059 それぞれの婚約事情
ヤード先生の婚約が決まった。
お相手は同じ商家出身のベルドリクス家「教師挑戦者枠」輩出のミランダ先生。
「おめでとうございますヤード先生」
「マリア様! ありがとうございます!」
上司からの打診のお見合い結婚ではあるが、ヤード先生は嬉しそうだ。
ミランダ先生を採用して他貴族家へ推薦するまでの期間だが、ベルドリクス家で少し一緒に仕事していた時、実はひっそり「いいな」と思っていたらしい。
彼女は別貴族家へウチの推薦で文官として寄越していたのだけど、結婚するということでそこを辞め、子供が出来るまではベルドリクス家の文官として秘密を共有し、ヤード先生の手伝いをすることになった。
「彼女は数字計算が得意なので、この仕事とも相性が良いと思います」
元々ヤード先生一人の仕事量じゃなかったし、先生が結婚するには秘密がバレかねない。
なら同じ使える文官と結婚させ、人手を増やそうという腹づもりらしい。
ゼルギウス陛下にもグラフを見せたら「こりゃやべえモン作ったな」と感心されていたので、更に仕事が増えかねない状況だったし、良かったんだろう。
けど
二人が紹介されたのは戴冠式後すぐだと言う。
私が「ヤード先生とリルムなら……」と薦めた後、すぐだ。
しかも「いいな」と思っていた人を紹介するなんて針に糸を通すようなこと、どこかの神獣でもない限り不可能だ。
作為的なものを感じ、ギルヴィードおじ様を眉間に皺を寄せて睨んだ。
おじ様は気付いているのかいないのか涼しい横顔で軍を眺めていた。
今来てるのはカーグランドの西北部。
魔物の群れが現れたと聞いて軍一部隊を連れて転移させてきた。
軍を育てる許可も大々的に得て、お金も十分。
「リルム隊長の為にーーーー!!!」
「オーエス!!」
聖女の私の転移魔法による高速デリバリーと、リルムの魅了による軍の魔物退治レベリングで、カーグランドは前よりも魔物の少ない名実共に安全な国となっていた。
「なーギルぅ、オレ頑張ってたろ~?」
見事魔物を打ち取った軍を率いていたリルムがニコニコと飛んでギルヴィードおじ様に褒美を求めにくる。
「ったく、こんくれぇで毎回やってたら褒美になんねえだろうが」
「あうっ」
デコピンをしてさっさと軍に戻れとシッシッと手で払う。
ギルヴィードおじ様はリルムのご褒美のおねだりに辟易気味だった。
それなのに……言ってる事とやってる事が矛盾している悪い男に私は白い目だ。
「なんだよ」
リルムの言うご褒美とはギルヴィードおじ様に『優しく彼氏のように愛を囁いてもらったり甘やかしてもらうこと』で、見ていると悪い男に尽くす女性に被ってキツイものがある。
この人はリルムを幸せに出来ないのに手放さない気なのだろうか。
それともMP回復に使えるし便利だし、本人もオレの傍がいいならいいだろとか、そういう考えなのか。
「別にィ……」
私が仕組んだことなので文句を言うのは筋違いではあるが……いや、仕組んだことだからこそ、自責の念を感じてしまう。
男女の関係に正解などないのはわかってはいる。
このままであるのなら、私だって文句は言わずにこのままでいいかと思うだろう。
しかし、家督を継いだ伯爵のギルヴィードおじ様は絶対に結婚しなくてはいけないのだ。
大陸中に追われている家畜扱いのサキュバスで、人間を産めないリルムが日の下で生きられないまま愛人に甘んじるのが幸せなのか、わからない。
ただあの夢のようなロマンス小説を愛する恋愛脳のリルムが愛人枠で正妻を素直な気持ちで見ていられるのかと思うと、出来るのだろうか。
恋愛脳と愛人ってかなり相性悪いと思うんだ。
