第71話 兄のつとめ
瓦礫をよけながら、壁伝いに飛びあがっていく。
最初にいたホールへ到達すると、すでにそこの屋根はすべて崩落していた。
「キャッ」
リーゼが、暴走するニーナに吹き飛ばされてきた。
リーゼを受け止めた。
「リーゼ、大丈夫か?」
「ぐっ、貴様は……私にふれるんじゃない」
リーゼは、俺を突き飛ばす勢いで体を離した。
「あっ、くっ……また……頭痛が……」
リーゼは額に手を当てる。
「大丈夫か?」
「貴様に心配される筋合いはない。ロスワルドがいないということは……」
「彼は闇の指輪になった……」
ロスワルドが変化して生まれた指輪を見せた。
「ホワイトエリクサーを持っていたのに、効かなかったのか」
「いや、使う前に、体が動かなくなっていたようだ」
「まったく、シックザール四天王が効いてあきれる。だが、ロスワルドがいなくなった今、貴様を殺すのは私のみ」
と、にらみつけたリーゼが、俺に手をかざしてくる。
しかし、その手は震えている。
「クッ……」
膝をついて、頭をかかえるリーゼ。
「お、おい、リーゼ、本当に大丈夫か?」
「うるさいっ、近寄るな……貴様と出会ってからだ。原因は、兄づらするお前のせいで……」
リーゼの額には、無数の粒の汗が浮かびあがっていた。
俺のせい……。
「確かに、俺があのとき、お前を見捨てることがなければ、こんなことにはなっていなかった……」
「そ、そんな過去は知らない。勝手に記憶を植えつけるんじゃない」
「グアァァァァ」
大きな衝撃音と、フレデリックの声が響いてきた。
リーゼも心配だが、ニーナを先に押さえこまないと、紫苑騎士団だけでなく、この島じたいが跡形もなく消えちまいそうだ。
「リーゼ、大人しくしているんだ」
俺はフレデリックたちがいるほうへ歩き出す。
「ふん。あの少女に殺されてくればいい」
リーゼは苦しい声で言った。
そのつもりはねぇーよ。
「フレデリック、大丈夫か?」
「あぁ、まだ大丈夫だ……」
すぐにかけつけた紫苑騎士団の魔法使いが、フレデリックを回復させていた。
「キール。あの少女、意識がないからか、まったく動きが読めない」
「ブラックエリクサーの力、どんどん高まって、もう手に負えなくなってる」
「紫苑騎士団弐番隊隊長ともあろう者が、そんなこと言っていいのか?」
俺は笑って言ってやった。
「キール、冗談を言っている状況じゃないだぞ。止める手段はもう、刺し違えてでも彼女を殺すしか……」
「それは、はなっからなしだ。生きて返す」
「しかし、どうやって」
「これを手に入れた」
白く発光する小瓶を見せた。
「それは?」
「ホワイトエリクサーだ」
「ホワイトエリクサー?」
「ブラックエリクサーを消すことができるようだ」
「そんなもの、どこで」
「シックザールの男が持っていた。少女の動きを止める。手伝ってくれ」
「あぁ、もちろんだ。それなら任せてもらおう。紫苑騎士団弐番隊、少女の動きを止める。紫苑円陣だ」
フレデリックは叫んだ。
「「了解!」」
魔法使いの2人が呪文を唱える。
床一面に、巨大な紫色の魔法陣が広がった。
ニーナはそれを避けるように飛びあがる。
「逃がすか」
フレデリックは飛びあがった。
紫苑騎士団の戦士も、フレデリックと並ぶ。
「合技・紫苑」
ニーナの頭上から、2人が剣を振りかざす。
紫色の波動がニーナのオーラと衝突。
しかし、ニーナは落下しない。
シューンと、天から紫色の閃光のごとく何本もの矢が、魔法陣の外側に突き刺さる。
その矢をつなぐように、魔法陣が広がった。
フレデリックと戦士は、魔法陣の縁に剣を突き刺した。
「よし、今だ」
「「窮・紫苑拘束円陣」」
魔法陣から紫色の光が、天に向かって伸びていく。
その光に包まれたニーナは、動けなくなっていた。
ニーナの体がゆっくりと地面に降りてくる。
そして、紫苑騎士団が魔法陣の中心に歩き出す。
魔法陣が縮まっていった。
「よし、キール。いいぞ。そう長くはもたない」
「わかった」
ホワイトエリクサーを紫色の光の中に突っこむ。
身動きのとれないニーナの口へ運んだ。
ニーナの口元から白い液体がこぼれるも、ニーナはホワイトエリクサーを飲みこんでいた。
「くっ、も、もうもたない……」
魔法陣が消えた。
ニーナのオーラがふたたび広がる。
——頼む、ホワイトエリクサー。効いてくれ。
ニーナの闇の目が俺を見つめた。
そして、手をかざしてきた。
——ダメか?
