100 理不尽なほどの高すぎるハードル
ザックベル国の有力貴族によるコネ患者を癒して回るツアーは滞りなく終わった。
聖女がお茶会にお呼ばれしてお茶をいただきつつ、コッソリ回復魔法をしていくのでは効率が悪いし、何より聖女が来た家の重篤患者がその後治ったらバレバレで嫉妬や批判の的になってしまう。
なので覆面馬車で変装して用が済んだらサッと帰る、まるで裏取引現場のような……って裏取引現場は正しいか。
帰り道の覆面馬車の中、カムイと二人、また揺られながらヴァンデミーアのことを考えていた。
我らがカーグランド王国は大国ヴァンデミーアに大勝利し、ヴァンデミーアが攻め滅ぼし占領していた土地をいただいた。
結果それにより隣接国となったヴァンデミーア国だが、敗戦の痛手から未だに立ち直れていなかった。
貴族同士が暗殺し合うなどという内輪揉め。
大国という慢心や周りが小国しかいないという安堵感からだろうか……。
唯一中堅国となったカーグランドは元々の所有していた土地の倍以上ある土地を手に入れ、そちらの統治で手一杯……ではあるのだが、別にそんなの放っておいて今弱っているヴァンデミーアを潰すことだって出来るのだからそんなに悠長に構えないでほしい。
仲間内で冷戦状態――攻め込まれたとしても協力なんてもう無理であろうヴァンデミーアに私はため息をついた。
「ギルヴィードおじ様は仲間内で殺し合ってヴァンデミーアがこれ以上なく弱りきるまで待ってるだろうなあ」
私がポツリと言った言葉の意味をカムイは即座に理解し曖昧な笑みを浮かべた。
「まあ……否定は……出来かねますが……」
鬼畜設定が公式で付いてる男だ。
攻め滅ぼす算段より今頃、大国ヴァンデミーアを飲み込み一大国になるカーグランドをどう舵取りしていくかの方に頭を悩ませてるだろう。
「正直ヴァンデミーアは大きすぎるから、この前まで極小国だったカーグランドは今の規模でもギリギリじゃないかなあ」
これ以上土地をもらっても統治が追いつかないよ。
そこを狙われることもある。
それに国を大きくしすぎたら他大国も黙ってないだろう。
「しかし大国であるヴァンデミーアをこのままにしておくわけにはいきませんからね……カーグランドが動かなければ魔人連邦ガノン、もしくはクレルモンフェランの属国になってしまうかもしれません」
「そこの二国にとられたらもっと困るよね~~!」
弱った大国など据え膳も良いところだ。全部の国が虎視眈々と狙っていることだろう。
「カーグランドにとって規模拡大も分散化などメリットばかりじゃないから、まだ生かされてる状態なのだとヴァンデミーアは気付いて欲しいよ」
ため息を吐きながら脱力気味に背もたれに身体を預ける私の様子にカムイは敵国ですよと苦笑した。
馬車が止まり、本日最後の目的地に到着した。
ザックベルにしばらく滞在することになる為、王が用意してくれた屋敷だ。
国の重役が滞在する屋敷はカーグランドにもあるが、ザックベルもなかなか……素晴らしい出来栄えの屋敷である。
ザックベルは海に隣接している数少ない国なので見晴らしも海が綺麗に見えるバルコニーになっており、賓客をお迎えするのにピッタリだ。
漁業が盛んと聞いてザックベルは漁師……海の男という言葉があまりにもしっくりきた。
