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81.千年前の私達

 ヴェールハイトの王城前広場で一部始終を目にした民衆達は、自分達が長年ただ一人の後継者と成長を見守ってきたオスカーの堂々たる姿に胸が熱くなっていた。


 目元を押さえる者、嬉しそうに空の映像を見つめる者、レクシーの魔法に目を輝かせる者、ルキの姿に畏敬の念を抱く者、と様々だった。


 陛下は満足そうに微笑み、黒い空間の裂け目から戻ってきたレクシーとルキに『大儀であった』と告げた。




 お祖父様とホルストは『いやぁ痺れるのう』と笑っているが、お兄様とフランツは緊張した面持ちでレクシーとルキを見つめていた。


 二人によるとレクシーは普段魔力を纏わないようにしているらしく、一見誰も魔法使いだと気付かない程らしい。それが一旦魔法を使うために魔力を解放すると、圧倒的強者の魔力に脚が震えそうになるのだという。


 お祖父様とホルストはレクシーが赤ちゃんの時に初めて会い、その魔力に腰を抜かしたと言っていた。一目で大魔法使いだと分かったと。魔力の制御が出来ずに虹色の瞳で泣く赤ん坊は、とてつもない魔力を大放出していたんだとか。


 私は前前世からずっと魔法が使えないから全然分からない。






 約千年前、前前世で私とアレクシスが初めて出会ったのは、あのシロツメクサの草原だった。


 私は母さんと二人であの森の小さな家でひっそりと暮らしていて、周りには子供どころか誰も住んでいなかった。


 七歳のある日、木の実を採りに行った私は、ボロボロの服を着た美しい少年があの草原に倒れていたのを見つけてしまった。何とか背負って家に連れてきたのが、初めて出会った日。


 服はボロボロなうえ血の痕も付いていたから、怪我でもしてるのかと思ったけど何処にも無くて。


 目を覚ました少年は酷く怯え、パンとスープをあげてもなかなか食べず、一言も口をきくことはなかった。ほんの少し目を離したすきに逃げてしまって心配していたけれど、三日後扉の前にたくさん木の実が置いてあって、私はあの子だってすぐに気付いた。それから毎日扉の前には薬草や果物が置いてあって、なのに少年の姿は見えなくて。


 ある日いつもより早い時間に目が覚めた私は、水を汲みに行こうと外に出た。そこで両手いっぱいに木苺を抱えた少年と鉢合わせてしまった。


 驚いて木苺を全部落とした少年を捕まえて、『逃げないで。何もしないから』と家に連れ帰ると、母さんが『父さんが助けてあげろって遣わしたのかもしれない』と言って一緒に暮らすことになった。


 あちこちで紛争が起こっていて、父さんも戦争に駆り出されて死んでしまった。母さんと二人で森の奥に逃げてきて、ずうっと二人きりで暮らしてきた私は、数年ぶりに人と関わるのが嬉しくて仕方なかった。


『お名前は? 私シャルロッテ』

『わ、私はアレクシス』


 アレクシスは元々はどこかの国の貴族だったらしいけど、戦争で負けて家族が殺され、アレクシスだけ奴隷にされたところを何とか逃げてきたらしい。


 驚いたことにアレクシスは魔法が使えて、『気持ち悪くない?』『怖くない?』と怯えて尋ねてきたけど、『全然! すごいよすごい!! かっこいいねぇ!!』と私が大興奮すると、心底驚いた顔をした後でポロポロと涙を流し、ぎこちなく微笑んだ。


 今までずっと家族にさえ『悪魔の子』と恐れられていて、奴隷商にも見世物小屋に売り飛ばしてやると言われたらしい。なぜなら千年前の世界では、今よりもっと魔法なんて存在していなかったから。


 アレクシスが異端で、突然生まれてきた大魔法使い。


 でも私は神様がこの世界に平和をもたらすために創造したと思っている。だってそれくらい奇跡のように美しい少年だったから。



 三年が経った頃、母さんが体調を崩すことが増えたけど、その都度アレクシスが魔法で治癒してくれていた。ずっと元気で三人で暮らせると信じていた。だけど別れはあっという間で。木の実が大量に実った年、森の奥まで入り過ぎた母さんは、敗戦国の逃亡兵に殺されてしまった。アレクシスでさえ、もう死んだ人間を生き返らせることは出来なくて、二人で何日も泣いて過ごした。


 何日目かでアレクシスは顔つきが変わり、まだ泣いてばかりの私を抱きしめると、『シャルロッテは私が必ず守るから』と家の周りに結界を張った。まだ幼い体にその大魔法は負担が大きかったのか、その後丸二日間目を覚まさなくて。私はアレクシスまで死んでしまうのかと、彼の手を握ったままずっと泣いていた。


 目を覚ましたアレクシスは、ベッドの傍らで酷い顔で泣いている私に治癒魔法をかけてくれた。『もうここは安全だし、ずっと一緒だから安心して』と言われ、私は緊張の糸がぷつりと切れたように倒れ込んで眠った。


 それからは二人で穏やかに暮らした。何年も、二人きりで。



 ある時アレクシスが何かを感じて結界の外に出ると、銀色のドラゴンがそこに座っていて、『入れてくれ』と言っていると。しばらく前から心に直接話しかけられていたらしいけど、素っ気なくしていたら森まで来てしまったらしい。


『シャルロッテ、怖くない? 悪い者ではないけれど、もし怖かったら追い払うよ』

『全然! とても綺麗ね。入れて欲しいなら入れてあげましょう。私もお話出来たらいいのに』


 そう言うと銀色のドラゴンは見る見る姿を変え、同じ年頃の少年になった。銀色の髪に金色の瞳がとても神秘的で、『ルカスだ』と自己紹介された。霊峰と呼ばれる山の火口で暮らしていたルカスの一族は、長い戦争のせいで空気が濁り、皆弱り切ってしまったという。何とか飛ぶ力の残っていたルカスだけがここに辿り着いたらしい。


 ルカスも加わった三人の暮らしはとても楽しかったけれど、ルカスは戦争を疎んでいて、アレクシスの力で戦争を終わらせて欲しいと乞い願った。


『シャルロッテとここにいられれば私はそれで構わない』

『アレクシスの力で世界が平和になるのなら、そうして欲しい』

『シャルロッテはこの場所から出たいの?』

『私はここが大好きだけど、世界がまだ戦いばかりで悲しい思いをする人が大勢いるのなら、平和になって欲しいと思う』


 私がアレクシスにお願いすると、『分かった』と一人で出て行こうとするので、私も連れて行ってと懇願した。『危ないから待ってて。絶対に戻ってくるから』というアレクシスに、『死んだら戻ってこれないじゃない! もう大事な人が死ぬのは嫌だ、一緒に行く!』としがみつきながら泣いて頼んで一緒に旅に出た。


 そうしてルカスに『お前の願いを叶える代わりに私に未来永劫の服従を誓え。生きている間も死んだ後も、お前は私のものだ』と言って従属契約をした。ルカスは『喜んで』とこの世界で初めての御使い(みつかい)となった。






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