第7話 強敵
日本人ってのは面倒くさい種族だから、得てしてどこか叙情的で遠回しな表現をするものだ。
外国の人には、そういう伝え方が好まれないらしい。
それを知った上で、好きとか愛してるとか綺麗だとかを、気の利いた言葉に変換して口にしなければならない。いや、ならないってことはないんだけど。
「……えー、つまり話をまとめると、あのとき俺に言った〝自分の店で働く気がないか〟ってのは、お前なりのプロポーズってことなんだな?」
「そうよ」
「でも、俺たち付き合ってないよな?」
「そうね」
「……………………」
「……………………」
気の遠くなるような間があった。
真面目な話、お互い結婚はまだ早い、とか、付き合ってもないなんだから、とか、説明はいくつも思いついたけど、どうにも春花を説得できる気がしなかった。
お互いに子供じゃないけど、立派な大人と胸を張っていえるほど人生経験があるわけじゃない。俺が知る限りの春花は、いままで誰かと付き合ったなんて話は聞いたことがないし、そもそも俺だってこの歳まで女性との交際経験がないのだ。
別に春花が嫌いだとか、そういうことではない。ちゃんと1人の女性として見ているし、少なからず好意は持っている。けれど俺と彼女の間で、いままでそういう関係や雰囲気になったことは1度もないし、ましてや結婚なんて考えてたこともなかった。
『桂木。1日サボるとな、周りから3日分置いていかれるんだ』
佳枝さんの口癖ともいえる懐かしい脅し文句が、どこからともなく聞こえてきた……ような気がした。
そしてあれは大げさな脅し文句なんかじゃなかったことをフランスに行って実感した。あそこには俺や春花クラスのパティシエがゴロゴロといて、少しでも油断するとあっという間に振り落とされる。
俺は、いつだって何よりも自分の夢を優先させてきた。だから、プライオリティの低いものを切り捨てることに躊躇はしない。きっとこれからも変わることはないのだろう。俺は、ワガママで独りよがりなヤツだ。
長い時間をかけ、俺はようやく答えを絞り出した。
「春花。いまの俺は、恋愛なんてしてる余裕はない」
「恋愛しろとは言ってないわ。籍を入れなさいと言ってるのよ」
秒で返された。いつもの無表情で。
自家撞着を起こした春花の物言いはさておき、ここで引き下がるわけにはいかない。
俺は短く息を吐いた。
「正直に言うけど、俺実はA○Bしか愛せないんだ。ライブに行くことを法律で定めるべきだと考えてるし、一緒に踊ったりするのが快感だ。ユリちゃんの唾液がオークションでかけられた時に20万で買ったし、CDだって何百枚も買ってる。ぶっちゃけ、チェック柄のスカートを履かない女は全員ブスだと思ってるし、どうして履かないのかも行動原理学的に考えて理解できない」
一息に言い切った。ここまで言えば婚姻届も破り捨てるだろう。自分で言っててドン引くくらいだ。
ああ、死にたくなってきたな。
「へえ。それで?」
しかし相変わらず、春花の表情に変化はみられない。
「ちなみに休みの日はパリの地下アイドルを探すために時間と金を費やすし、好みなのは一般的にデブで足が太い女の子が踊ってる姿を見ることだ。足をもつれさせて踊ってる姿を見ると心がときめくし、いつまでも見ていたいと――」
「悠人」
「な、なんだよ? まだ話は終わって――」
「あなたの趣味趣向はすべて把握してるから無駄よ」
「……………………」
手ごわい。経験の少なさが呪わしくなってくる。