045 お茶漬けと婚活会場
カーグランド国、第一王子シグルド=カーグランドの嫡男、ジェラルド=カーグランド。
彼は今、また怒っていた。
長い目でみたら後の王となる自分が一番マリアを幸せに出来るというのに、ゼルギウスやベルドリクス家は自分の利益の為にマリアをジェラルドに渡そうとしない。
マリアも悲しそうな目でジェラルドを見ていた。
ジェラルドに今の状態をどうにかしてほしいという目だ。
ジェラルドは毎日マリアのことを考えた。
彼女のことを考えるとなにも手がつかない。
毎日マリアのことを考え、マリアの動向も報告させた。
こんなにも彼女を愛している。政略結婚が当たり前のこの貴族社会で親が決めた結婚で愛が芽生えるのは一握り。素晴らしいことに思えた。
お祖父様である国王陛下にも何回も嘆願した。
陛下も「マリアは得難い存在。国に留める為にも王族と結婚してほしい」と言っていた。
ゼルギウス陣営の王族には直系の似合いの歳の男はいない。
(つまり陛下も俺と結婚してほしいと思っているのだ!)
そう言ったら「確かにお前とマリアが結婚したら安泰であろう」と言っていた。
聞いたかマリア! ジェラルドはこの世が自分たちを祝福していると感じていた。
俺はそれから陛下のお暇な隙をもらってはマリアが今やっていることや俺とマリアのことを話した。
お祖父の陛下は「派閥を越え仲が良いようで大変良い」と機嫌よく返してくれた。
ほら! 派閥を越えた恋愛をこの国の王も応援してくれているぞ! マリア! もう大丈夫だ!
今マリアは自分の護衛が兵の訓練が得意だから鍛えさせてほしいと嘆願し、対抗試合をすることになり兵の訓練場で兵の訓練をサポートしているようだ。
あのようなか弱いマリアが毎日外へ出て体調を崩さないかが心配だが、護衛の為にそんなことまでする優しさにジェラルドはまた胸を打たれた。
将来ジェラルドの軍になるカーグランドの兵を強くしようと嘆願しにいく姿勢も好ましい。
縁の下から支える良妻とはマリアのようなことを言うのだろう。
死者がでてもおかしくはない訓練で「死者が出るのが嫌いだから」と支援魔法などを使い兵たちを脱落させることなく鍛え、周りからは「聖女さま」と崇められているそうだ。
他の男が傍に寄っていると思うと腹が立つが妻を褒められていると大変気分が良い。
ジェラルドという婚約者がいるにも関わらずマリアに寄ってくる男どもが多く、その者たちには未来の夫として自ら忠告して回った。
マリアは特別美しいからそのようなコバエが湧くのだろう。やれやれ、婚約者は大変だ。
ジェラルドとしてもマリアと共に未来の我が軍の対抗試合を観戦をしたかったところだが「ただ今シグルド陣営とゼルギウス陣営の仲は最悪、対抗試合には入れもしないでしょう」と忠告が入り諦めた。
マリアには悪いことをしたと思っている。そのうち埋め合わせをしなければなるまい。
陣営が違う故、マリアには寂しい思いをさせてしまっている。こんなにも想い合っているのにジェラルドたちを阻むものはこんなにも多い。
「難儀なものだな……」
「あの……ジェラルド様……マリア様との婚約はなかったことに……」
ジェラルドは意見した文官に持っていた紅茶をぶつけた。
「お前も俺とマリアの仲を引き裂くというのか! こいつは裏切りものだ! 早くつれていけ!」
派閥の中にも安心できるものは少ない。
ジェラルドは全てを肯定するのみの配下だけでまわりを固め、マリアへの想いは更に加速し、毎日マリアと密会している設定に頭の中でなっているほどになっていた。
ある日、ジェラルドは配下の一人からとんでもないものを受け取った。
「なんだこれは!?」
マリアの姿が念写により紙に映し出された。『ブロマイド』と呼ばれるものである。
「マリアは俺のものだぞ!!? なぜこのようなものが出回る!?」
ジェラルドが懸念したとおりマリアのブロマイドは様々なものが買い、マリアの姿を愛でていた。
マリアの少女の繊細さや清らかさに恋をしてしまう男子も多い。
そして、ジェラルドも。
あの社交界から見ていなかったマリアを自分の中で美化してしまっていたのではと思っていたが、そうじゃなかった。
やはりマリアは可憐で、神々しかった。
「わかった……! マリアは俺に見てもらいたかったのだ……!」
なかなか会えぬジェラルドとマリア、そんな二人を繋ぐブロマイドという存在。
「会えぬから、せめて姿だけでも目にとまろうと……マリア……! なんと健気な……!」
ジェラルドは感激し、部下に指示を送る。
