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80.新生ブレンネン王国と三人の王子

 元トロッケン帝国民に課した選択の期限の日が来た。


 新生ブレンネン王国に残るか去るか――――





 王城前の広場にはヴェールハイト王国の国民が、『三日前に見た奇跡の続きを見届けたい』と大勢集まっていた。


 ハインリヒ国王、ユーリア王妃、王太子アレクシス、第二王子オスカー、第三王子ルカスの五人が姿を見せると、民衆は一層盛り上がり大歓声を上げる。



 シュテルン家一同も王家の後ろに控える。ゲオルグとホルストの人気も高く、国民がその名前を口々に呼ぶ。





 アレクシスはまた空に映像を映し出す。三日ぶりの元トロッケン帝国の様子が映ると、数万人の帝国民達が皇城前に集まっており、武器を持たない兵達も整列していた。


 それがヴェールハイト王国の使者を迎え撃つつもりなのか、従属するつもりなのかはまだ分からない。





「派手にいくぞ」


 ルカスが言うと、凄まじい闘気を発して一気に黒竜の姿になる。


 見る見るうちに神にも近い巨大な漆黒の姿を現すと、民衆は一斉に歓声を上げた。ズズズと重低音が響き、ルカスの上にまた真っ黒な空間の裂け目が現れる。


 オスカーとアレクシスが黒竜の背に立つと、すぐ翼を一度羽ばたかせて舞い上がり、三人は黒い円の中へ消えていった。


 黒竜の巻き起こした風に吹き飛ばされないよう、何とか地面に伏せて耐えた民衆達は、風がおさまると同時に空の映像に視線を移す。映像には元トロッケン帝国の空に開いた巨大な黒い穴から、さらに漆黒の黒竜が降りていく姿が映っていた。






『三日の期限が来た。これより結界を張るが、三日前に言った通り、我らに仇なす心積もりの者はこの国から弾き出す。この国に残れる者は新しい君主と共に誠実に生きる気構えのある者だ。よいな』




 アレクシスが語りかけると、民衆の中から若い貴族らしい男が一歩前に踏み出し、三人に向かって言葉を発した。


『恐れながら申し上げます! 私はトロッケン帝国の公爵位にあたるエミル・ゲルステと申します! ここにいる我々は、ヴェールハイト王国に従い、新しい国王陛下を歓迎致します!』


 褐色の肌の青年は、緊張した面持ちで胸に拳を当て、姿勢よく立っていた。


『トロッケン帝国の公爵位であれば侵略に参加していたのではないのか』


 アレクシスが問うと青年は堂々と返答する。


『いえ、私は徴兵と重税に苦しむ国民の声を無視できず、宰相に苦言を呈したため三日前まで屋敷で謹慎を課されておりました』




 もう一人若者が一歩前に出て言葉を繋ぐ。


『私は伯爵位にあたるユノス・コールと申します! 三日前の結界の光で、我が国の乾いた大地が潤い、砂漠化していた地域にさえ緑が芽吹きました! 枯れかけていた樹木にも一斉に果実が生り、川には豊かな水と魚が戻ってきました! 本日、この国に残る者の体の不調が癒されるというお言葉も真実であると信じ、我々は今日ここに集いました!』



 ヴェールハイト王国王子の正装に身を包んだオスカーが、優に五万人を超える民衆に言葉を発した。アレクシスの魔法でこの場にいない国民の脳にも直接届くようにしている。



『俺はヴェールハイト王国第二王子オスカー・ヴェールハイトだ。父であるヴェールハイト王国国王の命により、今から俺がこの国の初代国王となる』



 ブレンネン王国王家の特徴である燃えるような赤い髪を見て、トロッケン帝国が過去に滅ぼした国であることに思い至り民衆達はハッとする。



『そなた達が望むなら、この国を豊かで平和な国にすると誓う。侵略国家になど未来永劫戻ることはない。兵団は他者を脅かすためではなく、この国を護るための存在となる。私がいる間はヴェールハイト王国次期国王の兄と共に、この国をあらゆる攻撃から護ると約束しよう。この国に留まる者は、平和を享受し、誠実に自分の大切な者とこの国のために生きることを全うせよ』


 一斉に民衆がオスカーの言葉に跪き頭を垂れた。





『では結界を張る』


 アレクシスが空を一瞥すると、また芸術作品のように美しく複雑な魔法陣が空を覆う。その魔法陣が一気に王国全体に広がると、目も眩むような閃光を放った。


 その光を浴びて弾き出される者は、その場には一人も居なかった。


『脚が、動く……』『戦争で負った火傷の痕が消えた!』『持病の胸の痛みが消えた』『苦しかった呼吸が楽に出来る』と口々に民の嗚咽交じりの声や喜びの声が聞こえてくる。


 結界と同時に、オスカーの耳には王国中の声が届き始めた。膨大な音の情報量に思わず怯むが、『閉じたいときは好きに閉じれるし、聞きたい時は必要な種類の声にだけ集中すれば他の雑音は消えるから』とアレクシスが耳打ちすると、オスカーは頷いて集中した。



『ありがとうございます新国王陛下』『もうダメだと思っていた父さんがすっかり良くなった。神の奇跡だ』『戦争で失った脚が戻った……!』等の感謝と歓喜の声が頭に響く。



 ルカスがここぞとばかりに上空へ舞い上がり、翼の風圧で民衆を圧倒する。


『俺はヴェールハイト王国第三王子ルカス。この国の王オスカーにお前らが忠実である限り、俺はこの国もお前らも護ってやる。ヴェールハイトの同盟国になることの幸運を忘れるな』



 そう言うと国土全ての領空を飛行した。


 国民達は皆空を仰ぎ見て、天翔ける黒竜と新国王の姿に畏怖と共に心酔した。そして豊穣と治癒の感謝の礼に、人々は頭を下げて忠誠を誓った。


 元の広場へ戻ると、ルカスは思いきり黒い炎を吐き、炎は領空全てを覆いつくした。世界は数十秒間闇に包まれる。領民達は自分達が熱ささえ感じないことに気付き、キョロキョロと辺りを見回すが完全な闇に自分の手さえも見えない。


 そして闇からまた陽の光が差す数十秒前の世界に戻ると、前回破壊された武力関連の全てが完全に消し去られていた。消し炭などではなく、完全に消えていた。



『エミル・ゲルステ、ユノス・コール、そして我こそはと思う者、身分関係なくこの国の発展のために身を捧げる者は、この国の現在の状況を詳しくまとめて提出せよ。地域ごとの年齢別人口、男女別人口、農業・漁業・工業・商業・貿易業の収支と就業人口、そして住民台帳、税収、教育関連、あらゆる状況を報告するように』


 オスカーが指示を出す。


『はい! 仰せのままに!』


 エミルが叫び、周りの民衆に目配せすると、周りからも立ち上がる者達が続出する。


『必要になると思い、既にご用意させて頂いております! この者達が各地で領主をしていた者達です。皆ハムザ皇帝の重税に苦しむ領民のために、身銭を切ってきた者達です。どうか我々をお使い下さい!』


『それでは今から皇城の執務室に来るように』


 オスカーがエミル達に告げると、アレクシスが『国王としての門出に』と言って空に手をかざした。皇城を中心に大きな円の形をした美しい虹が架かり、あらゆる花が一斉に咲き乱れる。花の香りと花吹雪が国土中に届き、舞った花弁は地に落ちる前に七色の光となって消えた。集まった民衆達からワアッと大歓声が上がる。



『兄上、感謝します』


 オスカーは瞳を細めてそう告げると、ルカスの背から降り立ち、エミル達と共に皇城の執務室へ向かった。






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