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086 凱旋報告式

 

 着替えを済ませ、それなりに身なりを整えた後、ギルヴィードおじ様から凱旋報告式の内訳を聞く為に私はおじ様の部屋に向かった。


 同じ家に住んでいるというのに最近めっきり忙しくてなんだかここにくるのも久しぶりだ。



「おじ様、失礼します」


 ギルヴィードおじ様は王宮帰りかさっき見たそのまま正装をしている。


 部屋にはいつもの様にフィンスターとリルムも待っていた。



 最近子犬モードにハマっていたフィンスター本体が通常の人間に戻ってる。


「あ、マリアさん。お疲れ様です」


 フィンスターはいつも以上のにこにこ笑顔で出迎えてくれた。


 笑顔すぎて逆に怖いんだけど、どうしたの。



「ようやっと凱旋報告の内容が決まった。式にはマリアにも出席してもらう」


 一応聖女である私が式に出なければ何事かと思われるだろうし、そこに異論は無い。



「はい。わかりました。けど、どんな内容なんですか?」


 流石に事前に聞いておかないと段取りがわからない。


 ゼルギウス陛下とギルヴィードおじ様が舵取りしてるなら大丈夫だろうが、カーグランドが変な方向に言っちゃわないかも気になる。



「………………」


 おじ様にしては歯切れがわるい。



「えっなんか嫌な話ですか」


「いや、そういうわけじゃねえ」


 おじ様は言いづらそうに口を開いた。



「結婚をする」




 時が止まった。


 いや、ずっとしろしろとせがまれていたギルヴィードおじ様の結婚だ。


 確かにめでたい話であって、嫌な話ではない。



「……そっか……」


 リルムは落ち着いて寂しそうな顔で笑った。


「覚悟は出来てた。オレは大丈夫……」


「私は大丈夫じゃないです!!」



 三人が驚く。だって私は全然心の準備が出来てない!!


「ギルヴィードおじ様! リルムというものがありながら結婚だなんて……もー! 私が許しません!!」


 ムキー! とギルヴィードおじ様にポカポカ殴りかかる程には怒れていた。


 全然関係ない第三者なのは重々承知なのだが言わせていただきたい!!


 おじ様に非はなくとも一発殴らせてもらわないと腹の虫が収まらない!!



「マリア! いいってオレは―……」



「おめえら最後まで聞け!!」


 なかなか大声を出さないギルヴィードおじ様のお叱りに私とリルムはぴゃっ、と止まった。



 ったく姦しいな……とため息をするギルヴィードおじ様にフィンスターがくすくすと笑っていた。


 私とリルムはポカンと二人を見つめた。



「マリア、てめえキャンキャン言う割に色恋さっぱりわかんねえ口だろ」


 モテなそうだなと急に鼻で嗤われた。


「きゅ、急になんですか!!」


 確かにモテないけども!! モテないけども!!! 泣くぞコラ!!




 ギルヴィードおじ様は静かにリルムに向き直ると小さな箱をリルムに向かって開ける。


 その箱の中には指輪が入っていた。



 リルムは私と同じく良くわからない顔で指輪とギルヴィードおじ様を交互に見ていた。



「……愛してる、リルム。結婚してくれ」




 リルムの好きそうなロマンス小説のようなプロポーズを、まさかのギルヴィードおじ様がした。


 おじ様は固まってるリルムの手をとり指にはめた。


 指輪の質感に現実味が出たのか、オロオロとリルムは言葉を紡ぎ出した。



「で、でも、おれ、恋愛体質で移り気だって……」


「いかないようにすりゃあいい」



「へ、平民どころか、家畜だし」


「なんとかする」



「子供だって全員サキュバスしか産めないし……」


「なんとかするから」



 リルムはギルヴィードおじ様を見つめた。


 おじ様の瞳は今まで見たどのおじ様よりも優しい目をしていた。



「なんとかするのはオレの専売特許なんだよなァ? マリア」


 面白そうに私に話を振ってきたおじ様に私は笑顔で応えた。



 え、ええ〜〜っ!!


 ほ、本当に? ギルヴィードおじ様、マジでやる気なんです???



