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陶芸家の山嵐さんは幼馴染でかわいい。

作者: 下昴しん

 初夏、俺は軟禁状態になった。

 大学進学に失敗した俺への罰なんだろう。

 田舎の実家に呼び戻され、田植えのしろかきを手伝っている。


 日差しがダサい帽子を貫通して、俺の頭皮にダメージを与えているのが分かる。

 これで将来ハゲでもしたら、実家の祖父に責任を取ってもらおう。


「てめぇ! なにしてんだ、このやろう!」


 トラクターを運転する祖父がドスを利かせた低い声で、何かを指さした。

 どうやら、田んぼの縁で作業をしている麦わら帽子に怒鳴っているようだ。


「ここは、わしの土地や! なんしてるんじゃ!」


 やれやれ……このクソ暑いなかで、祖父がブチ切れたらしい。重い腰を上げることにする。一応、身内……だしな。

 祖父は軍隊の経験があり、一度暴れ出すと手が付けられない。最近は腕の骨が数か所折れたことをきっかけに、若干制御しやすくなったが、それでも家族からは距離を置かれていた。


 祖父が泥のような田んぼの上を滑るように歩くと、想定外のスピードだったのか、麦わら帽子が逃げようとしたときには、腕を掴まれていた。


「おわっ! ……やべぇ!!」


 ヤバい。祖父は狂気の権化だ。

 現場に着いた頃には、麦わら帽子は土下座状態で、どこから調達してきたのか、編んだ藁で両手を縛られている。

 しかも、足首もきつく縛られ、もはや脱走は不可能だ。どんだけ手際イイんだ、ったく……。


「コラぁ、まさか隣村の奴じゃねぇだろうな! わしの田んぼに枯葉剤まいたっとちゃうか!」


「ちょっと、やりすぎだろ! 枯葉剤とか、いつの話してんだよ!」


 祖父は縛られた麦わらを足で押すと、「きゃあ!」と叫んで転げた。俺は祖父の古傷がある鎖骨を押さえつけると、「ぐふっ」と膝をつき沈み込む。

 ん……きゃあ?

 どうやらこの田舎で聞きなれない、若い女性の声のようだった。


 麦わら帽子は、顔を上げると黒髪を頬に垂らし、真っ白な肌に張り付いていた。日光が反射され、彼女の周囲三センチぐらいの空間にオーラを見た。都会でも見たことがない、美少女だった。


