055 戴冠式
※最初第三者視点です
◇
おかしい。こんなはずでは。
ジェラルドは頭を抱えていた。
「何故父上が王になれない!? 父上を王にしない代わりに俺とマリアと婚約とはどういうことだ!?」
「マリアは俺のことが好きだったはず……なんであそこで創造主様まで来るほど拒んだのだ……?」
理解が出来なかった。いや、したくなかった。
自分は王にはなれないのだと。
そこまでマリアが自分のことを拒んでいると。
「父上! どうしてです父上!」
慣例通り王に決まっていた父にその長子である自分。
ジェラルドはシグルドに忠実に従っていれば王になれると思っていた。
全部従っていた。
マリアともそれで知り合った。
マリアは美しく、可憐で、ジェラルドは一目で気に入った。
父のシグルドも、王の祖父も、マリアとジェラルドが結婚してほしいと思っていた。
だからこれはもう決定事項だった。
それを何故拒む?
創造主様に愛された娘で……マリアはマリアが好きな者と結婚させる?
それは自分ではないのか?
愕然としているジェラルドに、部屋に騎士たちが言い辛そうに入ってきた。
「……ジェラルド様、大変言いにくいことなのですが、そろそろ牢にご同行を……」
「俺は虚偽などしていない! 俺とマリアは確かに愛し合っている!」
騎士たちは渋い顔をして、少年に尋ねる。
「ではその証拠はおありでしょうか」
「証拠……? これだ! この写真はマリアが俺に宛てて販売したものだ!」
「それはゲルベルグ商会がマリア様に頼み込んで「ベルドリクス家の金策の足しになるのなら……」と承知し撮らせていただいたお写真だそうです。ジェラルド様には一切かかわりがございません」
「そんなはずはない、俺とマリアはいつも連絡をしあって……」
「その連絡はどのように? ベルドリクス家ではジェラルド様からの手紙は受け取っていないし送ってもいないとのお答えをいただきました」
少年時代の淡い勘違いの恋妄想をじわじわと真綿で首を締めるように醒めさせていく行為をしなくてはいけない騎士たちの表情は揃って暗かった。
しかしジェラルドに罪を押し付けなければカーグランド王の名声は地に落ちる。
それくらい創造主の怒りはカーグランド国の大事件だった。
「しかし俺はいつもマリアの動向を見てマリアを見守っていたぞ」
「それはジェラルド様が付きまとっているだけで、マリア様には一切伝わっておりません」
むしろ気味悪がられる行為です。と他人に言われ、いつもは叱り飛ばして寄せ付けなくさせたが今はそんな地位もない。
受け取ることしか出来ない。
「父上!」
ジェラルドは静かに黙って座っているシグルドにすがりついた。
マリアにジェラルドと結婚しろと言ってやってほしい。
そうすればみんなが羨むこのポジションに、喜んで頷くはずなのに。
「うるさい!!」
シグルドはすがりつくジェラルドを突き放した。
「なにがゼルギウスを支えろだ! マリアとジェラルドを婚約させたいが為に選んだんだ!!」
シグルドはジェラルドをきつく睨む
「お前がマリアに傾倒しすぎたせいで俺は王になれなかった!! どうしてくれる!!」
父親にグッと首元を締められる。
殺気籠った目で見つめられ、ジェラルドは恐怖と混乱でジタバタともがく。
「殿下! おやめください!」
側近の者たちが必死で止め、手を離させる。
「ゲホッ! ゴホッ!」
ジェラルドは酸欠でクラクラとしながらも必死で息を吸った。
カッとなったとは言え自分のしたことにハッとなったシグルドだが
「俺は悪くない!全部ゼルギウスのせいだ!!」
とジェラルドを助ける素振りもなく、去っていく。
「ち、父上……」
シグルドを追いかけるが朦朧とした頭では追い付けず、呆然とひざまづいていた。
騎士たちはジェラルドに追い打ちをかけるように発した。
「ジェラルド様とマリア様は一切関係はなく、愛し合った事実もありません。これを王に虚偽の報告をした罪により、ジェラルド様の身は一時牢へと幽閉されます。ご理解ください」
ジェラルドは足元がグラグラと崩れていく音がしたまま騎士に支えられフラフラと歩かされた。
◇
新しいドレスが届いた。
直近の式典でも、いやだからこそか。ドレスは変えないといけないらしい。
