4.公女フィーバー
シュテルン領に百五十年ぶりの公女が誕生した直後、父である現公爵エドガーが風魔法で領内全ての砦に公女誕生を知らせた。屋敷の正門と外壁は、何種類ものピンク色のリボンと生花で豪華に飾られた。
「やっと……やっと見れたわこの光景を。五回もピンクの装飾を準備して使えなかった私が、今遂にこの光景を……ぐすっ」
テレーゼは待ちに待ったその光景に涙ぐむ。
「母上、なんかすみません。すぐに弟全員が祝いに駆けつけてくるようですので、皆にも謝らせます」
「あなた達も大切な我が子だから謝る必要はないわ……。ただね、ピンクはやっぱり可愛いじゃない。ブルーの装飾は三回目でちょっと飽きてきてたのが本音」
「なんと正直な……!」
ピンク色に飾られたテラスで、テレーゼとエドガーが同じくピンク色に囲まれた敷地をしみじみと眺めていると、雲一つない青空に大きな鷲の影が見える。
ゲオルグの従僕で黒騎士団前総長でもある鷲の御使いホルストが、巨大な鷲の姿で「公女様が御誕生された!!」と叫びながら領都の空を旋回していた。
「こ、公女様って言ったか?」
「言った! 聞こえた!」
「本当に!? まさか本当に公女様が!?」
「や、やったーー!!!」
「クリスティアーナ様が歴史を変えられた!!」
「公女様バンザーーーイ!!」
領民達は大きな歴史が変わる瞬間に立ち会えたような、ますます領地に幸運が訪れる兆しを見たような、そんな興奮で大騒ぎになった。
準備されていた公女生誕祭開始の音楽がそこかしこで賑やかに奏でられ、様々な露店が通りという通りに一斉に並んだ。街の娘達が花の精のように着飾ってピンク色の花びらを撒きながら歌い踊り、子供達も真似をしてクルクル回っては楽しそうに笑い声があがる。夜には色とりどりのたくさんのランプに照らされて旨い酒と料理が提供される大衆酒場に変わる。連日連夜文字通りお祭り騒ぎだった。
「この規模の祭がこの広い領地の各地で開催されてるんだからすごいことだな」
「向こうの通りの牛串が旨いって評判らしいですよ。休憩時間に行ってみます?」
「ホルスト様にも土産に買っていこう」
「お触れを出すのにずっと飛んでましたもんね。かっこよかったぁ!」
「お前ほんとにホルスト様好きだな」
「だって御使い様を見たのは生まれて初めてなんです!」
領都治安維持担当である第二黒騎士団の若い騎士達は見回りを終えた後、噂の牛串を山ほど購入し黒騎士団詰所へ戻ったのだった。
「旨いなぁ。三時間飛びっぱなしだった老体の筋肉に沁みる」
「お疲れ様ですホルスト様!」
人の姿に戻ったホルストが牛串を頬張りながら一息ついて尋ねる。
「俺が飛んでる間ゲオルグ様はどうだったか知ってるか? もうお若くないのに昨晩から一睡もされていなくてな。念を送っても『それどころじゃない』って返事があってそれきりだ。少しは体を休められただろうか」
「休めるどころか公女様を誰が一番長く抱っこするかで、一触即発の戦いになりそうだったらしいです。ゲオルグ様の雷の魔法の気配が出たところでクリスティアーナ様が一喝されて、全員部屋の外に出されたとのことです」
「クリスティアーナ様最強説」
「ちなみに何故か閣下の額は真っ赤で、テレーゼ様の手は血だらけでカオスだったそうです」
「どういう状況だ」
全員首を捻りながら牛串を頬張り、答えの出ない謎に思いを馳せるのだった。そして牛串の代金は勿論ホルストが支払ったのだった。
まさか祭が終わるまでの一ヶ月間、毎日『長時間抱っこ権争奪戦』が全力で繰り広げられ、領都名物の賭け対象になるとは、この時誰も予想だにしてはいなかった。最終日にはクリスティアーナのオッズが1.0倍、エドガーのオッズが0.0倍になることなど、この時点で予測出来た者はいなかった。
(※オッズ1.0は断トツ一番人気で儲け無し、0.0は誰一人賭けていないという状況)
◇◇◇
ふわふわのほっぺ。少し薔薇色が差していてとても健康そうだ。パヤパヤだった銀色の髪の毛は少し量が増えてふわふわとしている。薔薇色の唇もふわふわだ。お腹もお尻もふわふわだ。もう何だか分からないけれど、何から何までふわふわだ。
長い睫毛に縁どられた大きな瞳がパッチリと開くと、晴れ渡った春の空のようなスカイブルー。可愛い。どうしようすごく可愛い。
生後一ヶ月。ゲオルグによってシャルロッテと名付けられた公女を見る度、シュテルン家の人間も使用人も同じ想いに胸がいっぱいになり、頬を染めて間の抜けた顔になる毎日を過ごしている。
「はぁ。こんなに愛しい存在がこの世にいるなんて……母上、僕ロッティを命をかけて護ります」
自分の指をきゅうっと握るシャルロッテの小さな手を見つめながら、空いた片手で切なげに胸を押さえてレオンハルトが呟いた。
「うふふ。ありがとうレオ、とても嬉しいわ。でも将来レオはお嫁さんを一番に護らなきゃいけないし、ロッティも旦那様に護ってもら……んんっ、だ、旦那さ…………だ、旦……クッ、言っててムカムカしてきたわ。お嫁になんていかせたくない!」
「「そうだそうだ! ずっと屋敷にいればいい!!」」
クリスティアーナがわあっと顔を覆うと、エドガーとテレーゼの二人もわぁわぁ言い出した。
「あの、僕がシャルロッテをお嫁さんにもらってもいいですか」
キラキラとアイスブルーの瞳を輝かせて、頬を染めたレオンハルトが三人を見上げる。
「そ、それはもしかしてロッティが、ずっとずっとこの屋敷にいてくれるってことか……」
「素晴らしいわ! 夢のようだわ!」
エドガーとテレーゼは『思い付かなかったー!』とキャッキャしているが、ゲオルグは落ち着いた声で話し始める。
「それは我々には最高の提案だが、うちは代々恋愛結婚が家訓だからなぁ。成長したロッティがレオを愛して結婚を望むなら勿論許そう」
「ぼ、僕頑張ります!」
「うふふ微笑ましいわ。ロッティはどんな男性が好みに育つかしら」
「儂だな」「私だね」「僕です!」
男性三人の即答に女性二人は
「「どんな男でもロッティを独り占めする気なら倒す」」
と呟いて男性陣を震えさせるのだった。