新しくこの地区担当になった宅配のお姉さんが可愛い上に趣味も合うので、つい通販を多用するようになってしまった
……頼んでしまった。
【ご注文確定】と表記されたメール画面を見ながら、俺・羽山拓海は一人項垂れる。
ずっと前から買おう買おうと思っていながらも、「それ」に手を出してしまえば破産は免れないと思い、必死でポチるのを我慢していた。だけど――
湧き出る欲望を抑え切ることが出来ず、とうとう今日、俺は禁忌を犯すこととなった。
「美少女フィギュアを買ったなんて母さんと妹に知られたら、絶対引かれるよなぁ」
そう。俺は世のオタクたちを問答無用で破産の道へと誘い込むフィギュアというものに、遂に手を出してしまったのだ。
俺の注文したフィギュアは、ただのフィギュアじゃない。完全受注生産の限定品で、来週になるともう未来永劫購入出来なくなってしまう。
というのも、このフィギュアは大人気ギャルゲー『ハーレム女学園 〜男子高校生の俺が何故か女子校に通うことになった〜』の新作の初回生産限定版にのみ付いてくる特典なのだ。
フィギュアは『ハレ女(ハーレム女学園以下略の通称)』で一番人気の菖蒲ちゃんの8分の1スケールで、ご丁寧に校門の桜の木の下でスカートが捲れるシーンを再現している。……流石はファンのツボを心得ている。
細部までこだわって製作しているらしく、制服の着脱は可能。下着のラインまで丸見えだ。
『ハレ女』大好き男子大学生にして、菖蒲ちゃん推しの俺からしたら、この初回生産限定版を買わないという選択肢はない。たとえ禁忌を犯したとしても。
それから数日間、俺は『ハレ女』が届くのを今か今かと首を長くして待っていた。
……ごめんなさい、嘘をつきました。本当に待っていたのは、菖蒲ちゃんの方です。
『ハレ女』の新作が届くまでの間、俺は復習を兼ねて『ハレ女』の過去作をプレイし直していた。
やはり菖蒲ちゃんは最高に可愛い。
基本ツンツンしているけど、主人公と二人きりになった時だけデレるところとか。「次のテストであなたより良い点取ったら、私と付き合って」とか言い出すくせに、実は凄くお馬鹿ちゃんだから赤点を取ってしまうところとか。
他のヒロインたちも勿論魅力的だけど、菖蒲ちゃんはその中でも頭ひとつ抜けていると思う。完全に主観だけど。
そんなことを考え続けながら菖蒲ちゃんエンドを迎え、流れるエンドロールに感動していると、ピーンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
名シーンを堪能しているところに、一体誰だよ? 俺は来訪者について推理し始める。
ろくに友達のいない一人暮らしの男子大学生の部屋に訪ねてくる人間なんて、限られている。家賃の取り立てに来た大家さんか、或いは――
「羽山さーん! 宅配便でーす!」
どうやら待ち望んでいた『ハレ女』の新作が届いたようだ。
「はいはーい。今行きますから、ちょっと待っていてくださーい」
俺はシャチハタを片手に、玄関へ向かう。
ドアを開けると、そこには小包みを大事そうに両手で持った女の子がいた。
前までゴツいゴリラみたいなおっさんだった配達員が、若くて可愛いお姉ちゃんに変わったのか。
年齢は、俺とあまり変わらなそうだな。
結婚指輪はなし。可愛い子を見たら、最初に確認することだよね。ねっ(念押し)!
「羽山拓海さんで、間違いないですよね?」
「はい」
「ご注文の品は、えーと……『ハーレム女学園 〜男子高校生の俺が何故か女子校に通うことになった〜』の新作ゲームと特典フィギュアで間違いないですか?」
「……間違いないです」
間違いないから、ドアを開けっ放しのこの状況で俺が美少女フィギュアを買ったことを公言しないで! 今近くを通った女子高生が、あからさまに「うわぁ」って顔してたじゃん!