「ま、待ってください! ちょっとだけ、土を頂きたかっただけですっ!」


 祖父はホールドした俺の腕を叩いてタップアウトすると、ようやく落ち着いたようだった。


「つ、つち? ……どういうこと?」


 俺が話している横から、弱々しい声で祖父が野次を入れる。


「ホラ吹きめ、なんや土って……もっと良い言い逃れがあるやろうが」


「……いえ、ここの土じゃないとダメなんです。ほら見てください、きめ細やかで微小なクリスタルのような美しい光を帯びているでしょう……?」


 少女は俺と祖父に掲げるように手のひらを開いた。

 確かに、雨粒のような光は真っ白な手のひらで踊っているようだ。

 しかし――その奥の可愛らしい小顔の少女に視線がいくと、俺のよく知っているただの田んぼが、異世界の絶景に変わった。


「……ああ、あんた、もしかして、そこの山の陶芸さんか……?」


 祖父は回復して正気を取り戻したようだ。

 俺は少女の腕をとって、がっちがちに縛られた縄を解く。腕から指先まで、雪のように白く、こんな日差しのなかで火傷しないのか心配になった。


「陶芸に使うための土を集めていたんだね」


「はい、そうなんです! ……あ、あの」


 少女は顔を近づけると、大きな涙目が俺の顔を覗く。「あの……そんな沢山は取りませんから、いくつか頂いていいですか?」

 俺は反射的に頷いた。もちろん、いくらでも取っていってくれ。もう、田んぼが消滅するぐらい持って行って。


 しかし――

「だめだ!」と祖父は仁王立ちになり、膝をつく少女の望みをはねのけた。


「いいだろ、土ぐらい」少女の足かせを外しながら、祖父を見上げる。


「ここは儂の土地だ! 何人たりとも、勝手に儂の土地から物を持ち出すことは許さん!!」


 鎖骨が完全復活したらしい。

 俺は祖父の弱点を突きに、距離を狭めるが、スイスイとアメンボのように田んぼを移動する。


「くそっ、フィールドを味方につけたか!」


 祖父は田んぼの真ん中で、年甲斐もなく声を張り上げる。


「……だが! 一つ条件を呑めば、いくらでも土を持って行ってもいいぞ……」


「エッ……条件……!? 条件とは何ですかっ!」少女は食い気味に畦道に乗り上げた。


「その出来損ないの孫に、おぬしの陶芸を教えることだ」


***


「ここかな?」


 俺は田んぼで出会った(と言うより捕獲された)少女の家を訪ねていた。

 切り開かれた林の中に古家があり、玄関に『山嵐やまあらし』の看板がある。


 チャイムを鳴らすと、奥で物音がしたあと、扉が開く。ビニール製のエプロンを付けた少女が現れ、俺を見上げるとにっこり微笑んだ。


「あの時の……」


 黒髪をアップにして頭頂部で結んだお団子ヘアで、捕まったときより随分と大人びた印象だ。

 祖父の話では、陶芸家が昔から近くに住んでおり、その跡目として若い女子が引っ越してきたらしい。

 幼さが残る小顔なのに、丸くて大きな目はしっかりと俺を見据えているようで、落ち着きがありアーティストっぽい雰囲気だ。


「俺は、藪見周やぶみしゅうって言います。……すみません。祖父がとんでもないことをして……」


「高田みなみです。やっぱり、周君のおじいちゃんだったんですね!」


 コロコロと笑うと、俺に銃口を向けるように指さした。「覚えてないんでしょ!?」


「えっ?」


「私、この村の幼稚園で、周君と一緒だったんだよ?」


 遥か遠い記憶をさかのぼってみても、実家の思い出が雑然と蘇るだけで全く思い出せない。

 ――というよりも、衝撃が強すぎて集中できない。こんな可愛いらしい美少女とすでに出会っていた!?


「やっぱり、全然覚えてないんだ。ちょっとショックだよ」


「……すみません……」俺の脳みそはやっぱり残念な作りになっているようだ。


「男の子って、だいたいそうだから。しょうがない、しょうがない。……じゃあ、土作りから始めよう」


 腕まくりする姿に、俺は待ったをかけた。


「祖父の強引な話は真に受けなくても大丈夫――今日は、謝罪に来ただけだから……」


「そうはいかないわよ。だって、タダでもらうことになっちゃうでしょ。それに、私、こう見えて教えるのは得意なの」


「いや、でも、忙しいだろうし」


「いいのよ、いい息抜きになるから」


 どうやら、見た目と違って、頑固そうだ。


 古屋の中は壁にたくさんの壺や花瓶のようなものが置かれており、まだ粘土質の未完成品もあった。真ん中には轆轤ろくろが二台あり、明かりが入る隅角のほうは一段上がった座敷になっている。


「これ、全部、高田さんが作ったの?」


「いえ、これはほとんど祖父が作ったの」と急に高田は歩みを止めると、ぶつかりそうになる。「ところで、作業場では、『山嵐さん』と呼んでもらえる? 一応、君は私の弟子っていうことなんだから」


 高田は……いや……山嵐さんは、敷居をまたいだ瞬間、俺を見る色を変える。


「で、弟子……?」


「そうです。教える立場の人間と、教えられる側の人間。ここをちゃんとしないと、教えても身に付かないでしょ」


「はぁ」


 裏口から出るとキャンプ場にある共同炊事場のような、巨大な流しがあった。流しの端には、大きな甕に水が溜まっていて、茶色く濁っている。


「はいっ。では、今日はこれを濾過したいと思います。周君、この甕を持ち上げて、こっちの濾過器にいれてください」


 言われるがまま、甕を持ち上げると、腰が置いてかれそうなぐらい重い。

 三メートルほど離れた網の張った壺の前に、山嵐さんがしゃがみこみ、おいでおいでをしている。

 ようやく浮き上がらせると、甕を少しずつ濾過器なるものに近づける。


「あ、ああ。すごい。周君、すごいよ……。そんなおっきい甕を持ってくるんだ……。こっちだよ。これに入らないかもしれない。ゆっくり、ゆっくり。焦らないで、そう、優しく倒して。大丈夫。私は大丈夫だから……」


 濾過器の入口へ誘導する山嵐さん。

 不思議と体の細胞一つ一つが力を合わせ、山嵐さんが手招きするただの濾過器の入口を目指している。力が、みなぎってくる……!