 フィンスターが「最近のギルヴィードさん見てたら、マリアさんなら気付いてると思いました」と笑っている。


 いやっ、気付かないよそんなの!!


 私だってどうやったら二人が幸せになるのか凄い考えてたんだから!!



 凄い考えて、今のままの、愛人としての幸せのカタチだってあるのかなって思ってた。


 それを、目的の為なら手段は選ばない冷徹軍人伯爵ギルヴィードおじ様が本気で解決してくれるんなら……



「……はい! おじ様ならなんとかしてくれます!」


 フィンスターが笑顔でリルムの背中をさすると、リルムは涙をとめどなくこぼしながら


「ギルのおよめさんになりたい……」


 と呟いた。



 それをギルヴィードおじ様は、フィンスターごと抱きしめた。













 最近忙しくしていたのは、両親に許可をもらいに行ったりゼルギウス陛下に「子供の約束は守れないかもしれない」などと、その他諸々謝りに行ったりしていたらしい。


 もちろん「サキュバスと結婚なんてありえない」と反対されたそうだが、何度か通い代案を出して黙らせたそうだ。



「許可をもらったじゃなくて、黙らせるところがおじ様らしいですね」


 私は呆れながらも笑ってしまった。



「サキュバスは国の宝なのに家畜扱いはおかしいって、常日頃言ってたおめえとおんなじことしただけだろうが」


「家族ですからね。似ちゃうんでしょうね」


 ふふふと笑った。上機嫌だ。



 リルムは幸せでギルヴィードおじ様の横で丸まっていた。


 嬉しさと恥ずかしさと幸せで悶え苦しんでおるわ……ふふふ……



「ヤバいまた子供生まれそう」と言ったら「いくらでも産め。ちゃんと認知して育ててやる」と返され撃沈していた。幸せで死んでる。












 凱旋報告式当日


 カーグランドの大勝祝いとしてお祭りになって地方からもたくさんの人が来ていた。


 大変盛り上がって景気も良くなるし、有難い限りだ。



 リーベがいる為、レヴィンは報告式の出席を辞退した。


 新参兵であるし、私の雇われ傭兵である彼にそこまでの責務は無い。


 最初の約束通り自由な傭兵として、平民のお祭りという文化に触れたことがないリーベを連れて、そこそこ治安の良い街並みを案内するようだ。


 リーベがヴァンデミーアの貴族ということがバレたら大変だが、万が一の為にベルドリクス家の家章も持たせた。



「リーベが気まずくなるだろうから、凱旋報告式典からは出来るだけ離れて」


 と頼んだらレヴィンは「わかった」と真剣な面持ちで頷いた。



 リーベは「元はと言えばヴァンデミーアが不和をもたらし仕掛けた戦、訪れた平和を喜ぶ祭になんの罪もないよ」と言ってはいたが、面と向かって式典を見たら辛いだろう。


 そもそも自国が敗戦したせいで国が荒れ、兄が危険な目に遭い掛けて、それを止める為にこちらにいるわけで。


 それに自分の国の敗戦を喜ぶ図は見たくないよね。






 凱旋報告式が始まる舞台の前には、人がたくさん集まっていた。


 勿論カーグランドの今後の動向を知りたい密偵もたくさんいるんだろう。


 水をさす為に仕掛けるつもりの危ない奴も。



