8.シャルロッテの冒険
毎日毎日屋敷中を探検しまくったシャルロッテは、段々と一人で外に行ってみたいと思い始めた。
領地にいる時は家族の誰かが常に一緒に居てくれたし、黒騎士団の鍛錬を見てると時間はあっという間だった。だけど王都に来てからは、一度も白騎士団へ連れて行ってもらったことはない。
シュテルン騎士団は黒騎士団と呼ばれるだけあって、甲冑も騎士服も全てが黒一色である。それに対し、白騎士団は全てベースが白で、所々に金色の装飾が施されているのだとか。その姿はとても見目麗しく、年頃の娘達の憧れの存在だという。
ゾーイがうっとりしながら、『憧れの白騎士団、お目に掛かりたいですよねぇ』と漏らしていたので、シャルロッテも見てみたいと思う。
同行をお願いしてみても、『城は悪い虫が多いからダメ』とゲオルグもレオンハルトも一向に首を縦に振ってはくれない。白馬のフランツに会いたいと言ってみても、『悪い虫の一匹だから』とやっぱり言葉を濁される。
「ゾーイ、お城には怖い虫さんがたーくさんいるんだって!」
「えぇっ、毒虫が刺したりするんでしょうかねぇ。害虫駆除担当は何をしてるのでしょうかねぇ」
ゾーイは両腕を抱いてぶるると震えた。
白騎士団の訓練が休みの日には、普段構ってあげられないからと、ゲオルグやレオンハルトが王都のレストランやカフェ、おもちゃ屋に、ここぞとばかりに連れて行ってくれる。勿論とても美味しいし楽しいし嬉しい。でもシャルロッテはもっと体を動かしたい。もっと言えば同じ年頃の子供と遊びたい。一度気付いてしまったその気持ちは、日に日に大きくなっていた。
一度そう思うと行動派のシャルロッテは、内緒で抜け出す算段を立てる。屋敷に毎日来る業者の馬車もチェック済みだ。お昼寝の時間に窓から抜け出して馬車に隠れて街まで行こう。ちょっと探検してから、お昼寝の時間が終わる前に夕方屋敷に来る業者の馬車にまた隠れよう。何とかなるさ。
そう決めるとお昼寝の時間が楽しみだ。思わずクフフフと笑いがこぼれる。幸いシャルロッテがお昼寝する部屋は、一階の薔薇園に面している。見晴らしのいい低木の庭園に面した客室よりは、窓から目立たず出入り出来るはずだ。
「ではお嬢様おやすみなさいませ」
「今日はぐっすり寝たいから時間まで起こさないで寝かせてね」
「かしこまりました」
「おやすみなさいゾーイ」
ゾーイが出ていくと、すぐにベッドの中にぬいぐるみを詰めて身代わりにする。
「こうやって抜け出すお話何故か知ってる」
なんだったかなぁと思いながら、手作りのグローブとボールを大きな布に包んで背中に背負った。静かに窓を開けてそうっと降りようとすると、思いのほか高くて着地に失敗して転がってしまう。
「帰りに上れないと困るから木箱がいるかも!」
物置小屋で見つけた木箱を薔薇園の植え込みに隠してから出発した。
まずは夕食用の野菜を届けて店へ帰る業者の馬車に忍び込む。大きな籠や木箱がたくさん積んであるので隠れやすい。王都の大きな商店の裏口に止まったところで、うまいこと誰にも見つからず降りられた。
ワクワク。ワクワク。
シャルロッテはまだ見ぬ世界への期待で心臓が高鳴る。なんだって出来そうな気がして、小さな体で王都をタタタと駆け回る。怖いものなしのシャルロッテは、祖父や兄とは来ないような貧民街まで知らずに足を踏み入れてしまった。行き交う人達がじろじろと見てくるが、そんなことは気にしない。
「こんにちは!」
と挨拶しながら、見たことのない景色の中を夢中で駆けて行った。
貧民街の小さな木造小屋の並びが途切れ、気づくと森の前にいた。人の気配は無いが不思議と入ってみたくて仕方ない。何故だか呼ばれているような、どうしても行かなきゃいけないような気にさせるのだ。そうなったらドンドン入っていくのがシャルロッテだ。初めての一人きりの冒険は希望に満ちていた。
方向も分からないのにドンドン無鉄砲に進んで行ってしばらく、急に開けた草原に出た。一面のシロツメクサに、わぁっとはしゃいで転げまわる。
「すてきすてき!」
キャッキャと一人でゴロゴロ何回転もしていると、何かが近くにいる気配がした。
「誰ですかー? リスさんですかー? うさぎさんですかー?」
うつ伏せで顔だけぴょこっと上げると、そこにいたのは妖精のように美しい少女だった。