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079 守りたいもの

 


「マーカチス侯爵家の嫡男、レオンハルトですが、どうも危なそうですね」


 フィンスターはギルヴィードおじ様の命やゲルベルグさんとの裏稼業なども抱えているにも関わらず、私の個人的に気になっているヴァンデミーアの動きも調べてくれていた。



「マーカチス侯爵家……!?」


 強く反応したのはレヴィンだ。


 ブリザベルトお祖父様から返していただき、現在は私の護衛という名目で今の話し合いに強制参加させている所存だ。


 私がお金で雇った私兵で良かった。軍所属だったら完全にお祖父様に育てられて立派な将軍になるとこだった。


 いや、良いことなんだけども。



 途中参加のレヴィンに現在の状況を説明する。


「今、ヴァンデミーア国は貴族同士の争いが起こってるみたいなの」


「…………」


 レヴィンは明らかに動揺していたが、言葉には出さなかった。雇われ傭兵としての自分の役割を優先しているのだろう。



「……レヴィンが公にしたがらなかったから口出しはしなかったけれど、マーカチス侯爵家はレヴィンの大切な人たちなんでしょう?」


「っ!! なんでそれを……」


「何かあってからじゃ、きっと後悔すると思うの」


「…………」




 マーカチス侯爵家の直系の家系図は、両親と兄のレオンハルトと弟のリーべの4人家族だ。


 フィンスターは調べてくれた情報を丁寧に説明していく。



「現在ヴァンデミーア国は戦争後のせいか、内戦のせいか、魔物が大量発生してます」


 魔物は負の感情により生み出されるものという『聖女勇者』の設定通り、ヴァンデミーアには魔物が溢れているようだ。



「零番隊と同じく、その掃討を押し付けられたようですが……何人かのレオンハルトを邪魔に思う貴族が魔物のせいに見せかけ、レオンハルトを暗殺しようと計画しています」


「なんだと!?」


「も、もうなの!?」


「?」



 リーべの兄、レオンハルトは公式で死亡するキャラクターだ。



 レオンハルトは公式設定で『完璧超人』


 美形で家族想いで強くて頭も良い、魔法も使え剣の腕もたつ、なんでも出来る魔法剣士。


 ゲームでは序盤で死亡してしまう為、影は薄かったが、アプリに実装されたら相当人気になるであろう正統派THE隙のないイケメン。


 そんなリーベの憧れの兄なのだが、その兄がリーベを庇って死ぬという急転直下の鬱展開がリーベシナリオだ。



 リーベシナリオは、零番隊と仲良くパーティを組んでいたが国に追い出され敵になるなど、最高の状態からどんどん辛い展開になっていく。


 甘いお坊ちゃんだったリーベがヒロインと成長していくという、成長物語となる。




 ゲームより早く戦争が起きて、荒れてしまったヴァンデミーア国では、貴族同士の血生臭い内戦がもう始まっているらしかった。


 王都の内戦によって亡くなった貴族の一覧を見るだけでも名前がずらりと並び、荒れている様子が伺えた。


「こ、これ、前のカーグランドとの戦より貴族の死人出てない……?」


「貴族間のみの静かな内戦ですからね」



 カーグランド戦で父や息子を亡くし、家の力が弱まった帳尻を合わせる為に、他家の家族を暗殺する。


 そんな蛮族めいた考えが横行するほど、権力がものをいう選民思想のヴァンデミーアの貴族社会は崩壊しかかっていた。



「今回の戦に参加していないレオンハルトは内政に徹して、火の粉に当たらないようにしてはいますが、これだけ荒れていて一流貴族のマーカチス侯爵家だけがまるで無傷なのは気に入らない貴族も多いでしょう」