美少女配達員から、小包みを受け取った俺。逃げるようにドアを閉めようとしたところで……ふと美少女配達員が、俺を凝視していることに気が付いた。
「あの……何か?」
どうせ「この男、これから美少女フィギュアを使って何をする気なんだ?」とか邪推しているんだろう? 俺みたいな人種が世間の女子たちからどういう目で見られているのかくらい、十分わかっているさ。
しかし真実は、どうやら違ったようで。
「羽山さん……でしたよね? 『ハレ女』、好きなんですか?」
『ハーレム女学園以下略』を、彼女は『ハレ女』と略した。このゲームの存在を知らなければ、そんな真似出来やしない。
「もしかして、『ハレ女』を知っているのか?」
「知っているどころか、大ファンです。新作も、きちんと初回生産限定版で購入しました。菖蒲ちゃんのパンチラフィギュアと会うのが、今から楽しみです。グフフフフ」
おい、美少女配達員。よだれが垂れてるぞ。
「しかし意外だな。お前みたいな女の子が、『ハレ女』をプレイしているなんて。しかも菖蒲ちゃん推しときた」
「あっ。確かに菖蒲ちゃんは好きですけど、推しではありません。私の推しは麗花ちゃんです」
「あー、麗花ね」
麗花は菖蒲ちゃんに次ぐ人気キャラクターで、落ち着いた性格のお嬢様という設定だ。
主人公のことが好き過ぎてたまに暴走してしまうが、そういう一途なところがファンからの支持を得ている。
「ねぇ、羽山さん。私がどうして汗水垂らして働いているのかわかりますか?」
「さあな」
因みに言うと、さっきよだれも垂れてたぞ。
「全ては『ハレ女』の為です! 麗花ちゃんと『ハレ女』のヒロインたちに貢ぐ為に、私は日々仕事に勤しんでいるのです!」
「それでは麗花と菖蒲ちゃんが待っていますので! アディオス!」。何故かスペイン語でそう言い残して、美少女配達員は仕事に戻っていく。
推しの為に働く、か。その気持ちには、大いに共感出来てしまう。
どうやら俺は、存外彼女とわかり合えるらしい。
◇
早速届いた小包みを開封し、菖蒲ちゃんのフィギュアに横で見守って貰いながら、俺は『ハレ女』の新作をプレイし始めた。
菖蒲ちゃんをはじめとするキャラクターの声優に変化はない。しかしイラストやストーリーなど、多くの部分で前作を上回っているといえた。
端的に言うと、神ゲーだ。
主人公の名前は、当然『たくみ』にする。だって菖蒲ちゃんに名前を呼んで貰ったり、「好き」と言って欲しいもの。それこそが、ギャルゲーの醍醐味とも言えよう。
順調に菖蒲ちゃんルートを進んでいると、ストーリー上で麗花も登場した。
『たくみさん。本日はお届け物がありまして、あなたの家を訪ねましたの』
麗花とお届け物。この二つのワードから……俺は『ハレ女』を届けてくれた美少女配達員のことを思い出した。
彼女、結構可愛かったよな。『ハレ女』のヒロインたちと比較しても、遜色ないくらいだ。
それに何より、『ハレ女』好きという点が好感度を鰻登りさせていた。
連絡先くらい聞いておけば良かったな。そうすれば、また会って『ハレ女』について語り合えたというのに。
彼女も『ハレ女』の新作を予約したと言っていたから、プレイした感想を言い合うのも悪くないだろう。
もう一度、あの美少女配達員と会いたい。
気付くと俺は、そんなことを考えていた。
連絡先の知らない彼女を呼び出す術などない? ……いいや、それは違う。
彼女がこの地区担当の配達員であるならば、名前も住所も連絡先も知らなくとも、再会することは可能だ。
俺はスマホを手に取る。
通販サイトを開くと、『ハレ女 菖蒲ちゃん フィギュア』と検索をかけた。
一度フィギュアに手を出してしまえば、二回目以降はなんら抵抗はない。
……って、何このフィギュア!? 一体で3万円もするの!?
だけど彼シャツ姿でベッドに座り込んでいる菖蒲ちゃんとか、可愛すぎて悶死しそうなんだけど!
