063 悪夢と零番隊
◇
「う……うう……」
暗闇の中、リルムは怯えていた。
リルムのミスによりサキュバスだとバレてしまった。
サキュバスだとバレたら他の国がサキュバスを求めて、マリアやギルヴィードが愛するカーグランドに攻め入ってきてしまう。
「ごめんねリルム。カーグランドを守る為には貴方を他国に渡すしかないの」
「マリア……!」
もうカーグランドにはいられない。
自分のせいだ。
「おめえは使えるサキュバスだったけど、これ以上はムリだな」
「ぎ、ギル……!」
「サキュバスは恋愛体質だ。すぐ違う男好きになれるだろう」
「そ、そんな……ギル! ギル……!!」
リルムは縋るようにギルヴィードに抱き着くが自分の足には枷がされ、マリアやギルヴィードが離れていく。
「待って! マリア! ギル!!」
「僕はリルムちゃんと一緒にいるから」
そう言ってくれるフィンスターだが、出会った時のようにボロボロだ。
リルムの為に自分を犠牲にしているんだろう。
「いいから! オレのことはもういいから! フィン!」
リルムは鎖で繋がれ昔見た仲間のように、先程のゴロツキたちに迫られる。
「や、やだ……! ギル……! たすけて! ギル……!」
「おい」
頬を強く叩かれ眠りから醒める。
「ギル……」
「うんうんうるせえぞ」
もうちょっとマシな夢見ろ。とギルヴィードに注意される。
あまりに普通の日常の風景にリルムは驚く。
「ギル……オレ、サキュバスってバレて……」
「あぁ、そうだな」
事も無げに返すギルヴィードにぶわっと涙がとめどなく溢れる。
「ぎ、ギル……っおねがい、捨てないで」
泣きついてきたリルムに面食らい、少し戸惑うギルヴィードだが、それを見たものはいない。
「バレたら……もう……カーグランドにいられないって……っどこかの国に連れてかれるかもって……っ!」
子供のようにわんわんと泣くリルムに、ギルヴィードはさりげなくそっと背をさすった。
「おれの、せい、なんだけど、おれ、ぎるといっしょにいたいよぉ……っ!」
なんでもするから捨てないでと泣くリルムに困惑して、はぁとため息をついてからギルヴィードは答える。
「カーグランドにサキュバスがいることはバレたが、マリアの洗脳魔法の効果にもよるが相手からお前の情報を消してある。時間稼ぎにはなるだろ」
「マリアが……? 離れなくていい?」
「今んとこはな」
「そもそもおめえは重要な国家財産なんだ。テキトーに街歩くんじゃねえよ」
デコピンをされキョトンとするリルム
「こっかざいさんだったら離れなくていいのか?」
「少なくとも他国にやる義理はねえな」
ほんと? 離れなくていい? とぎゅうぎゅうと抱きしめて聞いてくるリルムにイライラしたようにギルヴィードは叱る。
「おめえは警戒心っつーのをここ数年でどっかにやったみたいだな。学習能力もねえ。今回はお前のせいで面倒なことになってんだ。その反省はしっかりしてもらうぞ」
リルムの嫌がるお仕置きをする宣言をして嫌がらせようとしたが
「……それでギルと一緒にいれるならなんでもする……」
「……おめえ趣旨わかってねえだろ」
ギルヴィードはまた一つため息をはいた。
◇
ヴァンデミーア零番隊の隊長室にノアストティは居た。
「やはりカーグランドにサキュバスが……」
「はい。ですが敵の奇妙な魔法にかかってしまって、サキュバスや敵の顔が思い出せず……すみません」
「いや、ノアが無事帰ってきただけでも重畳だ」
「あ、ありがとうございます……ジークさん……」
隊長ジークベルト=ミアーズにノアストティはこの前までの冷たい目などは跡形もなく、照れた顔ではにかんだ。
「しかし奇妙な魔法は洗脳の類かもしれません。念のため俺に監視をつけて、変な動きをしないかを見た方が良いかと」
「お前にそんなのを付ける気はない。気になるなら俺と一緒にいるといい」
「えっ、は、はい……!」
内心奇妙な魔法に感謝しつつも気を引き締める。
「サキュバスはこの平民ばかりの零番隊の良い収入源になり得ます。ヴァンデミーアの貴族の奴らにバレないよう、回収して役立ててみせます」
「ノアは貴族だというのに俺たちが平民あがりなばかりに苦労ばかりをかけさせてしまってすまないと思っている。頼んだぞ」
「はい……!」
