058 愛の商人ゲルベルグ
「ヴァンデミーアとの仲が胡散臭くなる前にレヴィンは回収しておきたいですな」
ベルドリクス家御用達商人、ゲルベルグさんと二人で商談という名の近況報告のお茶会を開いていた。
外の知識があるゲルベルグさんとはこの世界のメタ的な話が出来るからとても有難い。
「確かに。そうですね」
ラッセンブルグはヴァンデミーアの隣接国になる。
ヴァンデミーアに恭順している国なのでヴァンデミーアと揉めたらラッセンブルグにも入れなくなる可能性もある。やるなら早い方が良い。
私たちは前から計画していた、ラッセンブルグ国の初期攻略キャラクター、レヴィンを雇う計画を決行しようとしていた。
「ラッセンブルグに行く前にシャルルたんのところに寄っても宜しいですかな」
「いいよー」
ゲルベルグさんとは中身の関係もあり、非常に気安く接しさせてもらってる。
ヒロインが死んだら終わりなこの『聖女勇者』という乙女ゲームで、ヒロインの私を抑えられているのは、あちらとしても安心するんだろう。
「姫、俺もお供致します」
「カムイ! 助かるけど……今日は休日だったでしょう? いいの?」
「大丈夫です」
カムイは相変わらずの忠犬で休日返上で付き合ってくれる気らしい。
社畜の鑑すぎる……。カムイの為に休日手当とか作ってあげなきゃ……。
私はバリアもあって、本当は護衛なんて要らないんだけど、それを知らない相手からは簡単に誘拐出来そうに見えるし、なにより「出来心」で襲ってくる『つい』犯罪者になってしまう市民も出てきてしまうかもしれない、と注意されて一人で歩くのはあまり良くないと言われていた。
自衛していないと思われたばかりに犯罪者が増えるのは良いことではない。
でも精悍な青年にすくすくと育ったカムイと見た目顔が悪そうなゲルベルグさんもいるし今回は歩いて街を散策しつつむかうことにした。
すっかり『聖女』と周知されてしまったので、私が外に出ると「ウチの子の病気を治してください!」などと募る者たちが物凄く多くなってしまった。
一応、定期的に病院に行っては回復魔法で治したりするのはやっているんだけど、いっぺん回復魔法の旨味を知ってしまうと貴族平民問わずどうしても寄ってくる者は増えてしまうのだ。
お人好しで治してしまうと不平等感が出て争いになる。と何度もギルヴィードおじ様に叱られていた。
おかげで伯爵家の警備はかなり増やすハメになり、フィンスターも忍び込んで来るものが多いと困っていた。
いや、だって! 聖女の名を聞いて遠くから病人連れて来たりされたら!
見ちゃったらどうしようも出来ないじゃん!
「なんていえばいいのかわからないから、私に見せないようにしてください!」
見たら治してしまう! そう主張したらギルヴィードおじ様には呆れられながら聖女としてはそれくらいのほうが外聞はいいのかもな、と外出は変装を義務付けられた。
体制を整えてから聖女だと公表できて、本当に良かった……。
なので私とすっかり有名人のカムイ二人はカツラや眼鏡などで変装して街を歩いた。
「それにしても……変わったね」
「そうでしょうそうでしょう」
ゲルベルグさんはここ一年で「人ってここまで変わるの!?」ってくらい痩せた。
元々太ってる人の痩せ方はすごいらしいけど、それにしてもすごい。
「もともとゲルベルグは骨太な身体みたいでしてな。どうしてもほっそりにはなりませんでした」
筋肉もついたのかどっちかというとマッチョ体型というか……ガタイの良い青年とおじ様の中間みたいな……とにかくイイ感じのジェントルマンになっていた。
肉もついてたし髭も生やしてたしですっかり忘れてたけど、ゲルベルグさんってギルヴィードおじ様より年下なんだよね……。
全然若さもあって肌もツヤツヤだ。臭くもない。
「もしかしてゲルベルグさん、香水もつけてる?」
「あぁ、シャルルたんから体臭をなんとかしろってツンデレみたいなプレゼントされましてな」
デレデレと語るゲルベルグさんに私は驚く。
「シャルルからプレゼントもらえる仲にまでなったの!?」
死ぬ直前まで追い詰めてた相手を良くそこまで口説いたな!?