貴族は交友費が一番お金がかかる。最近軍事に出資しまくっている金欠のウチには辛い話だ。
今度盛大にお金のかかる私のデビュタントが控えている。
この分だとウチで開催しないといけないのに呼ばないといけない格が跳ね上がって予算オーバーするだろう。
次の仲間のお金は割と本気でゲルベルグさんに出資してもらわねばいけないかもしれない。
ゲルベルグさんはウチと手を組んでマネーロンダリングしてるからか事業は左うちわで大変結構なようだ。
シャルルの研究費も全部まかなってるくらいには愛情深い人なのだが、愛し方が独特というか……ちょっと気持ちが悪いのでシャルルからはどうしても嫌われている。
この前などシャルルにゲルベルグさんが怖いとさめざめと泣かれて大変だった。
そんな悩みを考えていたら新しいドレスの試着が整い、またお祖父様やお祖母様、ギルヴィードおじ様……というよりリルムに見せに回った。
今回は真っ白だと一緒なのでちょっとピンクのグラデーションがかかったちょっと大人びたドレスだ。
13歳だしもうデビュタントしてもおかしくないからね。でも正式にデビュタントしてないから中途半端な感じになってる。
カムイは「とてもお似合いです」と眩しい笑顔で褒め称えてくれた。
13歳と17歳っていうとだいぶ兄妹というか……主従以外にもそういう感覚もあるのかもしれない。
眼差しがとても優しくくすぐったかった。
リルムはやっぱり恋愛脳というか、女の子の夢の詰まったものが大好きなのだろう。私のドレス姿をまたこれでもかというほど褒めちぎってくれた。
「今回のも凄く可愛いな! な! フィン! 袖の部分とかどうなってるんだ? うわっ細けえ」
「うんうんそうだねリルムちゃん」
フィンスターもにこにこいつもの笑顔で褒めてくれた。
……こいつ「リルムちゃんかわいい」としか思ってないな……。
リルムは体張らせてしまってるウチの一番の稼ぎ頭なのに華やかな舞台でまた護衛任務でごめんね……またギルヴィードおじ様にドレスを……いや、期待させるようなことをさせるのは……いやでも……
色々な悩みを解消させるためにくっつけたのに、更にそれで悩むという悪循環。うーん。
護衛任務とは言うが、リルムとカムイは写真の影響で人気者になってしまった。
リルムが今後の軍事訓練で必要だろうと練習で初めて馬に乗った日などリルムちゃん親衛隊の者が号外の新聞『リルムちゃん馬に乗る』を出し、同じくリルムちゃん親衛隊の作家が『馬×リルムちゃん』の新刊を出すなど、馬に乗っただけで大盛り上がりしたくらいだ。
そして同じくカムイでも『カムイくん身長測定により半年前より身長が2センチ伸びる』など、静かにご婦人たちの密やかな連絡網により同じようなことが起きているそうだ。
軽く周辺警備に居られたら二人に人が殺到してしまう。
なので騎士様たちと同じく花形の貴族や招待客の要人護衛任務、つまり私たちの近くで護衛することになる。
私たちの家の子なので他の護衛に着かせるなんてしない。リルムは私、カムイはギルヴィードおじ様の護衛だ。
近くで華やかなパーティをみることになるが、リルムが羨ましそうにみるか、思っていたより陰湿な小競り合いのあるパーティに幻滅するか。どうなるのかちょっと心配だ。
戴冠式は厳正な式典だ。しかし式典会場は創造主様の手により半壊。
カーグランド国王のやらかしがなければもう少し間を置いてしっかりとやるものなのだが、今回は他国から突き上げを食らっているので早くに退陣しなくてはまずい。
なので外でパレードをしてゼルギウスさんを街の者にお披露目し、街の者の目の前の、野外での式祭として急いでの敢行となった。
「ゼルギウス様ー!」
「ゼルガリオーン!!」
「ゼルギウス様万歳ー!!」
カーグランドの習わしの長子存続ではないが、街の者たちはほぼほぼゼルギウス派だったのもあり盛大に祝ってくれていた。
ゼルギウスさんのパレード中は危ないので私がバリアを張ることになったのだが
「ならお前もパレードに出とけ」
と、ゼルギウスさんの次のフロートに私も乗せられ見世物状態となってしまった。
「マリア様ー!!」
「聖女さまだ!」
「みてあれが創造主様のいとし子よ!」
ひーっ!