ビシッと姿勢を正すノアストティを見、うんと穏やかに頷くと執務机にいつも置いてある肖像画を見た。
穏やかにそれを見つめるジークベルトにノアストティは微妙な顔になる。
「……ご家族の、絵ですか」
「ああ。妻と息子だ」
鬼神のようだと評される将軍、ジークベルトはそこには無く、ただ愛しいものを見る夫であり父の顔だった。
「…………ジークさん、奥様は……」
「ノア、その話は終わった筈だ」
「すみません」
ノアストティはジークベルトの妻、エリザがなにやら怪しいと疑いをかけていた。
「俺は妻を信じている」
「……はい……」
ノアストティがジークベルトに傾倒していることは誰の目にも明らかで、ジークベルトも薄々は気づいていながら、気付かない振りをしていた。
どれだけノアストティが出来る男だとしても、そのような男に妻の不審な行動を密告されても真実か虚偽か掴めなかった。
ノアストティ自体もわかっているのだろう。
それ以上は何も言わなかった。
ジークベルトは貴族の娘と結婚し、今は貴族だが平民あがり故、愛情深かった。
妻を、エリザを愛していた。
家族の為に生きてるような良い父親だった。
ノアストティの気持ちには応えられないと。
「ノアは俺にとって大事な副官だ。失くしたくない」
「ありがとう……ございます……」
零番隊で誰よりも貢献している侯爵貴族のノアストティより家族を取る、と、そう暗に示していた。
それでもノアストティは零番隊に所属し続けていた。
◇
私は珍しく伝書鳩でギルヴィードおじ様に呼ばれ、起きておじ様にべったりのリルムをべりっと引き剥がして
「風呂に持っていけ」
と指示された。
そんなモノみたいに……。
私にもリルムはベッタリで「バレたらマリアの奴隷じゃなくなっちゃうのか?」と心配そうに言ってきた。
普通奴隷じゃなくなったら喜ぶところだと思うんだけど……。
まあリルムの場合、他の人に奴隷にさせられるって確率のほうが高いから怖くもなるか。
お風呂で洗いっこしながら「ならないよ~よしよし」とめいいっぱい甘やかした。
うちの子はいい子だなあ~とつい婆心が出てしまう……。
年齢的にはリルムのほうが年上なんだけど……おかしいな……。
いつものように良いカラダしてますな~とセクハラかまして大丈夫なくらい回復しているのかチラチラと心配しつつお風呂を出た。
くそ~~~~私のリルムへのセクハラをやりづらくさせた罪は重いぞ!
お風呂から出てきたらギルヴィードおじ様もお風呂に入ってきたのかさっぱりしていた。
私が無茶ぶり言ったからだけど、リルム、スライムがまとわりついてたからベタベタしてたよね。
布団のシーツもフィンスターが買えたのか新しいものに変わっていた。
色々落ち着いたところで、私のノアストティの知識を三人に共有しとこうと思う。
「ノアストティ=ルーベンバーグはヴァンデミーアの侯爵家の息子で、凄腕の魔導士で頭も良い。普通だったらスーパーエリートですね」
「ふ、普通じゃないのか?」
リルムはさっきの親玉を思い出しギュッと私とフィンスターの腕を掴んでいる。
フィンスター曰く怖い夢を見たそうで、離れたがらないとニコニコしていた。
「ノアストティ以外は全員平民出という部隊の零番隊の副隊長で、隊長のジークベルトに心酔してます」
「そりゃ……貴族選民思考のヴァンデミーアでは変わり者扱いだろうな」
ふむ……とギルヴィードおじ様は悩んでみせた。もう私の言いたいことは伝わってるかもしれない。
「はい、勿論家族や他貴族との折り合いも悪いノアストティが、ヴァンデミーアの為にサキュバスを探すことはありえないと思うんです」
貴族主義の為、ヴァンデミーア最強部隊である零番隊の功績は全てノアストティに行くためノアストティの社交界での評価は高い。
だけど隊長大好きなノアストティ的には手柄横取りしてて心苦しいんだよね。
「さっき地下で聞いた人達は金で雇われたみたいです。なにも知らないと言っていました」
ニコニコフィンスターが物騒なことを言ってる気がするが、スルーしておこう。
「雇われを使わないといけないほど隠密で動かないといけないあたり、個人行動に見えなくもないな」
「零番隊の軍備資金の為にサキュバスを使うと?」
「多分そのセンで間違いないかと」