俺は財布の中を確認する。……大して現金は入っていない。
次に通帳の残高を確認する。
ここから家賃と光熱費等を差し引いて、次のバイトの給料日までの日数を計算して……食費を切り詰めれば、なんとか乗り切れそうだな。
もしもの時は、土下座してでも実家から借金するとしよう。美少女フィギュアを買う為だなんて言ったら間違いなくブチギレられるので、無論その点は誤魔化して。
俺は菖蒲ちゃんの彼シャツフィギュアの購入手続きを進める。
日本の宅配事情は優秀だ。2、3日くらいで届くことだろう。
そしてその時に、俺はまた彼女と会うことが出来る。
フィギュアの到着以上に、彼女との再会の方が楽しみでならなかった。
『もうっ! 他の女の子じゃなくて、菖蒲だけを見ていてよねっ!』
そんな俺を、菖蒲ちゃんが一喝する。
おっと、これはマズい。どうやら俺が美少女配達員のことを考えているのを、見透かされてしまったらしい。
今はとにかく、『ハレ女』に集中しよう。ご所望通り、菖蒲ちゃんだけを見ているとしよう。
◇
2日後。予想通りの菖蒲ちゃんの彼シャツフィギュアが届いた。
宅配してくれたのは、勿論彼女だ。
「またフィギュアを買ったんですか? よくそんなにお金がありますね。私なんて、どうしてもお金が足りなくて、泣く泣く麗花ちゃんのフィギュアの購入を断念しましたよ。流石に3万はキツいです」
「お金がないなら、捻出すれば良いじゃない。取り敢えず三食もやしと豆苗で乗り切れば、あっという間に3万なんて貯まるよ」
「確かに麗花ちゃんは大好きですが、マジで命賭ける程じゃないんで。……あっ、ここに判子お願いします」
押印を終え、小包みを受け取り、一連の手続きを終えた俺たちは、『ハレ女』の新作談義に入っていた。
「『ハレ女』の新作、もうプレイしたか? やっぱり最初は麗花ルート?」
「いいえ。私、好きなおかずは最後に残しておくタイプなんで。まずは菖蒲ちゃんルートを進めています」
まずはということは、菖蒲ちゃんや麗花以外のヒロインも攻略するつもりなのだろう。この女、生粋の『ハレ女』ファンと見た。
彼女は仕事中なので、あまり長い時間話し込むことは出来ない。
せいぜい5分が限度だろう。それでも長い方だ。
仕事に戻る彼女を見送りながら、俺はどこか名残惜しさのようなものを感じていた。
今話したばかりだというのに、また会いたいという気持ちが消えてなくならない。
寧ろ今会っていたからこそ、また会いたいやもっと話したいという気持ちが一層大きくなっていったのだ。
「……食費が足りなくなったってことにするか。あながち嘘じゃないし」
俺は性懲りもなく『ハレ女』のフィギュアを注文する。その後で、より良い土下座を追求すべく研究を重ねるのだった。
◇
「またフィギュアを買ったんですか? よくそんなにお金がありますね。……なんだかつい最近も、同じセリフを言ったような気がします」
「俺も3日前に同じセリフを言われた覚えがあるよ」
小包みを受け取りながら、俺は美少女配達員に答える。
「あとお金はない。だから親から借りた」
「美少女フィギュアを買う為に親から借金するとか、うわぁ」
「仕方ないだろう? どうしても欲しかったんだから」
そう。俺はこのフィギュアを、一刻も早く欲しかったのだ。
「借金までして欲しいフィギュアって、何なんですか? 菖蒲ちゃんのネグリジェ姿?」
「残念。ネグリジェじゃなくて、制服姿だ。ついでに言えば、菖蒲ちゃんのフィギュアでもない」
俺は小包みを開ける。中から取り出したのは――麗花のフィギュアだった。
「それって……」
「そっ、麗花のフィギュア。欲しいけどお金がなくて買えないって、前に言っていただろ?」
俺は取り出した麗花のフィギュアを、彼女に渡す。
「はい、プレゼント」
「プレゼントって……私にですか? どうして?」
「おいおい、それでもギャルゲープレイヤーかよ? 好きな女の子に貢いでポイントを稼ぐなんて、よくある手法だろ?」
俺と彼女は数日前に会ったばかりで、恋に落ちるにはいささか早いのかもしれない。
だけど俺が彼女と会いたい、もっと話したいと感じているのは疑いようのない事実で、それを恋心と仮定したとしても別に不思議はないはずだ。
これが恋かどうかなら、この先証明していけば良い。その為の時間が、今は欲しかった。
「……」
彼女は少し考えた後で、麗花のフィギュアを受け取る。
「エンディングには早すぎます。取り敢えず、攻略開始ということで」
どうやら俺の告白は、一旦保留になったようだ。
だけどそれは、ありよりの保留だ。付き合うのを前提に友達をするといったところか。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。何ていうんだ?」
「言われてみたら、そうでしたね。……菖蒲です。西園寺菖蒲」
彼女は、菖蒲ちゃんというのか。
成る程。どうりで俺が好きになるわけだ。
美少女配達員改め西園寺菖蒲が、俺の人生の推しキャラになることは、間違いなかった。




