073 合流戦1
「あーーーーはっはっはっ! やった! やったぞ!!! これでヴァンデミーアは勝てる!!」
「ふざけんな!!」
狂ったように大笑いする貴族は抵抗もなく満足そうにリルムに斬られた。
その貴族が絶命すると隷属契約が切れた兵士たちが一様に逃げ出した。
ゼルギウスの軍も到着し、ギルヴィード隊に張り付いていた兵たちを一掃しに追撃を開始してくれる。
「ギル!!!」
「ギルヴィードさん!!」
リルムとフィンスターが近付くと腹に大穴が開き、手足もボロボロの状態になったギルヴィードが呻く。
周りにはギルヴィードの血が流れていく。
「今すぐ止血しねえと!」
「リルムちゃん! 確かポーションあったよね!? それかけよう!」
二人は焦りながらもギルヴィードに応急処置をする。
「こんな時、マリアがいれば……」
マリアがいれば一瞬で治してくれるのに……と、リルムは自分の無力さを嘆いた。
「これは……」
ポーションをかけたところで焼け石に水な状態のギルヴィードにフィンスターは言葉を失っていた。
助からない。そう言いかけた言葉を飲み込んだ。
「このままマリアのところに向かおう」
リルムはそうフィンスターに言った。
「まだギルは生きてる。マリアならなんとかしてくれるはずだ」
強い光りを持った目で見てくるリルムにフィンスターは頷くことしかできなかった。
「これよりギルヴィード隊はセントーラに向けて進軍する!」
リルムの一存によりリルムとフィンスターはギルヴィードを馬車に乗せ、出発した。
ギルヴィードはいつもの減らず口は出ず、ただ時折呻くだけで、意識も朦朧としていた。
フィンスターを通じてゼルギウスから許可を取り、カムイ隊や他数隊もセントーラに向かわせるので先行してくれとお墨付きをもらった。
『……ヴィードを頼む』
そう苦々しい口調で締め通信を切られたフィンスターだが、ギルヴィードはお世辞にも助かるといえる怪我ではない。
自分のように神獣ならまだしもギルヴィードはただの人間だ。
確実にセントーラまで持たない。
「大丈夫だフィン。オレはマリアみてえな回復魔法は使えねえけど、オレはサキュバスだから、好きな相手を自然回復する能力がある」
ギルヴィードの頭を自分の膝に乗せながらギルヴィードから出る大量の汗をぬぐった。
生きていることに安堵しつつも苦しそうな顔に顔を歪ませ、リルムは涙をこぼすがその顔には笑顔があった。
「……よかった。オレ、ずっとサキュバスなことを恨んで生きてきたけど、今初めてサキュバスで良かったって思ってる」
リルムは苦しそうなギルヴィードを見ながら負担にならないように緩く抱きしめた。
「ギル、好き。お願いだから死なないで」
「リルムちゃん……」
ギルヴィードという精神的主柱が倒れた今、絶望に飲まれたギルヴィード隊はただ無言でセントーラに歩を進めるだけだった。
セントーラでは未だに波状攻撃が続いていた。
街の住民たちも心が休まらず疲弊していった
シャルルたちは辛くなったら他の街に逃げてもいいと何度も言っていたが、神と聖女が守るこの地を離れようとはしなかった。
未だに眠りについているマリアの代わりに、ラフィエルがバリアを継続させていた。
ミレージュからセントーラまでは、カーグランドの外周を一国分回ることになる。
いくらカーグランドが小さいと言っても1、2日の時間はかかる。
「リルム副長、このままのペースだと馬も兵も潰れます! お気持ちはわかりますが休憩をお願いします!」
「……わかった。適当な場所で休憩する。馬の水にこれを混ぜておいてくれ」
そう上級ポーションを5本手渡した。
「う、馬にポーション……!?」
一個だけでもとんでもない値段がするポーションがポンポンと出てくる。
「フィン、兵にも配ってやってくれ」
「うん。わかったリルムちゃん」
休憩と共に兵一人一人に中級ポーションが手渡される。
「ポーションはがぶ飲みしても一定量しか回復しないから、怪我してるヤツにも一本ずつな」
酷い怪我の奴は上級を渡すから言ってくれとリルムは言う。
「さ、さすがベルドリクス家……金巡りがいいとは聞いていたが、これまでとは……」
ごくりと恐れおののく兵士たちだが、原材料は目の前にいるリルム本人から無料で手に入る。
原材料を知っているリルムとしては自分の部下たちがポーションをうまいうまいと飲んでいるのは複雑なものがあるが、背に腹はかえられない。
「ギル、もうちょっとだからな。もう少し耐えてくれよ」
