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プリンセス・ドール

作者: えび

あの部屋に入ってごらん。そうしたらお姫様の人形をみつけて、その子にこう話しかけてみて

「あなたのお城はどこにあるの?」

ってね。そしたらお姫様の人形が

「それはね、おもちゃ箱の中にあるのよ」

って答えてくれるわ。そしたら5秒間目を瞑ってごらん。目を開けたらそこはもう――



おばあちゃんが亡くなってから一週間、魂が抜けたように何も出来なかった。でも今日はおばあちゃんの家に行く。ぬいぐるみは全部あたしにあげるって、そう書いてあったから。おばあちゃんの秘密の部屋に入って、ひとりずつ大事に箱にいれていった。そして、ひとりの人形と目があった。可愛らしいドレスを着ていて、きれいな金髪に緑色の目をした子。一言で表すならまさに「お姫様」って感じね。そしてあたしは無意識のうちにその子に話しかけていた。

「あなたのお城はどこにあるの?」

人形が話すわけ無いと知っていながら話しかけていた。可愛かったのだから仕方がない。そう、人形は喋らないのだから。でもその子は口を開いて、

「それはね、あのおもちゃ箱の中にあるのよ」

って。空耳かどうかも疑った。でも今ママはこの部屋から離れたキッチンにいるしお姉ちゃんは1階下の応接室でピアノを弾いている。そしてなにより、この人形があたしに向かって微笑みかけてくるの。そしたらまた人形が、

「ゆっくり目を閉じて。そして5秒後に目を開けてご覧なさい」

って。ちょっとワクワクして、その人形の言うとおりにあたしはゆっくり目を閉じた。5秒間、ゆっくり深呼吸しながら。そして目を開けた先には砂糖のような純白で作られた立派なお城がたっていた。   

「わぁ、大きなお城ね」

「今のあなたから見たらね。ほんとうはすごく小さいのよ」

「あなたは…さっきのお人形さんね!」

「えぇ、はじめまして、ミシェル」

「なんであたしの名前知ってるの?」

「マリアがよく話してくれたのよ」

マリアはあたしのおばあちゃんの名前。あたしの名前はおばあちゃんがつけてくれたんだって。だからあたしの名前を知っているのね。

「あなたの名前はなぁに?」

「私の名前はエリー。このお城は私のお家なのよ」

「そうなの?!エリーはお姫様なんだね」

「行きましょう、ミシェル。お父様があなたに会いたがっているの」

 白いミルクの川を越えて、赤と緑のキャンディーでできた庭を横切り、アイシングされたクッキーの扉を開けて、あたしとエリーは砂糖のお城にはいった。どこもかしこもお菓子だらけであまーい香りに包まれている。時々ミルクや紅茶の匂いもまざりながら、あたしの鼻をくすぐっていった。綿あめの雲も、チョコレートの湖も、アイスのタワーも、全部あたしの理想。おばあちゃんと想像してたことが現実に起こったみたいだった。なにもかもが美味しそうで食べてみたい。とりわけ、あたしの大好きなマカロンの椅子は持って帰っておねぇちゃんと一緒に食べたいと思った。これぞまさに「しあわせの香り」。きっと、パンケーキの布団で寝て、朝は紅茶の池で紅茶をくんで飲んで、朝ごはんはクッキーの木から落ちてくるクッキーの実を食べて、お昼ごはんはチョコレートのスープに椅子のカヌレなんかを食べて、夜にはミルクとチーズケーキやチョコケーキを食べてまたパンケーキの布団で寝るの。羨ましいなぁ、あたしもパンケーキのベッドで寝てみたいなぁ。