私は引きつった笑顔で手を振る。手を振ったら街の人たちは大興奮になっていた。
後ろの護衛の、女騎士仕様のキリっとしたリルムや武士然としたカムイ(道連れにした)を見ている人もたくさんいたが、ゼルギウスさんの方を見てよ~いたたまれない。
「俺のパレードなのに主役取られちまってたかな?」
ははっ俺も写真集だそうかな~と、パレードが終わった裏で笑うゼルギウスさんはこんな場なのに余裕がある。
「も~勘弁してください……」
私はもう隅の方で静かにしてますから……。
戴冠が終わったらラフィちゃんを呼んでゼルギウスさんを祝福してもらう約束をラフィちゃんとしている。
もうバレちゃったなら思いっきり使っちゃおうって方針らしい。
特に今回は色々あった後の戴冠式……カーグランドは創造主とちゃんと仲直りしましたアピールは大事だ。
仕込みはバッチリ。
私は全力でゼルギウスさんの国政を応援してくよ!
主に裏方で……。
国王から冠が外され、ゼルギウスさんの頭に乗せられる。
野外開催なだけに歓声がど派手だ。
普段は神殿やパーティ会場でやられるから街の人は初めてみる人も多いだろう。
発表から開催まで短い日取りだったのだが外には屋台も出てお祭り然としている。
よしっラフィちゃんを呼ぼう。と思ったらゼルギウスさんを呼び止める声が響いた。
「おめでとう。我が弟よ」
「兄上……」
シグルド!?
まさかの負け犬の堂々たる登場に民も来賓も皆困惑する。
「この祝いに俺にも弟に贈らせてくれ。カーグランドが誇る貯蔵の酒だ」
「な……っ!」
ギルヴィードおじ様が今まで何年と一緒にいたが初めてだろう、真に焦ったような声を出した。
「あ、あんなの絶対に変なもの入ってるじゃないですか。こんな場所で……捨て身すぎます!」
私はおじ様の袖をひっぱり焦った声を隠さず言った。
今までのシグルドを見てきた私たちにしかわからないだろうが、反省するわけがない。
「あぁ。しかしこの場で断ればケチがつく」
弟と戦ってはいたが、最後に仲直りの杯を贈る兄。
聞こえは良い。無事に済んだらカーグランドのかなりの美談であろう。
しかし現実はそうはいかない。
断って周りから「偏狭な」と名声が落ちても良し、飲んでこの場で死んでも、カーグランドの名声が地に落ちてもいいとすら思っている……いや、多分シグルドはゼルギウスさんしか見えていないんだろう。
ゼルギウスさんに自分の居場所が取られるのを昔から恐怖していたのかもしれない。
取られるくらいなら身が滅んでも共に散りたいくらい、ゼルギウスさんに執心している。
民や来賓はカーグランドの美しい兄弟愛に感動をしていた。
だが、殺伐とした空気が流れているのをゼルギウス派の貴族たちは感じていた。
シグルドの目は座っていた。
ゼルギウスさんは驚いて動きを止めていたが、シグルドに笑顔で渡された杯を押し付けられるように受け取らされていた。
飲んだら即死の薬だったら私にも対応できない。
しかしシグルドの作った捨て身のこの空気を止められる者は誰もいなかった。
「馬鹿なことを……!」
ギルヴィードおじ様はギリッと歯を食いしばっていた。
ゼルギウスさんが今死ぬかもしれない杯を持っている。それを飲まないといけない空気。
「ら、ラフィちゃんを呼んで誤魔化す……?」
「呼んでも飲まないといけないことには変わりねえぞ」
ラフィちゃんに「それは毒だって言って」と打ち合わせしてる余裕はない。
普通に祝福されたからさあ飲めという空気になって創造主の目の前で死ぬとか大惨事だ。
ゼルギウスさんはちらりと私とギルヴィードおじ様を見た。
私たちがよほど切羽詰まった顔をしていたのがおかしいのか、フッと笑いシグルドに話しかけた。
「ありがとう兄上。俺も、貴方を信じてみようと思う」
ゼルギウスさんは笑顔で杯を兄に掲げ、そこに入っている酒を飲んだ。
飲んだ!!
万に一つの、本当に兄が自分を祝ってくれているという、その可能性をゼルギウスさんは信じた。
豪胆で人好きなゼルギウスさんらしい選択だ。
もう!! 王族の皆さんはなんでこう自分の信じた考えに一直線なの!!!