朦朧としていて返事がないギルヴィードにそれでも話しかけ続けるリルムに隊の者たちの気も重い。
隊員たちはリルムをアイドルのように崇拝してはいるが、それと同時にリルムを応援したいという気持ちも強い。
そして相手がギルヴィードという、自分たちでは到底敵わない様な金持ちで強くて、自分たちも尊敬する良い男に惚れているなら嫉妬する気も失せるというもの。
自分の推しには格の高い相手と付き合ってほしいという気持ちがあるのだ。
平民と貴族である為、叶わないということもわかっているからこそ、暖かい目で見られるのかもしれない。
「みんな! リルムちゃんの為に! セントーラまで駆け抜けるぞ!」
「おおおおお!!!!!」
そう雄叫びをあげ隊員たちはポーションを飲み干した。
「リルムちゃん! 前方にビックボア三体! あと一分で戦闘だよ!」
また走り出したギルヴィード隊の前には魔物が迫っていた。
「くっそ、そんなことやってる場合じゃねーっつのに!」
リルムは武器を手に取り、馬車から出ていこうとする。
「フィン、ギルを頼んだ」
「うん」
「テメーら! 目の前にビックボア三体来るぞ! ソッコーで締め上げて先に進む! いいな!?」
「押忍!! リルム副長!!」
「……フィンスター」
一旦止まり、戦闘音が聞こえる馬車の中でギルヴィードはフィンスターに話しかけた。
「ギルヴィードさん! 喋れるまで回復したんですか!?」
しかし喋るたびにどこかが痛むのだろう。最低限の言葉だった。
すごい……とリルムの回復能力の高さに驚く。自分が共にいた時より格段に上がっている。
好感度の違いで回復量が変わると言っていたが、これほどとは……
しかし、血は足りていないようでギルヴィードの顔は青白かった。
「……オレが死んだら、オレの死体をわからねえように捨てて、オレのフリをしろ」
「…………」
「一定時期まで自分の死期を気取られるな」
まるで遺言のように紡ぐ言葉。
『リルムに死んだことがバレないように、リルムを振って捨ててほしい』
そう言っているように聞こえた。
フィンスターはギルヴィードは死ぬと、そう理解はしていたが
「嫌です」
「それは取引に入っていません」
フィンスターの目には涙が溜まっていた。
「リルムちゃんはギルヴィードさんは死なないって思ってるんです。だから死なないでください……っ!」
「……めちゃくちゃだな」
そう言いつつもフィンスターはギルヴィードの死の足音を感じ、泣いていた。
意外にも見せた神獣の涙に「おめえそんな顔もできるんだな」と笑って、また目を閉じた。
「ギル! 大丈夫か?」
「うん、ぐっすり寝てるよ」
ビックボアを狩って帰って来たリルムは返り血を拭きながら馬車に乗って来た。
息をしていることを確認するとホッと胸を撫で下ろす。
それと共にまた馬車は動き出す。
「ギル。もうちょっとだからな。頑張ってくれよ」
そう抱きしめながら声をかけるリルムにはギルヴィードは応えなかった。
フィンスターはそんな二人を見ながら漠然と考えていた。
ギルヴィードがリルムを好きになっていたのなんて、とうの昔から知っていた。
だから雑魚の中に突っ込んだリルムにバリアをつけるなんて心配性なことをしたんだろう。
自分につけていればこんなことにはならなかったのかもしれないのに、爆風に巻き込まれるであろうリルムの為なのか、リルムのバリアは張られたままだった。
不器用な人だと思った。
今も死ぬ自分が下手にリルムに声をかけたら傷つけると思っているんだろう。
「リルムちゃん」
「フィン?」
なら、十分リルムを傷つける言葉を言ってやろう。
「大丈夫、ギルヴィードさんは助かるよ。だから頑張ろう」
「フィン……っおう! そうだな!」
リルムはそのなんの根拠もない言葉に満開の笑顔で笑った。
「………………」
ギルヴィードの眉間がピクリと動く。
そのギルヴィードの耳に顔を寄せ、フィンスターは囁いた。
「……リルムちゃんを泣かせたくないなら、絶対に生きてくださいね」
神獣フィンスターは、やはり目的の為なら手段は選ばない神獣だった。
◇
「エンジェル! 起きて下さいエンジェル!」
シャルルの声に起こされ、私は目を覚ました。
「な、なに!? えっ!? あれ!? 私寝てた!? えっうそ! みんな大丈夫!?」
「ラフィ=エル様がバリアを引き継いでくれてまシタ!」
「えっ!?あっ!ラフィちゃん!!」
「おはよう。マリア」
私はラフィちゃんの膝の上でスヤスヤと惰眠を貪っていたようだ。
マジかよ!!