絶対正義創造主であるラフィちゃんにリルムを人間にしてもらえば、サキュバス素材は取れなくなる。
(そういえばラフィちゃんは『外の創造主が作った設定は動かせないって言ってたな)
攻略キャラ以下の設定ありキャラへの直接介入は無理ということなのだろうか。
しかしカムイの欠損はラフィちゃんが治せたし、設定のダブルスタンダードもあったりと、どの辺りまでが触れられない設定なのかはイマイチあやふやだ。
(まあ……でもリルムを人間にしたらギルヴィードおじ様たちの中のリルムの価値が無くなるから、この手は元から無理なんだけどね……)
絶滅危惧種であるサキュバスを失くすなどとんでもない話。
それなのに、家畜扱いで意中の人と恋愛も出来ない。
……何となく、解せない気持ちでいっぱいだ。
魔物の解体をしている軍の兵たちを眺めながら私たちは日傘の下、座って見ていた。
「おじ様、あれからなにか掴めたんですか?」
防音魔法がされた開放的な野外で機密な話をし出す。
公にはされていないが、ザッグベルとの戦闘の経緯はヴァンデミーアによる工作だった。
「いや、理由もさっぱりな上、ヴァンデミーアのどいつが仕組んだかも謎だ」
完全な手詰まりらしい。
「聖女を厄介に思った人がいるにしても、行動が早すぎますよね」
あの時は「カーグランドに聖女と呼ばれるくらいの少女がいる」程度の支援魔法の使い手くらいしか出回ってなかったはずだ。
カーグランド自体を混乱させて奪い取ろうという考えでもヴァンデミーアはカーグランド隣接国じゃない。
「あるとしたらウチにサキュバスがいるのがバレてるかだが……それにしては遠回しなやり方すぎる」
ヴァンデミーアは大国だ。
バレてたら圧力をかけられて、あの平和で気弱な前王を脅せただろう。
「うーーん」
全く意図が読めない。
工作した売国貴族にはいい地位を得られるよう協力するとか、耳触りの良いことを囁いてカーグランドの情報を流させていたらしい。
「ただの情報収集の一環で仕組んだことなんでしょうか」
ギルヴィードおじ様は渋い顔をしながら「だと良いがな」と呟いた。
「とにかくヴァンデミーアにウチを狙っているヤツがいるってことはわかった。とりあえずはそれだけでも収穫だ」
「そうですね。ベルドリクス領だけではなくヴァンデミーア方向の防衛も考えましょう」
私たち軍人伯爵家はひたすらカーグランドを守ることを考えるのみだ。ムキムキ!
「次は国境付近の領の貴族に挨拶に行くんですよね」
「あぁ、今は新体制になって領も改革が始まるからな。社交シーズンが終わったから殆ど領に戻ってる」
ベルドリクス領はお祖父様たちがいてくれるから安心だ。
他領には新しい領主の顔見せとしても挨拶に行かねばならない。
ベルドリクス領といえば、最近は隣接のザッグベル国とは仲が良い。
「カーグランドは二分していたのを上手く利用して有能を残し無能を削った。おかげで一枚岩ながらも国の機能は死んでおらぬ。ピンチをチャンスに変えるとはこういうことだな」
「はい。自慢の臣下たちです」
「ガッハッハッ! その心意気や良し!」
ザッグベル国王とゼルギウス陛下が思いの外ウマが合ったらしい。
確かに真っ直ぐな脳筋と正義のヒーローが大好きな好青年は合うだろうな。
交流試合でもエリウッドがカムイとまた戦って友情を深めていた。
エリウッドとしてはこの前ボコボコにしたカムイを全快させた私にも興味があるらしいが、エリウッド対策は全くしてないから困っていた。
エリウッドは興味のないものにはさっぱりだが、興味を持ったら物凄い。
原作ゲーム『聖女勇者』ではヒロインも世界一人の回復魔法保持者として、戦闘狂のエリウッドを癒すことで興味津々に近寄られてグイグイと迫られる。