そして深い森にも面しているので猟師も……しっくりくる……。
たくさんの自然と共に生きる土地柄だから強さ史上主義のような考えが受け継がれてるんだろうか。
ザックベル男子のエリウッドもモリで魚を捕るのが得意と言っていたので(公式の設定でも特技だった)是非拝見してみたいものだ。
公式設定といえば、ゲームでは好物は熊鍋にしてしまったせいでエリウッドファンは熊鍋に挑戦する者が後を絶たなかった。
『熊鍋を営んでいるお店とコラボしたら面白いのでは?』という案も上がったりしたんだけど、かなり肉が限られるマイナー料理と人気爆発中の作品がコラボするのは無茶が多いとのことで断念となった。
インパクトのあることをしてみたくても実現はなかなか難しいものである。
そんなザックベルの空気を感じながら談話室でカムイと二人またヴァンデミーアの話に戻った。
「先程の話ですが……勿論カーグランドに攻め滅ぼされる危険性に気付いている貴族もいます。カーグランドに恭順すべきだと言う派と、断固反対派に分かれて揉めているのが一番派手な派閥ですね」
冷戦の発端も多分その辺りから始まって、ぐちゃぐちゃにこんがらがってるんだろうな。
私はこれからザックベルにいるということにしておきながら、転移でカーグランドへ戻り、カムイ、リーベ、レヴィンの四人パーティでヴァンデミーア国境付近へ行く予定でいる。
変装はシャルルに作ってもらったメガネを付けてカツラをつければ相当誤魔化せるので一気にお忍びが楽になって有難い。
あらかじめ用意しておいた平民の服にも着替え、カムイと転移する。
転移先はリーベとレヴィンが用意してくれている私の魔力に合わせた転移陣が機能するのなら、二人のもとに飛べるはず。
魔法を発動し、周りの景色は海の見えるリゾート地から薄暗い小屋へ早変わりした。
足下に転移陣があるってことはリーベとレヴィンが用意してくれた場所に移動出来たのかな……と思えばリーベとレヴィンが魔法発動エフェクトでわかったのか迎えてくれた。
窓を見るとヴァンデミーア国境線近くにある街を見下ろす事が出来た。人里離れた丘の上のようだ。
「無事機能して良かったよ」
「ありがとうリーベ。私魔法学はサッパリで……覚えてくれて助かったよ」
鬼畜軍人伯爵でありながら天才魔導師であるギルヴィードおじ様が考案した専用転移陣を、大国ヴァンデミーアの一流貴族のリーベはしっかり構造を理解し描けるようになっていた。
「入れ違いにならなくて良かった。さっきまで少し魔物を狩っていたんだ」
「あっ、マリア。レヴィが少し怪我してしまったんだ。治してくれないかい?」
「坊ちゃん。これくらいなんともありません」
うちで生産してるポーションは大量に持たせているが、まだまだ高価な品なので使用が憚られるらしく、使っていなかったようだ。
「まかせて!」
マリアちゃんの回復魔法はMPも減らない無尽蔵! お金もかからない! デメリットなし!
も〜どんどん頼っちゃってよ〜とオーバースペックすぎて普段頼られない分生き生きと回復する。
「ありがとうございます……すみません」
「ポーションよりレヴィンの身体の方が大事なんだからね。優先順位間違えないように」
そんなポーションよりお手軽なマリアちゃんの回復魔法にもっと頼ってくれてもいいのよ!