「さぁついたわ。ミシェル、お父様に会う準備はできてる?」

「うん、大丈夫」

厳重にキャンディーでコーティングされた扉をコンコンコンッと3回、エリーがノックして、あたしは大広間に一歩足を踏み入れた。

「やぁミシェル。会いたかったよ」

そこには、玉座に座った王様の人形とそのとなりにはドレスやアクセサリーで着飾った王妃様がいた。そこへエリーがかけてゆく。

「お父様、ミシェルを連れてきたわ。とってもマリアに似てるでしょう?」

「あぁ、マリアにそっくりだ」

「本当ね、幼い頃のマリアを思い出すわ」

「そうだ、マリアは元気かね」

おばあちゃんも小さい時ここに来たことがあるのかな?そういえば、そんな話もしていた気がする。おばあちゃんの不思議な話はいっぱい聞いたから、もう随分前のことだし忘れちゃってたのかも。そして、王様はおばあちゃんが亡くなったことを知らないみたい。

「ごめんなさい、おばあちゃんはその…つい一週間前に死んじゃって…」

「これは…驚いたな…マリアが亡くなっていたとは」

「新しい子を探さないとだわ、そうじゃなきゃこの国が危機にさらされることになっちゃう」

「あの、危機ってなんですか?」

「マリアはこの国の戦士なんだ。敵国の襲撃から守ってくれたんだよ。この国が危険なときは必ず駆けつけてくれた。人間界の時が経つのは早いな。時間というものは無限でありながらときに残酷だ」

おばあちゃんはこのお菓子の国の戦士だったんだ。だからよく「お菓子の国」の話をしてくれたのかな?おばあちゃんが愛したこの国をなくしてはいけないわ。おばあちゃんが守った国を、あたしが守り抜いて見せる。

「王様、あたしがおばあちゃんの代わりにこの国を守るわ。だから安心して、なにかあったらすぐに来るわ」

「そうか!それは心強い。マリアの孫だ。心配することはなさそうだな」

「えぇ、マリアの孫なら安心ね。ついでに、エリーとも遊んでくれるかしら?」

「はい、喜んで。エリーの良き友人になってみせますよ」

「じゃあ、この子のことよろしくね」

「ミシェル、この国の戦士になった証として、このブローチをあげよう」

「ありがとうございます、王様」

「あ、ミシェルもうそろそろ帰る時間じゃない?」

「本当だ、今日はもう帰らなきゃ。パンケーキのベッドで寝たいけどそれはまた今度ね」

「えぇ、また遊びましょう、ミシェル」

「うん、もちろんだよ、エリー!」

「じゃあ、5秒間目を閉じて、ゆっくりね」

「わかった。…1、2、3…」

「また会いましょう、ミシェル」

「もちろんだよ、エリィ…はっ!」

「ママー!ミシェル目がさめたわよ!もう、こんなところで寝ちゃって。風邪でもひいたらどうすんのよ」

どういうわけか、あたしは眠っていたらしい。お菓子の国は?エリーは?あれは夢だったの?ふと、何かが当たった気がして服を見てみた。すると、そこには王様からもらったグリーンエメラルド色の小さなブローチがひとつ、あたしの白い洋服の上でキラキラと輝いていた。夢じゃなかったのかも。エリーも、お菓子の国も、全部あたしの妄想でもなく、夢の中でもなく、本当にあたしはお菓子の国に行ったのかも。

「おねぇちゃん、あたし、さっきまでお菓子の国にいたのよ。大きなマカロンの椅子があってね、」

「何寝ぼけたこと言ってんのよ、全く。大きなマカロンの椅子なんてあるわけないでしょ」

「ほんとうなんだって、ほら、みてよこのブローチ。王様からもらったのよ」

「そのブローチ、おばあちゃんもよくつけていたわね、気に入ったの?あなたの目の色にそっくりじゃない」

「だから、おばあちゃんのじゃなくて」

「はいはい、寝ぼけたこと言わないで。さっさと下に降りるよ。おやつはマカロンだって」

「やった!あたしがピンク色を食べるのよ、おねぇちゃん」

「あら、じゃあ私は緑色のを食べてしまおうかしら」

「あ!だめ!」



その日の夢にはエリーが出てきた。

「ミシェル、また、おもちゃ箱の隅のお菓子の国で遊びましょうね」

「もちろんよ、エリー。いつでもあなたに会いにいくわ」



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