「レオンハルト以外の他の家族は大丈夫なの?」


「当主であるフロレンツ=マーカチス侯爵含む全員が、マーカチス領に隔離されています。内戦状態の王都にいるのはレオンハルトだけですね」


 家族には内戦状態の王都の報告をしておらず「少々立て込んでいるから今は領を守っていてほしい」というレオンハルトによって、無傷のようだ。



「マーカチス領は王都から遠く離れた農業や酪農などの生産領ですから、王都よりはマシでしょう」


「ヴァンデミーアは大国で、凄く広いもんね」


 それでも油断は出来ませんが。と付け加えるフィンスターにレヴィンの顔は引き攣る。



 マーカチス領に全員が引き篭っていたら心象が悪いだろうが、レオンハルトだけは王都におり、ヘイトを一身に受けてはかわし続けている。


 そうやって上手く全員無事に生き残ってきているようだった。


「た、立ち回りが上手すぎる……」


 完璧超人だからこそ、回避が綺麗すぎて腹立つんだろうな。


 よくぞここまで無傷で回避し続けてたものだ。



「…………」


 レヴィンは目を閉じて腕を組み、何かに耐えるように話を聞いていた。


 今の自分を作った大恩人であるマーカチス侯爵家の危機など耐え難いものであるだろう。



 原作ゲーム『聖女勇者』では容量の都合で描かれなかったが、リメイク版ではリーベの兄、レオンハルトの死をリーベから聞き、悼むシーンが追加されていた。


『自分が言葉に惑わされずまだ護衛であったなら、守れたかもしれない』


 そんな後悔をこの世界ではしないで済むようにしたい。



 レヴィンは息を吐いて落ち着きを取り戻し、真剣に請うてきた。


「……確かに俺は、あの人たちを助けれるモンなら助けたい。しかし、マリアお嬢さんになんのメリットがある?」


「私に?」


「ああ。敵国の上流貴族を助けて何をするつもりなんだ? 情報を流させるにしても神獣フィンスターがいればそんな必要もない」


 綺麗な言葉で言いくるめて私がマーカチス侯爵家を何かに利用するつもりじゃないかとレヴィンは疑っているのだ。



「……確かに、メリットはないわ」


 戦争したばかりで不安定な関係の両国にわざと切り込んで行く意味など普通などないのだ。


 それこそ内部から破壊するなどの調略以外には。



「でも、レヴィンにとっては大切なお家じゃないの? マーカチス家はとても素晴らしい人々だわ。それを救いたいと思ってはいけないの?」


「…………」


 カーグランドのベルドリクス伯爵令嬢だからいけないに決まっているのだが、このままダメと言ってマーカチス家を見殺しにも出来ないんだろう。



「このままだと少なくともレオンハルトは確実に死ぬわよ」


「!!!!」


 レヴィンの情に付け込んだ卑怯なやり方ではあるが、本当に理由がないのだからそれで納得してもらうしかない。



 とても少女の考えることとは思えないとレヴィンの顔に書いてある。


 見た目少年のフィンスターと見た目少女な私がこんな話をするのは確かに不気味極まりないだろうな。



「……どうすればいい」


 レヴィンは折れたようで、ひとまずは私の話に乗ってくれるようだ。


「ありがとうレヴィン! 頑張って助けましょうね!」


 まかせろ!



 気合を入れる私に情報提供者のフィンスターはもしかしてと訊ねてきた。


「そこまでするということは、今度はヴァンデミーア国からスカウトですか?」


「そう!」


 また難しいところを攻めますね、と言いながらもフィンスターはいつもの軽い調子だ。



「先ずは危ないレオンハルトさんの方をなんとかしてからマーカチス侯爵家に行った方がいいかな?」


「いや」


 腹を決めた様子のレヴィンが口を挟んできた。



「ハルト様……レオンハルト様よりも先にマーカチス侯爵家へ行って弟君を保護した方がいい」


「?」


 弟君といえば、攻略キャラのリーベだ。


 確かに『聖女勇者』では弟のリーベが人質に取られ、それによりレオンハルトは負傷、そしてリーベを庇って死ぬのである。


 今回もその可能性は大いにある。



(けど、レヴィンにはそんな話したことないんだけど……なんでわかったんだろう)