「すごい、すごい周君! たくさん入れたね! 初めてだよ。こんなにたくさん入れたのは、周君が初めてだよ! 見て、こんな白くなってる。大丈夫かな、初めてだから壊れたりしないかな……」


 やばい、動悸が収まらない。

 頭がクラクラするし、首の上が唐辛子を食べたかのように熱い。

 屈む山嵐さんのエプロンから見えた白い肌を見て、欲望が膨らむ。


「周君、もう一回。もう一回して。もう限界なら、私自分でするけど。もう一回だけ、おっきいの持ってきてくれない?」


 俺はこのあと、でっかい甕を十瓶運ぶことになる。



 どこかの大きな駐車場で、俺は誰かを探していた。

 地面に石灰で駐車スペースを示す白線が引かれている。

 何かのイベントなんだろうか。適当な更地に車が数台停まっていた。


 ふと、後ろから足音が聞こえた。

 振り返ると、紺色の帽子と制服を着た女の子がこちらに向かってくる。


「周くん……」


 丸い瞳が愛らしく、雪の妖精みたいに頬は白い。口は椿のように赤かった。

 俺は女の子の名前を知っている。そう……みなみちゃんだ。

 みなみちゃんはよく俺の世話をしてくれて、いつもそばにいた。

 ぼーっとして何をするにも遅くて適当な俺を、手を引っ張って連れて行ってくれたっけ。……なんで忘れちゃったんだろう。


「周くん! ……私、周くんのお嫁さんになるからね! 大人になったら、きっと迎えに来てよ?」


 どうして、忘れてしまったんだろう……卒園式、最後の日を。



 目を開けると、見覚えのない室内にベッドの上で横たわっていた。

 頭痛がして、周囲がぼやけて見える。

 ――そういえば、作業場で一際巨大な甕を運んだあと、ぶっ倒れたんだっけ。


 こつん、と窓に緑の枝葉が当たり、まだ昼間だということが分かった。

 ふと部屋の隅に人影が見え、こちらをじっと見ていた。


「みなみちゃん……?」


 コクリと頷くと、どうやら心配して声も出ないようだ。


「俺、みなみちゃんの約束思い出したよ……。もし君が、望むなら、俺、みなみちゃんと結婚したい……!」


「まぁ、アリガトウ……」と甲高いかすれ声が聞こえた。


 ぼやけた白い影は、こちらに近づくと幾何学的な、カクカクしたシルエットに変化する。距離五十センチあたりで、ピントが合うと、にやけた祖父の顔になった。


「ゲッ!! じじい!!」


「カッカッカッ!! まさか、お前から愛の告白を聞くとは!」


 最悪だ。一生の不覚……。

 一番ヤバい奴に、人生初の告白をしてしまった。きっと熱中症か何かで、頭が夢と現実を彷徨っていたんだろう。


 祖父は入れ歯をカタカタさせて、まさに抱腹絶倒している。


「いやぁー。これは、親戚が集まったときに、いい面白話ができたわ! 『俺、みなみちゃんと結婚したい!!』ってな! 青二才がよく言うぜ!」


 今にも鎖骨を攻めたいところだが、頭痛がひどくなる一方だ。それにもう親戚には十分馬鹿扱いされているし、いまさら気にしない。


 笑い続ける祖父を冷めた目で見ていると、祖父は「……じゃあ、その『みなみちゃん』とやらにも話してやるか……」と部屋を出ようとする。


「ちょっと待って! それはダメ!!」


 俺は反射的に上着の裾をつかむと、床に転げ落ちた。


「へっへっへ……。やっぱりそれは嫌かぁ」


 ……下衆の極みだな……! 

