[3]知りたがり幼女
真燐は兵たちに向かって話した。
「既に集めた武器を幾つか頂戴したいのです。それから、中心都市までの道のりで入手できるめぼしい武器の在処を教えていただければと思っています。私たちは先に城へ赴きます」
兵たちは「何故だ」「我々のやっていることが間違っているとでも」などと言って詰め寄った。
「いえ、皆様はそのまま武器を集めて下さればと思います。全容が分からないので確証はありませんが、能力を封じたにも関わらず敵が襲撃せず城に立て籠っていることを考えると、敵は襲撃できるほどの戦力がないのではと推察します。また、城にいる敵を倒すことで能力が使えるようになるとも限りませんので、能力が戻らなかった場合は更なる案を練って実行する時間が必要となります。
私たちが武器を集めながら城へ赴き、敵の戦力を確認の上、自分たちで対処できると判断したら戦います。それが難しくても、敵勢を把握し、必要と思われる能力を皆様に追加で用意していただけばと」
「視察は中心都市にいる兵がやっているはずだから必要ない」と一人の兵が言ったが、その返しは真燐の想定内であった。
「しかし能力が使えない今、城への侵入も慎重にならざるを得ませんので、視察が思うように進んでいないかもしれません。何かよい能力を込められた物を持っておられないでしょうか」
天界や地界に住む者は能力主義で、能力のみで強い弱いを判断する傾向にあった。
能力が封じられるのは前代未聞だが、使用できないことで相当の不安と恐怖を感じるだろうと真燐は考えていた。城内の様子は確認できていない可能性が高い。
「みんな、俺からもお願いするよ」
勇樹も兵たちに声をかけた。
「しかしこちらも貴重な武器を渡すことは…」
その時、可愛らしくも大きな声が響き渡った。
「みなさまぁ、武器を手に入れてきましたのだー!」
目をやると、小学生低学年くらいの背格好をした幼い子が、大きな槍を持って走ってこちらに向かってくる。兵たちの手前で急ブレーキをかけて止まった。そして槍を見せながらはしゃいで言った。
「見てくださいなのだ、これ、先っぽが光るのだ。目眩ましとかに使えそうなのだ!」
「お前はまた微妙な武器を…、いや待てよ。勇樹様、この娘を連れていってはいかがでしょうか」
勇樹はぽかんとして聞き返した。
「え、この子を?」
「はい。この娘が常備している筆も能力が込められており、なかなか使えるかと思います。武器の在処も、ある程度把握しておりますので」
その子どもは目をきらきら輝かせながら質問した。
「どうしたのだ?この人たちは誰なのだ?」
「こちらは勇樹様。こっちは無名の地人だ」
「ゆーき様と、地人の方なのだ?どうして天界にいるのだ?」
「それは今はいい。この二人と一緒に城に行きなさい」
するとその子どもは更に目を輝かせ、興奮しながら答えた。
「城!行きたいのだ!何しに行くのだ?」
「道すがら教えてもらいなさい。勇樹様、構わないでしょうか?」
勇樹はその子どもを見て、頭を掻きながら言った。
「俺はいいけど、この子本当に大丈夫なの?真燐はいい?」
「それなりに動ける娘です。問題はないかと」と兵は答えた。
真燐も微妙な面立ちをしながら「…とりあえず連れていくか」と答えた。
「よろしくお願いしますなのだ!あたしはルイカなのだ!地人様のお名前は?」
「あとで教える。行こう、勇樹」
「う、うん。じゃあみんな、行ってくるよ」
兵たちは勇樹に向かって敬礼した。
「ご武運を」
兵たちと別れた後、真燐、勇樹、ルイカの3人は中心都市近くにある武器屋を目指すことにした。歩きながら、ルイカが喋り始めた。
「で、地人様のお名前は何なのだ?」
「…真燐」
「まりん様!あたし、地人は初めて見たのだ!でも、ゆーき様もまりん様も翼がないのは何でなのだ?」
真燐は、こういう騒がしいタイプは苦手だ、と思いつつしぶしぶ言葉を返した。
「お前も翼生えてないだろ」
ルイカもまた、兵たちと異なり、翼がないことを真燐は指摘した。
ルイカは困ったように笑って答えた。
「あ、そっか。えっと、あたし、翼が生えてないんじゃなくて、折られてしまったのだ」
「折られただって?」勇樹が思わず口に出した。
天人に生える天使のような翼や、地人に生えるコウモリのような翼は、それなりに頑丈にできており簡単に折れるものではない。
「そうなのだ。あたし実は少し前まで奴隷みたいに扱われていて、ヘマした罰でご主人に折られてしまったのだ。命からがら逃げ出した先に中心都市の兵隊様たちに会って、拾ってもらえたのだ。今はお仕事のお手伝いをしているのだ」
「天界って奴隷とかあるの?」真燐は勇樹に尋ねた。
