怪物は、血まみれの獲物となる
洞窟から出ると木漏れ日が私の顔にかかりその眩しさに目を細める。
小鳥が鳴き、涼しげな風が枝葉を揺らし私の頬を撫でると同時に血肉の臭いも鼻腔に運んでくる。
洞窟の周辺は死屍累々の様相で狼と参加者の亡骸が散乱していた。
参加者の死体は二人で洞窟に入って来た男も含めると三人で行動していたようだ。
「最初に会ったサラリーマンも含めると四人、確か十三人の参加者と言っていたから、私と蒼を含めると九人だけど……」
他の場所でも殺し合いは起きているはず、正確な人数は把握できない。
「とりあえずここの物資は取らないでおこう、もし誰かが来た時この人達の物資だけ取って引き上げてくれるかもしれないから……」
淡い希望を抱いてその場を放置する、正直ここに長居したくないというのが本音だった。
「さてと、物資がありそうな場所を探さないと……そういえば、あのサラリーマンは近くに灯台があったと言ってたな」
あのサラリーマンの言葉が蘇る、私を油断させる嘘にも聞こえるが、それならわざわざ灯台なんて単語を出さず何か施設とでも言ってたはずだ。
「脱出したいと私が言ってたから海辺にある灯台という単語を出してそっちに注意を向けさせた……なんて可能性もありそうだけど、あの人も私と同じ素人っぽかったしあの短時間でそんな複雑な嘘は思いつかないよね」
そう頭の中の推理を口に出して自分に説明する、普段の私からは想像つかない奇行だが、それだけこの異常な世界で精神が追い詰められているのだろう。
私はバッグに入っていたコンパスを取り出し西に向かう、あのサラリーマンが指差した方向と(おそらく)真反対に進んでいたのでそちらに行けば灯台に着くはずだ。
私が進む方向をコンパスで見ると真西だった、多分私の最初にいた場所はこの島の最西端だったのだろう、最もこの島の全体図は未だに把握できていないのだけれど。
「まあこの状況じゃ考えても仕方ない、それより早く行動しないと……待ってて蒼」
………………
その後、ひたすら無言で歩き続けていると静かな森の中にそよ風が吹き始めた。
「なんだがこの風ベタつくな……もしかして潮風?」
進行方向から吹く潮風が私に海が近いことを告げる、思わず光が一際強く輝く場所まで一気に駆け抜けた。
「……!やっぱり!」
森を抜けるとその先は見事な断崖絶壁で、その遥か下にある海は大きく波打っていた。
「そのここから海沿いを歩いて行けば……あった!あれが灯台ね!」
左右を確認すると右手にサラリーマンの話していた灯台が見えた、ここから見てもかなり大きく、割と近い距離にあることが分かる。
「早く行って物資を回収しないと……いつあの洞窟に危険が及ぶか分からない……」
そう呟いて私は灯台に向かって海沿いを歩き出した。
………………
どれくらい歩いたのだろうか、灯台も見上げなければ全体を見渡せないほど近くに位置する場所までやって来た。
絶壁だった海岸もそのままビーチに出来るんじゃないからと思えるほど白い砂浜へと姿を変えて続いており、気を抜くとここが死の島だと忘れてしまうほど素晴らしい景色が視界に広がっていた。
「はぁ……はぁ……あともう少し……う、くぅ……これって……」
海岸沿いを歩き始めた時から感じていた気だるさがだんだんとはっきりとした感覚で私に襲い掛かる。
私はこの気だるさの正体がずっと付き合って来たもので無いことを祈ったが、それでも現実は残酷で下腹部に強い痛みが起き始めた。
「嘘だって……ここで生理がくるとか……」
周期的にそろそろだとは思っていたけど……まさかこんなタイミングで来るとは……
私はその場にうずくまり、どこか身を隠して休める場所はないか辺りを見回した。
するとちょっと遠くに小さな波止場の様な場所があることが分かった。
「あそこ……多分船着場か何かかも……身を隠せる建物とか無いかな……」
重い足を引きずってまたしばらく歩いていると、見えていた船着場の上り口と思しき階段が徐々に見えてくる。
「もう少し……あとここで物資も見つける事が出来れば……」
少し長い階段を上りながら淡い期待を口にする、そして階段を上り切ろうとしたその時、船着場の方から複数の物音が聞こえた。
(……え?)
私は咄嗟に階段に伏せ上の様子を顔だけ出して伺う、音の発生源はここではないようで私は慎重に階段から出て辺りを見回す。
すると、船を固定する為の浮島の方から人の声が聞こえてくる、今は引き潮の様で水位も下がっているせいか浮島と私がいる陸地との間には数メートルほど高低差が出来ていた。
私は恐る恐る地面を伏せて浮島の方を見る、そこには三人の男達が何かを話しており、その中には私と蒼を襲ったスキンヘッドもいた。
(うっ!あの男……よりにもよってこんなところで……というか他のもヤバい……)
スキンヘッドの男が話している二人も風貌が似ており、一人は色黒で剃り込みの入った短い坊主で顔にまで入れ墨が入っており、もう一人はドクロマークの入ったグレーのパーカーを羽織ってぶかぶかのズボンにグラサンと絵に描いたようなドロップアウトヤンキーな見た目だった。
(あんなコテッコテのチンピラ、ドラマや漫画でも今は見ないって……バレない様に早く立ち去らないと)
そうして私はなるべく音を立てない様にしてしんどい体に鞭打って伏せた状態で後ろに下がる。
が、その時下腹部が更に痛みだし、下半身に嫌な感触が溢れ出す。
(やばっ……量が多い、せめて下を脱ぎたい……)
そんなことを考えながら男達の様子を見ていると、急に色黒の男が辺りをキョロキョロし始める。
「ん?血の匂い……?お前ら警戒しろ!何か血生臭さを感じるぞ!」
「血生臭さ?そんなの俺たちには匂わねえぞ?」
「いや、これは確かに血の匂いだ、手負いか獲物を喰ったばかりの獣か人か……どちらにせよ警戒はしろ」
(嘘……!?もしかして私の生理の匂いを感じたの!?どんな嗅覚してんのよ!)
色黒の異様な察しの良さにビビりながらもやることは変わらず、さっさと後ろに下がり森のほうへと早足で向かう。
「ここはあいつらの縄張りなんだ、もうあの船着場へは行けない以上灯台まで行って物資を探すしかない……!」
そうして森の中に入り、なるべく見失わないよう灯台を視界に入れながら移動する。
「早く蒼の元へ帰らないといけないけど、あいつらに見つかる訳にもいかない!ここは森の中を駆け抜けて……って、きゃああ!?」
一か八か森を抜けて素早く灯台に向かう為に駆け出すが、暗く足場の悪い中でその行動は無謀だったようで突然目の前の地面が消えていることに気付かず空に足を踏み出してそのまま落下してしまう。
「……ぐっ、くぅ〜……いったぁ……あ、血が」
どうやら1メートル程度の段差レベルの崖になっていたらしく、顔面から地面に落ちて鼻血が出てしまった。
「本当に最悪……こんな時タカ君がいてくれれば……」
私が弱音を吐いてへたり込んでいると、右耳に何か固いものを引っ掻く音が入ってきた。
「え…………もう、ほんといい加減にしてよ……」
嫌な予感を覚悟しながらそちらを見る、そこには崖から飛び出した石を爪を立てて踏み締めながら巨大な虎が私を見下ろしていた……