私は純粋に尊敬した。
原作ゲーム『聖女勇者』では戦争の為の武器を売る『死の商人ゲルベルグ』として度々出てきてはヒロインたちを苦しめた。
しかし、そのゲルベルグに私と同じように乗り移ったペンネーム『モブおじ』さんは『聖女勇者』をこよなく愛する大人気の大手サークル主だった。
今は勿論武器なども取り扱っているが、アイドルブロマイドやシャルルの開発した媚薬やらラブグッズやらも売る『愛の商人ゲルベルグ』になっている。
愛のちからってスゲー。
ここまで変わるのか。
「ダイエット成功後、シャルルたんの歳の数の真っ赤な薔薇の花束とシャルルたんが喜びそうな素材を持って登場したら怯えられる前に驚かれましたぞ」
驚いていたシャルルたんカワユス……と言ってることは全く変わっていないが見た目は全くちがう。
乙女ゲームのキャラだったからか元は悪くないのだ。
痩せた今はちょっと悪そうな青年実業家って感じで、印象が全然違う。
いきなり現れたらゲルベルグ本人かどうかわからないよね……。
今日も薔薇を用意しているみたいだが、一本だ。
「毎日花を渡していたら「研究所に溢れてしまってマス!」って怒られましてな」
怒られた話なのに「ちゃんと飾ってくれてるんですぞ」と顔は完全に幸せそうだ。
「やっぱりシャルルに貢ぎ作戦って普通は有効なんですね」
「もーマリア神のおかげ! 感謝感謝ですぞ!」
ラブラブがこんなに素晴らしいものだったなんて! とモブレ大好き作家さんがイチャラブ純愛に目覚めていた。
ダイエットしてシャルルを攻略しろと言ったのは私だけども、ここまで上手くいくとは思っていなかった。
純粋にゲルベルグさんの努力と愛の結果でもあるだろう。
三人で手軽に歩いてシャルルの研究所までやってきた。
慣れた手つきで研究所のチャイムを鳴らし出迎えを待つ。
本当に毎日来てるんだろうな……マメな男って好かれるよね。
「あ! ベルグさん! こんにちは。あ! 聖女さまも!」
弟子のビスタくんが笑顔で出迎えてくれた。
えっ?
「ベルグさん?」
「外堀埋めも完璧ですぞ」
グッと親指を立てるベルグさんことゲルベルグさん。
この人一年前まで研究所の三人組に豚って呼ばれてましたよね。
「一体どんな魔法を使ったんですか……」
「愛ですよ。愛」
「ちゃんと責任をとる!」とシャルルにプロポーズ(?)して真摯に口説き始めたら弟子たちも軟化したらしい。
一番はあの見た目じゃなくなったのがでかい気がする。
『師匠が豚に言い寄られてる』よりは『師匠が金持ちのイケメンに言い寄られてる』のほうがよっぽど許容できるんだろう。
しかもシャルルの為に変わったと言われては、不良が更生したかのように当たり前の行動でも評価が爆上がりだ。
……自分でハードル下げて本命攻略するなんて、なんて恋愛上級者だ。
案内され中に入ると本当に研究所が花だらけだった。
ゲルベルグさんの手配だろう、私生活を世話するお手伝いさんがいて研究に没頭しても大丈夫なようになっている。(原作ゲームでは背景スチルの部屋ぐちゃぐちゃだったもんな……)
多分その人が綺麗に飾ってくれているんだろう。
こんなところでえげつない攻城兵器が開発されているとはみんな思うまい……。
「シャルルたん! 会いたかったよ!」
「ワタシは会いたくありまセン! そもそも昨日も来たじゃないデスか!」
ムキーとしているシャルルの顔色が元に戻ってる。前は真っ白になって今にも折れそうだったのに。
これがイケメンの力か。
「シャルルたんが欲しがってた魔導具用の純正魔石二つ。勿論指定したカタチにしてもらったよ」
ニコニコとポケットから本日の貢ぎ物を出す金づることゲルベルグさん。
ブロマイドやポーションの仲介費でかなり儲けているのもあって本命のシャルルには大盤振る舞い。
「これが欲しい」と指定までされているみたいだ。
シャルルたん乙女ゲーの攻略キャラよりキャバ嬢の方が合ってるのでは?
シャルルはムスッとした顔で貢ぎ物を受け取り「じゃあコレ……」とその魔石をはめ込んですぐの魔導具をゲルベルグさんに渡した。
「アナタいつも来るのが急なんデスよ。ロクトもビスタも迷惑してますから、来るときはコレで事前に連絡してくだサイ」
つ、ツンデレだーーーー!?