 レオンハルトは売れてない原作ゲーム時代『リーべを庇って死ぬ完璧超人』くらいしか設定のなかったキャラなので、いまいち性格が掴めていない。


 そんな私より長年一緒にいたレヴィンのほうがレオンハルトの性格を熟知しているのだろう。



「レヴィンの言う通り、マーカチス侯爵領へ行って今の現状を説明しに行くことから始めた方がいいかな」


 思考は一旦置いておいて、私たちはマーカチス侯爵家救出の手立てを考え始めた。









 ◇











「俺は、英雄になりたいんだ」


 そう言ったのはいつの頃だったか。


 強さを追い求めた若者時代に、自分の胸にだけ秘めていた夢を話したことがあった。



「なれますよ。……いえ、させてみせます」


 そう力強く返したのは訓練場に不釣り合いなほど整った顔の若者。


 ゆっくりと、しかししっかりとこちらを見据えて手を差し伸べた男の目は、とても輝いていた。



「共になりましょう。……二人なら、きっと」











「――……さん、ジークさん」


「……ノアか」


 どうやら座りながら白昼夢を見ていたらしいジークベルトは見知った声に起こされた。


 変な体勢で寝ていたからか身体が少し痛い。



「……すみません、お疲れだったでしょうか」


「いや、日差しが心地よくてな。つい眠ってしまっていた」


 助かったと感謝をすれば、ノアストティは良かったと微笑んだ。



「ジークさんはサキュバスからもらった傷がまだ完治していません。戦線復帰するのは少し回復してからにしてください」


 魔物討伐くらいでしたら俺たちだけで回せます。と軍師から療養命令が出される。


「気を遣わせてしまってすまない」


 そう謝れば、良く休んで下さいと優しい声がかけられた。


 ノアストティはヴァンデミーアでの勝ち組、上流貴族であるというのに、上流貴族らしからなかった。



 ――貴族主義のヴァンデミーアで英雄になりたいなどとほざく平民など、笑い話以外の何物でもない。


 だと言うのに、それに笑わずに答えた男は、今もあの時言ったジークベルトの夢を共に追いかけ続けている。



 追いかけ続けて、ノアストティは本当にジークベルトをヴァンデミーアいちの戦士にしてみせた。


 貴族しか呼ばれぬ社交界に呼ばれ、貴族の娘を嫁に貰い、名目上も貴族になった。


 強さに、名誉。美しい妻を愛し、子供が生まれ、ジークベルトの生き方は夢に描いた幸せそのものだと言える。


 ヴァンデミーアでは大快挙と言っても良いだろう。



「今後の零番隊の方針が決まりましたので、ご相談出来ればと……」


「ああ、すまないな。いつもノアに任せてしまって」


 平民は会議には参加できない。



 ジークベルトは貴族と結婚し、今はもう平民ではないが、会議には出られなかった。


 平民がヴァンデミーアいちの戦士では態勢が悪いので外面上では貴族としたが、貴族ではないのだ。


 そんな支離滅裂なルールがまかり通るのがヴァンデミーアという国だった。



 どんな不条理も叩き潰し、国を守る。そんな英雄になりたかった。



「……ジークベルトさんが会議の舌戦まで出来ては、俺のすることがなくなってしまいます」


 適材適所だと微笑むノアストティは今、どのような英雄をジークベルトに見ているのか。











 ――戦場にて戦果を挙げて貴族になった平民男。


 華やかな社交界より血なまぐさい戦場のほうが性に合ってる。



 それ故に貴族社会には疎く社交界は妻に任せきり。


 申し訳ないとは思うが、妻も来なくて良いとジークベルトに期待をしていなかった。





「あらあなた、おかえりなさい。帰っていらしたの」


 連絡くらいくださればよかったのに、と笑顔で出迎える妻、エリザ。



「ああ。少しヘマをしてしまってな。療養しろと言われた」


「まあ大変……わたくしはあなたの戦う姿が好きですから、早く良くなってほしいわ」


 ヴァンデミーアでは貴族の貧困化が嘆かれてるが、ジークベルトの家族は稼いだ金で全く困ってはいなかった。



 元々金に興味関心のないジークベルトは少し零番隊に寄付しようとしたが、エリザに貴族とはお金がかかるものだからとたしなめられた。


 ジークベルトは貴族を知らない。だから金もどれくらい必要かもわからなかった。


 女性のドレス代など、布切れ一枚でとんでもない値がした。



「セルジアは元気か」


 セルジアはジークベルトの一人娘であり、ジークベルトも大層可愛がった。



「ええ。侍女といるんじゃないかしら」


 お転婆で困っちゃう、とエリザは去っていく。


 ジークは「そうか」と会話を閉じ、セルジアの元へ向かった。



 セルジアは物心がつき、お洒落が大好きなおませな子に育った。


 基本貴族は美しいのだが、肥えてふてぶてしい子供になっており、今も気に入らなかったらしい侍女の髪を引っ張って遊んでいた。


「な……っ!こら!セルジア!」


「ジークベルト様!」


 侍女たちはジークベルトに助けを求めるかの様に叫んだ。



「なんでこんなことをしたんだ」


「…………」


 叱る者がいないから侍女たちに冷たくあたり、女王然としてしまっていた。


 子供の教育とは難しい。


 しかしこの強さこそ貴族の流儀と言われては言い返せなかった。



「うるさい。平民!」


 戦争続きで家に帰っていない為か、ジークベルトはセルジアに父親だと認識されていなかった。


 いや、ジークベルトがショックを受けるのをわかってあえて言っているのかもしれない。



 反抗期、と呼ぶには余りに酷い。


 しかしこれが貴族、と言われたらジークベルトにはどうすることも出来なかった。


 貴族になってなお、ジークベルトの心は平民のままだった。




「セルジアちゃんのお転婆は相変わらずだね」


 そう言って声をかけてきたのは同じ子爵のシャルナークだった。


「来ていたのか」


「ああ、先日の戦の見舞金を頂いてね。礼をしにきたんだ」


 シャルナークの家は先日の戦でかなりの数の領民が亡くなったらしい。



「そうか、金回りは妻に一任している。礼は妻に言ってくれ」


「ああ。素晴らしい妻を持てて君は果報者だな」


 そう爽やかに笑うシャルナークに救われた気分になり、笑い返す。



 貴族の慣習にはまだまだ疎いが、見守ってくれる友も支えてくれる妻もいる。


 そして共に戦ってくれる仲間たちもいる。



 自分はただ戦うのみだと、ジークベルトは言い聞かせた。

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