097 吟遊詩人
レヴィンに「何者なんだ」と聞かれて答えられず。
『異世界から来ましたこの世界の未来を知ってるヒロインです』なんて言うのも混乱させるだろうし、こんな道すがらサラッと話せる会話でもない。
レヴィンやリーベはゲームの攻略キャラクターで、この世界が面白く……ハッピーエンドでなければ消えちゃうんですとか、意味わからないにも程がある。
そのまま無言で歩き続けていたら微かに歌声が聴こえてきた。
「もう村が近いみたいだね」
「……ああ」
レヴィンは難しい顔をしながらも私に従い続けてくれた。
私への疑念は少しは晴れたみたいだけど、謎は深まってしまったようだ。
歌声を頼りに村へ向かって行き、村へと入る手前で門番らしい村人に呼び止められる。
「おや、お客人かね。旅人かい?」
「はい。大きい鍋が入用になって。大きめの寸胴みたいなのありますか?」
私が経緯を説明すると同じくレヴィンは身分証代わりの冒険者カードを見せていた。
レヴィンの冒険者カードはそこそこ使いこまれているランクの高いカードなので信頼度も高かったようで、直ぐに警戒を解いてくれた。
「この娘の護衛任務だ」と言えば「成る程」と納得いったようだ。
……こうやって冒険者カードって使うんだ……。
話には聞いていたが初めて見た有効的な使い方にはえ〜と感心しながらその場を眺めていた。
「そんなに大きいサイズなら鍛冶屋に行った方が良いな。ここから南だよ」
「ありがとうございます」
礼を言って中へ入ると、だんだんと歌がハッキリと聴こえてくる。
子供や母親が歌っているようなものではなく、ハープも使ったしっかりとした歌のようだ。
吟遊詩人でも来てるのかな?と思って其方を覗こうとするとレヴィンは足を止め、私を制した。
「……待て、お嬢さん。この歌」
「歌?」
歌の歌詞をよくよく聴いてみると先のカーグランドとヴァンデミーアの戦いの詩だ。
「わあ、もうあの戦いの歌になってるの!?」
芸術は流行にも敏感なのだろうか、こんな直ぐ物語のようにされるとは。なんだか気恥ずかしいものがある。
「……歌詞を聴く限りどちらかに偏った詩ではないようだな。中立派か」
「? 中立?」
意味がわからず首を傾げているとワイルドヤンキーな見た目によらず博識なレヴィン兄貴が説明をしてくれた。
「吟遊詩人っていうのは大体どこかの国からやってきた諜報工作員だ」
「えっ」
「思わず口ずさみたくなる親しみやすい音楽に乗せて敵国の悪口を歌えば国民みんなが反国になる」
同じ戦でもカーグランドの勝利を讃える詩か、ヴァンデミーアの悲惨さを訴える詩で印象もガラリと変わる。
つまりは印象操作だ。
「え、エグ……」
でも確かにかなり効果的ではある。
この世界にもマスメディアの報道なる新聞はあるが、お堅い記事よりも面白おかしく綴った歌の方が浸透しやすい。
有名な旅芸人になろうものなら素晴らしいパフォーマンスだけでそっちの国派になったりもするだろう。
方向から見ればカーグランドでゼルガリオンでゼルギウス派を増やしたり、
リルムをアイドルとして全国規模に打ち出し、それにより移民が増えたというのも言ってしまえば同じようなものだ。
カムイの悲惨な子供時代を訴えた時もギルヴィードおじ様に出来る限りの範囲で圧力をかけてもらい情報統制を敷いた。
情報社会の現代っ子で情報一つで民衆が印象をかなり変えるのを知っているからこそ、私は情報に敏感だった。
(一番に敵にしたくなくて、仲間にしたいって考えたのが情報工作員のフィンスターだったもんね……)
「お忍びで他国に来ている俺たちが一番見つかりたくない奴らだ」
リーベ坊ちゃんを連れて来ないで良かった、とレヴィンは小さく呟いた。
「鍋買うだけにしても大きな村じゃないから、顔は見られるよね」
「諜報工作員ならまず来た人間はチェックするだろう。くそっ、村の外で気付けたらマリアお嬢さんを入れなかったのに」
苦々しく口にするレヴィンは悔しそうだ。