 同じ血が俺に流れていると信じたくない……。


「黙っておいてやる代わりに、お前はわしの手足となって、田んぼの世話をするんじゃ……。苗植えも、稲刈りも……。ずっとずっと……」


 ふん。どうせ、実家で軟禁されている間だけ我慢すればいい。祖父が異常者であることは、親戚も、いや、ここの村人全員周知のことだ。


「分かったよ……。頼むから、山嵐さんには話さないで……」


 顎を突き出して、笑みを浮かべると、祖父は勝ち誇り「ふふん」と鼻を鳴らした。


「あと、そこにお前の荷物を置いといた。ちゃんとした焼きもんができるまで、帰ってくるな」


「!? ここに泊まれってこと!?」


「別にいいだろ、お前にとっちゃ渡りに船、干天の慈雨だろう。むしろ、わしに感謝して、チューハイの二本や三本もってくるのが普通だろ……」


「……でも、山嵐さんに迷惑なんじゃ……」


「ふっふっふっ、馬鹿め……!」と祖父は部屋のドアを開いて出て行こうとする。「お前は、本当になんも知らんやっちゃな……」


 ドアの影の下で悪魔の笑みを見せつけながら、祖父は去っていった。


 不意に窓からコツンコツンと物音がして、見ると林の枝が風に吹かれて何度も窓を叩いていた。祖父のせいで山奥の古屋が急に不穏な空気に包まれる。

 確かにここ十数年近く実家に帰っておらず、このあたりの事情に疎い。

 ――しかし、彼女も学歴もない俺が、山嵐さんのような美少女と一緒に生活できることは……どう考えても夢みたいだ!

 それに、天啓のごとく子供のころの記憶が蘇り、結婚の約束をしていたなんて……!


 臆することはない! これは人生最大のチャンスなのではないかっ!


***


 休んでいた部屋の戸を開けると、長い廊下に出た。昔の武家屋敷のような造りになっていて、一本の廊下が玄関から裏口までを繋げているようだ。

 壺や花瓶があった古屋と違って、生活感があり、どこからか食べ物の匂いもする。

 人気がなかったので、玄関から外に出てみることにした。


「あ、周君! よかったぁ……体、大丈夫? 気分悪くない?」


 山嵐さんは玄関から一段下がった作業スペースで、布に包まれた粘土を運んでいた。

 洗面器ほどの大きさがあり、フラフラした足取りで大きな台の上に置く。


「はい。もう平気です。……逆に迷惑をかけてしまいました」


 山嵐さんは汗を拭うと、キラキラした笑顔で振り向く。


「無理をさせて、ごめんね? 倒れたときに運良く、周君のおじいちゃんが来て、運んでくれたの。やっぱり、孫には優しいのね」


 足蹴までされたのに、なんて心が清らかなんだ……!

 柔らかな天使の笑顔が、俺の荒みきった心を潤してくれる。


「山嵐さん! 俺、手伝いますよ!」


「本当ですか、ありがとう! じゃあ……天日干しの台に上がって、並べてもらえる? 私は土練機どれんきから出てきた陶土を持ってくる」


「分かりました!」

 

 天日台にのぼると、真夏の太陽が反射して一気に体温を上げる。まるで蒸し焼きにされている気分だ。

 でも、つい今しがた志願した手前、やっぱりやめますとも言えない。


 山嵐さんは大きな餅のような、白い布巾ふきんに包まれた粘土を台にのせる。


「よいしょっと!」


 その時、山嵐さんの二つの胸が、置いた粘土の上に重なり、鏡餅のように乗っかった。

 おおおおオオッッ……!!


 でかい!


 作業用のエプロンから見えた谷間は、手に余るほどの大福を二つ合わせた、深い深い割れ目になっている。

 背が低くて、華奢な体から想像できない隠れ巨乳!

 ……それはまさに、俺の理想乳ユートピアだっ!