「これは俺の為にマリアが作ったものだ!! 他の者には絶対に渡すな!!買い占めろ!!」
「はっ」
ジェラルドの部屋をでた部下たちは小声でささやき合う
「……なあ、絶対違うと思うけどどうする?」
「とりあえず見かけたやつ全部買っとけばいいだろ。あーめんどくせえ」
◇
「……なんか最近私のブロマイドの売れ行き凄くない?」
ベルドリクス領に向かう馬車の中、ブロマイドの売り上げ表を見ていた。
いきなり伸び率が異常だ。一瞬で無くなっている。
「なんでもシグルド陣営……多分ジェラルド様が買い占めてるんだと思います」
と事も無げに言うのは私のメイドに扮しているフィンスターの影だ。
本体でないため最新情報などは入ってこないし戦闘力も知識量も劣ってはいるが私のメイドをやるくらいなら最高に出来たメイドである。因みにちゃんと女性に変身している。
「え……なにに使うんだろ」
「見てる限りだと勘違い男って感じですし、マリアさんを一人占めしたいのでは?」
げえ! まだやってんのあのお茶漬け野郎
「写真なんて一枚あれば十分じゃねーか。ポーズ違うならちょっとほしいかもだけどよ……」
そういうリルムはこっそりとあげたギルヴィードおじ様の写真を密かに隠し持っている。
彼女はプライベートエリアがなく隠す場所が少ないので多分バレているが、おじ様は気付かないふりをしてあげているらしい。
「まあ観賞用保存用布教用と色々入ってきたらまた別ですけど、買い占めはよくありませんよね」
フィンスターはリルムに対して愛と恋をこじらせているので、リルムが人気になるのは我が子のように嬉しいようだ。布教しまくっている。
「まあ私の人気はそこまでだろうし……売り上げに貢献してくれてるなら、いいんじゃない」
面倒なことをされるよりはお金を貢いでくれるのが一番マシだ。
私はあのお茶漬けくんに一切興味がなかった。
「マリアは本当に面白い人材を拾ってくるな」
ベルドリクス領についた矢先お祖父様にそう話を振られた。
「私昔から運が良いんです。ベルドリクス家に生まれることが出来ましたし」
『ベルドリクス家に拾われたことも運が良いんだよ』と暗に返すとお祖父様は渋く笑った。
お祖父様も高度な状態異常耐性の装備品をつけているらしく、魅了は大丈夫そうだった。
今後、敵もそういう装備品を持っているだろうが『聖女のMAX支援』と『サキュバスの全開魅了』なら高耐性をもってる人も魅了できるんじゃないかと思い、ギルヴィードおじ様にいきなり試してみたら、効きはしたがギルヴィードおじ様の矜持でなんとか理性は保ちつつもガチ切れされ、リルムは酷い目にあったそうだ。
「うおおおおリルムちゃーん!!」ってなってるおじ様とか面白いし見てみたかったな。
神獣のフィンスターは常にリルムに魅了にかかっているのと同じなので検証は出来なかった。
「お前たちからの金銭支援でベルドリクス軍は確実に強くなって兵を増やすことも出来ている」
新しい装備や武器などもゲルベルグさんから買って送ったし、綺麗にした支援金で兵舎やら老朽化したものを新しくしたりしている最中なんだそうだ。
「しかしこんなに支援金を寄越してくれるとは思っていなかった。写真というのはそこまで金になるのか」
いえ、マネーロンダリングも入ってます。
「写真と一緒にベルドリクス領の特産品もかなり取引させていただいたので、ゲルベルグ商会様様です」
共闘しているゲルベルグ商会を上げておくのも忘れない。
「お祖父様のお力になれて何よりです」
写真もサキュバス素材も、感謝は後ろに控えてるリルムに言ってほしいがリルムはゼルギウスさんが王になるまで内緒にする予定になっている。
「それとカムイだが……」
カムイはお祖父様直々に兵法を教えられ将として育てられているようだ。
前に見に来た感じだとそこそこ慕われていい関係を築いているように感じる。
「あやつ目当ての令嬢がこぞってベルドリクス領に来るようになってな。練習場の観戦場が急に華やかになっておる」
「えぇ!?」
写真効果がそう出ていたとは。
そういえば現実にもいたなぁ……プロアスリートのおっかけ……。ああいう感じなんだろうか。
「騒がせてしまい申し訳ありません。私のミスで、決してカムイのせいでは……」
「いや、悪いことだけではないでな……」
お祖父様はなんとも微妙な顔で私に報告してきた。
「なんでも貴族や平民の娘が、そこで見つけた騎士や兵と婚約や結婚するものが頻発して、出会いの場となっている」
えええカムイを撒き餌にした婚活パーティーが臨時開催されちゃってんの!?
