056 前進
シグルドとジェラルドは牢に幽閉された。
これからこの二人をどうするのか。
それが新しい王になったばかりのゼルギウスさんの初仕事になってしまった。
元カーグランド王と王妃は兄弟を毒殺するほどの殺意を初めてその目で見て、真っ白な顔で動けなくなってしまっていた。
元はと言えば王様と王妃様がずっと争わせていたからこじれてしまったようなもので、切磋琢磨くらいの軽い平和な感覚で見ていた二人からしてみたらまさに青天の霹靂であり、自責の念を感じずにはいられないだろう。
いくら真っ白になって落ち込んだからって、その被害者であり弟であるゼルギウスさんにシグルドの処理をさせるのは酷なのではとも思うが、そういうのを含めカーグランドは平和すぎたんだろう。
「ゼル大丈夫か? きついならオレが適当に処理しておくが」
「いや、大丈夫だ。ちゃんと決着をつける」
戴冠式が終わり最初の仕事に着手したゼルギウスさんの顔色は悪い。
当たり前だ。ずっと仲直りしたいと思っていた兄に結局毒殺寸前まで追いやられて、その処断を決めなければいけないのだ。
「あの」
私は二人に声をかけた。
カムイの件で思った。
力を持っていたら使わずにはいられない。
それはいけないことなのだと思って耐えてきた。
確かに今思ってもバラしたら詰んでいたんだと思う。
でも今からもう、やっと、その枷がなくなる。
「私も、進まないといけないと思うんです」
ギルヴィードおじ様とゼルギウスさんは私の方を向いた。
だから、今、進んでおきたい。
力を使うことへの自由を選ぶために。
「私にやらせてもらえませんか」
地下牢にて、カムイにシグルドとジェラルドを連れて来させる。
手には枷が付けられており、目が醒めたようなジェラルドと座った目をしたシグルドがそこにいた。
シグルドは殺意を隠さない顔でゼルギウスさんを見ていた。
ここにいるのは私が聖女だと知っていたメンバーとシグルド親子、そしてシグルドのじいを務めていたディヒストラーだけだ。
「シグルド坊ちゃまをお止め出来なかった私にも責があります。私も最後までシグルド坊ちゃまのお供をさせてください」
ディヒストラーはシグルドと共に死ぬ気だった。
そこまで愛してくれていた人がいたのになんでシグルドはこうなってしまったのか、残念でならなかった。
「全部! 全部ゼルギウスが悪いんだ!!」
ゼルギウスさんがシグルドの欲しいものを全部持っていた……いるように見えたんだろう。
「貴方たちの処断が決まりました」
「マリア……! 俺は……俺はどうなってしまうんだ」
ジェラルドは恋妄想から醒め、現実の自分の状況に怯えて半泣きの状態で泣いてきた。
思考を停止して迷惑をかけたとはいえ、被害者でもあり可哀想な子だと思う。
「マリアの新魔法の実験台になってもらう」
ギルヴィードおじ様は冷たく言い放った。
「成功するかわからないので、保証はできませんが……」
そう聞くとジェラルドは年相応にパニックで泣いた。
正直、この二人の処刑は決定事項だ。
公開処刑かせめてもの情けで秘密裏に処断されるかというレベルの違いである。
しかし二人共、もし私やゼルギウスさんがいなければ普通に生きてたかもしれないのだ。
なら、私は自分の応用魔法の可能性を信じてみたい。
「私は状態異常をほぼ永続的に人にかけることが出来ます。その状態異常を二人にかけたいと思います」
ゲーム中にあった状態異常は毒、混乱、魅了など多岐に渡っていたが、その中に『洗脳』というものがあった。
これを応用したら二人の記憶を、私とゼルギウスさんのいない世界に改竄できるのではないか?
「あなたたちは今から王族でも貴族でもない。ただの平民となります」
人の記憶を書き換えるのは恐ろしいことだと思う。けど死ぬよりはマシなのではないか?
