4話 そんな招待状いらないんだけどなぁ
ミシェーラ様とひと悶着があってから翌日。私は重い足取りで教室に向かいました。
どうやら昨日の件は周囲の方々は知らないみたいで、特に目立つことなく自席に着席。伯爵家である私は、選べる優先順位が低く、後方の真ん中の席と言う何とも微妙な席を選ぶことになりました。
ミシェーラ様が教室に入られますと、皆がお辞儀をし、私もその中に混じります。できるだけ目立たず、できるだけ周囲と同じ行動を心掛け、できるだけ隅っこで視界から外れる。
完璧。こんなに地味な私が、ミシェーラ様の視界に入る訳がありません。そう思っていましたが、皆が顔をあげ、話し合っていた方々は話に戻り、自席で本を読んでいた方も本の続きを読み始めます。
しかし、私も自席で本を開こうとしたところで、何者かが私の席の前で立ち止まりました。
「マリー・コースフェルト!」
「ひぎぃ!? あ、なんでしょうかミシェーラ様」
件のミシェーラ様である。何故彼女が私の目の前で立っていらっしゃるのでしょうか。などと言わなくてもわかります。いえ、わかりません。おそらく、昨日の件でまだ何か彼女からいうことがあるのでしょう。
「ひぎぃ!? って、いい加減慣れなさい。そんなことより、貴女は今日から私の隣に移動して貰います」
「え? いえ、この席まだ昨日からですし、そんな許可……ミシェーラ様が言えば通りますよね」
「当たり前じゃない。ほら、移動して」
ミシェーラ様のお隣に移動させられた私と、私の席に移動させられた別の男子生徒。なんだか睨まれてしまったように見えましたが、大丈夫でしょうか。ミシェーラ様のお隣に移動し、なおかつ余計な恨みまで買ってしまったように感じます。
「あのミシェーラ様」
「何よ。はっきりいいなさいな」
「何故私はこの席に移動したのでしょうか?」
私の疑問に彼女は答えてくださりませんでした。講師の方がお見えになり、私達の初めての授業が始まります。デモンストレーションのような授業が終わりますと、お昼休憩。
当然のようにミシェーラ様の周囲にはたくさんの方々が集まっていきます。私はその隙を見て教室から抜け出そうとした時でした。彼女の声が、がやがやした教室を一瞬で誰もいないようなしーんとした空間に書き換えました。
「マリー・コースフェルト!」
「は、はいなんでしょう?」
彼女はやはり私を呼びつけました。もう呼ばないで欲しい。できれば静かに一人でお昼休憩をしたいと思っていたところ、ミシェーラ様は怯える私にお構いなしで話しかけてきました。
「ついてきなさい。それから他の方々は今日はついてこないでくださいな。私はこのマリー・コースフェルトと二人でお話がしたいのです」
彼女にそう言われてしまうと、この場にいる全員が従わざるを得ない。当然、反論することもできる人たちもいらっしゃいますが、こんなことでベッケンシュタイン家に歯向かおうだなんて考える方々はいらっしゃいません。
私はしぶしぶついていき、教室にいるみんなは、何故あんな臆病者をと思いながら仲間内で固まり始めました。しばらく歩きますと、侯爵家以上が自由に出入りできると言われていビップルームに通されました。まあ、当然大公に次ぐ公爵家は侯爵家以上の為、出入り自由であり彼女の許可があれば私も入ることが可能です。
「あの、ミシェーラ様?」
「何よ。年下の私にそんなにビクビクして恥ずかしくないのかしら?」
「いえ、その伯爵家と公爵家では……申し訳ございません」
私が謝ってしまうと、深いため息が聞こえてしまいました。どうやらミシェーラ様のため息だとわかると、また失敗してしまったという事実だけが、頭の中をぐるぐるぐるぐる駆け巡りました。
「用件を言います。昨日の続きですわ」
「ええ!? ミシェーラ様がどっかに行ってらっしゃいって言いましたのに!?」
「煩い!」
「ひぃ」
私の怯えようにまた頭を抱えているようです。私、何かしてしまったのでしょうか。怖くて足が震えてきました。こんな臆病者、放っておいてくださっても宜しいのに。
そしてビップルームのソファにミシェーラ様が座りますと、彼女はそのお隣をポンポンと叩きました。ゴミでもあったのでしょうか?
私がそこをじーっと見つめると、ミシェーラ様はじーっと私を見つめています。
「え? 私に何かついていますか?」
「察しの悪さかしら? 隣に座りなさいな。馬鹿ね」
「申し訳ございません」
一応、ご命令ということで私は彼女のお隣に座りますと、彼女がベルを鳴らします。しばらくしないうちにメイドの一人がやってきました。
「二人分の昼食をお願い」
「畏まりましたお嬢様」
そう言われ、軽い軽食がすぐさま用意されました。十年ほど前に、この国の王妃様はよく色んな国に馬車旅をされていた方でして、その時に様々な軽食が開発されたそうです。彼女の使用人達によってですけど。
「話が進みませんので謝るのも怯えるのも禁止です」
「そう言われましても」
謝ることをしないくらいなら、確かにできなくもありません。ですが、怯えるなは難しいですよミシェーラ様。それは私の性分なのですから。
「昨日の件で……昨日のお昼の件ですが、ギルベルト様が貴女のような方をお探しです。何の御用かわかりませんが、本日放課後、ここにもう一度来なさい。これは私からの招待状となっていますので、一度だけならビップルームに入室できますわ」
ギルベルト様からのお呼び出し?
私は一瞬で血の気が引くような感覚に襲われました。震える手でその招待状を受け取ってから、教室に戻っている間の記憶はありませんでした。