ギルヴィードおじ様はその瞬間私の手を引っ張り走った、私も走った。
傍でずっとみてきたおじ様はそんなことがあるわけないとわかっていたんだろう。
ゼルギウスさんが飲んだ瞬間会場は拍手が巻き起こった。
「……っ! ぐっ!」
が、ゼルギウスさんが倒れて会場は悲鳴が上がりパニックに陥った。
「っはははは!! 馬鹿な弟だ! やはりこんな奴に俺の代わりなど務まるわけがない! 俺が国王だ!!」
ゼルギウスさんがもがき苦しむ様を楽しそうに見るシグルドの顔は目が狂人のそれだった。
落とした冠をシグルドが被り、ゼルギウスさんに見せつけていた。
「反逆者だ! 捕えろ!!」
走っているギルヴィードおじ様が叫び騎士たちが取り押さえる。
「離せ! ゼルギウスは死んだ! 俺が王だ!!」
叫び声や怒号が広がり会場は騒然となっていた。
そんな中ギルヴィードおじ様はゼルギウスさんのところに私を連れて行くと
「解毒だ。出来るな」
「毒だったら多分……っ や、やったことないですけど……」
「チッ! やっぱり試しておくべきだったか!」
ゼルギウスさんの顔は人と思えないような赤黒い顔色になっていた。
怖いとか恐ろしいとか言ってる余裕すらなかった。
見せつけたかったのだろう。嫌がらせでシグルドが即効性でないものを選んでくれて助かった。
私は目を閉じて必死に祈った。
ゼルギウスさんの身体が光り、その様子を見ている周囲のものからも言葉が無くなっていく。
しんと静かになった会場で顔色が良くなったゼルギウスさんは気を失うように寝ていた。
「息はしている」
ゼルギウスさんの口元に手をあて、ギルヴィードおじ様が息を確認すると私は体中から息を吐いた。
それも束の間、その光に呼応したかのように天から降りてくる光。
「おいどうしたアレは」
「た、多分合図の光と勘違いして来ちゃいました……」
ギルヴィードおじ様のガラの悪い舌打ちが聞こえる。
ラフィちゃんの降臨である。
「……なんの騒ぎだ」
そうも言いたくなるだろう。この惨状。
ラフィちゃんは「式を祝ってね!」と言われて「わかった」と来ただけの言わば遅れてきた来賓なのである。
会場はさっきと違う意味で騒然となりシンと静まり返っている。
「俺は戴冠式を祝いに来たのだが……」
その主役の王になったゼルギウスさんが寝ている。
「起きろ」
とりあえず主役が起きなくては始まらないと思ったのだろう。
どういった力でか、ゼルギウスさんを起こした。
目が醒めたゼルギウスさんにラフィちゃんは
「幸せに浸ることも大事だが、場を弁えよ」と忠告した。
『寝ること=幸せ』と教えてしまった私が悪いのだが『兄弟といえど王になるのだからもっと大局を大事にしろ』みたいな、大層な良い事言ったみたいな意味合いになってしまっている。
ゼルギウスさんは思わぬサプライズゲストに驚きながらも即座に「はっ!」とかしずいた。
この空気をうやむやにできるのは今しかない! とシグルドから落ちた冠を拾った私はラフィちゃんに渡して
「これをこの人に被せてあげて」
と頼んだ。
「わかった」
創造主自らが行う、戴冠式である。
皆が息を止めて見守っている。
色々起きたがこのものすごいインパクトでゼルギウス王政を他国から認めさせるしかない。
ラフィちゃんは私と来てくれたお礼と感謝の言葉を一言二言話した後、頼まれごとは終わったとばかりに(やっていることは『はじめてのおつかい』レベルだが)帰っていった。
「マリア、よくやった」
ギルヴィードおじ様、悪い顔出てるよ。
ラフィちゃんが帰ったあとは大喝采だ。
ゼルギウスさんを称える声が響く。
「なんとか誤魔化せましたね」
私は一息ついた。
「しかしゼル、てめえなんで飲んだ」
怖い顔を隠しもせず、ギルヴィードおじ様はソフィア嬢に泣いてすがられているゼルギウスさんを睨む。
社交界ではポーカーフェイスのギルヴィードおじ様のガラの悪い口調に凶悪な顔、見たことないのだろう。皆固まっていた。
しかしゼルギウスさんは怯みもせず、にかっといつもの人好きの良い顔を向け
「ヴィードならなんとかしてくれると思ってさ!」
と笑った。