「いや、聞いたことないけど…まあ俺も中心都市外のことはあまり詳しくないし、地方にはあるのかも」
「ゆーき様は中心都市に住む方なのだ?兵隊の皆様に様付けされていたし、貴族なのだ?」
「いや、俺は普段は中界に住んでるよ。まあ貴族みたいなものかなぁ」
ルイカは目を輝かせた。
「中界!地上の世界なのですよね、行ってみたいのだー。中界の人って能力が使えないって聞くのだ、何で使えないのだ?」
「何でって…何でだろうね」と勇樹は首を傾げた。
「一つの説は、かつては天界や地界には物が少なくて、能力がないと生きていけなかったけど、中界は初めから物が豊富だったから能力を開花させる必要がなかった、とか」
真燐はルイカに答えるためではなく、勇樹に伝えるために話した。
「あぁ、天界も昔は草木や泉がなかったって言い伝えあるしね」
「へぇぇ。まりん様も中界で住んでるのですね。お二人とも中界で住むから翼を隠してるのだ?」
「そうそう。翼を隠す、というか、妖獣と契約して翼を預けてる、って言った方が正しいんだけどね。妖獣を召喚した時だけ翼を戻せるんだ」
「妖獣って、天界でよくそこら辺うろついてる動物さんのことなのだ?見せてほしいのだ!」
「今は能力が封印されているせいで召喚もできないみたい」
「あ、そっかなのだ…あたしも早く能力使えるようになったらいいのに…」
ルイカは落ち込んだ様子で黙りこんだ。
ようやく話が途切れたのを好機に、真燐が質問を投げた。
「こっちも質問。お前、能力使える筆を持ってるとかって話だったけど、何ができるんだ?」
ルイカは急ににまっと笑い、腰に携えていた30cm程の筆を取り出した。
「あたしの筆は、あたしが描けるものなら実物ができるのだ。ただあたし、ないものを描くのが苦手なので、実物や絵があればそれを真似て描けるのだ」
「使いこなせば何でも具現化できるってこと?すごい!」
「例えば、あたしがりんごって思いながらりんごの絵を描くと…」
そう言って見ずに林檎らしき歪な塊を空中に描くと、その歪な形のまま赤い林檎となり、雲のような地面にぽとりと落ちた。それをルイカは拾ってかじった。中が黄色い、形以外は至って普通の林檎のようだった。
「お二人も食べるのだ?」満面の笑みでルイカは尋ねた。
「え、じゃあ俺もらおうかな…そういえば夕食時だしお腹すいたな」と勇樹が受け取ろうとした。
「やめとけ勇樹、能力の質によっては味や成分がおかしいかも」と真燐が制した。
「えーっ、美味しい味するのだもんー!変なものじゃないのだ!」ルイカはぷくーっと頬を膨らませた。
「能力のこと詳しく知らないから不安なんだよ。しかし何か食べないとな。その武器屋とやらの近くに食事ができる店とかないのか?」
「分からないのだ。行ってみないと」ルイカはちょっと拗ね気味に答えた。
「なかったら中心都市まで我慢しよう、中心都市なら能力を使わずに料理してる店を知ってるよ」
「ゆーき様は優しいのだ。それに引き換えまりん様は…」とルイカは真燐を睨んだ。
「何て言いたいのか知らないけど、悪口なら言われ慣れてる」と真燐は素っ気なく返した。
「というか勇樹、」と勇樹の耳元でぼそりと呟いた。
「な、何?」いきなり近付かれた勇樹は顔を少し赤らめて訊いた。
「あんまり不用意にうちらの情報を口に出すなよ。敵に有利な情報を与えてはいけないし」
「え、それって…」
勇樹はルイカをちらりと見たが、真燐が「いや、」と言った。
「別に誰がとかじゃなく。そこらで盗聴とかされてもおかしくないし。とにかく用心に越したことはない、留意しておいてくれ」
「わ、分かった」
「とは言え」
真燐はそう言ってルイカの方を見た。ルイカはびくっとしたが、睨まれたと思って睨み返してみた。
「うちらが能力を使えないから、お前のその筆は貴重になりうる。しばらくよろしく頼む、ルイカ」
真燐は無表情で言った。
「そ…そんな顔で言われても全然本心か分からないのだ!でも、ふふん、困った時は助けてやらんでもないのだ」
ルイカは得意気な顔をして言った。
「ルイカ、真燐は感情薄いから誤解されやすいけど、本当は優しいんだ。仲良くしてくれると助かるよ」
「そんなフォローいらないし」と真燐は呟いた。
ルイカはにんまりして言った。
「むふふ、まりん様はツンデレってやつなのだ!もっと素直になった方がいいのだよー。あともっと笑って、言葉遣いもおしとやかにしたらどうなのだ?」
「ルイカの言う通りだよ、真燐は誤解されないように色々直した方がいいよ」
「うるさい、どうでもいい」と言いながら、真燐は額に手を当てため息をついた。
こうして賑やかになった一行は武器屋へと向かった。