私と彼女の平凡だけど山あり谷ありよく分からない日常生活物語
「さよなら」
彼から言われたたった4文字の言葉は私を地獄に突き落とすのには十分だった。
半年間。あんなに尽くして、あんなに遊んだ彼に今振られた。
今すぐ転がって泣き叫びたいけどここは路上。そんなことも出来ずに辛うじてたっている私は彼に聞いた。
「…何故?」
それ以上言葉が出てこなかった。舌が上手く動かない。でも舌を動かすことすら難しいほど衝撃に打ちひしがれている私とは裏腹に彼は饒舌に喋り出す。
「いやぁなんかスマホの中身チェックされたり、デートの日こと細かく決められたり、なんかさぁ」
良く動く口。
なんだかもう。悲しさも分からない。
「……束縛って事…?」
皮でできた小さな鞄の紐を握りしめる。
零れそうな涙を必死に堪える。明日、顔が筋肉痛になりそうなくらい。
「まぁそうだね。
これから他の人と付き合うならもっと自由にした方がいいよ。」
私はこんなにも悲しいのに、貴方を好きだったのに、貴方は平然としていて…訳分かんない。
「こんなに…尽くして…
なのに」
沢山喋ろうとしたら声が裏返る。
今、私は凄い不細工だと思う程そんな絶望に満ちた悲しい声。
「だからさぁ…其れが束縛なんだよ。
自覚した方がいいんじゃない?」
あんなに優しかった彼から放たれる言葉の暴力は意図も簡単に私を貫いていく。
木々にかけられたライトアップが眩しい。
光が舞って頭がクラクラする。
じゃあ…。と彼が1拍置いて口を開く。
その言葉の先はもう分かりきってた。でも。
「じゃあ…。さようなら」
聞きたくない。
嫌だ。
私は貴方の事をこんなに、こんなにも好きだったのに。
聞きたくない。
小さく何度か口で呟いても彼には聞こえない。
私の事どうでもいいんだ。
どんどん小さくなる彼の後ろ姿。彼の笑顔も、彼の涙も、波ももう見れない。
私の家の方向の信号が青になる。
彼とは。
彼とは恋人じゃあない。
そう心の中で呟いたあと未練を無理やり捨てて私は歩き出した。
私の家は街の外れにある安い安いアパートの2階。1度床が抜けたのか1部の床だけ新しい。
鉄の簡易的な階段を登ったあと鍵をのろのろと挿し重たい扉を開けた。
「ただいま…」
私がそう言った途端。足元から彼女の声がする。
黒い毛並みに長いしっぽの彼女。
近くの公園に捨てられていたのを拾ってきた。案外可愛い。
「今日もいい子にしてたの」
私は彼女の小さな頭をくりくり撫で回す。
私の手に自らの頭を擦り付けて可愛らしく満足そうに鳴く姿に少しほっこり。
でも彼女を撫でてたら…今日の出来事を思い出した。
じわりと目から涙か漏れ出す。
私は彼女を撫でる手を止めてそのまま玄関で靴も脱がずに泣いてしまった。
さっきまで地平線の先はまだ少し赤かったのにいつの間にか月が空の主導権を握りしめている。どれくらい泣いてしまっただろうか。
でも泣いたら、少しだけスッキリしたかな。
私は靴を脱ぎ、可愛らしく、私を心配するのか鳴いてくる。
そんな彼女に手振りで餌置き場に戻るように指図し、手を洗いに行く。
いつもはそんなに気にしない冷たい水道水が心に染みた。洗面台の鏡に映る自分がとても醜く見えてしまった。
髪を括っていたゴム紐をほどきボサボサになった髪を軽く櫛でといたあと彼女に餌をやろうと戻ろうとする。
みーみー。
さっき手振りで向こうに行くように言ったはずなのに彼女は洗面台の先で待っていた。
「…そんなにしつこいと餌あげないよ…?」
でも彼女は私の言葉を知らんぷりして今朝部屋干しとして乾かしていた中からダボッとしたパーカーを引っ張り出してきた。
強引に差し出す姿は服を着替えてリラックスしろと言ってきているようで少し生意気だと感じた。
でも、彼女は暖かくて優しかった。
「……ありがと」
