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089 お手本と緩衝材

 

 結局、リーベたちのお屋敷にいる使用人たちの今後も世話することも約束しつつ、ちゃんと文官分のアルバイト料をお支払いすることで落ち着いた。


 お金はあって困らないんだから貰える時にもらっといた方が良いよ……。



 なんて万年カーグランドに課金(投資)して金欠の私の思考は置いといて、仕事はみんなに任せ、無事お手紙問題が片付きそうな由をベルドリクス家長であるギルヴィードおじ様に報告しに来てみたら、なにやら正装に着替えていた。


「何処かへお出かけですか?」


「ああ。大陸の主要国が集まる首脳会議だ」


「えっ!? その会議に参加するメンバーってもう出発してるじゃないですか!」


 ゼルギウス陛下は勿論、護衛隊としてカムイも行軍を命ぜられ昨日から目的地へ向かっていた。



「ギルは転移で合流するんだってよ」


 おじ様の上着を着せていたリルムが代わりに返事をする。


「ああ、なるほど……」


 ギルヴィードおじ様は自分一人限定となるが、転移魔法が使える。


 ……こうやって第三者目線で見ると、めちゃくちゃ転移って便利ね……。



「あっちにいる僕の影がギルヴィードさん用の転移着地点の魔道具を作ってますから、それが終わったらいつでも往き来できますよ」


「場所自体も然程遠くねえから一回なら片道行けそうだしな」


 転移する場所をあらかじめ作っておかないと結構着地点に誤差が出来るのと、距離によってMP消費をするので快適というわけではないが、便利には違いなかった。



「丁度良い。今日はもう遅いしレヴィンとリーベにはウチに泊まっていってもらえ」


 パパか!


 しかし確かに、カムイは行軍で居ないしギルヴィードおじ様まで居なくなったら戦力的にはやや不安だ。


 そういう事だろうがお友達を泊めることを許可する親のようで少し懐かしい気分になった。







「すぐ戻る」


「いってらっしゃい〜」


 ギルヴィードおじ様が主要国首脳会議を開催する場所へ転移した後、MPが回復してきて元気に動けるようになってきていたリルムが私に相談を持ちかけてきた。



「なあマリア。今度オレも『しゃこうかい』っていうのに出ないといけないらしいんだけど……何したら良いんだ?」


「社交界!?」


 そうだ。今やリルムは押しも押されもせぬ伯爵夫人。


 形式的には私のおば様だ。



 しかもサキュバスで注目度もとても高い今、社交界にお誘いされまくるだろう。


 私が固まっていると、ギルヴィードおじ様の着ていた服を片付けているフィンスターの本体が現在の状態を語った。


「現在リルムちゃんは妊娠出産中と公表してますからお誘い類はまだ来ていませんが、復帰の目処を報告すればすぐさまお茶会や社交界の手紙がくるでしょうね」



 サキュバスは出産も早ければ回復も早い。


 絶滅危惧種のサキュバスの生態なんてみんな知るわけもないからまだ偽れはするが、どの道いつかは行かなきゃならないだろう。



「あ、あの陰謀渦巻く場所にリルムを行かせるのか……」


「ほんとマリアしゃこうかい嫌いだな」


 楽しそうなのに、とロマンス小説だけの知識でいうリルムにまずマナーから教えるべきなのか現実から教えるべきなのか悩むところだ。



「リルム、社交界はね! めちゃくちゃルールとかあってめんどくさいの! とりあえず喋り方から……そうね、私がお世話になった講師のマダムに連絡を入れてみるわ」


「ホントか!? サンキューマリア!」


「そこは『ありがとうございます』」


「あ、ありがとうございます……?」


 ……これは大丈夫なんだろうか……。





 レヴィンの屋敷にはフィンスターの影に一報してもらい、二人は客室で泊まってもらうこととなった。


 リルムもフィンスターも食事が人間と異なるので私一人の夕食になりかけていたところだったが、レヴィンとレーベと、そして今後テーブルマナーも必要になるだろうリルムの4人で食卓を囲む事になった。


 リルムは人間の精力を食べるサキュバスであるが、人間のご飯も食べようと思えば食べれる。



「丁度良いからリーベをお手本にするといいよ!」


「そこはマリアお嬢さんなんじゃないのか」


 あんな高貴オーラ出されて勝てるはずないでしょう!



