009 正義のヒーロー・ゼルガリオン
私とギルヴィードおじ様とゼルギウスさんは三人で冒険者ギルドに来ていた。
「なんで冒険者ギルド?」
不思議に思うゼルギウスさんにまあまあと私は近くの食事屋へ行きテーブル席へ三人で座る。
飲み物をいただき私は防音バリアの魔法をかけると辺りがフッと静かになる。
「あぁ、これヴィードがよく使う内密に話せるやつか。内緒話でもあるのか?」
ゼルギウスさんが珍しい魔法に慣れてるのはギルヴィードおじ様のせいな気もしてきたぞ。
ごほんっと気を取り直しゼルギウスさんに本題を持ちかけた。
「私の能力向上と言ったらスキルのレベル上げしかないのですが、隠したままだとレベルを上げる機会が乏しいんです」
と建前を並べる。本当は全部カンストどころか振り切れてMAXです。
「成る程、それで俺とヴィードに良い感じに怪我してこいってことか」
話が早くて助かる。私は笑顔で頷いた。
「しかしそれで冒険者ギルド? 今までみたいに狩って村に分配したらいいじゃねえか」
「冒険者ギルドにも討伐依頼があってそれをゼルギウスさんが無断で狩っちゃったら居るはずの獲物がいないとか、ギルドも困っちゃうじゃないですか」
「なるほど」
『聖女勇者』にも冒険者ギルドが存在する。
というか「冒険者」というモブがいたのだ。
なので設定は結構杜撰なのだが身元が一切不明でも素材を持って来れば良い、という企業体系の福利厚生なしのブラック職業だ。
もちろん強ければその素材で一応儲かる。が、このゲームは素材を集めて調合するようなゲームではないので殆ど肉とか毛皮とか現実的なものだ。
薬剤師や調合師とか錬成鍛冶師とかだと色々素材材料を必要としてるだろうけど、その辺りの詳しい設定はなかったので、私にもあまり知識はない。
街で見かけた冒険者を見た感じあまり実入りが良いようには見えなかった。
ゲームでの冒険者もほぼ賊のような存在だったし。
賊にならない受け皿みたいな存在だが、儲からない弱い奴はやはり賊になる。
そしてそれの討伐依頼も出たりする。世の中上手く回っているものだ。
なんというか、期待よりあまり夢がないところだがギャンブルに夢よりちょっと世知辛い現実が見えるのが女性向けらしい。
「今回注目してほしいところは『身元確認不要』というところです」
ググっと私は二人に寄る。
そう、誰でも登録出来る。王族だって。
「つまり名を隠して暗躍できるというわけか」
ギルヴィードおじ様の発言にゼルギウスさんがピクピクッと反応する。
ゼルギウスさんなりに王族として抑えている部分はあるだろう。漏れてるけど。
「しかも近くの村だけじゃなくて色んなところからのSOSが届いているのが見れるんです!」
正義感の強いゼルギウスさんは身体をウズウズさせながらも顔はピクピクと作っている。
「い、いやでも遠くまで行って国を留守にするのは……」
「私の転移魔法の練習にもなります」
「そんなのも持ってんの!?」
ちょっと試したけど転移魔法は私以外も他の人間や荷物などでも使えた。
ただし指定がまばらで狙ったところピンポイントに着地することは難しく、万能というわけではない。
転移魔法もレアな魔法だし、人が居なそうな人里離れたところに転移してちょっと歩いて街に入らないとダメそうだ。
「名を隠して各地に現れる悪を挫く謎の正義のヒーロー……カッコいいと思いません?」
「か、かっこいい……!!」
ゼルギウスさんの目は完全に特撮ヒーローに憧れる子供のそれだ。
「そう思って! ゼルギウスさんが正体を隠す正義のスーツを私とギルヴィードおじ様でご用意しました!!」
「しょ、正体を隠す正義のスーツだってー!?」
構想は私、製作は軍人ベルドリクス伯爵御用達のガチ勢防具職人さん達、スポンサーはギルヴィードおじ様です。
ピッタリとしたスーツに幾つもの鎧が装着され、顔は完全にマスクで覆われている。
鎧騎士というにはスタイリッシュ。まさしく特撮ヒーローのそれだ。
「今から貴方は仮面ヒーロー……ゼルガリオンです!」
いつもガヤガヤと賑やかな冒険者ギルドに突如訪れた静寂。
そこに彼は現れた。
謎の仮面のアンバランスな鎧騎士……しかしシュッとした佇まいはどこか威風すら漂わせる
「登録を頼みたい」
受付まで歩みを進めた仮面騎士に受付嬢は少したじろぎながら
「で、ではお名前を……」
「俺の名は……
仮面ヒーロー ゼルガリオンだ!!!!」
◇
とあるカーグランドの村に巨大なイノシシ型の魔物、ビッグボアが出没し住民達は怯えていた。
「ああっ! 村の食糧が!!」
襲われなすすべもなく自分たちの食料が奪われるのを見ることしか出来ない……
「そこまでだ!!」
声のほうへ、村人達やビッグボアは顔を向ける。
「村の備蓄を奪うとは断じて許せん!! その命をもって償ってもらう!!」
いきなりのハイテンションについていけない村人はついたずねてしまう
「あ、貴方は……」
「俺の名は正義のヒーロー・ゼルガリオン!!
