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[6]かのじょとかのじょのであい[過去編1-1]

天人と地人が翼を隠してまでして中界に住む大きな理由は、中人の方が知能が高いので、その知識や知恵を得るためだと言う。特に最近は、子どものうちに賢く育てるために、生まれたばかりの赤子を中界に送るのだ。

そしてその慣習は、次期地界女王と決められた赤子を中界へと送り込んだのが始まりとされている。


天人と地人は、手法は違えど、どちらも中人の赤子に無理矢理魂を入れる。第三者が見れば二重人格と言えるだろうが、実際は全く異なる個体の人格が1つの体に入れられているのだ。

更に、地人の場合、元々の中人の人格はどうするも自由とされている。元の人格に悟られぬようにひっそりと存在するもよし、元の人格を脅して主導権を握るもよし、元の人格を消滅させて完全に乗っとるもよし。


同じようにして【蔭内真凜】という中人に入れられた【真燐】という地人は、その事実を知った時に、何て自分勝手な奴らなんだと地人や天人を蔑んだ。


地人はずっと人格を共にするわけではない。大学を卒業する年になったら、元の身体とは分離して地界へと帰ることになる。

真燐は、元の人格に悟られぬように存在することを選んだ。つまり、一生身体の持ち主に知られることのないまま、地界へ戻ることに決めた。

基本的には真凜が受ける授業を聞いて勉強し、真凜が寝始めた頃に体を借りて能力の使い方を練習する、という生活を送っていた。


何もない精神世界で一人孤独に過ごすことが多かったわけだが、真燐は大して苦にしていなかった。一人が気楽だと感じる性格というのもあるが、能力を使う練習のために体を借りる1時間程度の自由だけで充分な気晴らしになっていると感じていた。


ただ、真燐には気がかりなことがあった。それは、真凜がいじめられていることだった。

真凜は話すことが苦手で、ある日話しかけられた時に返事がうまくできず、無視されたと思った一部の女子から嫌われてしまったことがきっかけだったと思う。

小学4年生に同じクラスに真凜を嫌う女子グループが揃ってしまったことで、本格的ないじめが始まってしまった。


物を隠されたり、トイレに連れ込まれて髪の毛を切られたり。

誰もがいじめられていると気付いてしまうようなことはせず、陰でこそこそと。

真凜の表情は暗くなっていき、前髪をのばして目まで隠れるようにした。


真燐は、この現状をどうにかしたいと思いつつ、何かすることを躊躇っていた。

存在を明かし、説明をして、信頼を得て、解決を図るという一連のステップが必要だと考えた。しかし存在を明かす時点で、一人の人生を大きく変えることになると思っていた。最悪、人生を奪うことになってしまう。ただでさえ睡眠時間を毎日少しずつ貰ってしまっていることを申し訳ないと思っているのに。


どうしたものかと物思いに耽っている間に、その瞬間はやってきた。

ひびの入るような音と共に、精神世界が大きく揺れた。簡単に言えば、心が壊れたことを意味していた。真燐は真凜の身に何があってこうなったのか見ていなかった。

真燐は、真凜が泣きながら家へと帰るのを、真凜の潤んだ瞳越しに見ていることしかできなかった。


「お母さん、お父さんっ…」

真凜はリビングで泣きながら両親を待ったが、全然帰ってこなかった。両親は共働きで、真燐から見ても信用できる人物であるとは思うが、いざという場面でそばにいてくれないことが昔からあった。

窓から射していた日光が消えていき部屋は段々と暗くなっていく。


真燐は精神世界で真凜の心が崩れていくのを感じていた。

涙が枯れて出なくなった頃、真凜が「もう疲れたよ」と掠れた声で呟いて、キッチンにあった包丁を取り出し、震えた手で自らの喉元に突き立てた。


(そんな震えた手じゃあ、到底死ねないだろう)

真凜は包丁をがたがた震わせ、自由に動かすことができていなかった。真燐は真凜が自分を刺す勇気がないことを見透かしていた。


(けど、もう限界だよな…)