竜のジェノスも一緒に来ているとしても毎回屋敷に帰るのは無理なので、此処を拠点として先に魔物退治をしていたようだ。
「レオンハルト様の隊が国境線近くで交戦してくれると助かるんですが……近くにはいますが近付ける範囲まではなかなか」
レオンハルトチャレンジならぬ、合流作戦をしているレヴィンたちの目的はまずはレオンハルトに会い、存在を認識してもらうことだ。
リーベにすすめられ、椅子に腰かけ国境線を眺めながらヴァンデミーアの状態……ひいてはリーベの兄、レオンハルトについて思いを馳せた。
今現在、リーベの家――マーカチス侯爵家は現在当主のフロレンツ侯爵がマーカチス領に引きこもり、代理としてレオンハルトが矢面に立っている状況となっている。
派閥の対立が進んでいるヴァンデミーア内で「代理の為明言は出来ない」とかわしつつもカーグランドに恭順派寄りな意見を出している。
日本を彷彿とさせる見事な「担当者が居ません」回避術だが、これだけで逃げれはしないようで命の危険は多いようだ。
「フィンスターの情報だと魔物退治の混乱に紛れてレオンハルトを暗殺する計画もあるらしいから、なんとかしないと」
もう暗殺者はレオンハルトの近くにいるのかもしれない。
レオンハルトはリーベがカーグランドへ退避していることも、平民が革命を起こそうとしているなどの――ヴァンデミーアが思った以上にまずい事態になっている情報も知らない。
それを伝えレオンハルトも安全な場に退避、または早めに進退を考えてほしいんだろう。
やっぱり情報は力だよね。
現在レオンハルトへの密文を届けるのは大変難しく、諜報活動のプロである神獣フィンスターであっても困難を極めていた。
冷戦状態でピリピリしているところに見ず知らずの者が通されるはずも無く、下手に手紙など送ろうものならレオンハルトを危機に追いやってしまう可能性すらある。
そもそも私たち、敵国の貴族だし。そりゃ警戒されるよ。
そうなるとリーベ本人が会って説明するのが手っ取り早いということで、リーベは兄との合流を急いでいた。
「レオンハルト隊が魔物退治カーグランド側担当で良かったよ~」
「零番隊がカーグランド国境線沿いに来たら緊張状態が増しそうですから、消去法でいうとレオンハルト隊がこちらを担当するのは妥当でしょう」
「確かに零番隊はついこの前戦った相手だもんね」
戦後の為、国境線はいささかあやふやで越えた越えないで揉めることもありそうだ。
同時に、魔物を追いかけるあまり私たちが『うっかり』越えてしまっても不思議はない。
レヴィンは国の騎士ではなく『私個人の雇われ傭兵』なので、私が『民を心配してレヴィンを魔物が大量発生しているヴァンデミーア国境沿いへ魔物退治に行かせる』のはなんらおかしくはない。
傭兵団をまとめていたこともある将器のある頼れるアニキ、レヴィンは王の覚えもよく、この前なんて報奨金ももらっているのだから『小間使いや部下を雇っていたとしても不思議はない』。
心配なのはレヴィンは元マーカチス侯爵家の護衛だったからレオンハルト隊と遭遇してしまうことで癒着を疑われる可能性はある……けど、そんなことが疑われたところでレオンハルトが首都から退避してしまえば、どんなに糾弾されても物理的に遠い場所なら耐えしのげる。
多分その間に平民の革命活動やらでレオンハルトどころじゃなくなるだろう。
「魔物をヴァンデミーア方面まで誘導して国境を越えて戦うところまではいけますが、肝心のレオンハルト様が自然なラインまで来ていただけないと」
なにやら鬼畜難易度の縛りプレイゲームを攻略しているゲーマーのようなレヴィンの発言ではあるが、自然に会えるのが現状それしかない。
「でも、リーベはその格好で認識してもらえるの? 完全防備な変装じゃない」
顔が認識し辛くなる幻術メガネにカツラに戦闘服。
「レオンハルト隊は知り合いも多いからね。とりあえずは兄さん以外にバレない方がいいかなと思って」
いやいやその兄さんもわからなくないか!?
そんな脳内ツッコミを理解したのか頼れる兄貴、レヴィンが追記してくれた。
「レオンハルト様くらいになればこの程度の変装すぐに見抜ける」
「うん。兄さんは凄いからね」
その通りと言わんばかりのリーベのこくりと頷く姿に私は更に頭を抱えた。
レオンハルトへのハードルめちゃくちゃ高くないかこの二人!?
いくら公式設定で完璧超人と言われていても、天才発明家のシャルルがつくった変装セットを混乱の中見抜いて人物を特定するなんて神業をこんな場で打ち合わせ無しに求めるとは。
物語序盤で死ぬレオンハルトは『完璧超人』『リーベの憧れの兄』『リーベを庇って死ぬ』というくらいしか設定がない。
なので憧れが限界突破してバグってるみたいなことになっていないといいのだが……
少しレオンハルトを不憫に思いながらも、私はレオンハルトの知識がないのでとりあえずその方向で進めることとなった。