グイグイと迫ってくる延長線上にアダルトルートも存在しているので、本能で生きる彼はかなり回避が難しい。
興味を持たれたらアウト……つまりもうアウトラインに入ってしまっている。
従者時代の経験か、私が困っていることを察知したカムイが
「姫と会話したくば、俺を倒してからにしろ」
と関門になってくれているらしく、助かる……。
とは言っても、ザッグベルとの交友を示す社交界でバッタリ普通に会ってしまったのだが
「まだカムイに勝っていないからノーカンにして」
とウインクをされた。
脳筋国ザッグベル貴族のエリウッドには、真面目で一本気なカムイは好印象にみえるみたいで、平民となっていてもエリウッドは律儀にカムイとの約束を守るつもりみたいだ。
戦闘狂としては歯ごたえのあるカムイが戦ってくれる口実があるのが嬉しいのだろう。
ボロボロになっても私が回復してくれるから本気でやれるのも楽しいっていうのもあるのかもしれない。
おかげでカムイのレベルも上がっているので有難いことだ。
良い戦友になってくれればと思う。
とにかくカムイが負けるまではエリウッド対策はどうにかなりそう。
それと、蛇足ではあるがゲルベルグさんはチャンスとばかりに、エリウッドに営業をかけ、友好の印と称してブロマイドを撮らせてもらっていた。
これで女性向けの男性アイドルが二人になったと言える。
隣接しているザッグベルと良い関係を築けている今、我が家がやるとしたら、他領地貴族から協力をもらって国全体の軍を強化することだ。
ギルヴィードおじ様は一人転移のみなので私も護衛やらの転移要員としてこの日帰り弾丸国境ツアーに参加している。
一日で国境線の領は全てまわる予定らしい。
「そんなに急がなくてもいいんじゃないですか? ちゃんと仲を深めるには一泊くらいしてあげたほうが……」
「その一泊で娘を侵入させて既成事実をでっち上げられるのはごめんだ」
ひえええ!? そんなのあるの!?
私はドン引きながらギルヴィードおじ様に付いていった。
今のギルヴィードおじ様はそんなことも気にしないといけないレベルの玉の輿みたいだ。
「ベルドリクス卿! ようこそおいでくださいました!」
「お時間を割いてくださり感謝いたします」
幸い隣国に面している領地とは何かあった時のために協力状態にあり、軍強化や防衛強化は願ってもないことだと感謝してくれている。
ヴァンデミーアと戦うことになるとしたらここになるだろうという、ロレンツ領の国境街、セントーラに来ていた。
「我が領地も防衛力が足りないとは薄々感じておりました。ですがやはり無い袖は振れませぬ」
悔しそうにロレンツ公爵がため息をついた。
「今年から軍備が増強されます。カーグランドを守る為、共に頑張りましょう」
ギルヴィードおじ様はお互い固い握手をした。
うんうん。着々とカーグランドが一枚岩になってきてるね。
「ちなみにギルヴィード卿、ウチに娘が三人いるのですが……」
「皆さまカーグランドを愛してらっしゃって素晴らしいわ!」
私は真っ青な顔でギルヴィードおじ様を引っ張り次が詰まってますよと連れて行く。
挨拶済んだし、もう帰るからね!!
「マリア様はギルヴィード卿を取られたくないんですなあ。はっはっはっ」
「いやぁ……可愛い姪です」
ぐ、ぐぬう……おじ様の貴族用の笑顔が腹立つ……
おじ様大好きな姪とかいうお祖父様と同じ間違いをされそうで凄く嫌だ。
でも! 私がおじ様とリルムをくっつけた責任がある以上、出来る限りの応援や邪魔はしていくのだ!
私は自由に生きると決めたのだ!