カムイはヤマシロ領の貴族といえど取引によっては平民落ち。貴族も平民も手が届く幅広い物件なのでミーハー気分でワンチャン見に来る女性も多いわけか。
これには私も微妙な顔だ。
「神聖な訓練場で……その……」
「いや、良いところを見せようと張り切る兵も増えて成果は出ておる」
そうなんだ……。
なんとも微妙な気分で二人は会話を終えた。
リルムの魅了は愛とか恋とかじゃなく、性的に恋するいわゆる『ヌける』とかアイドル的な偶像崇拝だと思っているので(まあ本気で恋だと錯覚して恋しちゃう人も多数いると思うけど)出会いの場の邪魔に……ならない……よね? ならないといいけど。
とりあえず今日も訓練でベルドリクス軍を魅了にかけながらいつものように軍事訓練に勤しませ、私も時折支援魔法でフォローした。
観戦席の女の子たちもリルムの魅了にかかり「リルムおねえさま……♡」となってしまっていたが、いいだろう。
ドルオタ同士の結婚とかもよくある話だし、同じ趣味で気が合ったりするかもしれない。
サキュバスは魅了が得意で効果を上げると女性もかかるので、女性も『こんな風になりたい』みたいな憧れで好きになるのかなんなのか……なってみないとちょっとわからない感覚だ。
私も美少女大好きなので気持ちはわかるが「リルムたんハアハア」みたいなのと同じ感覚でいいのかと、ちょっと迷う。
「リルム殿は相変わらずお強いですね」
カムイには異常無効の支援魔法を前もってかけてあげたのでリルムの魅了にはかからなかった。
「カムイも強くなっていてビックリしたわ」
「いえ、まだまだです」
私とカムイは昔のように私が座り、カムイがその近くに立って控えるという姿勢で会話をしていた。
「なんだかやっぱりこれが安心するね」
「はい」
和やかに会話している私たちを
「マリア様とお話するカムイ様……あんなに優しい顔をなさってらっしゃるわ……」
「私カムイ担だけどマリア様は別枠……尊い……」
「マリアお嬢様と一緒にいるカムイ隊長羨ましいけどめちゃくちゃ絵になる……」
「あーあ私カムイ様諦めようかなぁ……」
などと見られているのには気付かなかった。
ベルドリクス軍への練習も加わり、カーグランドの軍事訓練の近くでお勉強に、マナーやダンスレッスン。
レベル上げの冒険者ごっこにアイドル活動の写真撮影だったりと忙しない毎日を送っている。
未だにラフィちゃんには情操絵本を買い与えていて、表情も少しずつ増えてきたと思う。
ラフィちゃんがどんな子に育つのか、ちょっと楽しみでもある。
ポーション作りは極秘事項と念押しした上でシャルルたち3人に任せた。(さすがにリルムがサキュバスなことは言ってないけど、多分シャルルにはバレてる気がする)
ポーション販売も順調で、ストックが溜まって定価が定まってきたら大量売りし始めるのもアリかもしれないと計画していた。
もしもの為の戦に使う用のストックも別枠に用意してる。
仲間も増えてお金も増えて。かなり順風満帆。
気になるのは、やっぱり目の前の隣国の不審な動きだった。