うわああああやっちまった!! けど物凄く有難い!!
色んな気持ちが入れ混じりながらも安堵しているとシャルルが「も~っ! それどころじゃないんデス!」と言ってきた。
創造主が手伝ってくれた以上にそれどころじゃない事態って何!?
「それが、ミレージュからの援軍がそろそろ来るそうなのデス……」
「ええっ!? やった! ミレージュは勝ったの!?」
私が喜びながら言う言葉とシャルルの言葉は比例しなかった。
「先行はギルヴィード隊らしいのデスが、そのギルヴィード様が重傷により瀕死の状態らしいのデス」
「ええ!?」
あの殺しても死なないようなギルヴィードおじ様が!?
「だからエンジェルに治してもらうために急いでコチラに向かっているのデスが、こちらにはまだ零番隊がイルので……」
零番隊が通過するのを見逃してくれるわけがない。私はサァと青ざめた。
「ギルヴィードおじ様がいない状態のリルムとフィンスターで零番隊と交戦になっちゃうってこと……!?」
『聖女勇者』内で、リルムのステータスはお世辞にも高いとは言えない。
親友キャラであるということと、サキュバスであり普通は戦闘向きの魔族ではないこと、HPMP自然回復のサブサポートがウリのキャラという諸々の理由でだ。
そしてフィンスターも斥候向きなため、ガチの殴り合いではリルムにも劣るステータスになっている。
そんな中、フルメンバーが揃った零番隊と当たったらギルヴィード隊が壊滅してしまう!
「一応後に続いて他隊も続いてはいるのデスが、最初に当たるのはギルヴィード隊になりマス」
「は、早く止めないと!! 今どこにいるの!?」
私は慌てて様子を見る為にシャルルと城門の上に向かった。
「そ、それがもう目の前なのデス!」
「ええええ!!!?」
外門上に上って遠くを見れば、小さく砂ぼこりが見え始めている。
そしてそれを零番隊も気付いている。
「フィンスターが通信機を持っていますガ、何度も止めテモ、無視されテしまい……」
やばいやばいやばいやばい!!
「と、とにかく温存してた防衛兵器全部使ってこっちからも援護射撃!」
「ハイ!」
「敵が入ってくる可能性はあるけどギルヴィード隊が近くにきたらその周辺だけバリアに穴を空けます! 敵に備えてください! みんな家に避難して!!」
街の人達が協力して声を掛け合い避難をしていく。
「マリア、俺に出来ることはあるか」
ラフィちゃんは外門の上に居た私たちのところまでふわりと飛んできた。人間はふわりと空を飛ばないのよ、ラフィちゃん。
「ラフィちゃん有難う! バリアは代わるから、住民のみんなと一緒にいてあげて。ラフィちゃんがいればみんな安心するから」
「わかった」
ラフィちゃんにちゃんと感謝を言う暇すらない。
私は遠くのギルヴィード隊を心配そうに見つめることしか出来なかった。




