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第30話 ドラゴンの谷の主

「キ、キール、食べられちゃう!」


 穴の底にいた年老いた龍を目の前にして、エレナとアルスに背後からがっつり抱きつかれた。

 ひと飲みにされてしまうほどの大きな口が目の前にある。


「たぶん、心配ない」


 威嚇や狙いを定めるような目はしていない。

 というより、焦点があっていない?

 目が見えていないのか……。


 エレナとアルスは、ブルブルと勢いよく首を左右に振る。


「ワタシは、お主らを食うつもりはない」


「ドラゴンがしゃべったぁ〜」


 エレナがさらに胸を押しつけるように、体をひっつけてくる。


「も、申し訳ございません。こんな私をお許しくださいぃ〜」


 アルスはヘナヘナと腰が抜けて、俺の足にからみつく。


「ワタシほどになれば、食べなくても生きていられる。ヒトの言葉を話すドラゴンは珍しいから、驚かれても仕方ないな」


「騒がしくてすまない」


「お主……まずは、マレルダをそこへ」


 と、龍は少し顔を左に向けた。

 壁際に、たくさん葉の敷かれた場所があった。


 マレルダの寝床か。


「2人とも放してくれないか? 動けないんだが」


「無理無理。離れられない」

「私もですぅ〜」


「はぁ……」


 アルスを引きずるようにして、強引に足を動かす。

 エレナもそのまま着いてくる。

 そして、マレルダをそっと葉っぱの布団の上に寝かせた。


「ありがとう。1度動き出すと、止まらない子でね」


「あぁ、こちらにもその手の者がいまして……」


「そうか。大変だな」


「もう慣れてしまった」


「あらためてお礼を申す。私はシシシュ。この谷の主というところだ。お主ら、名はなんと申す」


「キール・ハインド」


「キールか」


「そして、こちらがリフレリア王の娘エレナ王女と魔道具師のアルス。おびえてないで、挨拶をしたらどうだ?」


 2人はまた拒否するように、顔を左右に振る。


「言葉を話すドラゴンと出会えることは、一生に1度会えるかどうか。とても高尚なドラゴンでもある」


「キールよ、詳しいな」


「小さい頃に、そう教えられた。まさか、こんなところで会うとは思ってもいなかったけど」


「ほぉ……」


 と、龍の焦点の合わない目が俺に向けられた。それでも焦点は合わない。


 俺を見ている?

 突然、俺の鼓動が強く跳ねた。体がこわばっているのがわかった。

 まるで俺の中身を見られているように感じた。

 でも、気のせいか?


「こ、こんにちは、エレナです」

「アルスですぅ」


 2人は背後から顔を出した。


「うむ。キールらはなぜ、この谷に来たのか? ドラゴン狩りに来たようには思えないが?」


 そりゃあそうだろう。

 姫と魔道具師で、どうドラゴンを狩るって?