「……うん? 周君、どうしたの?」


 ヤバい、上からのぞいてしまった。


「……あ、あの! ここに住んでいるんですか?」


 俺はとりあえず、山のようにある質問のなかから、当たり障りの無さそうなものを口にした。


「そうだよ?」


「さっき、うちのジジイが俺の荷物置いていったんですが、あの、嫌なら全然……帰るんで、陶芸習っている間、泊まらせてもらってもいいですか?」


「もちろん! ちゃんと自分の陶器が焼き上がるまで、力をあわせて頑張りましょう!」


 山嵐さんは細い腕に、可愛らしく力こぶを作ってみせる。


 ――この荒廃した世界に、俺は女神を見つけました。

 ありがとうございます。神様……。


「はいっ! じゃあ、いっーぱい、おっきいの持ってくるからね! どんどん寄せていって。でも、優しく触ってね……破れちゃうから……」


「分かりました! そりゃあもう、優しく丁寧に触りますよ……!」


 山嵐さんは粘土の塊を台に上げて、俺はゆっくり端から並べていく。

 なかなか重労働だ。粘土が水分を含んでいるので、腰にくる。

 汗が天日台の上にポタポタと落ちた。


「結構、腰にきますね」


「……大丈夫? 交代する?」


「いえいえいえ! とんでもない! ただ、他に人はいないのかなと思って」


「いないよ。ここは、私と周君しかいないの」


「えっ!」


 思わず声が出る。こんな山奥に二人きり。

 や、やったあー!!

 これはある意味、男女の関係に合意したってことかな?!

 

「あれ、いま、変なこと考えなかった?」


 じっと俺の顔を見て、真顔になっている。


「忠告しておくと、変な気を起こしたときは、これで痛い目にあうからね」


 エプロンのポッケから、バリカンのような機械を取り出す。

 ボタンを押すと、青白い光がほとばしり、破裂音が作業場に響くと、山嵐さんはニッコリ微笑む。


 こーわっ。

 何万ボルトなのかな……くらったらどうなるんだろう。

 まあ、多少、我慢できるなら、強引に胸を揉むぐらいは……いやいや! 何を考えているんだ!


「それに、イノシシ退治用の吹き矢もあるからね」


 あーぶねぇ。

 野獣が一瞬で寝るやつでしょ、それ一般人が使っていいの? だめだよね?


「あと、熊撃退のスプレーもあるから」


 ……どんだけぇー!

 俺が知るなかで最強っす。DPS一億ぐらいあります。サバイバルでゾンビと戦うんですか?! 


 俺はなるべく山嵐さんの胸を見ないように作業する。刺激が強すぎて、自分の中のモンスターを制御できなくなるかもしれない。


 すべてを天日台に並び終えると、急に喋らなくなった俺を気遣って、山嵐さんは衝撃の言葉を口にする。


「……じゃあ、一緒にお風呂に入ろうか」


 着替えを持った俺は、山嵐さんと一緒に風呂に向かった。


「二人とも、すごい汗かいちゃったね」と、先導する山嵐さんの白いうなじを見ると、下半身からこみ上げてくるものがある。


 今から一緒にお風呂に……。

 きっと白化粧した美しい陶器のような、張りのある肌に違いない。まあ、たぶん……バスタオルで隠すんだろうけど、「俺、背中流しますよ」とか言えば、ポロリのチャンスがあるかも!!


 ――待て待て、落ち着け俺。

 そんなガツガツだと、山嵐さんも脱ぐ前に逃げていっちゃうぞ。



 廊下は床材も壁板も古く変色していて、年季の入りようが分かる。それでも、清潔に保たれ、定期的にニスも塗ってあるようだった。

 老舗の旅館のような長い廊下を歩き、ノスタルジアな雰囲気に包まれる。山嵐さんの歩く背中にシャツが張り付き、薄い皮膜に保護された白い肌がエロティックだ。


 突き当たりを曲がると、ついに風呂場が見えた。脱衣場の入り口には何やら暖簾のれんが。

 

 『男湯』


「それじゃ、ゆっくりね」


 『女湯』をくぐる山嵐さん。


 俺は着替えを落として、床に手を着いた。


 男女別々なんかい!!


 旅館と遜色ないし!! ほんとスゲェよ!!

 家にこれあったら、友達に自慢するわ!!



 一時して、ショックから立ち直ると、渋々服を脱いで風呂に入る。やはり残念なことに、湯槽も完全に分離されていた。


 とはいえ、浴槽は岩盤を削って造られた珍しいもので、本格的な温泉のようだ。

 大きな窓が開いていて、そこから虫の音が涼風に乗って癒してくれる。


「どう? 湯加減は?」


 壁の向こうから山嵐さんの声が聞こえる。


「あ……はい。ちょうど良くて、癒されます」


 古板で仕切られているだけのようで、ハッキリと声が届いて、まるですぐそばで会話しているようだ。


「明日はもう一度、土練機で練って、轆轤で形を造るからね! どんなのを造りたいか、考えておいてね?」


「はい。考えておきます」


 俺は隅々まで壁をチェックすることにした。

 風呂から上がり、古美術商が絵画を鑑定するかのごとく、細部まで注意深くみる。

 これだけ古いのだ、どこかに『のぞき穴』はないかっ!


