ブラック企業の成長性
K田K造は、その日、次代を担う新技術の説明会に参加していた。AIやIot、ヴァーチャル空間を活用した新しいビジネス、そしてロボット……
K田はそれら説明にそれなりに興味を抱いていて、だから興奮もしたし、自分の会社でもいくつか試してみようかと思いさえした。が、他の知り合いの経営者達と別れ、電車で一人きりになると急速に冷めた。
なるほど。もしも、ああいった新技術を巧く活かせたなら、利益に繋がるのだろう。だが、それと同じくらい…… いや、それ以上に失敗した事例の方が多いはずだ。あまり話題にならないだけで。
ならば、無理をして手を出す必要などないのではないか?
彼が冷静になったのは、受け取ったパンフレットに書かれてある導入費用をザっと眺め、その金額に怯んだからでもあったのだが、それでだけではない。
彼は自分なりのこのような思想を持っていたのだった。
「従業員達を低い賃金でたくさん働かせる事は、企業の体質強化につながる。つまり、それは社会が競争に勝つ上で有効な事なのだ」
無理をして新技術など導入しなくても、従業員達を酷使すれば、それで充分に競争に勝てると彼は思っていたのだ。
むしろ、新技術に手を出して、失敗するリスクの方が高い。
――が、彼は自分のその考えにある矛盾に気が付いていなかった。もし、彼が言う事が正しかったならば、何故、人権を無視して奴隷のように労働者達を働かせる社会は成長していないのだろう?
そういう社会は、発展途上国の方が圧倒的に多いのだ……
――数年後、彼は頭を抱えていた。
ジリ貧状態で、どんどん経営が悪化していたからだ。新技術の活用に成功し、目覚ましい業績を残す企業が多く現れており、彼の会社はそういった企業に競争で負けてしまっていたのだった。
もちろん、新技術に手を出して、失敗をした会社も多くあった。だが、その淘汰を経て、生き残り、成長を続けた企業の力は本物だったのだ。
そういった企業と自分の会社では、従業員に無理矢理働かせるくらいではどうにもならないほどの力の差があった。
――ああ! こんな事なら、新技術の導入をもっと早く検討するべきだった!
彼はそう苦悩していたが、時は既に遅かった。今更導入しても、追いつくまでに会社は潰れているかもしれない。
産業革命。
これがイギリスで起こった事は有名だ。では、どうしてイギリスだったのだろう? 実は蒸気を活用した技術は紀元前から存在していた。しかし、誰もそれを産業に活かそうとは考えなかった。
これは一つの仮説に過ぎないが、産業革命が起こった頃、イギリスの労働者達の労働賃金は高かったらしい。
経営者達は、コストの高い労働力問題を解決する為に、新技術によって生産性を高め、競争に勝とう試みたのだという。
その結果、産業革命は起こった……
この話が本当であるかどうか分からない。しかし、労働者達を奴隷同然に扱う社会の経済が中々成長しないのは少なくとも事実ではある。