「俺は賞金稼ぎで、この谷でドラゴンを密猟している中の賞金首をつかまえに来た」


「ほぉ。キールは賞金稼ぎだったのか?」


「あぁ。いろいろあって。それと、ドラゴンのうろこを探しに」


「ドラゴンのうろこ……だと」


 シシシュの低い声が穴の中に響いた。


「ヒッ……ドッ、ドッ、ドラゴンの……う、うろこが剣の修理に必要で……も、申し訳ございません。ど、どうか……食べないでください。脱いでおわびを……」


「おい、ドラゴンに色香はきかない」


 服をつかんで脱ぎかけているアルスの腕をつかんで動きを止める。


「さすがに生きたドラゴンからはぐのは許可できないが……落ちているうろこなら使うがいい」


「あ、ありがとうございます……大切に使わせていただきますぅ」


 アルスは前に出て、頭を勢いよく下げた。


「えっ、あ、あの……」


 頭をあげたアルスがなにかに気づいた。


「ケ、ケガしてます?」


 長い胴体の一部の表皮がえぐれて、肉が見えた状態で紫色に膿んでいた。


 これは、ただのケガではないのはひと目でわかった。


「これか。もう20年も前のことだ。邪悪な魔導士がワタシの血を狙ってきた。その時の所業でやられたものだ」


「20年もたっているのに治らないということは……」


「そうだ。呪いがかけられているのだろう。ふたたび、狙えるようにな。そして、今、ふたたびワタシを狙いに来たのか、この谷に……」


「密猟集団クラオエか」


「ただの密猟集団ではないだろうね。ドラゴンの血を狙うってことは、裏でなに者かがよからぬことを考えているのかもしれない」


 邪悪な魔導士……

 ドラゴンの血……

 よからぬこと……か……


「それで彼女が谷を守っていると?」


 まだ目を覚まさない寝たままのマレルダを見た。


「ワタシが海を渡り、ここに逃げ隠れ住むようになって、しばらくしてからだ。谷の入り口にマレルダが捨てられていた。まだ幼い年の子がだ」


「捨て子か。どんな事情かは知らないが、親は育てられないと思われたんだろう」


 エレナとアルスに服をぎゅっと握られた。


「ここに置いていけば、ドラゴンが食ってくれるとでも思っていたのだろう」


「ひどいですぅ」


 アルスが小声で言った。


「町へ連れて行くこともできたが、そうしなかった。突然、町にワタシが現れれば、ワタシもこの谷も攻撃されかねない。それに呪いのケガでワタシはひどく疲れていた」


「それじゃあ、彼女はここで育ったと?」


「そうだ。ワタシが育てた。できる限り、ヒトとしてな」


 まさか、ドラゴンが人を育てるとは……。


「んっ、んん……」


 マレルダがゆっくりと体を起こした。


「あっ、痛ーーー」


 目を覚ましたマレルダは、自分で体を抱きしめるように全身の痛みに耐えていた。


「まだ起きないほうがいい。理性をなくした龍の尾で叩きつけられたんだ」


「き、貴様は? まさか、かあ様の命を狙ってここまでっ?」


 無理矢理立ったマレルダは、よろよろと歩いて倒れそうになる。


「おい、まだ休んでいたほうがいい」


 サッと、かけ寄ってマレルダを抱きとめた。


「クッ……」


「マレルダ。キールたちは、ケガを負った君を介抱し、ここまで連れてきてくれたんだ」


「あっ?」


 マレルダは自分の腹部に手をやった。

 鎧は砕けて穴が空いていて、地肌が見えていた。


「私は刺されたはず」

 

「すぐに魔法で治癒した」


「そ、そうか……か、感謝する」


 マレルダは目を伏せがちに言った。


「無理するな」


 マレルダをまた葉っぱの布団の上に座らせた。


「痛っ……いや、ここで休んでいられないんだ。かあ様、またドラゴンが狙われています。でも、興奮した龍が私の声も聞かず、暴れてしまっていて……」


 無理に立とうとするマレルダをなだめる。


「密猟集団は俺が捕まえるから、ここにいろ」


「キ、キールと言ったか? なに者だ」


「ただの賞金稼ぎだ」


「賞金稼ぎ? やっぱりお前もカネのことしか考えていないのか?」


 と、マレルダがにらみつけてきた。


「私にとっては、お前もクラオエも一緒だ。ヒトは外道だ。あっ痛っ……」


「キールよ、申し訳ない。マレルダはヒトを」


「かあ様が謝る必要はありません……くっ、龍の興奮を沈めに行かないと」


「マレルダ。その体で、今、なにができる?」


 シシシュに言われて、マレルダは唇をかんだ。


「薬草から鎮静剤を作って飲ませば、少しは落ち着くだろうが。キール、お主の力を使ってくれないか?」


 俺の力、見抜いているってことか……。


 シシシュにうなずいてみせた。


「ただ飲ますだけでは、即効性はないだろうしな。龍には大人しくしていてもらったほうが賞金首もつかまえやすいからな。どんな薬草なのか教えてくれ」


 マレルダに腕をつかまれた。


「キール、お前だけに任せたくない……私も行く。私が見たほうが早い」


 なんて強い目だよ。


「わかった」


 俺は、マレルダの手を取って立たせた。


「キールたちは、どうなるのっ……!」

「続きが気になる、読みたい!」

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