民の嘆きに応えて参上ッ!!」
ドォォォオン!!
そう言ってポーズを決めると背後から謎の爆発が起きる
「とう!」
まるで身体強化をしたような跳躍で飛び空中から剣を突き立てる
「ゼルガリオン・クラーーーッシュッ!!!」
ゼルガリオンの剣が突き立つと同時に稲妻が落ちビッグボアは絶命する。
派手なアクションと驚異の消滅に村人達は興奮状態だ。
「す、すごい!!」
「あんな巨体を一撃で!」
「カッコイイ……!!」
軽やかにビッグボアの血抜きをし
ザ……ッと村人に近寄るゼルガリオンを見守る村人たち
「救援が遅れてすまなかった。詫びになるかわからないがビッグボアはみんなで食べてくれ」
「へ……?」
ビッグボアは強敵ゆえ冒険者にとってもご馳走だ。
村人など食べる機会があるかどうかである。
それをポンと差し出す冒険者なんて……
「ああ解体の仕方がわからないか。解体も手伝おう」
「い、いや、そうじゃなくて……あ、アンタは良いのか……?」
「俺は……」
討伐証明になる耳を切り取る
「これで十分だ」
そうして彼は解体を手伝い喜び騒ぐ村人たちを見て満足そうに去って行く。
「ありがとう、ゼルガリオン……!」
◇
「おいヴィード、あの電撃ちょっとかすったぞ!」
「マリアの為に怪我をしとかないといけねえからな」
「なるほど。マリア治療を頼む」
「は、はい……」
丸め込まれるんだ……。
「しかしあの口上後の爆発、必要なのか?」
そう言うのは効果担当ギルヴィードおじ様である。
「何言ってるんですか! アレがないと始まりませんよ!」
「そうだぞ! ヴィード!! 男の浪漫がわからない奴だな!!」
私の立案した『仮面ヒーロー・ゼルガリオン計画』はベルドリクス家からは「意味がわからない」と難色を示されたが、失敗したデメリットも無いため敢行された。
理解が出来ないなりにも「他国の人助けもしてカーグランドの心象を良くして攻めにくくするべき」とか、 色々考えてくれたギルヴィードおじ様に感謝。
正直自分でもこんなに当たるとは思ってなかったが、ゼルギウスさんがハマり役すぎた。
その証拠に最近街中では謎の仮面ヒーローの話で持ちきりだ。
「聞いたか? 謎の仮面騎士。魔物や賊に困っている村へやってきては魔物を倒し解体までして村人たちに与えているという……」
「一応カーグランドの冒険者なんだろ? 素材売らないで生活できんのか?」
「カーグランドを中心に活動しているが、時々他の国にもふらりと行っては人助けをしているとか」
「私もその話聞きましたよ! カーグランドが誇る正義のヒーローですね」
実はゼルガリオンの鎧代を返そうとゼルガリオン人形とかゼルガリオンの絵本とか伯爵令嬢パワーを使って職人に作らせて売ったら大人気の売れ筋商品になってしまった。
よくわからない顔で作ってた職人達が今は目をキラキラさせてゼルガリオン様万歳って言いながら私に感謝してくる。
今度はゼルガリオンが持ってる剣と子供向けのなりきり変身セットとか作ろうかしら。
特に目立った特産のないカーグランドだったがまさかの第二王子(正体)が経済回してるよ……。
そのゼルガリオンの正体であるゼルギウスさんだが、正義のヒーローゼルガリオンで浮かれてると言ったら、そうでもない。
「正義のヒーローの正体がこんなモンかって思われたくないからな!」
と彼なりにゼルガリオンに誇りを持って今までより第二王子としての公務に熱心になった。