 リーベは困った様に笑いながらも、ちゃんとリルムにテーブルマナーを教えてくれるようである。


 奉仕精神が強い性格で本当に助かる……。


「淑女特有のマナーとかもあるから、そこは説明していくね」


「わ、わかった」


 武器のようにナイフとフォークを握りしめるリルムに、リーベは優しく持ち方から説明していく。



 テーブルマナーはカーグランドとそう変わらない……むしろ断然細かかったが、最初だからと初歩的なマナーに絞って教えていた。


 聞いてる私も「へー」となる話も多く、レヴィンに仮にも聖女なのだから勉強しなさいと小言を言われた。


 そんなレヴィン兄貴は普段ヤロウどもと食べてる搔っ食らうようなワイルドな食べ方はなりを潜め、場にあった食べ方をしていた。


 レヴィンは人生経験が極端だから使い分けも上手いんだなあ。








 夕食も食べ終え大分疲れた様子のリルムとそれを気遣うフィンスターと別れ、二人を客室に案内する前に、その途中にある談話室で話すことになった。


 二人に着席を薦めるとレヴィンは最初護衛の観念から断ってきたが、私をバリアを張ることで安全性が確保されたので渋々座ってくれた。



「マリアが真剣な様子で話し合いたいと言っていたから気になっていたんだ。僕になんの話をするつもりだったんだい?」


 椅子に三人腰掛け、使用人もいないのでお茶などもないまま私は秘密裏とも言えるそれを口にする。



「――ヴァンデミーア国の現状を話そうと思うの」


 私がそう言うと、リーベは驚いた後、顔を引き締めた。


 レヴィンも想定内ではあったのだろう、落ち着いた様子でこちらを見ている。



 話し合おうとは思ってはいたが、実際当人たちに面と向かってこんな話をするのは気が引けた。


 私は努めて冷静に、感情が先走らないよう気をつけながら事実を話すべく向かいに座った二人に顔を向けた。



「……ヴァンデミーアは内部が荒れているだけでなく、平民たちも今の生活に耐えられず反乱軍を組織し始めているわ。……多分、始まったらどっちもただじゃ済まないと思う」



「な……っ!!」


「各地でレオンハルトさんや零番隊が湧き出る魔物を掃討し切るのを合図に、ヴァンデミーア民たちが暴動を始めるわ」


 立ち上がり、しかしなにも出来ず立ちつくすレヴィンと気分が悪いのか顔を青くするリーベ。


 ご飯のすぐ後にする話では無かったかもしれないな。ごめんね。



「お嬢さん、悪いが証拠は」


「ラフィちゃんが反乱軍に誘われて潜入してる。場所や大体の数もわかるよ」


 ラフィちゃん呼ぶ? というとレヴィンは力なく頭を横に振った。


 いくら信仰心の薄いレヴィンでも創造主は気軽な存在ではないようだ。



「このままレオンハルトさんがマーカチス家に帰ってくるように、逃げるように指示してマーカチス家は全員無事だったとしても、ヴァンデミーア国は滅びるかもしれない」


 反乱が万が一成功したとするならば、追い討ちの貴族狩りだって起こるかも。


 いやその場合はマーカチス家全員ウチに亡命させてもいいけども、ヴァンデミーア貴族としての誇りがある侯爵が頷いてくれるかもわからない。



「い、今すぐ父さんに知らせないと……!」


「一枚岩になれていないヴァンデミーア貴族の中で一人立ち向かっても死ぬだけだよ。……それに、民の嘆きはもっともで、それを貴族が上から潰すことが良いこととは思えないの」