彼女の顎裏をくるりと一撫でした後服を受け取り手早く着ていた服を脱ぐ。
脱いだ服は少し特殊で高い素材で出来てるからクリーニングに出さないと行けないけど…もうこんな時間だし店やってないかな…。
お世辞にも美しく魅力的とは言い難いがそれなりの裸体を鏡に晒す。
泣き腫らした顔がくっついた首から鎖骨には誕生部に貰った小さなネックレスがかかっていた。
金属の鎖に小さな宝石が装飾と共にあしらわれてるだけ。でも、貰った時は嬉しかったなぁ。
でももう別れた。
切ない現実を思い出し、強引にネックレスを外し洗面台に投げ捨てる。
今は彼の残りを見たくなかった。
陶器の洗面台と金属のネックレスがぶつかり合う音が響く。
その音に驚いた彼女の鳴き声が聞こえるが私は気にせずパーカーを着て彼女を抱きしめ洗面所を後にした。
私は部屋の中心にあるこたつに足を入れた。冷たいからだが少しずつ癒されていく。
彼女がこたつの私の足の側にいるのか足に毛があたって少しくすぐったい。でもあったかい。
畳の匂いが鼻孔に響く。
少し落ち着く。
私はこたつの中の私の足元で丸くなってくつろぎ始めた黒い彼女を見た後小さな鞄から水色のケースのスマホを取りだし電源をつける。
機械らしい青白い光が放たれる。
私の人生の道が始まってから十数年。
自分の慰め方くらいは知っていた。
スワイプして、求めていたアプリを起動する。一番最初に出てきた動画をタップする。こたつの上に置いてあったイヤホンをスマホに差し込み音量を上げた。
数秒の無の後音楽が流れ出す。
それはチープで少しレトロなMusic。昔のゲームのような機械音と上手いのか下手なのかよく分からない女性の歌声。
万人受けするような音楽じゃなくても私はこの音楽が好きだ。
ただ、好きに一直線の女の子の恋心を描いた古い曲。
歌詞も今の常識とは少し違う場面もあるけど男の子の前で強がる歌詞やそれでも弱さを隠そうとする歌詞、全部切なくてでもなんだか勇気が湧いてくる。
自分も下手なりに鼻歌を口ずさむ。
頭を少しだけ左右に揺らす。
もうすぐサビ。
頑張って頑張って頑張って
1度は休まなくちゃ
女の子は弱いところも全部可愛いんだ。
この歌詞。
やっぱり、好きかも。
いつの間にか歌詞と私自身を同じ目線に立たせていたのか自然と涙が溢れてきた。
止めようとしても、音楽が私の涙腺をくすぐってくる。
私もこの曲みたいに誰かに慰めて欲しかったのかな。
もさり、こたつの布が動く。
鼻歌と泣き声で彼女は私を心配したようだ。小さく短く鳴いた後私のお腹の辺りに乗っかり私の涙を受け止める。
レトロな恋歌はいつの間にか最後まで再生されて、後には私の泣き声しか残っていなかった。歌は終わったのにどんどん涙が溢れてきた。
泣き果てた後のことはあんまり覚えてない。彼女が慰めてくれていたのは覚えているけど、ご飯を食べたのかお風呂に入ったのかとか覚えてない。
でも、いつの間にか寝ていて朝になっていたようで閉めたカーテンの隙間からは朝日が漏れ出ている。
子鳥のさえずりがいつもより気持ちよく聞こえた。
スマホに手を伸ばし時間を確認する。
いつも起きる時間より1時間早く起きていることに気がつく。
私は立ち上がり洗面台に顔を洗いに行く。
いつもより温かく感じた水に目が覚めないなぁなんて呑気に考える。
「餌置いとくねー」
部屋の隅のお皿にキャットフードを一日分置く。
いつもは飛びついてくるのに今日は来ない。一時間早く起きたからまだ寝ているのかな、彼女の寝床に行くとまだすやすや寝息を立てる彼女がいた。
昨日マイナスだった分今日はなんだか気分がスッキリしている。今日も一日頑張ろう。
アプリを起動してレトロな恋歌を再生しつつ朝の支度をする私は今日も彼女と共に山あり谷ありな生活を過ごすのだった。