サイコロで運命を決める男
隣の席の橋田は少し変わった男だ。
橋田は何かを選択するとき、必ずサイコロを振る。
「は、橋田君。私と付き合ってください!」
「橋田ー、カラオケ行こうぜ!」
「橋田、生徒会長になる気は無いか?」
女子からの告白も、友達からの誘いも、先生からの推薦も。
全てサイコロを振って判断する。
「すいません。4が出たので止めておきます」
橋田は基本、こう返す。
不正でもしているんじゃないかと思うぐらい、橋田のサイコロは4ばかりが出た。
そして橋田は、またこう返す。
「すいません。4が出たので止めておきます」
*
その日は雨が降っていた。
「すいません。4が出たので止めておきます」
昼ご飯を一緒に食べないか、という誘いをいつものようにサイコロを振って断る橋田。
相手はクラスのマドンナ、柏木だったので、俺は羨ましさ半分、嫉妬半分でその状況を盗み見ていた。
その時だった。
珍しく、橋田がサイコロを落とした。
サイコロは地面で跳ねてコロコロと転がり、俺の足下へ。
俺はそのサイコロを拾った。
「触るな!!!」
教室の空気が凍る。
橋田が急に叫んだのだ。
そして、橋田は俺の手からサイコロを強引に奪い取ると、そのまま教室から出て行った。
その日、橋田が教室に戻ってくることはなかった。
*
「あんなに怒ることだったかなぁ?」
次の日、俺は学校に行くのが嫌だった。
あんなに怒った橋田を見たのは昨日が初めてで、顔を合わせずらかったのだ。
橋田はいつものように、隣の席で座っていた。
「お、おはよう」
ぎこちない挨拶。
橋田は意外にも笑顔だった。
「おはよう、山田君」
悪寒が走る。
俺はなぜかこの時、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、と思った。
その予感は的中していた。
*
それから、橋田は急に俺に構うようになった。
朝の登校、昼飯、下校。
休憩時間にトイレに行こうものなら、必ずついてくるようになった。
そして、最後に必ずこう言うのだ。
「山田君。このサイコロ、欲しくない?」
俺は学校に行かなくなった。
*
今日で一週間。
母さんは俺を病院に連れて行こうとしたが、俺は抵抗した。
外に出てはいけない。
本能がそう叫んでいた。
*
一ヶ月が経過した。
俺はまだ部屋に閉じこもっている。
コンコン。
扉を開けるのは、母さんが食事を運んできてくれるときと、トイレに行くときだけ。
コンコン。
時刻は知らぬ間に昼の12時を過ぎていた。
コンコン。
ドアノブに手をかけたその時、俺はある違和感に気づいた。
コンコン。
ノックの回数がいつもと違う。
コンコン。
一歩、後ずさる。
コンコン。
ノックは鳴り止まない。
コンコン。
動悸が激しくなるのを感じる。
これは夢だ! 夢なんだ!!
橋田も、あのサイコロも、全部、夢!
俺が見ていた幻なんだ!!
俺は頭をかきむしった。
何もかも忘れたくて。全てが幻想であると自分に言い聞かせるように。
だが、現実は非情だった。
「山田君。このサイコロ、欲しくない?」
「うわあああああ!!!」
俺は叫んだ。
乱暴にドアを開け、部屋を飛び出した。
扉が橋田を突き飛ばす。
橋田は転んだ。
俺は無我夢中で階段を駆け下りた。
だが、俺の足はすぐに止まった。
階下に思わぬものがあったから。
「か、母さん?」
頭から血を流して倒れる母さん。
「嘘だろ?」
頭がパニックを起こす。
「母さん? 母さん!?」
返事はない。
脂汗が全身から噴き出してくる。
「なぁ、返事をしてくれよ! 母さん!!」
肩を揺らす。
返事はない。
代わりに返ってきたのはこの言葉だった。
「山田君。このサイコロ、欲しくない?」
俺は振り向き、橋田の顔を思いっきり殴った。
橋田が吹き飛ぶ。
手に痛みが走る。
「なんなんだよ。お前はなんなんだよ!?」
コロコロコロ。
橋田の手から離れたサイコロ。
それが俺の小指に当たった。
俺は無意識にそのサイコロを拾った。
『お前の願いを叶えよう』
突如、頭に響く声。
『その願いを手にするかはサイコロを振って決めろ。
出た数字×1ヶ月、お前の寿命を貰う。
ただし、4はダメだ。
4が出た場合は契約不成立とみなし、願いは叶えない。寿命も貰わない。
さあ、お前の願いはなんだ?』
俺はサイコロを握りしめた。
そして、サイコロを振った。
*
「山田さん、今から飲みに行きませんか?」
誘いを受けた男は、1度女性に目を向けた後、ポケットに手を突っ込んだ。
そして……。
「すいません。4が出たので止めておきます」