13話 この人に嘘をつきたくないんだけどなぁ
しばらくしてそろそろ帰ろうかとバルツァー様が提案されました。
今日こそ、一人で帰りたい。今朝、あれだけ注目されていたのですから、一人で帰らせて欲しい。
しかし、当然のように私の歩くペースに合わせて歩いてくださるバルツァー様。紳士的すぎませんか?
「あのー?」
「どうかしたか?」
「本日は馬車を用意して頂きましたので私は迎えが来るまで待つつもりです。バルツァー様はどうぞお先におかえりください」
「…………」
「…………」
何故か沈黙が続いてしまいます。バルツァー様は、私の表情から嘘か誠か判断しようと注視してきます。
バルツァー様の普段の表情では、つい委縮してしまい目をそらすと、彼は私の肩をがっちりと掴みました。
「へ? なっななななんでしょうか!?」
「気にするな。俺と帰るのは嫌か?」
「!?」
卑怯である。そんな質問。バルツァー様に言われてしまいましたら、素直に嫌ですだなんて言える訳がない。
だって彼は公爵家で、私は伯爵家なのですから。本当にそれだけ。それだけ…………。
たった二日間ですが、この人が怖い人じゃないと言うことだけはなんとなくわかりました。顔は怖いけど。
どちらかと言えば優しくて、紳士的で一緒にいると…………権力差でドキドキしてしまっています。うおぉ治まれ心拍。
大丈夫。平常心。何とかなる。
「えと…………いえ、嫌ではありません。宜しければ一緒に帰りませんか?」
負けました。だってこの人が、何故か私と帰れることに期待していたように感じたから。逆らってはいけないと感じたから。
これから騙すことになるとわかっているのに、何故私は無意味に親しくなろうとしているのでしょうか。
狂言誘拐は、ベッケンシュタイン家により解決されるシナリオになっているはずです。
本当は誰も悪い人はいないけれど、誘拐された事実だけはバルツァー様に届きますから、バルツァー様は、私に騙されたと知らないままなんですけどね。
しかし、本当にとんでもないことを言ってしまったような気がします。逃げたかった。隠れたかった。しかし、こうもぴったりとご一緒されてしまいましたら、逃げるだなんて不可能だと思います。
これ、明日も明後日もご一緒に帰るんですよね。せめて登校だけでも逃げれるように、明日は早めに出ましょう。
馬車の停留所には、他の貴族生徒もちらほらお見えになっていますので、バルツァー様の歩みをお止めになることを承知で彼の服の裾を掴みます。
「どうしたコースフェルト嬢」
「えと、実はですね。私とバルツァー様がご一緒のところを他の生徒に見られたくないんです」
「それはどういう意味だ?」
目立たない様に努力してきたからです。では、意味が分かりませんよね。普通の人は考えませんもの。
「その…………私はあまり異性とご一緒にいませんので、知り合いに見られてしまいましたら勘違いをですね」
知り合い…………はて? まあ、クラスメイト達は知り合いで問題ないですよね。あとはエミリア様。
絶対にからかわれます。お仕事モードのエミリア様と、私生活のエミリア様が別人であることは、身内とエミリア様のご友人方しか知りません。
はぁ、誰にもバレたくない。そして馬車の停留所なんて当然貴族クラスの生徒か、裕福な商家の生徒くらいしか使いません。
従って、ほぼ顔見知り程度には知っている方々だけが、停留所を出入りしています。
「勘違いか…………ふむ。困るのか?」
「むしろバルツァー様はお困りになられないのですか?」
そういえばバルツァー様は、私で女性避けしている可能性もあるんですよね。主にミシェーラ様。そう考えますと、勘違いされることは好都合な訳ですね。
「勘違いか…………お前が嫌ならもう少しだけ待とうか」
「…………ありがとうございます?」
何故、私の都合を優先してくださったのでしょうか。
おそらく夜会で私を使うまでは、ある程度私に優しくしてくださっているだけなんですよね。
きっと先ほどのケーキもそう。彼は、私を利用することに罪悪感を抱いて、代わりに何かをしてあげようとしていてくださるのかもしれません。
ごめんなさい。ごめんなさい。…………ごめんなさい。でも、私も目立ちたくないんです。
だからどうか、夜会の後はもう構わないでください。
まだこの世界二日しかたってなかったなと再認識。
今回もありがとうございました。