じゃなくてそ、それ……
「それって、連絡機?」
「え、エンジェル!? こ、これは……」
私がいることに気付かなかったらしい。
泣きながら嫌だと言った相手にプレゼントをしているのがバツが悪いんだろう。
両ひざをついて私の視線に合わせてくる。
「うんうん。シャルルが幸せになってくれれば私はそれでいいから」
「ち、違うんデス!」
笑顔でいなした私にシャルルは祈るポーズでしどろもどろになっている。
シャルルも完全には許したってわけではないんだろうけど、それこそ金銭だったり色んな意味で責任とってもらってるのもあって複雑な関係なんだろう。
あと設定でも「美しいものが好き」とあっただけあって、やっぱりシャルルはメンクイなんだな。
「それにしても、この世界で連絡機までみれるなんて……! これを番号制にして色んなところに繋がるのとか作れないかな?」
「こ、コレですか? 素材があれば可能かと思いマスが……」
連絡手段が魔法伝書鳩とかいうファンタジーな連絡が乏しいこの世界でまさかの魔電話通信!
やっぱりシャルルは天才だった……愛の力ってスゲー。
大人向けといえど乙女ゲー。愛で不可能を可能にする、限界を超えるなんて普通にありえそうだ。
そんな愛に打ち震えていたゲルベルグさんが立ち直りシャルルを抱きしめる。
「シャルルたん!! おじさん幸せだよ!!」
「離しなさい! ウルサイです!」
もー! と言いながら一時期死を覚悟するほど恐怖していたゲルベルグさんをバシバシ出来るくらいには回復しているシャルルを見てホッとした。
こっちが素材を用意したら試作機を作ってくれるという約束をした私たちはシャルルの研究所をあとにした。わけだが……
「あ? シャルルたん? おじさんだよお」
さっきからデレデレとMPを消費して会話をする電話で、シャルルたんにかけては切られてを繰り返している。
『もー! 気持ち悪い! アナタにソレを渡したのは失敗でした!』
本当だよ。シャルルたん……。
◇
「そんなゲルベルグさんの被害者が増えてしまうのは大変遺憾ですが……」
「被害者とは失礼ですな」
ラッセンブルグ攻略キャラ、レヴィンは傭兵団の団長。
なのでレヴィンだけでなく団員まるごと買わねばならないのだ。
と言うわけで、お金がとてもかかる。
ベルドリクス家には攻略キャラ以下のモブ傭兵たちを雇うお金がないので、商人のゲルベルグさんが商品の護衛ついでに契約すると申し出てくれた。
「レヴィンを商人の護衛をさせるのはもったいないですからな。レヴィンだけはベルドリクス軍に組み混んでくだされば」
「大変助かります……」
シャルルに会った徒歩のまま、転移魔法で一気にバビュっとラッセンブルグまで飛んできた。
カーグランド五個分はあるだろう距離を三人で日帰り散歩だ。
「大丈夫です。本命はシャルルたんだけで、レヴィリーは推しカプですから!」
レヴィリーとは『聖女勇者』の攻略キャラのカップリング、レヴィン×リーべの略称である。
レヴィン、リーべと言う言葉は純粋なファンの検索などにも引っかかってしまう為、原作から逸脱したBLや、エロなどを描くファンの中では絵文字や当て字などで検索除けする事が多い。
その配慮を考えた文化により出来たのがカップリング略称と言うわけだ。
不穏な単語に今から不安しかない。
明らかに推しカプをくっつけようとする明確な意思しか感じられない。
「愛の商人ゲルベルグ被害者の会……一体何人増えるのか楽しみです」
そんな被害者二号……もとい傭兵団の団長レヴィンとご面会だ。
「へえ、アンタか。今勢いづいてるってゲルベルグ商会の会長さんは」
随分噂と違うなと、レヴィンはゲルベルグさんをジロジロと見てきた。
私たちも(うわーーー本物のレヴィンだ!!)とジロジロ見ていたのでおあいこだろう。
ラッセンブルグ初期攻略キャラクター、レヴィン。
元ヴァンデミーアのゴロツキで、リーベを助けたことがきっかけで一流貴族の侯爵家に拾われる。
今のカムイみたいに一緒に育てられ、リーベの護衛として勤めていたので平民なのに教養がある。
だが、貴族主義のヴァンデミーアで一流貴族は「護衛に平民がいる」というだけで馬鹿にされるため、恩ある侯爵家の為に家を出た。
そこからラッセンブルグ国で傭兵団を結成し、昔の自分のような元ゴロツキ達を育てている――……というところだ。
