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大農民時代

作者: 猫の人

 ――20XX年。

 地球は、「農民世界」に侵略された。

 そして「大農民時代」が訪れた――





 地球全土に現れた謎の構造物。通称「農民世界」。


 内部は物理的な連続性を持たない、外観と内部空間の比率が明らかにおかしい、特殊な“異世界”であった。

 これは普通の一軒家程度の大きさしかない建物の中に東京ドームよりも広い空間があったということだ。中には沈まない太陽の昇る草原があったりと、「建造物の中」としてはあり得ない状態であったのだ。

 この問題には多くの学者が頭を悩ませているが、答えは出ていない。今は日本のオタクが提唱する「ダンジョン理論」――ダンジョンとは一つの世界であるというラノベ展開をまとめたダンジョンあるある――が支持されている。


 おかしいのは広さだけではなく、世界法則もだ。

 最初は宇宙服を持ち出してまで調べることになったこの「農民世界」。今では地球とほぼ同じ環境であることが分かっているが、そこに入った者にはある特典が発生することが分かっている。

 それは「ステータス画面」であり、「NP(農民パワー)という概念」と「農力(のうりょく)」と呼ばれる特殊な力だ。中に入った者は、その世界の中だけで通用するゲーム的な力を得るのだ。

 これがあるから、この謎の構造物は「農民世界」と呼ばれているのである。





「どっせい!」

「腰が入っとらんぞ、若造! 足をもっと広げて腰を落とせ! そして――こうだ!!」


 とある農民世界。その中にある広い草原で、男二人が何かやっている。


 片方は二十歳になるかならないかという若者で、もう片方は三十過ぎで白髪が少し見え始めたおっさんだ。

 二人は農具、「(くわ)」を手に、農作業をしていた。



 ちなみに二人が手にしているのは鍬と言われて多くの人が最初に思い浮かべる平鍬ではなく、フォーク型の備中鍬と呼ばれる物である。

 これは畑を耕しているのではなく、草原を開墾しているからだ。

 平鍬は開墾済みの土地を、備中鍬は開墾する土地を耕すのに使うのである。



 だったら鍬ではなく「(すき)」の方が体重をかけて使える分だけ良いのでは? その様に思う人もいるかもしれない。

 だが二人にとって、必要なのは鍬の方なのだ。


 なぜなら、二人は「鍬の農力者」なのだから。





 この農民世界。

 理屈は全く分からないが、「ダンジョンモンスター」を倒すかわりに「マジカル作物」という物が育てられる。

 ダンジョンがモンスターを倒してお宝をゲットする物なのに対して、農民世界ではマジカル作物を育てて収穫物をゲットするのが基本的な利用方法になる。


 このマジカル作物は、通常の作物に比べて成長が異常に早い。

 そして味が良く栄養価も同じぐらいある。

 また、マジカル作物でなくとも普通に育てることが可能で、適した農民世界さえ見付ければ、地球のブランド作物を作っていくことが可能。

 つまり地球上の農地をゼロにしたとしても問題が無いという素敵空間だ。



 問題としては、それ以外の事は難しいということだ。

 この世界の中にいる時は、「NP(農民パワー)」という力を必要とする。


 このNPは時間経過で消耗されるもので、何もしなければ2時間ほどでゼロになる。そして一回ゼロになると、24時間は再侵入できなくなる。


 NPを回復させる手段は、外に出るか、農業をする(・・・・・)事だけだ。

 今のところ、他にNPを回復させる手段は無い。

 なお、NPに上限はなく、農業さえ続けていれば睡眠時間(約6時間)の確保すら可能だ。現在のギネス記録では農民世界の連続滞在時間は72時間となっている。


 要するに、「農業しない人間は要らない」と世界から拒絶されるのである。

 余談ではあるが、畜産業はセーフらしい。





 そして農力と呼ばれる力が農民世界の農業を加速させる。


 「鍬の農力者」であれば、鍬を使った農作業に大幅な、常軌を逸した補正が入る。


「どっせい!!」

「そうだ! その調子だ!」


 青年の鍬が地面に刺さると、青年の目の前の土地が10mもの畝を作る。

 当たり前だが物理法則を完全に無視しており、普通はこんな事が出来るはずもない。これが青年の農力「一振一畝」である。


 おっさん農力者も、鍬を振るう。

 同じように10mの畝が出来るが、その出来映えは全く違った。

 青年の畝は土の盛りが不揃いであるのに対し、おっさんの作る畝は土の盛りが均一で、形が美しい。種を入れる穴すらある。どちらが作物を育てるのに適しているか素人目にも分かるほどの「存在感」があった。


 青年は最近農力者になったばかりの「農業初心者」。

 おっさんは大農民時代前から農業をしていた「農業歴十年のベテラン」。

 二人の実力の違いが畝に現れていた。





 農業ができる者は、この「大農民時代」における勝者だ。

 地球上の農地を捨て農民世界で農業をすれば、簡単に稼ぐことが可能になったからだ。

 土地代は考える必要など無く、畜産業も周囲への影響――畜舎はとても臭い――を考えずに済む。

 非常に農業がやり易くなった。


 農の負担が減れば、穀物に野菜、肉や卵も安くなる。

 漁業なども一部陸上養殖は農民世界で可能であった為、市場ではマグロなどは無理だが小型魚はずいぶん安くなった。



 国土の面積を考えずに済む農業の広がりはとてつもない恩恵を生み出し、多くの食料輸入国は輸入に依存しない国作りを成功させた。

 中でも日本はマジカル作物を更に進化させることで新しいブランドマジカル作物を生み出し、世界へ食糧を輸出するようになる。


 逆に広い土地を使い大規模で安価な農作物を作っていた農家は大打撃を受けたが、それは適者生存の法則である。新しい時代に彼らのやり方がそぐわなかっただけの話だ。一部の食糧輸出大国は打撃を受けたが、すぐに時代に適応していくだろう。


 それよりも食糧生産能力が向上したおかげで、地球上から餓死という言葉が消えつつある方が喜ばしい。





 大農民時代。

 それが新しい時代(せかい)の名前である。

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