「国境領土の貴族が私達より爵位が低くて助かりましたね」
「ああ。挨拶しとけば義理は通したし多少は無理が効くだろう」
ヴァンデミーア近くの国境領土は二つある。シャルルのいたモノリス国とモブ国のアリアーナ国だ。
「モノリス国ともシャルルの件で揉めましたし、対策しといた方がいいですよね」
モノリスとの国境にモノリスから引き抜いたシャルルの防衛兵器を置くのは偲びないが仕方がない。
シャルルも故郷と戦争する前提は嫌だろう……と思ったら
「あのワタシを搾取しまくってきた毒家族どもと国に報復できるなんて愉快痛快デス!」
ノリノリで防衛設計してくれた。そうだ。すっかり儚く従順になって忘れてたけど、シャルルはそういう子だった。
とんでもない要塞に仕上がるんじゃないかと逆に心配になってくる。
よ、予算大丈夫かな……。
元々最低限しかなかったカーグランドが他国と渡り歩く軍事力を手に入れるとなると、サキュバス素材を使っても全く追い付かない。
お金はすぐ減るものなんだなあ……。
サキュバス素材だが、リルムの幸福度が高いせいか素材が高品質になり、上級ポーションも作れるようになってきている。
幻術や薬でサキュバスを気持ちよくさせて素材をとるよりよっぽど健康的で品質も良い。
ただ今の幸せも幻術みたいなものと言われてしまえば、同じようなものなのかもしれないけど……
高品質なサキュバス素材は他の素材で薄めることで大量の下級ポーションにすることも可能で、量産が可能な体制へとなってきた。
調合師が全く足りず、シャルルの弟子のロクトがいっぱいいっぱいになりながらこなしてくれていたのだが、今は「素材を買った」と言って国の調合師たちに作らせることが可能になっている。
素材を買ったとされるお金は表帳簿で改竄されているが、今のところバレていない。
グラフがあったら一目瞭然でバレそうなものだけど……これが数字のマジックってやつか……。
回復アイテムは消費アイテムで幾らあっても困らない便利アイテムなので、売れ行きもまだまだ伸びるだろう。
出せば出すだけ売れていく。買ってる国はお金のある大国みたいで、どこかが買い占めってわけでもない。
ポーションを売った先をチェックすることが出来るのもかなり大きい。
フィンスターとリルムのおかげで情報戦では他国より一歩前をいっているだろう。
買っているのは訓練目的なのか、戦の準備をしている国があるのか……その辺りも気になるところだ。
ただやっぱり素材元のサキュバスを抑えればポーションの出費がなくなるということで、素材を作っているサキュバスを持っている国を探してる動きはまだあるようだ。
そう考えると私がヤード先生とリルムをくっつけようとしていたのはヤード先生にも危険な行為だったのかな……ごめんヤード先生。
おじ様も私が馬鹿な真似する前にヤード先生を結婚させてしまったのかもしれない。
俯瞰してみると、ウチで匿ってるのが一番安全なのがよくわかる。
リルムは『聖女勇者』で親友キャラどころか没になって悪役キャラになってしまっていたキャラクター。
親友悪役キャラはヒロインのどんなカタチでさえ引き立て役になってしまう場合が多い。
つまり、いいエンドが迎えられるかわからないのだ。
この前「マリアとギルは結婚出来ないのか?」とリルムが聞いてきた時は青褪めた。
完全に引き立て役のソレじゃないかい!!
一応「おじと姪だし無理だよ」と返したが……実際には赤の他人なことは言わない。
せめて友人が正妻のほうがいいっていう気持ちなのはわかるけど!!
このゲーム親友の男を寝取るようなゲームじゃねーから!!
だからと言っても悪役親友ポジのリルムには、普通に一番のグッドエンドがギルヴィードおじ様の愛人エンドの場合がありえてしまう。
っていうか、もうそれしかない。
国境貴族と会談をしている貴族用の笑顔を張り付けたギルヴィードおじ様のことを横目で
も~! おじ様! なんとかしてよ~!
と、ゼルギウスさんのように思う私だった。




