人の大人が身を寄せ合うようにして暮らしていた家だ。それが、それが——


「あ、あああ……」


 無意識の慟哭が漏れる。みんなで夜空を見るために登った屋根は焼け落ち、背比べの印を幾重にも付けた壁は内部から吹き飛び、色紙で作った動物を貼り付けていた窓硝子はそのほとんどが割れている。そして黒々とした何かの塊がところどころに倒れていた。水飲み場の近くに、園庭の隅に、今も燃えさかっている大木の傍に——


 呆然と、愕然と、そうするしかない綴の上に、突如として人影が落ちた。


「ここはもう、終いだ」


 悪夢みたいな光景の中で、唯一、妙に現実味を帯びた言葉だった。綴は緩慢な動きで顔を上げてその人物を見やる。しかし燃える孤児院を背負ったその人物の全容は逆光になっていて杳として知れない。霞んだ視界では男か女か、背が高いのか低いのか、何一つ分からない。


「……すまない、一足遅かった」


 火が燃えさかる轟音にかき消されそうな淡々とした声色が少しだけ憂いを帯びた。人影が片足を後ろに引く。その背後に隠れていたのは見覚えのある二人の少女だった。一人は地面にへたりこみ、長い黒髪をだらりと垂らして項垂れている。そしてもう一人は掻き切られた白い喉元をさらして、仰向けに倒れている。


「姉さん……(つむぎ)……」


 綴はよろよろと立ち上がった。不思議と体は大丈夫だった。一歩、また一歩、と綱渡りのように歩みを進めていく。


 そうでもしないと壊れてしまうような気がしたからだ。


 長い髪の少女が——義姉が、ゆっくりと顔を上げる。


 何も映していない、その虚ろな紫水晶の瞳が。


 全身が脆い氷像になったかのような彼女が、今にも壊れてしまうような気がした——


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