「一応カツラで変装はしてるし、まずくなったら、最悪……」
洗脳魔法で記憶を消す……と言いかけて、相当武力行使の蛮族思考すぎるなと思い直した。
「聖女サマがラフィちゃんみたいに旅してみたいってワガママ言ったことにしよう」
年頃の箱入り娘な聖女サマならそのくらいのワガママ、言っても許容範囲だろう。
「マリアお嬢さん……いや、リーベ坊ちゃんと聖女だと思われて辺境の地の魔物を倒しにまわってると噂になってたのを利用しましょう」
成る程! そっちのが状況に不思議がない。
レヴィンの頭の回転の速さに舌を巻きながら、煙突から煙が上がり、ここだよと言わんばかりの鍛冶屋に到着した。
「すみませーん、大きめの鍋を購入したいんですけど、ありますか〜?」
そこには祭事用などに使う大鍋が置いてあり、新品ではないがそれで良ければと言われ、構わないと寸胴鍋と炒め用の中華鍋のような鍋、鉄板など一式購入した。
「ありがとう。このお金で次の祭事までに新しい鍋を作ってください」
提示された額をそのまま渡すと驚いたように鍛冶屋は訊き返す。
「こんなにいいのかい、アンタ」
中古だし、値切られる前提で提示した値段だったようで後々ぼったくりと難癖つけられたく無いからか半分返そうとしてくるが、断った。
「急に村の備品を譲っていただいたんです。感謝としてもらってください」
羽振りの良い人間は豪快に金を使ったほうが経済もまわる。特に地方に使うべし!
などと万年金欠令嬢が供述しており……。
こ、この鍋で沢山の竜が助かるんだから! これは必要経費です!
そんな言い訳をしながら鍋を手に入れ、味付けの調味料も大量買いし、足早に去ろうとしたところに、それはやってきた。
「随分と買い込むんじゃのう。近くでパーティでもあるのかの?」
妙に聞き取りやすく美声とも言って良い声に、特徴的な喋り方。
ニコニコと人懐っこい笑顔で寄ってきた吟遊詩人の格好をした男の耳は尖っており、今のこの魔人連邦ガノンに面して国を構えるフィーネ国の亜人、エルフだった。
エルフは長命種族の為、原作ゲーム『聖女勇者』の時間軸より前の時間であってもリルムやフィンスターと同じく見た目に変化は無い。
つまり、目の前にいる見た目そのまま……
(攻略キャラクター、フィーネ国のエルフ、エスカトーレ!!)
「エルフか、珍しいな」
「おや、エルフを見たことあるのかえ?」
「いや、フィーネ国は鎖国していて殆ど森から出ないと聞いているからな。身体特徴でなんとなくだったが、当たっていたみたいだな」
特に意味も無く近付いてきた吟遊詩人、レヴィンはほぼ100%諜報工作員と判断しているだろう。
しかし原作ゲームを知っている私にはこのエスカトーレがどんな人なのか、バッチリわかってしまうのだ。
「さよう。エルフは皆森から出たがらんでな、困っておるのじゃ」
困っていると言いつつもさして困っていないような口ぶりで話すエスカトーレはなかなかにミステリアスだ。
外はこんなにも刺激に溢れ面白いのにのう、と笑うエルフは色素の薄さからか、透明で綺麗だった。
一応キャラ設定では鎖国しているフィーネ国では珍しく外への関心が強く、他国の侵攻を受けないよう外交官として魔人連邦ガノンに追従しているキャラであった。
どの国を選んでスタートしても、初期キャラの他に早期にパーティメンバーが集まって欲しい都合上、鎖国していると都合が悪い為こんなキャラ付けになっていた。
ガノン国スタートではエスカトーレが、フィーネ国スタートではガノンの初期キャラであるグレンが早期加入としてパーティメンバーに加わってくれる。
魔人連邦ガノン、そしてその初期キャラのグレンが現実世界で人気だった為もっぱらガノンスタートでの立ち位置の『ガノン国の参謀、ブレーキ役』として描かれることが多かったが、エスカトーレ自身の人気も硬く、長く想い続けている熱心なファンが多かった。