「あ、あの! ところで……気になってたんですが、山嵐さんのおじいさんって、どこにいるんですか?」


 俺は平静を装って、山嵐さんを足止めする。


「祖父は数年前に亡くなったんです」


「……あ、すみません。思い出させてしまって」


 しまった。

 あまり考えないで質問してしまった。


「いえ。……祖父は本当に名人で、人間国宝だったんです。そんな祖父の跡を継げるか、全然自信なくて……」


 そうか、少し無理をしてまで元気なふりをしていたのかな……。本当は大きなプレッシャーを抱えて、苦しんでいるのかも。


「……大丈夫ですよ。俺、大学受験に失敗して、すごい落ち込んでいたんですけど、山嵐さんに会ったら、なんか生きる力をもらって。そんな人が一生懸命に造ったものだったら、絶対すごい作品ができますよ!」


「……ありがとう……」


 自分の気持ちを素直に伝えた視線の先に、あった……。


 老朽化した木材に、僅かな穴が。

 俺は吸い込まれるようにのぞいた。


 見える……! 見えるぞ!!


 湯船につかる山嵐さんの横顔。

 水面から浮かぶは豊満な乳房。薄い湯気に隠れて三分の一しか見えないが、なんという美しさだろう。

 白い肩に湯をかけると、こぼれ落ちて、輝く水玉をつくる。……これぞ、日本の美……。

 しかし、それ以上は見えず、大事な胸の頭頂部てっぺんがハッキリしない。

 確かに素晴らしい絵だが、これではただの温泉の広告だ。もし、名匠なら完全な裸体を描くはず!!


 ぐっと目に力をいれたとき、後ろでぽちゃんと音がした。


 ん?


 振り返ると、湯船にサルが浮かんでる。

 なんだサルか……。えっ?!

 おおオオ……! 野生のサルだ……!


「山嵐さん! ……湯船に、窓からサルが入って来たんですけど!!」


「あーその子たちね……。獣避けの電気柵をくぐり抜けて、入ってきちゃうんだよね。大丈夫、何もしなければ襲ってこないわよ」


「……そうですか」


 だがしかし、明らかにこっちを向いて口を開け、威嚇しているように見える。

 臆するな……俺! 山嵐さんの最高峰を拝めるチャンスなんだぞ!

 俺はのぞき穴に目を入れる。

 相変わらず山嵐さんは湯船でくつろぎ、鼻歌混じりで楽しんでいる。


 俺の背後で、ザァザザーと音がした。

 振り返ると、サルが十匹ほど増えている。


 団体様が来なすったか……。


 俺は食いつくように穴をのぞく、

 マズイ。早く、山嵐さん、早くお風呂からあがって、その女体を現したまえ!!


