82.千年続く愛おしさ
十八歳でアレクシスが戦乱を治めるため立ち上がると、志を同じくする大勢の義勇兵が集った。魔法で次々に国を平定していくと、最終的にこの世界で一番広大な領土がアレクシスのものとなった。これが後のヴェールハイト王国だ。
アレクシスは初代国王としてヴェールハイト王国を生涯にわたり護り、義勇兵たちは貴族として共に王国を発展させていった。千年経っても世界最強で何者からも脅かされない平和な国は、この仲間達の礎の上に成り立ったものなのだ。
アレクシスは王妃の私ただ一人を愛してくれた。子宝には恵まれなかったものの、側妃を持つことは生涯無かった。傍らにはいつもルカスが控え、私達を背中に乗せて舞うその姿に、国民はいつも手を振って敬愛の情を示してくれたものだった。
アレクシスは最も信頼していた公爵位の若者ローデリックを次期王として迎え入れ、魔力を付与した。そしてその子孫にだけ、今後も魔法使いと御使いを生まれさせることを約束した。そう、今の王族はアレクシスと私の子孫ではない。アレクシスを生涯崇拝し、右腕として建国に力を注いだ真っ直ぐな瞳の剣士であったローデリックの子孫なのだ。
そして人生最後の日、私はアレクシスとルカスと共に城から空を見上げていた。
『生まれ変わってもあなたを見つけるわ、アレクシス』
『私も見つけるよ。ルカスが黒竜になるために千年かかるから、その後で皆でまた会おう』
『うふふ。長いわね』
『すまない。どうしても最上位種になって王を護りたい』
『いいのよルカス。私も黒竜を見るためなら待つわ。きっとかっこいいもの』
銀色の竜が最上位種の黒竜になるためには、その魂が滅びることなく千年待たなければいけないらしい。通常は死んでしまえば魂も滅びるのだけど、アレクシスが自ら術式を考えた繋魂術で同じ魂のまま転生を待つことが出来るようにした。
『そろそろ時間だね。ルカス、今世でも多大な働きをありがとう。また来世でも待っている』
『はい。必ずまた気付いてもらえるまで何度でも声をかけます』
『ルカス、またね。貴方のおかげで楽しみが増えたわ』
『千年後に会おう』
そう言って、ルカスが静かに目を閉じ動かなくなった光景を今も覚えている。
『次は私ね。アレクシス、本当に愛してる』
『私も君を心から愛しているよ。あの日、私を見つけてくれてありがとう』
『アレクシスこそ私の前に現れてくれてありがとう』
『必ず迎えに行くよ』
『待ちきれなくて私から行ってしまうかも』
『嬉しい。千年後も君を変わらず愛しているよ』
アレクシスの魔法で王国の空に大きな七色の虹が架かり、私の元にキラキラと光るシロツメクサが降り注ぐ。私は母さんと、アレクシスと、ルカスと過ごしたあの大切な場所を思い出した。
『ああ、懐かしい。生まれ変わっても大好きなあの場所へあなたと行きたい』
『行こう。千年後もあそこは結界を張っているから私達しか入れない。二人きりでたくさん過ごそう。昔のように、穏やかに』
『楽しみだわ』
『私もだよ』
『ずっと一緒にいるって約束を守ってくれてありがとう』
『まだこれからもずっと一緒だよ』
アレクシスがそう言って私を胸に抱いて口付けしてくれたから、私は幸せで心が温かくなって。アレクシスに微笑みかけたところで、そこからの記憶がなくなっている。
あの後アレクシスも初代国王としての生を終えたのだろう。
私達三人はアレクシスの魔法で同じ時に別れた。そして千年後、また約束通りに出会えた。
千年前に冗談で言ったことが現実になり、幼い私はふらふらとあの森へ、あのシロツメクサの草原へ導かれるように辿り着いた。記憶がなくても私はアレクシスを求めていたんだと思う。
立太子の儀でレクシーが大魔法を目の前で使った時、堰を切ったように記憶が戻り、胸が熱くいっぱいになって、レクシーへの千年分の愛しさがこぼれて溢れてきた。
今、目の前で黒竜のルキから降り立って私の元へ向かってくるレクシーは、千年前と同じ美しい笑顔で私を呼ぶ。
「ロッティ、ただいま」
「おかえりなさい、レクシー」
この千年続く愛おしさを、レクシーは私より七年も前から思い出していたと言った。覚えているのにその相手が近くにいない喪失感、いる場所も分かるのに会いに行けないもどかしさ、それを我慢していてくれたのかと思うと胸がいっぱいになる。
私が前世の知識で見当違いな行動をしなければ、せめて年に何回かは会えていたかもしれない。私も毎日レクシーに会いたいと思っていたけれど、記憶を思い出した前と後では思いの深さが違う。
「ロッティ、どうしたの?」
「なんか……私だけ寄り道して生まれ変わったせいで、変に勘違いして離れてごめん」
「ふふ、今更どうしたの?」
「千年前のこと思い出してたら、レクシーが好きな気持ちが止まらなくて」
「えっ! 何、どうしたのロッティ」
「レクシー八歳の時に思い出したんでしょ? 私この間なのに、思い出しちゃったら胸がいっぱいで」
言ってて目に涙が溜まってくる。
「寄り道したおかげでロッティ面白くなって戻ってきたからいいよ」
「面白いかどうかは分からないけど……」
「知らない遊びもたくさん出来たし、脳筋になって戻ってきてますます可愛くて愛しいと思うよ」
「の、脳筋……」
脳筋の自覚はある。千年前は脳筋はルカスだけだったのに。
「お前が寄り道したから黒騎士団の訓練メニューが進化したんだろう。あれは上出来だ」
ルキが慰めてくれるが、慰めの内容がそもそも脳筋発想だから全く響かない。
「レクシー、私学院飛び級出来るよう頑張ってみる。卒業したら結婚だもんね」
「ロッティ……。嬉しいな、私も待ち遠しいよ」
結果、私は普通に三年かかって卒業した。本当に申し訳ないと思っている。