キャラ人気は時世によって変化するものではあるのだが、エスカトーレは下がることなくじわじわと右肩上がりを続ける恐ろしい男だった。
見た目にそぐわず年齢を重ねた落ち着きは年上好きにとっては堪らないだろう。
フィンスターも随分年上だけどもあまり俗世に浸っている感じはないが、エスカトーレは鎖国から飛び出して見聞を広げ、歳を重ねた魅力があり達観している。
そんな人生を楽しんでいる彼だからこそ、エスカトーレエンドにてヒロインに寿命を分け与え、共に生きるという……長く生きる人生よりヒロインを取るという選択がとても美しく感じるのだろう。
とてもロマンチックで長くファンを離さないのも頷ける。
私も有志のファンで作られた『エスカトーレが無条件で褒めてくれるbot』なるものを見た時は驚いた。
自己肯定感を高めてくれる褒めてくれるbotはどのキャラでもよく作られているが、エスカトーレに関してはただIQ低く手放しで褒めてくれるというより「全て理解してその時欲しいであろう言葉をかけてくれている」感じがあるのである。
多分これが女子の求める理想系男性像の最終形態なのでは…?と真理を得たような顔になってしまった。
とにかく、癒し系男子と違ったアプローチで『癒し系』だと感じたのである。
そんな対すると脳が溶けそうなエスカトーレなワケではあるが、今は他国。
好感度は限りなくゼロに近く、無条件で褒めてくれるわけでもない。
「私たちは先程お腹を減らしている動物達を見て、ご飯を食べさせてあげたいと思ったのです」
「ほう、確かにこの辺りは魔物が多く動物達も減ってきておる。殊勝な心がけじゃのう」
目を細めて私を見るエスカトーレにレヴィンは警戒するが、その人、見た目が胡散臭そうに見えるけど基本的にはいい人だよ。
確かに情報収集の側面はあるだろうけど、単純に自分の知的好奇心からきているところもあるだろう。
私が聖女だとバレたとしても……いや、ヴァンデミーア戦で活躍したレヴィンの顔や聖女の顔を知的好奇心旺盛なエスカトーレが知らない筈がない。多分バレてる。
でも話が行くのは魔人連邦ガノンしかないから、私とレヴィンだけなら大丈夫だ。
なので逆に隠さず堂々と居直ることにした。
「この辺りは特に魔物が多いと聞いて、腕の立つ護衛に魔物退治をお願い出来たらと思って来ましたの」
「ほう、辺境の魔物を倒してまわっているとは聞いておったがこんな遠くにも来てくれるとは、お優しいことじゃのう」
「!!」
ほら、バレてら。
構えるレヴィンに「この辺りの魔物は荒っぽいから、竜騎士殿の相棒が危険な目にあう前に戻った方が良いぞ」と善意で忠告されるが、レヴィンは更に警戒心を強めていた。
あ、相性悪いなあ〜……。
「ありがとうございます。早めに戻ろうと思いますので、これで」
「お嬢さん!」
淡々と帰る私にレヴィンは混乱しながらも付き従い、村を出た。
レヴィンにつけられてない?と聞くと目に身体強化を付けて辺りを見渡してくれ、見えている範囲は大丈夫だと返してくれた。
一応の保険に索敵バリアを張って来た道を戻る。
「レヴィン、あのエルフは多分大丈夫よ。ガノン側の人だけど、知的好奇心が旺盛なだけで工作員ではないわ。多分」
「お嬢さん、知ってるんですか」
「偶然ね。エスカトーレって名前だと思う」
ヴァンデミーア貴族のリーベを連れて来ていたら、あのヴァンデミーア特有の美少年フェイスでバレたかもしれない。
さすがにカーグランドの聖女とヴァンデミーア貴族が一緒にいるのはスクープすぎる。
今の均衡を崩したくない、それかヴァンデミーアを手にしたいであろう魔人連邦ガノンとしては動きがあったかもしれないから、本当にニアミスだった……。
「今回はなんとかなったけど、こんな風に諜報員がどこにいるかわからないのよね。もっと気をつけよう……」
今の時期リーベを気軽に連れ出すのはかなりリスキーだと再三レヴィンが忠告した意味を今更理解しながらも、私たちは竜のごはんを作る為に禿山を登るのだった。