これが成功したらまた何かに使えるかもしれないし、「十分役に立った」と二人を解放できる。
「付いていくというのならディヒストラーさんはゼルギウスさんに隷属の誓いをしてディヒストラーさん自身も平民となり、二人を見張ってください」
私は二人の頭に手を当てた。
「ぐ……ぐう……っ!」
二人は平民で、仲の良い親子で、おじいちゃんと一緒に幸せに暮らしている……
そんな幸せな世界を私は夢に描いた。
「ぐああ……ゼルギウス……っ!」
シグルドの人生の半分以上はゼルギウスさんへの色々な思いなのかもしれない。
人権をまるで無視した行為だが、全部消し去らせてもらう。
ジェラルドはふわふわと抵抗もなく魔法を受け入れた。
元々言われたことを受け入れてしまう子だったんだろう。
「ああああああああ!」
「兄上……っ」
ゼルギウスさんの声が涙で震えていた。
シグルドは大きく叫んだ後ふと切れたかのようにぷつりと動かなくなった。
「兄上!!」
ゼルギウスさんはシグルドに近くまで駆け寄り、目が合う。
「………………?」
シグルドに不思議そうな目をされた。
ゼルギウスさんは目が合ったまま、強張った顔で言う。
「…………成功したのか……?」
「……経過を見てみないとわかりませんが……」
兄が自分のことを忘れたと聞いたのだ。
「………………そうか……」
ゼルギウスさんはきつく目を閉じ、頷いた。
「ディヒストラーよ。今後もシグルドの為に、国に隷属する意思はあるか」
「はい。勿論です。ゼルギウス陛下」
ディヒストラーは深く礼をし、隷属の印を受け入れた。
「シグルドの……兄上の様子を観察してくれ。万に一つ記憶が戻ったら……」
「はい。この手にかけろとお命じください」
隷属で命じられていないと出来ないかもしれないのだろう。
私は記憶が戻らないことを心から願った。
連れて行かれる二人を私たちは見送った。
これから検査をして成功していたら秘密裏に外に出されこちらで用意した民家でいち村人として暮らしてもらう予定だ。
ディヒストラーという奴隷になった忠実な監視付きだ。
これは『実験』という『処断』である。
「国罪人だぞ。こんな処断でいいのか」
ギルヴィードおじ様は最後まで根源断つべしと反対していた。
「力があるからこそ『手加減』してあげることが出来ると思うんです」
甘い処断だって出来る。それが命取りになるかもしれないことも、圧倒的な力があるから出来るのだ。
「やっぱり、私、人が死ぬのが怖いです」
「私の目の前でこんなことがあったら、どうしてもこうやって甘い処断をしてしまうと思いますから、嫌な場合は私の目に触れないようにしてくださいね」
助けちゃいますから。とギルヴィードおじ様に言う。
ギルヴィードおじ様はため息をついた。
こんなチートな力をもって世界に来たんだったら、ちょっとは私の好きなようにやっていいだろう。
自分の手の届く範囲だけでも良い、自己満足でいいから、自分の幸せな世界にしたい。
不平等なんて言い出したらキリがない、しかし私の目に映るものは綺麗な世界でいてほしいのだ。
だってここ、乙女ゲームだし!!!
「それに、根源よりゼルギウスさんの今後の王政に関わる気持ちですよ」
お兄ちゃんが自分の治める国で生きていてくれるなら頑張ろうって思えるじゃないですか。と言うと
「オレにはわからねえ感覚だな」
と一人っ子は言った。
「しかしこれが成功したら相当なことができるぞ」
敵国の兵士を洗脳して送り返して内部で離反させたり、それどころかもっとえげつないことができる。
政治としてかなりのカードになるだろう。
「まさか。もうやりたくないです」
こんなことがなかったら試してもいなかったと思う。
心底嫌そうな顔をした私にギルヴィードおじ様はフッと笑った。
「この魔法が使えんのがお前で良かったのかもしんねえな」
私は全く良くないですけど……でも、力があって選べることはとても有難い。
自分の力との折り合いを、そうやってつけようと思っている。
「ありがとうマリア」
ゼルギウスさんはまだ涙目ながらもしっかりと言ってくれた。
それに私は笑って答えて良かったのだろうか。
色々難しい問題だけれども、完全に自己満足だったけど、死ななくていい道があるんなら模索していきたい。
やっぱり怖いからね!!
◇
ここ最近の記憶がない。
なぜか王宮に来ていて、父と息子と、今から家に帰るところだ。
明日からはまた仕事をしないと……
あれ? 俺はなんの仕事をしていたんだ……?