 何が起きても大丈夫なように、私は舞台にバリアを張った。


「この式典が無事終わるよう祈りまして、この舞台にセントーラ戦と同じバリアを張らせていただきました」



 おおーっと害意のない者はパフォーマンスの一環として拍手をする。


 害意のある人は……舌打ちでもしてるんじゃないかな。





 凱旋報告式典は盛大に行われた。


 どのようにして戦ったか、プロの語り部に語ってもらいパフォーマンスしてもらった。


 伝わってほしくない部分は誤魔化したり、ぼやかしたりと上手く語ってくれていた。


 しかし……なんか異様に聖女を持ち上げられていて、メチャクチャ恥ずかしい……。




 その後、大国に勝ったカーグランドは今後どうするのかをゼルギウス陛下から宣言することになる。


「その前に! 今回の功労者であるギルヴィード=ベルドリクス伯爵と、その副官であったリルムとの結婚を承認する!!」


 いきなりの結婚式の開催だ。



 新郎新婦の恰好をしたギルヴィードおじ様とリルムが入場してくる。


 国民はさっき語り部から聞いた人物たちが結婚するなんてまるでめでたいことだろう。



 しかも平民と伯爵。相当な身分差だ。愛のある結婚でなければできない。まさに乙女の夢である。


 年頃の娘は夢の中にいるようなため息をついていた。


 しかし男性側からは阿鼻叫喚の声が聞こえていた。この世界はアイドルの結婚は容赦なくするから。すまんな。



 貴族たちも話題の有名人ギルヴィードがまさかの一般人女性……じゃなくて平民のリルムと結婚を、しかも王がこんな場所で許可するなど反対も出来ない。


 おじ様を狙っていた女性はハンカチーフを噛むことしかできない状況だ。



 ギルヴィードおじ様は正直静かで小さな教会で二人きりの結婚式をしたいタイプだと思ってるんだけど、まさかのこんな大勢のいるお祭り会場での結婚式である。ちょっと目が死んでる。


 これしか結婚できる手がないとはいえ、いや〜〜リルムへの愛の強さをひしひしと感じるね!


 私は爽やかな笑顔で拍手をした。




 もうギルヴィードおじ様も覚悟を決めてきていたのだろう。


 ギルヴィードおじ様は拡声器を手に取り、結婚への感謝とリルムへの愛を語った。


 リルムは感動で抱き着いている。


 アラサーのインドアにはキツイ結婚式である。頑張れおじ様。



「ここで結婚を宣言し、今これより私たちは夫婦となりました。このリルムには伯爵夫人となってもらうわけですが、この場を借りて伝えたいことが御座います」


 晴れの舞台にわざわざ伝えたいこととはなんだ、と、ざわざわとどよめく客席。



「このリルムは魔族、サキュバスです」


 一斉に驚きの声が上がり、どよっという音になって場を包む。




 ギルヴィードおじ様の説得……策謀により、国はサキュバスのリルムを公表することに踏み切ったらしい。


 大国に勝った今だからこそ出来る強気の姿勢だ。



 残りの大国二つはカーグランドと隣接をしていない上、昔から根深い因縁があって協力してカーグランドも攻められず、片方がカーグランドを攻めたらもう片方は片方を攻め、攻めるに攻め切れない。