 後ろでザブーンと、音がすると、水しぶきが背中にかかった。

 振り返ると、でかいボスザルが、目と鼻の先でこちらを睨んでいる。


 運もここまでか……。


 危機を察した俺は、ゆっくりと風呂から上がり、サルの一行に譲ることにした。


***


 俺は夕食をご馳走になった。

 山菜の炊き込みご飯と蓴菜じゅんさいのスープ。おかずは、たらの芽の天ぷらに鶏の唐揚げ。

 山嵐さんは楽しそうに陶器のことを話す。夕食の食器は、全部山嵐さんが造ったもので、食卓を彩っていた。

 どれだけ価値のあるものか分からないが、手に持った瞬間、しっとりと吸い付き、質素な柄で心が落ち着く。楽しい夕食だった。


 部屋に戻り、ベッドに横になる。

 とても疲れていて、すぐに眠れると思っていた。


「……」


 目を閉じると山嵐さんのえっちな絵が、脳裏に浮かぶ。

 しゃがみこむ山嵐さん……エプロンから胸が見えてる山嵐さん……湯船につかる山嵐さん……


 だめだ、寝れねぇ。


 俺はひっそりとした廊下に出た。

 どこかに古時計があるのか、振り子の音が聞こえる。日中は聞こえなかった。


 何かしたいわけではなく、山嵐さんの近くにいる夜を、ただ寝て過ごすことができなかった。


 廊下の先が煌々としていて、作業場を挟んだ工房の古屋に明かりがついていた。

 俺は甕や土練機を避けて、近づくと、室内灯に照らされた山嵐さんを見つけた。


 山嵐さんは泣いていた。

 可愛らしい女の子の涙じゃない。顔を赤らめて、額には血管がうき出ていた。

 手には握りつぶされた粘土がある。

 俺は工房に入ろうと引き手を触った。


 ――しかし、涙の理由を考えたとき、自分が空っぽになり、力が入らなくなる。

 戸を開けて何の言葉をかけるのか、山嵐さんは自分の位置より遥か先に居る気がした。

 必死に懊悩おうのうしている山嵐さんの人生に、自分の出る幕はない。


 それが現実だ。


 俺は手を下ろして、寝室に帰った。


※※※


 少ししか寝れなかった俺は、一人朝食を摂って、急いで作業場に出た。


「おはよう、寝坊助さん!」


 ひと仕事して、土の匂いをまとった山嵐さんの笑顔が眩しい。


「……すみません。眠れなくて」


「大丈夫? なんか元気ないね」


 俺は急に自分の存在が恥ずかしくなった。


「いや、全然大丈夫です……! 土練機に入れるんですよね? 運びます!!」


「それは、もう終わらせました」


「あ、そうなんですね……」


「土作りはおしまい。いまから、轆轤ろくろで形を造りましょう。……何を造るか決まった?」


「そうですね……茶碗ですかね」


「うん、いいね!」



 工房に入り、何度か粘土をこねたあと、台の上にくっつける。なれた手付きで山嵐さんは轆轤のスイッチを入れた。


「さあ、座って」


 俺は轆轤の前に座り、山嵐さんに言われたとおり、手を濡らしてゆっくりと力を入れた。


「そう、優しく触れて……滑らかな肌を感じてほしいの……」


 土は生き物のように、順応した形に変化して、椀のような外形ができる。そして口縁こうえんと呼ばれる空洞の上部を開けるため、下に向かって親指に力を入れた。


 ぐにゃりと腰がおれて、遠心力で無惨な姿になってしまった。


「ざんねーん。でも、最初にしては上出来!」


 もう一度セットすると、轆轤が回転する。同じように土を上まで持っていき、ハスの実のような膨らみは造った。

 でも、中心に穴を開けようと力を加えれば、またひしゃげてしまいそうだ。


 すると、山嵐さんは俺の後ろに座った。

 密着して、山嵐さんの股関節を臀部に感じる。背中に胸の弾力も伝わった。


「指を貸して?」


 俺の手にそって、濡れた山嵐さんの手が一緒になると、柔らかな陶土に埋没する。


 俺の心臓が急激に収縮を繰り返し、体温が一気に上がる。なんか、いけないことをしているみたいだっ……!


 細かな粒子の粘土は、オイルのように手と手を隙間なく包み込み、感じたことのない一体感を与える。


 ……溶けてしまいそうだ。


「そう……ゆっくり優しく入れてね? 肌が慣れるまで待ちながら、少しずつ奥に入れるの……」


 山嵐さんは耳元で囁いた。

 ヤバい。俺のアレが……膨張して……もう限界に……。俺は股間に視線を落とした。


 ――しかし

 まったくピクリとも反応していない。


 ……?