ニーナの黒いオーラが、どんどんと小さくなっていく。
そして、黒い光の粉をまき散らして、消えていった。
吊っていた糸が切れたかのようにニーナは倒れそうになる。
「ニーナ……」
ニーナを抱きかかえた。
意識は戻っていない……。
でも、呼吸は……している……か。
はぁ……。
「キール」
フレデリックたちが駆けよってきた。
「大丈夫そうだ」
「ほっ、良かったぁ」
フレデリックの肩の力が抜けた。
「ロスワルドもやられ、少女までも……こうなれば」
リーゼが建物の外へ飛んでいく。
「フレデリック、彼女を頼む」
ニーナをフレデリックにあずけた。
「キール……やるのか?」
「あぁ。妹を止める。そして、妹を助けるのも兄のつとめだ」
外へ出る。
どこへ行った?
なにか、辺りが……マナが騒がしい。
「キール、無事だった……良かったぁぁぁ」
リフィーに乗ったエレナが、上空から降りてきた。
「姫。退避していたか……ヴェロニカたちは?」
「アルスと一緒にブラックエリクサーの解析をするっていって、また建物の中に」
なぜ、また中へ?
ブラックエリクサーを作っているあの場所へ戻ったのか。
「そうか。ニーナは助けた。紫苑騎士団にあずけてある」
「良かった……えっ、キール、見て。海が」
エレナが目を丸くした。
海が壁のごとく、どんどん高くなっていく。
リーゼのマナか。
どこにいる?
いた。リーゼ……。
津波で島ごと……。
空中で、自分の胸の前で両手を合わせていた。
まさか、海をここまで……。
マナを使えるようになっていて、嬉しいやら悲しいやら……。
「エレナ姫。リフィーでここから逃げろ。空にいれば安全だ」
「キールは?」
「俺は、あの海を止める」
「私だけ逃げるのいやだよ」
ジッとエレナが見つめてきた。
「わかった。じゃあ、姫さん、リフィーを出してくれ」
「うんっ」
エレナがリフィーのたづなを握り、俺はエレナの後ろに乗った。
そして、リーゼの前にリフィーが飛びあがった。
「自分たちだけ、空に逃げてきたのか?」
リーゼは片目をギュッとつむっていた。
まだ頭痛があるのか。
「逃げてきたわけじゃないさ。リーゼ、君を助けに来た」
リフィーの背中に立ちあがった。
「この状況で、仲間たちを島に置いてか?」
「島も妹も救うんだよ」
両手を胸の前で合わせる。
海のマナたちよ、鎮まってくれ。
——マナ・バルムヘルツィヒカイト
秘宝島だけでなく、大陸にも届きそうなほどの津波が徐々に引いていく。
「クッ……ハァハァハァ……この頭痛さえなければ、こんなマナ徒に……」
リーゼの頬を、いくつもの汗が流れていった。
「ハァハァハァ……これ以上、シックザールの恥をさらすわけにはいかない。このマナ徒以上に強いマナを引き出すなら……」
リーゼは、肩で息をしながらふところに手を入れる。
そして、ブラックエリクサーを取り出した。
「リーゼ、やめるんだ。それを飲んだら……」
「えぇ。闇の指輪になる。ホワイトエリクサーは、ロスワルドの持っていたもの1つだけだから——」
リーゼは、口元にブラックエリクサーをもっていった。
「リーゼ、やめろ!」
「このあと、キール、どうするのっ……!」
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