84.学院生活の思い出
「ロッティ、もう帰ってる?」
シュテルン領から帰ってきたばかりに私の部屋に、レクシーが顔を見せた。
「うん! さっき帰ってきたよ!」
「久々にエンジェルの姿見たな。その姿も可愛いね」
えへへ、と照れるとギュウッと抱きしめてくる。
「来月にはシャルロッテ・ヴェールハイトになるんだね」
「待たせてごめんね。飛び級するつもり満々だったんだけどね……」
「ううん。一緒に三年間学院に通えて毎日楽しかったよ」
それは本当に楽しかった。登下校は転移魔法陣で一瞬だから、安全だし忘れ物したらすぐに戻ってこれるし便利過ぎた。私とルキが忘れ物が多かったけれど、ルキは取りに戻りさえしないので私が一番魔法陣を使ったと思う。
帰りに買い食いしたいと言った時は、特別クラス全員で行くことになってしまい、平民街がパニックになったこともある。お肉屋さんのコロッケに『王室御用達』の看板が掲げられたのは、その時の私達が原因だ。でも美味しかったからいいと思う。
次からはパニック回避のため全員変装していくことになったのだが、これも毎回コスプレ感覚で楽しくて。変装しても皆かっこいいから、カフェみたいな場所では女性客が皆頬を染めて見てきたり、お誘いの声を掛けられたり、給仕の女性に特別におまけまでしてもらっていた。その度に私は、『その気持ち、分かる分かるよ~』と心の中で頷いていた。
以前カールとアレッサの姿で行ったアイスクリーム屋さんにも皆で行った。皆が一口ずつくれた結果、チョコナッツバナナキャラメルラムレーズンストロベリーという最終形態に辿り着き、私は何かを極めた気分になった。全て混ざっても美味しいという結論に至ったと言うと、ヒューに『舌がバカになってる』と言われたが気にしない。美味しいものは美味しいんだ。
そう言えばアイスを食べている時も、例によって女性陣が皆を見てキャピキャピ『かっこよくない?』とか『素敵な方達』と騒いでいた。うんうん、分かる。かっこいいよね。素敵だよね。
一人混じってる女子の私に羨望と嫉妬の目を向けてくるお嬢さんもいたが、大量のアイスを食べる私を見ると、皆残念な子を見るような目に変わるので非常に不可思議だった。アイスを大量に食べることは残念なんかじゃない。ヒューに言うと『バカになってる』と言われたが、『舌が』が抜けたのはどういうことだ。
私は全くモテることもなかったが、一度カフェで皆から離れて化粧室へ行った帰りに、どこかの子爵家の後継ぎという青年に声をかけられたことがある。初めて会ったのに手を握られ、『一目惚れです、愛しい人』などと言うので新手の罰ゲームか幻覚かと思ったが、次の瞬間レクシーが転移させて青年は消えていたので驚いた。あの人は何処に飛ばされたのだろう。あまりにも跡形も無かったから、ひょっとして最初から存在してなくて夢でも見てたのかな、とか思った。
席に戻ったらヒューに、『今までも貴女をおかしな目で見ただけで飛ばされて行った男性達が何十人いるか。貴女はいつも美味しいものに夢中で気付いてないでしょうけど』と言われた。美味しいものを食べに来てるんだから美味しいものに夢中で何が悪いと言うのだ。
レクシーに『転移させた人達って何処に行ったの?』と聞いてみたら、『自分の家に帰ってもらったよ』と返ってきた。案外親切だわと思ってヒューに報告したら、無言でチベットスナギツネのような目で見られた。いやだから何故だ。
野球部を創設しようとしたら学院には部活が無いらしく、涙を呑んだのも良い思い出だ。城の一角で思い切りバッティングをして溜飲を下げたものだった。
オスカーはよく一緒にバッティングを楽しんでくれた。やっぱり筋が良いオスカーは、卒業前には立派にホームランバッターに育って誇らしく思う。レクシーもよく執務の合間にキャッチボールをしてくれて、幼い頃を思い出しては、『ロッティの恋女房だったっけ?』と笑っていた。恥ずかしい。
本当に毎日毎日楽しくて、卒業式ではヒューが『入学するつもりなんて無かったけど、やっぱり楽しかったです。現実のこの世界で、ちゃんと地に足をつけて生きてるって実感しました。三年間ありがとうございました』なんて言うので泣いてしまった。
二人でこっそり『仰げば尊し』を歌って。その後ヒューが『卒業』を熱唱してくれたから、私も『さくら(独唱)』を歌ったらヒューも泣いてしまって。
改めて入学前にレクシーが私の誤解を解いてくれて、学院生活を満喫させてくれて、ありがたいしかない。感謝の念でいっぱいだ。
「ところで何で前世でこの世界を知っている人がいて執筆したんだろう。執筆したからこの世界が生まれたの? どっちが先なのか全然分からない」
私がレクシーの腕の中で不思議そうにしていると、レクシーはにっこりと微笑んだ。
「それはロッティとこっちの世界を繋ぐために私が書かせたから」
突然の爆弾発言。
「えっ。えぇ!?」
「ロッティがあっちの世界にふらっと転生したから、ルキの準備が整い次第呼び戻そうと思ったけど、こちらとの接点が無いとちょっと面倒だからね。接点があればあるだけ呼び戻すのも一瞬なんだ。部下に協力してもらってロッティのいた世界に転生してもらったんだ。大まかな情報以外は彼の創造の物語だけど」
思いもよらない内容に頭が追い付かない。
「じゃ、じゃあヒューの転生に私が巻き込まれたとかではないの?」
「勿論。ロッティは最初から私が意図してこの世界に転生させてるから」
「ヒューは?」
「本当に偶然」
なんてことだ。何もかもこの大魔法使いの手の平の上だった。
完結まであと四話です!
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