 どうした、俺の息子。

 ……ウソだろ。

 こんな最高のシチュエーションで、無反応って……。


「完成!」


 山嵐さんは茶碗の形になった粘土を糸で切り離す。


「どうしたの……?」


 俺の目をのぞきこむ山嵐さんは綺麗なのに。本当に、どうしてしまったんだ……俺。


***


 山嵐さんは成形した茶碗を、温室のような小部屋の棚に置いた。


「はいっ。じゃあ、最後は焼きの行程に入ります。周君が造った茶碗は、ちゃんとした薪の窯で焼成しょうせいするから、出来上がるのは……半年先になるかなぁ」


「結構時間がかかるんですね」


「……そうね。先代の祖父の頃は、しょっちゅう薪窯まきがまで焼いていたんだけど、役所から許可が下りなくなってきてて……」


 すると、山嵐さんは闇を払うように手を叩く。「単式薪窯が裏にあるの! 見せてあげる!」といって、俺の腕をつかんだ。


 裏山の崖下がいかに行くと、俺は思わず感嘆の声をあげた。


 機関車の焚き口を思わせる大きな窯が、口をあんぐり開けている。大人五、六人は入れる大きさで、頑丈なレンガで構築されていた。

 床はきれいに箒で掃かれ、大量の薪が周囲に積まれている。いつでも火を入れられるように、準備はできているようだった。


「薪で焼くのは大変なんだけど、やっぱり祖父の代から、そこだけは譲れなくて」


「焼くのにどれぐらい時間がかかるんですか?」


「最初の火起こしから、千度まで温度を上げるのが大変なの。それが十時間ぐらいかな……。そのあと少しずつ温度を下げていくから、全部で……三日かかるかな?」


「三日も! まさか……山嵐さん一人でやらないですよね?!」


「じつは……」と山嵐さんは困ったように頬をかく。「祖父の代の弟子を、スタンガンで病院送りにしちゃって」


 ペロリと舌を出す山嵐さん。

 かーわいい。


 なるほど……うちのジジイのしたり顔は、俺も電気ショックで病院送りになることを示唆していたのか。


「山嵐さんに手を出したんですよね?! それは当然ですよ!」


 自分のことは一旦棚に上げて、なるべく真顔で言った。


「でも……八人はちょっと、やり過ぎなのかな……」


「……は……八人!!」思わず声が裏返る。


 山嵐さんはゲンコツをつくって、頭の上にのせる。

 う……うーん……かわいい!


 これはムネモミ、シリタッチのレベルでもあの世へ送っていく、送り人って感じだな。


「私は、やっぱり祖父ほどの威厳はないし、軽く見られているんだろうなぁって……。なかなか、この世界で女性が独り立ちするのも難しいしね……でも、必ず祖父に並ぶ陶芸家になるの……!」


 山嵐さんは遠くを見ていた。


「……山嵐さん。山嵐さんは、いまどんな景色をイメージしているんですか……?」


 俺は思わず聞いた。


「それは……内緒」


 山嵐さんは顔を赤らめた。


「……おれ、まだまだ大人になりきれてないですけど、絶対に、山嵐さんの夢の手助けができるようになって、また帰ってきます……!」


 山嵐さんは、より一層顔を赤らめた。


「うれしい。ありがとう……!」


※※※


 真夜中に、黄色い炎がレンガの隙間から漏れ出て、火床が息吹いていた。

 猛火が宿る単式薪窯は三メートルほど離れていても、汗が出る熱さだ。


 山嵐さんが造った湯呑みに、ウォッカを注いで喉を焼く。

 気付の代わりだ。

 俺は窯横の扉を開けて、灼熱の炎に薪をくべた。


「もう、大丈夫だよ。こっちにおいで」


 ござに座った山嵐さんが、俺を呼ぶ。

 俺はこの村の役所に勤めて、山嵐さんの夢の手伝いをしていた。ここで造った茶碗を励みにして、最短で公務員になっていた。


 横になって山嵐さんの膝枕に頭をのせた。

 真剣に窯をみつめる山嵐さんは、今日も綺麗だ。


「今回の焼き物で、夢をつかめたらいいね」と俺はつぶやく。


 山嵐さんは驚いた顔をした。


「えっ……私の夢? もう、叶っているよ……?」


「?! そうなの?!」俺も驚いて頭をあげる。


「……祖父のように、家族をつくって、みんなで火入れする……。そして冷えた窯から灰を払って、みんなで宝物を探すの。あの時の祖父は、もう、子供みたいに楽しそうで、そうなれたらなって思ってたけど、周君のおかげで叶ったよ」


 ――そうか、そうだったのか。

 

 俺は至福の思い出に浸ろうとしたとき、住居の玄関が勢いよく開いた。


「さぁ~けを、もってこんか~!!」


 うちのジジイが半裸で現れ、こちらをにらむと、指さして走ってくる。


「あらあら、こっちは危ないですよ、おじいちゃん……」


 山嵐さんは立ち上がると、ポッケからスタンガンを取り出して、バッテリーの残量を確認した。


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