2章 捜査中④
射撃訓練場は警察署の地下にあった。
鈴木は標的に向けて弾丸を発射した。しかし、目標の中心部にはあたらず、少し離れた所に命中した。横で宮垣も同じように発砲しているが、やはり目標の中心部には当たらない。
二人とも射撃はあまりうまくないが、宮垣の方がまだましだった。
「くそ、くそ」
「なぜだ。なぜ当たらない」
二人はそれぞれ悔しさを声で表現した。
その様子を椅子に座り、海道はじっくりと観察している。
しばらくして、ふいに立ち上がり二人に近づく。
「二人とも全然駄目だ。まず、鈴木。お前の場合、肩に力が入りすぎている。特に、引き金を引く瞬間、その傾向がひどくなる。当然、的に当たるわけがない」
次に宮垣の方を向き、
「宮垣!お前の場合は利き手側の腕が不必要に上がりすぎている。構えがしっかりできていない状態である事を全然自覚していないのだ。そんな状態で撃っても、弾は目標に命中するわけがない。そうすると、おまえは失敗からさらにあせって、さらに失敗する。その悪循環だ」
二人の弱点を的確に指摘する。海道の観察眼はするどい。射殺技術に関しては一流なのだから当然のこと。
全体的に見て、潜在能力・現在の実力とも宮垣の方が上だった。宮垣は大阪生まれのせいか、せっかちな性格だ。ゆっくり落ち着いて行動することがどうも好きではないようだ。だが、一つ一つポイントを抑えて、やれば必ずできるはずだ。
「以上の点に気をつけて、練習を続けろ!」
「はい!先生」
と二人同時に元気のよい返事が返ってきた。
「先生という呼び方はやめてくれ。その言い方をされると肩がこる」
人に頼られたりするのは慣れてないので、そういう言い方はされたくなかった。
「では、なんと呼べばよろしいのですか?」
「海道さんでいい。その呼び方が一番楽だ」
「あ、はい」
その後も射撃練習は続いた。二人は海道の指導の元、標的に弾丸を撃ち込んでいく。やがて夜になり、今日の練習は終わった。二人はなおも練習をしたいと要望したが、疲れたが蓄積しきった状態でやっても、無駄と判断した海道は彼らの意見を却下した。続きの練習は明日の朝から再開することになった。
東京は都会だ。それだけに夜の街はよく言えば、華やか。悪く言えば、うるさい。
明かりはいたる所についているので、暗闇というのがない。それが大自然の中と違う点だ。
海道はひいきにしている居酒屋がある。名を「とうべえ」。手ごろな値段でおいしい料理が食べられると評判の店だ。店員の愛想もいい。駅前の店ということで立地条件もよく、完全に固定客がついているので、店の経営も安定している。
海道は一人、店に入る。
海道は薄めのサングラスをしている。これはテレビに度々出ている有名人だからだ。有名人になりたかったわけではないが、そうなってしまったので仕方がない。ゆっくりとプライベートをすごす為にサングラスは必要なのだ。
10時だったので、ピーク時に比べて店の盛り上がりはなかった。しかし、それでも空席はそんなにない。カウンターの席が空いているので、そこに座った。
店員にビールを一つ注文した。すぐにビールがやってきて、一人飲み始める。
店にテレビが1台設置されており、ちょうど海道の席から見やすい位置にあった。ニュースがやっており、あの有名な番組ニュースマスターがやっていた。
初めは経済関連の話題ばかりを取り上げていたが、やがて、射殺ショーの時間になった。
その瞬間、店の空気がいっぺんした。今までは客は自分たちの席でたわいのない雑談をしていたのが、皆、テレビに釘付けになる。
「みんな、見ろよ。射殺ショーの時間だぜ」
「本当だ。今日は誰がやられるんだ。楽しみだ」
「いけー。正義の鉄槌を悪党にぶちかませ!」
皆、興奮した声で叫びだす。異様なテンションなのだ。
だが、当然、海道は冷めている。射殺がショーだという考え方自体が気に入らない。
客の態度にいらっとして、殴ってやろうかと思ったが、やめにした。さすがに警察内での立場が悪い状態で、これ以上の問題を起こしたらクビになりかない。
さらに言えば、ここの客はまだましなほうだ。他の店ではもっと異様なテンションだ。まだましだからこそ、ここの店をひいきにしている。
海道は一人でビールを飲み続ける。テレビの方は当然見ない。
しばらくすると、射殺ショーの時間は終わり、次は天気のコーナーになった。明日の各県ごとの天気が説明された。
再び観客は静かになった。自分の席に戻り、たわいのない雑談を再開した。
「ふー、やっと静かになったかあ」
海道はため息交じりにつぶやく。ビールを再び口にする。
「そのとおりですね」
横から声がした。海道にしてみれば、ただの一人事だったのに、なぜか横でそれに答える声がしたので、驚いた。
横を見ると男性が一人いた。外見から察するに同じ年か相手の方が少し下といったところだろう。
「気が合うね。あんた。あんたも射殺反対派かい?」
「そりゃ、そうですよ。犯罪者は確かに悪いことをしている人間ですが、なんでもかんでも射殺すればいいってもんじゃないですよ。本来なら、犯罪者には裁判をちゃんと受けさせて、罪を認めさせてから、死刑するべきです」
男が自分の意見を口にする。射殺反対派が非常に少ないこの時代に、こういった居酒屋で偶然にも反対派に出くわすとは思わなかった。
「まともな人間に会えてうれしいよ。気分がいいから、ビールをおごろう。おーい、ビール1つー」
海道の呼びかけに店員はすぐにビールを1つ持ってくる。
「さあ、ここは乾杯だ」
海道は言い、グラスを掲げた。
相手も合わせるようにグラフを掲げた。
二人は意気投合し、飲み続けた。店の客は時間がたつに連れて、徐々に減っていたが、二人は気にしない。その後も飲み続けていたが、最後には客は二人だけになった。
「お客さん、そろそろ、時間がですので、申し訳ありませんが、」
店員がやってきて、二人に閉店の時間であることを告げた。
店内の時計を見ると、11時55分になっていた。
この店の閉店時間は12時なので、仕方がない。海道達は会計をすませ、店を出た。
閉店時間が今より遅い時間の店はたくさんあったはず。はしご酒をしようと思えば、出来ないことはないが、二人ともかなり飲んでいた。顔は真っ赤だ。
相手が何の仕事をしているのか知らないが、海道の仕事は警察官。しばらくは銃の指導だけが仕事なので、少々、二日酔いでも仕事に支障はないと思うが、警察署内の周りの目というのもある。二日酔いで出勤しても印象が悪いだろうし、急遽、事件が起こり、現場に行く事も考えられる。
「じゃ、俺はこれで」
と言って、海道は帰ろうとすると、「ちょっと待ってください」と相手に呼び止められた。
「お名前をうかがっても?」
名を聞かれて、海道は一瞬戸惑った。有名人なので、へたに名乗るとろくな事にならない可能性もある。しかし、苗字だけなら問題ないだろうと考えた。海道という苗字はありふれてはいないが、他にも海道という苗字の人物はたくさんいるだろう。
「海道だ」
「そうか。海道さんですか。じゃ、海道さん、お疲れーさん。また会ったら、飲みましょう」
そう言って、相手は去っていた。
海道は相手と別れてから、相手の名前を聞いていなかった事に気づいたが、特に気にもしなかった。