「…………」


「坊ちゃん……」


 リーベはあまりの話に呆然としていた。



 しかし、少し息を整えて私にまだ青い顔を向ける。


「……マリアは、……君は僕と話し合いたいことがあると言った。マリアは僕にこの話をしてどうするつもりなのかな」



 やはりリーベは子供だけれど思慮深く冷静だ。


 原作ゲーム『聖女勇者』でも、自分のせいで兄が死んだとしても冷静にヒロインを助ける為に立ち回った。


 ショックを受けつつも前へ進むことを忘れない芯の強さを持っていた。


 土壇場の強さなら攻略キャラでピカイチかもしれないな。



「それが……あの、なんとかしたいと思っているけど、カーグランドが介入したらそれこそ大事だし」


「そうだね。侵略ともとられかねない」


 でも、マリアがヴァンデミーアを助けたいと思っていてくれて嬉しい。と教えた礼を言ってきた。



 こんな時でも些細なことに感謝出来るのは良い御家の出――だと思うと同時に、交渉事で一番大事な、人との対話の姿勢を崩さない精神力を感じる。


 逆の立場だったら絶対パニック状態になって相手の気持ちなんて考えてられないよ私……。


 流石のレヴィンも腕を組んで目を閉じた状態だ。彼は前も苦しい話を聞く時そんな姿勢をしていたけれど、癖なのかもしれない。



 関係ない私のほうが内心焦ってるような感情に自分の弱さを感じつつ、私は話を続けた。


「でも、何か出来ないかなって、その、ずっと考えてるの」


 手札が足りない。それだけはハッキリと感じていた。



「……そうだね、僕たちだけで出来ることなんて……限られてる」


「でも! 私は聖女だから多少のワガママだったら許してもらえると思うの!」


 私のこと唯一無二の宗教のマスコットキャラクターみたいなこといってたもんね! レヴィン! とレヴィンに振れば、驚いたまま、呆気にとられたように脱力した。



「それはワガママっていうモンなのか……?」


 そりゃあもう世界規模のワガママだ。



「敵国の諍いを知ったまま自国に取り合わず敵国を助けるなんて、世界中どこを探しても代えがきかない聖女様だから出来るワガママだと思わない?」


 ゼルギウス陛下やギルヴィードおじ様に話したら止められたり、カーグランドのいいようにヴァンデミーアがされてしまうかもしれないからね。



 敵国が自ら自滅してくれるのなら自滅してくれた方が有難いのだから、そうなるように安く民に武器や食料を売ったり国境間を締めたり緩めたりして交通規制したりしかねない。


 私はこういう面でのギルヴィードおじ様は信用していなかった。



 あの人何年この屋敷に地下牢あるのを私に黙ってたと思ってるんだ。


 私の知らない間にその地下牢にリルム誘拐未遂をしたノアストティが捕らえられてても私は驚かないぞ。



 ……私の知らないところでやってるなら見えないが、この件は私が見てしまったし、なにより私の可愛いキャラクターたちが困っているのだから助けたい。


 私はカーグランドを愛しているが、それと同じくらい自分で作ったキャラクターたちを愛している。


 なのでヴァンデミーア……というよりリーベ、レオンハルト、ひいては零番隊を助けるのは当たり前のことだった。



「流石に国全体を救える力が私にないのは理解してるから、ちゃんと出来る範囲を見極めて助けようと思ってる!」


 自分の限界をキチンと把握しておくのは社会人として当然!


 出来ると無理したらカーグランドという国すら傾きかねない。


 そこまでの博打は私には打てない。



「出来る範囲……僕の力で出来る範囲か……僕に、そんな力はあるんだろうか……」


 あまりの大きな事に自分の無力さを痛感しているようなリーベの肩は項垂れたまま、顔も俯きがちだ。


 リーベは殆どを穏やかなマーカチス領で、暖かい両親や兄、零番隊などのいい人たちのもと何不自由無く育ってきたことを恥じて「もっと強くなりたい」と決意してベルドリクス家へやってきた。


 その決意は素晴らしい事だと思うが、私はそれだけが絶対に正しい事だとも思っていない。



「人にはそれぞれ出来る範囲が違うもの。リーベが今自分に出来ないことがわかったのならその範囲は上手な人に頼ればいいんだよ」


 私も戦闘や血とかは全然ダメだし、なんなら外交だって苦手で女子力もセンスもない。


 しかし社畜のような根性は自信があるし、死に慣れてないからこそみんなが生きてて欲しいという生への執着も強ければ、この世界を愛しているという気持ちだって負けてない。


 結局のところ、そういう得意なところで持てるカードを使ってなんとかみんなを助けられたらと画策しているだけだ。



「頼る……しかし」


 リーベはまだ納得がいかないような、迷うように目を逸らした。



「もちろん、リーベ自身が強くなることも大事だけど、一人でなんでもやろうとしてしまう私としてはリーベの人を信頼出来る心は素晴らしいと思うの」


 頭がお花畑だと思っていたのは軍人貴族で育った私の主観であり、一長一短あるだけのことだ。


 レヴィンだったり、今回の使用人だったり、とにかくリーベは人を懐柔させる力がすごい。


 説得役や投降の使者なんかさせたら天下一品なんじゃないか?



 なんてやっぱり軍人貴族な主観で見つつも私はリーベに話しかけた。


「だから、せめて緩衝剤になるような働きを、私たちが出来たらなって」


 完全に止めることは無理だが、中立が入ることで被害を抑えることは出来るかもしれない。



「完全に止めることは無理だと思うわ。だから成功ラインを決めて、そこを目指す」


 対人戦で完全勝利なんてまず殆ど無理なのだ。


 零番隊に勝てないから私で足止めをしたように、どこを勝利条件に設定するかが重要で、出来ないことを100%やらなくていい。



「……お嬢さんや坊ちゃんが悲しい思いをする可能性もある」


 100%じゃないということは大なり小なり悲しいことは起きてしまうだろう。


 それが受け止められる範囲のことなのか、起きてみないとわからない。



 多分、私やリーベが想像しているよりも最悪の状態を想像出来るほどの体験がレヴィンにはあって、私にもリーベにもそんな思いをさせたくないんだろう。


 金で雇われてるだけの傭兵と主張した割に随分と面倒見のいい人だ。



 そんな言葉に返すように「僕は」と一言呟いて、リーベは前を向いた。


「……このまま起こりゆく悲劇をただ見ているだけよりも、僕は何かをしたい。マリア、教えてくれてありがとう。君は本物の聖女様だ」


 綿菓子のように甘い台詞だが、顔は少し前より凛々しくなったような、そんな笑顔で手を差し伸べられた。




 ただ教えただけで聖女と言われるのもなんだか気恥ずかしく、くすぐったい。



「……それは今回の件が上手くいってから言ってね」



 と照れで変な顔になっていないか心配しつつ、リーベの手をとり握手をした。


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