 まさに天下三分の計。



 他国は、カーグランドのあまりの宝の山に漁夫の利をかすめ取ろうとしても、大国に呑まれて終わる。


 利が強すぎるが故に大国以外が手を出したら大火傷だ。



「サキュバスは高級素材を持っている為、今人間が狩りつくし、絶滅危惧種となっています」


 淡々と話し続けるギルヴィードおじ様の声に耳を傾けるように、周りはだんだんと静かになっていく。



「彼女自身ももうサキュバスの仲間はいないと言っています。まだ隠れていなければ、彼女が最後のサキュバスとなるのです」



「もはやサキュバスは家畜ではなく国の財産に匹敵する存在だと私は確信している!」


 ゼルギウス陛下がそう大きく言い放った。



 サキュバスはカーグランドの国家財産として、伯爵夫人の座を与える。


 そう王が宣言するならば、国の貴族となった者を他国が奪ったり、もうぞんざいには扱えない。



 他の国が家畜と言おうが『カーグランドでは国家財産! 宝のように扱えよな!』ということである。



 これも大国に大勝した今だから発言力がある。


 こんな小国が『うちのシマではこれがルールなんで』とか言っても踏み潰されるだけだけど、大国に勝てる程の軍事力をもった国が言ったという説得力が出来た。



『まだ隠れ逃げてるサキュバスがいたらカーグランドに逃げたら宝の様に保護するよ。ソースはリルム』という意思表示にもなる。


 かなりのアドバンテージになるはず。



 話を聞いている住人たちからは「リルムちゃーん!」という声援?が聞こえている。


 リルムはこの国の有名人だ。ブロマイドも相当売れてる。


 みんな知ってると言ってもいいだろう。そんな子がいきなり家畜だよって言われても「えっ可哀想じゃん」となってしまう。


 家畜に名前をつけると愛着が湧いてしまう現象だ。


 ようやく撒いた種に芽が出て私もニッコリ。



 もうリルムをサキュバスだからと差別する空気の奴の方が隅に追いやられる空気を作りだした。


 私もリルムの為に色々としたものだけど、こんな風に使われることになるとは……。




 更にギルヴィードおじ様は他国用にダメ押しの一言を追加した。



「我が国ではサキュバスを増やすことに成功しました」



 一気に空気が変わる。


 一人でも物凄い価値を出すサキュバスの繁殖に成功したというのだ。



「繁殖方法はサキュバスが気に入った相手と強く愛し合うことです」


 従来の搾取方法では子供など生まれない。


 だからサキュバスが減っていったんだ。



 本当は『気に入った男の種で子を作る』んだけど、それを言ったら「ウチの娘が変な男に騙されたらどうする」と怒られた。アンタが言うか……。



「そしてサキュバスの幸せの度数により、ポーションの効力も強くなっていきます」


 サキュバスに好かれなければ、より高額の素材は手に入らないということだ。



 つまり、より良い効率は家畜としてサキュバスから搾取するのではなく、サキュバスを幸せにする為に愛を捧げることとなる。


 この情報で今までのサキュバスと人間の力関係がぐるりと変わる。



 正直ギルヴィードおじ様とリルムはそんな純愛してないし、リルムも搾取されてましたけど、モノは言いようだね!!




「幸い、私とリルムは愛し合っており、更にサキュバスが生まれ続けるでしょう。成長し娘が望むのなら他国にでも嫁に出す気持ちがあります」


「さ、サキュバスを他国に!?」


 端的に言えば、ベルドリクス領はサキュバスの生産地になる。



 そしてサキュバスに気に入られれば他国でもチャンスはあるということだ。


 もしカーグランドに、ベルドリクス領に攻め入ってサキュバスに嫌われることは自ら金の成る木を斬るも同義。


 めちゃくちゃ腹立つ言い方だと「仲良くしておこぼれに預かるのが一番利口だぞ?」という、ギルヴィードおじ様のせせら嗤いが聞こえてきそうな話なわけだ。



 そんな中、カーグランドに攻め入る馬鹿などいないだろう。



「嫁いだ娘たちは神獣フィンスターが見守ることになります」


 リルムの影からヌッと黒い狼の姿の神獣フィンスターが現れた。


 見ていた人々は大声をあげる。ラフィエル様像の横にいる狼にそっくりだったからだろう。



『我はクレルモンフェランに攻撃を受け殺されかけ、このサキュバスに助けられた……』


 その恩を感じている神獣フィンスターはクレルモンフェランには帰らず、サキュバスの娘たちが不当な目に合わないようサキュバスを影から見守ると宣言した。


 黒い狼の姿でもリルムにすり寄りリルムがフィンスターを撫でている。


 それだけで親密さは伝わるだろう。



 サキュバスを無理矢理に手に入れようとすれば、神獣の怒りを買う。


 私たちはフィンスターが戦闘向きじゃないのを知ってるけど、知らない人からしたら超怖いし、信心深い人からは神を敵に回したと揶揄される。




 舞台を見守る者たちはただ熱気に溢れていた。


 ただの結婚式ではない。政治的なものがたくさん絡み合っている。


 この様子を見に来た密偵たちは冷や汗を流していることだろう。



 そんな中、リルムは嬉しそうにみんなに手を振っていた。


「種を撒いたのは私だけど、とんでもないことになったな……」



 ギルヴィードおじ様は本当にリルムとの結婚からリルムに関わるすべてをなんとかしてしまった。


 なんというか、これは惚れ直すしかないだろう。



 あの冷たそうなギルヴィードおじ様の、乙女ゲーム攻略キャラらしい愛に溢れた行動に、私はつい感動した。

これで二章は完結になります。

よろしければ三章もお付き合い頂けたら嬉しいです。

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