「となるとヴァンデミーア全体にバレることはないな。敵は零番隊だけになる」
「ってことは、オレは大丈夫なのか?」
リルムはよくわからずにフィンスターに聞いてる。
「敵さんも、リルムちゃんをカーグランドからベルドリクス家が匿ってたように、一枚岩じゃなく攻めてきてるってことだから、国際問題になる可能性は薄くなってるんじゃないかな」
「希望的観測だがな」
ただ、零番隊はサキュバスがカーグランドに居ることはわかってしまった。
これからどんな手でくるのかは想像できない。
「とりあえずリルムは今後一人で歩くのは禁止。今回フィンスターは影だったから良かったものの、本物だったら死んじゃってたかもしれないんだからね」
ある意味、今回一番危なかったのはフィンスターだ。
「うう……」
フィンスターをギュッと抱きしめるリルム。フィンスターすごい笑顔。
影は本体より思考だったり戦闘だったりの能力は若干劣る。
だったとしても、遊撃などを得意とするフィンスター本体がノアストティとタイマンで戦ったら確実に死ぬだろう。
ギルヴィードおじ様も説教に加わり、今後は下手に動かないことを約束させられた。
その光景を見ながら私は考えていた。
私は、ノアストティが零番隊以外の為に動くことは、絶対にないと踏んでる。
だって、ノアストティは公式BL設定の『聖女勇者』人気に火を付けた、腐女子一番人気キャラだから!
原作ゲーム『聖女勇者』の話になるが、ヴァンデミーア国スタートの場合、スタートキャラは零番隊ではなく、レヴィンが救った少年リーベが初期攻略キャラとなる。
初見殺しのヴァンデミーアお助けキャラとして出てくる零番隊のジークベルトとノアストティ。
最初はパーティにも入ってくれて、かなり強いし、とても助かる存在なのだが、ある程度進めると零番隊を気に入らない貴族が零番隊を計略で嵌め、ヴァンデミーアから追い出されてしまう。
なので強制的にパーティから抜けることになる。
ジークベルトとノアストティ頼りに攻略していたプレイヤーは詰み状態になるということだ。
今まで頼りにしていたキャラが敵になることで、プレイヤーの精神を深く抉った。
しかもゲーム中最高戦力なので相当強い。
更に言えば、零番隊ノアストティ、ジークベルト両人は攻略が出来ない。落とせないのだ。
この二人に惹かれてヴァンデミーアをプレイしようとしたら泣きを見る初見殺しだ。
そしてこのノアストティ……乙女ゲームキャラらしい行動を一切しない。
一見タラシ風のイケメン貴族なのだが、女に興味がない癖に金持ち女を口説いては貢がせ、その金を零番隊の資金に充てていた。女の敵だ。
しかし平民しかいない零番隊の参謀として、金銭面や隊員たちの面倒を見ていたせいで、ファンの中でついたあだ名が『零番隊のお母さん』
全てはジークベルトの為に。
自他共に認めるジークベルト信者だ。
ノアストティが落とせない設定の一つに『ジークベルトに心酔しているから』という設定を足したのもいけなかったのかもしれない。
その時の時代のニーズと合っていたのかジークベルト×ノアストティ、略してジクノアが大流行りした。
ウチの会社もこれまでにない大当たりに客を逃がしてはならないとジクノア推しが凄かった。いわゆる公式が最大手状態。
攻略キャラではないことを良い事に、グッズも二人セットで描き下ろしたり、敵キャラ故に悲惨な最後しかない二人の幸せそうな絵が見たいという要望にガンガン応えていっていた。
今の時代、会社はガンガンエゴサとかして客のニーズを研究してるからね……。
スピンオフの零番隊コミカライズでは「もはやBL漫画なんじゃないのか?」というくらいノアストティがジークベルトのことを好きだった。
そこまで反映されているのなら、ノアストティは相当ジークベルトにホの字であろう。
リルムに性的感情を持たずに触れたのもそういうことだと思う。
「零番隊かあ……」
ジークベルトは三国志で言う呂布、戦ったらかなりの損害が出る。
正面対決だけは避けなければならない……。
……とまで考えてゲルベルグさんの顔が浮かんだ。
そういえばゲルベルグさんはジクノアも大好きだったな……
……ゲルベルグ被害者の会がまた増えてしまわなければいいな、と別の心配までしてしまった。