「正義のゼルガリオンがそんなんでいいのか」とギルヴィードおじ様が焚き付けてるのが真相らしいが、本当に良いコンビだ。
そんな良いコンビだが「お前も正義の魔導士ヒーロー・ギルガリオンになろう!!」と誘っては断られているらしい。
ゼルギウスさんが充実しているのは結構なのだが、それで割りを食うのは婚約者のソフィア様。
政務に熱心になった婚約者の邪魔もできず、暇を持て余し、今は「わたくしの婚約者のゼルギウス様の兄弟同然に育ったギルヴィード様の姪であればわたくしたちも家族同然!」とマナーレッスンの客人役としてガチの客人が来ているわけだ。
「ゼルギウス様は最近また一段と風格が増して……まさにカーグランドの誇りですわ」
ソフィア嬢はカーグランドにかなり貢献している領地のルイーズ侯爵家の令嬢で最初は第一王子と……という話が出ていたのだが、ゼルギウスに一目惚れしゴリ押しで第二王子と婚約したゼルギウス信者の過激派二号だ。
それもあってシグルドから目を付けられてるのかな。と思ったが
「シグルド様は王の器ではありません。一目でわかりましたもの」
ソフィア嬢、顔に似合わず相当好戦的。
外で言ったら首が飛ぶぞ。
とは言ってもギルヴィードおじ様があんなに仲良くてそれを両親も承諾している以上、完全にベルドリクス家もゼルギウス派閥。ここだけだったら笑い話で済む。
ソフィア様の侯爵家も娘に説得されゼルギウス派に乗り換えたのだろう。
ゼルギウスが派閥争いに乗っていないので両派閥も軽い小競り合いでお茶会もする程度には良好らしいが、ゼルギウスが名乗りをあげたら一気に変わるだろう。
私は今度派閥の勉強もしなくちゃいけないな……。
「秘密特訓とは承知しておりますが確かに婚約者として、ゼルギウス様と会う機会が減るのは辛うございます」
名目上は指南役の王宮騎士より強い軍人一家のベルドリクス家が秘密特訓をさせてるていでゼルギウスさんのお時間をいただいてる。
「わたくしも魔法なら多少の心得はございますのに……! 連れて行って下さらない……!」
ごめんソフィア嬢、私の秘密があるから必要以上にパーティ増やせないんだ。
申し訳ない気持ちになりハンカチを取り出すが、ソフィア嬢はわなわなと震えていた。
「ソフィア様……?」
「しかし……実はわたくし……思っているのです。
ゼルギウス様は今、世を騒がす正義のヒーロー、ゼルガリオン様なのではと……!!」
興奮気味に話すソフィア嬢
「勿論わたくしの欲目はございますが、数々の御本で感じるあの真っ直ぐな志……私が一目で恋に落ちたゼルギウス様そのもの……!」
熱弁するソフィア嬢に私とお祖母様はぽかんとする他ない。
「もしゼルギウス様がゼルガリオン様なら、未来の妻としてドン! と構え支えるのが役目と決意を新たにしておりますの」
キラキラした目を前に
「ゼルギウス様の婚約者はソフィア様で良かったと心から思いましたわ」
と笑顔で流すことしか私とシルメリアお祖母様の二人には出来なかった。
流行りとは作った本人たちが困惑するものほど良く流行る。
◇
「ゼルガリオン様……一体誰なのかしら……」
「ここだけの話、カーグランドの第二王子、ゼルギウス様じゃないかってもっぱらの噂だぜ」
「ゼルギウス様は昔から城の近くの集落の魔物を倒して守ってらっしゃったらしいが、ゼルガリオンが現れてからはパッタリとやめたらしい」
「それに……」
「名前も似てるしな!」
「ゼル坊ちゃんバレないと思ってるのかねえ」
あはは……と町民たちの笑い声は明るく響いた――