私とゲルベルグさん、レヴィンが座っており、私たちの後ろにはカムイが、レヴィンの後ろにも一人、後ろに護衛が付いていた。
こうやってみるとカムイが休日返上で付いてきてくれたのが分かった気がするよ……。
商人と少女が傭兵団に依頼に行くって、ちょっと用心が足りない感じだよね。
「ウチの傭兵団は結成したばかりだ。そこまで功績もない。そんな団にそんな商会の会長がなんの用だ」
危ない依頼だったら断る、ということだろう。
傭兵は戦場を選ばないと捨て駒にされる。
『聖女勇者』では結構な人数傭兵団にいたハズだが、今はまだあまりいないみたいだ。
原作だったら尋ねるのはあと数年先だもんね……。
「レヴィン殿の傭兵団は他と比べて素行が良いと聞きましたのでな。是非ウチの商会の護衛を専属でお願い出来たらと思いまして」
「……本当だったら美味しい話だが、裏があるのか」
裏と言ったらレヴィンの兄貴をBLにするくらいしかありません。
「……そう思われるのも仕方がありません。信用してもらう為に、私が付いてまいりました」
レヴィンが見たいからというミーハーな理由で付いてきた裏を隠し、淑女の礼をとり挨拶をした。
「私はマリア=ベルドリクスと申します。こちらは私の護衛のカムイです」
私とカムイは変装をとる。多分レヴィンならブロマイドか何かで私たちを見たことはあるだろう。
「……確か、ゲルベルグ商会はベルドリクス家の御用達商人だったな。二人ともお噂はかねがね」
傭兵にしては情報収集も怠ってないし、挨拶も堂に入ってしっかりしている。伊達に数年一流貴族家で過ごしてないな。
こんな頭を置いてるから、この傭兵団は素行も良くなるんだろう。
「レヴィンさんの傭兵団はまだ日が浅いのは承知しておりますが、将来性を感じています。我がベルドリクス領の物資や販売物を守っていただく専属契約をさせていただければと」
「…………」
レヴィンはこっちを睨むように見ながら、考えている風だった。
「ったく、なんで俺はこうも貴族に縁があるんだか……」
頭を掻きながらもレヴィンは呟いた。
「専属契約なんて言ったらもはや傭兵団じゃない。買い上げだろう」
そうですね。
「ゲルベルグ商会の子飼いの護衛団となってもらえたらとも思いますが、私としてはレヴィンさんにはベルドリクス軍に入っていただき、ベルドリクス軍を率いてほしいと考えています」
レヴィンは驚く。しがないひよっこ傭兵団の団長がいきなり軍の隊長になってほしいと言われたら、なんの冗談かと思うだろう。
「……成る程。アンタの目的は俺か。んで買い上げだから団のこいつらは路頭に迷うことはないってことか」
すっかりバレてるけど、その通りだ。
「レヴィンさんと共に軍に参入したい人にはベルドリクスの兵として雇用しますし、戸籍もお約束します。軍が肌に合わないという者は商隊の護衛の仕事もあります」
悪い話ではないはずなので正攻法でゴリ押す。
レヴィンは考える素振りをしているが、聴いている後ろの護衛達の方があまりのことにソワソワとしていた。
「――……ちょっと考えさせてくれ。団の奴らにも相談したい。流石に話がでかすぎる」
「もちろんです」
私たちは一か月後また来る。と、レヴィンの傭兵団を後にした。
「感触は悪くなかったよね」
ゲームでもお金で軍に買い上げしてる状態だったから、いけるとは思う。
ただあまりにも日が浅い、小さい傭兵団に来るには大きすぎる話だから警戒はされてるだろう。
「姫は次はあの者に可能性を感じているのですか」
カムイはこんな感じにビックリスカウト(カムイの場合は強制だったけど)を受けた側だもんね。
「そうなの。上手く仲間になってくれるといいけど」
「あまりにも美味しい話ですから、警戒されていましたが……」
レヴィンはゴロツキ時代、貴族嫌いで「貴族なんてどうしようもない奴しかいねえ」という考えだったのだが、拾われた侯爵家がかなりの良い人で困惑していた。
貴族なことを鼻にかけない、あまりの良い人ぶりにレヴィンが心配するほどに良い人達だった。
なので、また貴族の私が『どっち』なのかまだ判断が出来ないんだろう。
カムイは難しそうな顔で思い悩むようにしていたが、私を見て笑った。
「俺は姫と共に来て幸せですから、仲間になる選択を薦めてやりたいです」
「カムイにそう言ってもらえると嬉しいわ」