それでも真燐は見過ごすことなんてできなかった。

地人や地界のことを知られて、真凜を巻き込んで、人生を大きく変えることになってしまったとしても。

ここで止めずとも、真凜が勝手にやめてくれて、その後勝手に立ち直ってくれる可能性があるとしても。

真燐が真凜のことで心を痛めていて、何とかする手助けをしたいと強く思ってしまった。


『もういいだろ』

真燐が手を伸ばすと、真凜の魂をつかんで引っぱった。真凜の意識はぐらりと落ちて、真燐が体を支配した。

包丁を元の所にしまい、真凜の自室へと足を運んだ。


真凜は何が起きたのか、なぜ自分の意思と関係なく自分の身体が行動しているのか、何もわからないまま精神世界から唖然として見ていた。


真凜を支配した真燐がベッドに寝転がって目を瞑ってリラックスすると、ふわりと精神世界へと落ちていき、降り立った。

初めて、真燐と真凜が出会った瞬間であった。


『死ぬくらいなら、一回うちに命預けてくれ』と真燐が言う。

真凜は、自分が今いる薄暗く何もない場所と、自分と同じ容姿をした人物を見て、夢でも見ているのではないかと思った。

『だれ?ここは何…』と真凜が問いかけた。

『誰と言われると答えにくいけど、ここはお前の心の中みたいなもの。すまないけどお前のことは基本ずっとここから見ていた』


すると真凜は『えっ、全部って、お風呂とかトイレとか…?!』と赤面するものだから、真燐はついくすりと笑ってしまった。

『そういう見られたくなさそうなものは見てないつもり。…でも、いじめられてるのは見てたよ』無表情に戻った真燐はそう言った。

真凜は俯いて黙り込んだ。


『死ぬつもりだったなら、この体、ちょっと借りてもいいか。明日まででもいい。そのあと死ぬなら死んでくれてもいい』

『何をする気…?』

『何するかはまだ決めていない、状況次第だな』

そうはぐらかしつつも、真凜が生きたいと、生きてもいいんだと思わせられるようなことができないかと真燐は思考を巡らせていた。


しかし真凜は予想外の言葉を言い放った。

『分かった。私の人生を全部あげる』


『…お前何言ってんだ?』

『私は死のうとした。貴女が生かしてくれた身だから、自由にする権利は、貴女にあるはずだよ』

『どうせあんな震えていては死ねなかったろ。そもそもこの身体はお前のものなんだよ。うちは居候みたいなもので…』

真燐は珍しく必死になって反論した。


『あのね。貴女を、何度か夢で見た気がするの。励ましてくれたりしてね。夢じゃなくて、心の中から心配してくれてたんだよね』

『そんなことしてない。ただの夢だろ』

『真相はどうだっていいんだ。でも、私が誰かに励まされて、今まで何とか頑張れたこと、そして今日命を救われたこと、これは事実だもの』


真凜の、長い前髪の先にある真っ直ぐな瞳に見つめられて、真燐は思わず目を反らした。

『私が、そうしたいの。お願い、貰って』と真凜が追い討ちをかける。


少しの沈黙の後、真燐はぼそりと呟いた。

『うちは…お前の人生を奪いたかったわけじゃ…』

真凜はにこりとして言った。

『貴女は、優しいね。私の人生は、貴女によって、救われたことしかないよ?』


真燐は横目で真凜をちらりと見た。

久しく見た覚えのない笑顔がそこにあった。


『…あー、もうどうでもいいや。仕方ないから貰ってやる』

真燐は真凜に背を向けて言った。

『ただし全部は認めない。少なくとも家にいる間だけは絶対お前に譲る』

『え、全部…』

『ダメだ。大学卒業と同時に、お前に身体を返すことになっている。少しでも活動していないと復帰できないだろ』


真凜は少し寂しそうな顔をした。

『貴女がいなくなったら、私はまた…』

『ルールだし、うちもそうするのがいいと思ってるから仕方ない。けどそれまでの間に、お前が生きたいと思えるようにするから』

『そんなこと、する必要ないのに、どうして』


真燐は真凜の方に顔だけ向けて、にやりとした。

『うちに人生くれるんだろ?うちの好きに行動させてもらうよ』


真凜は真燐の笑顔を見て、嬉しそうな表情をして言った。

『もう、貴女は強情なんだね』

『いやお前に言われたくないんだけど』

『お前お前って、私は真凜って言うの、知ってるんじゃないの?そういえば貴女の名前は…』

『お前と同じ名を貰った、漢字は違うけど』


『よろしくね』

そう言った真凜に、真燐はふいと目を反らした。

『…ああ』

そう返事をされた真凜はにこやかに笑った。

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