そう父に聞いたら村に引っ越したばかりで今から探すところだと言われた。
なんで俺は忘れていたんだ?
無事村での仕事も見つかって男所帯ながらも楽しくやっている。
なんで男所帯になっているかも忘れたが、あんまりいい思い出じゃなかったんだろう。
父にも思い出すなと言われた。
だからあまり考えず男手があるからと畑をもらえて三人で畑を耕す日々だ。
時々、ふらりとウチにやってくる男がいる。
最初は畑仕事をしている時に見かけて声をかけたら随分と人懐っこい男だった。
ゼルといって近くの街に住んでいるそうだ。
遊びに来ては土産を持って来て他愛ない話をして去っていく。
なんだか不思議な友人ができたようで嬉しかった。
◇
ゼルギウス政権になり色々バタバタとした。
まずゼルギウスさんとソフィア嬢の結婚。
ずっとタイミングがなかったからそのまま置かれてたんだよね。
結婚式では「もう派閥争いは終わったしギルヴィード様も婚約者を!!」とギルヴィードおじ様が令嬢たちに群がられまくっていた。
ゼルギウスさんが王様になったことで、ベルドリクス家とソフィア嬢のルイーズ侯爵家が一番の陛下の信頼をもらっている家になってしまった。
なのでギルヴィードおじ様など、もう相当な玉の輿だろう。
勿論姪の私にも凄い数の婚約が来る……かと思ったが、創造主が後見人に控えている手前「我こそは!」なんて私に来る人はもはや勇者扱いだ。
だからか私に運命の出会いをして見初めてもらおうとチラチラ近くを通る人が多くてちょっとうざったい。
カムイは相変わらず、ベルドリクス家の為に働いてくれている。
今は将として軍を率いる練習をしていて、立派な騎士様だ。
昔いっとき従者だったなんて想像もつかないだろう。
リルムは相変わらずギルヴィードおじ様にベッタリしてる。
確かにおじ様とリルムのスキル相性は抜群だけど、私はリルムが少しでも幸せになってほしいと思っているから、ベルドリクス家で秘密を知ってしまっている平民のヤード先生とかなら釣り合いが取れるしいいんじゃないかと薦めたら、おじ様に話題を逸らされてしまった。
それにしては身分差も含めてアイツとはねえよって言ってるし、なんというか煮え切らない二人だ。
フィンスターもリルムと仲良く姉弟のように過ごしながら表向きは従者を務めている。
神獣として返り咲こうという気はないらしく、政権が変わっても何一つ変わっていない。
裏では色々とやっているんだろうけど、私は知らない方がいいんだと思う……。
ゲルベルグさんは私のテキトーな思い付きで言った「ゲルベルグさんがシャルルを攻略すればいい」という話に感銘を受け、ダイエットを始めた。
元々凝り性でこだわる性格な彼(?)らしく劇的ビフォーアフターでシャルルを口説きに行くと言って最近シャルルとは会っていないという。
しかしシャルルの近況はしっかりと知っているので、やっぱり相変わらずというか……。
対してシャルルは私が言ったことによりゲルベルグさんが来なくなったことで私を更に崇拝した。
なんかマッチポンプみたいで申し訳ないけど……おかげで私の為に真面目に色んな発明をしてくれている。
攻城兵器を試しては愉快そうにしていて相当ストレスが溜まっていたのか……と申し訳なく思う。
モノリス国の時と比べてちゃんとお金も入ってくるのでちゃんと生活も出来ているようだ。
弟子たちも大喜びで「カーグランドに亡命した師匠はやっぱりすごい!」と原作よりシャルルを純粋に尊敬するいい師弟関係を築いているみたい。
今後は新カーグランドとして一体となって国政に挑んでいくことになるだろう。
これからが本番だよね。
「人とは難解だ」
ラフィちゃんは色々と学ぶことが多かったようだ。
「マリア。今日は面白いものを見た」
まだ人間になって人々の暮らしを見守っているらしい。
面白いものを見ては今度は私に話すようになってきた。
モーフィの大群だとか、美味しい串焼き屋だとか……あれ、人と関係ないな?
「ふふふ」
神に愛され見守られる世界。良い響きだ。
ゲームマスターもね、この世界を愛してるよ。




